Trost 3 【Vollendung - 15】




 両手で顔を覆ってしまったオスカーの手を外させて、アリオスは涙を流し続ける眦に口付けた。
「オスカー、許してくれ、オスカー」
 涙の止まらないオスカーの両の瞼に、頬に口付けて、どこか甘いその涙を拭い取る。
「あの時、おまえがそんなふうに考えてたなんて思いもよらなかった。おまえを愛している、その気持ちに偽りはない。愛しているから、道連れにはできなかった。守護聖の座にあるおまえが、俺のために自らその命を捨てる覚悟をしてるなんて、思わなかったんだ。それに、お前の言うとおりだ。俺はおまえの気持ちを無視して、俺の気持ちを押し付けた。ただお前が欲しくて、自分のものにしたくて」
 言いながら、オスカーの頬を撫で、髪を梳く。お前が愛しいと、精一杯の想いを込めて。
「だから自分の記憶が戻った後、なかなか来れなかった。おまえに酷いことをしたって分かってたから、来れなかったんだ。記憶を取り戻したおまえが、もしかしたら俺を拒絶するんじゃないかって、そう思ったら、恐くなった。おまえに否定されるのが何よりもイヤだった。それに、俺は自分のことをおまえに押し付けてばかりだから、おまえのためには傍にいない方がいいんじゃないかって思った。けど、ダメだった。どうしてもおまえを思い切ることなんてできやしない。おまえの傍にいたい、おまえに傍にいて欲しい」
 涙で潤む瞳でじっと見上げてくるオスカーを見詰め返しながら、想いの丈を告げてゆく。意地もプライドも捨てて、本心を告げる。どうしてもオスカーを失いたくないから。
「俺にはもう何もない。故郷も、かつて愛した女も、命を、総てを捨ててまで俺に付いてきてくれた連中も、皆いなくなった。野望も、潰えた。俺に残されたのは、おまえだけだ。頼むから、終わりだなんて言わないでくれ。他には何も望まない、おまえがいてくれればそれでいい。だからオスカー」
 縋りつくようにオスカーの躰を抱き締める。
「俺を一人にしないでくれ!」
「……おまえ、やっぱり狡い……」
 小さく呟いて、オスカーはアリオスの背にそっと腕を回した。
「そうやって、いつも躰だけじゃなく言葉で、俺を雁字搦めにして身動きできないようにするんだ。おまえから離れられないように……」
「オスカー」
 オスカーの言葉に弾かれたようにアリオスは顔を上げた。
 見られるのを拒むように顔を背けているオスカーの頬に手を当てて自分の方を向けさせる。
「おまえが許してくれるなら、今度こそ、この手を離さない、もうおまえに辛い思いはさせないから……」
「……無理だ、どんなに望んだって、一緒になんかいられない……」
 そう言って視線を反らすオスカーを切なそうに見やる。
 いずれはこのアルカディアを去る時が来る。そうしたら、それが最後なのだと、もう会うことなどできないと思っているのだろう。
「オスカー、俺の力を忘れたのか? 確かに一緒に行くのは無理かもしれない。けど、必ず追いかける、たとえ一時離れることになっても、おまえの元へきっと辿り着くから。信じてくれ、俺にチャンスをくれよ、オスカー」
「……本当、に……?」
「誓って。なんなら、おまえが仕える女王に誓ったっていい」
 アリオスに向けて伸ばされた手を取って、その指先に口付けながら答える。本気だと、今度こそもう決して離しはしないと。
「もし……破ったら、その時はおまえを殺す」
 涙に濡れた、けれど力強い光を放つ瞳で真っ直ぐにアリオスを見据えながら宣告する。
「おまえに殺されるなら、本望だ」
「たとえどこに行ったって、必ず追い詰めて、殺してやる。そして、……俺も死ぬ」
 言って、アリオスの首に腕を回して自分の方に引き寄せるオスカーの躰を、アリオスは思いきり抱き締め返した。
「もし他の奴等が俺たちの事を認めなかったら、その時はおまえを浚って逃げるからな。一度は俺のために死のうとしてくれたんだ、その時は、嫌とは言うな、俺の手を拒むな。いいな?」
 確認するような問い掛けに対し、腕の中で何度も頷くオスカーを、アリオスはさらに強い力で抱き締めた。
 そうしてオスカーの唇に口付けていく。
 その感触を確かめるように、味わい尽くすようにその甘い唇を貪る。
 手に入れた、今度こそ間違いなく手に入れた、自分のものだと確かめるように、そしてまた、二度と離さない、離れないと心に誓いながら、アリオスはオスカーの躰に所有の痕を刻み込む──


◇  ◇  ◇



『忘れるな、オスカー。お前は俺のものだ。
 たとえこの先何があろうと、お前の全ては、永遠に俺のものだ』



 かつての旅の間、行為の度にオスカーに囁き続けた呪文。
 それが漸く今、成就したのだ。
 総てを失って、そしてたった一つ手に入れた愛しい存在を強く抱き締めながら、アリオスはかつて唱えた呪文を自分自身に繰り返す。
 オスカーが自分のものであるように、自分もまた、オスカーのものなのだと─────

── das Ende(?)




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