Trost 3 【Vollendung - 16 - Zusatz】




 翌朝、まるで何事もなかったかのように常と変わらぬ態度で姿を見せたオスカーに、ジュリアスは何も言えなかった。
 何があったのか、アリオスとどうなったのか、聞きたいこと、確かめたいことはたくさんあったのだが、何も言わないオスカーに、自分から聞くのは憚られたのだ。


◇  ◇  ◇



 やがてアンジェリークの努力によって銀の大樹に封じられていたエルダこと聖獣アルフォンシアを解放し、無事にラガを退()けることに成功して、明日には元の宇宙に戻るという夜、女王はロザリアに命じて密かにアリオスを呼び寄せた。
 謁見の間ではなく、居間で、心配するロザリアも外させて女王は二人きりでアリオスと向かい合った。
「オスカーとは、うまくいったようね」
「おかげさまでな」
 にこにこと微笑みながら声を掛ける女王に、アリオスはぶっきらぼうに返した。
「アンジェリークには気の毒だと思うけど、こればかりは仕方ないわね。貴方は、オスカーがいいのでしょう? そしてオスカーは貴方が。……だから私も諦めたんだもの」
「えっ!?」
 アリオスは女王の思いもよらなかった最後の言葉に驚愕した。
「諦めた、って、あんた……」
「オスカーには内緒よ」
 フフッと微笑(わら)いながら告げる女王に、アリオスは思う。
 誰が言うか、頼まれたって決して言ってなどやらないと。
「それで、貴方も分かっていると思うけれど、私たちは明日聖地に戻ります」
「知ってる」
「その時に、貴方も一緒にと思うのだけど、どうかしら?」
「…………」
 どうかしら? と、明るく告げる女王に、驚き呆れたようにアリオスは返す言葉もなく目を見開いたが、気を取り直して尋ね返した。
「……あんた、俺が誰だか忘れたのか? 俺はかつてはあんたを殺そうとした男だぜ? それを、いいのかよ」
「以前は以前、今は今、でしょう? 貴方がまた私の宇宙を征服しようと考えているというのなら別だけど」
「そんなことはもうしない。する必要がないからな」
「だったらいいじゃない。ああ、それと、お仕事も何かお世話するわね」
「仕事!? 俺に?」
 目を剥くアリオスに、そうよ、と女王は微笑った。
「それとも、仕事しないでオスカーに食べさせてもらうの? それじゃヒモじゃない、そんなのイヤだわ」
「ヒモって、あんた……」
「それに堅物の保護者の手前も、真面目にお仕事してた方が受けがいいでしょ?」
 だからね? と小首を傾げて可愛らしく告げる女王に、アリオスは二の句が告げない。
 これでは勝てない、と思う。勝てるはずがないと。
「それと、この前私が言ったこと、覚えてくれてるわよね、アリオス?」
 確認するように聞いてくる女王に、アリオスは、ああ、と頷いた。
「ならいいわ。絶対に忘れないでね。もしあの約束を破ったら、オスカーは返してもらいますから」
 女王のその宣言に、アリオスは握る拳に力を入れた。
「オスカーは渡さない。漸く手に入れたんだ、手離す気はない!」
「だったら、絶対にオスカーを幸せにしてあげてね。私が彼を諦めたままでいられるように」
 どこか寂しげな微笑を浮かべながらそう言うと、後のことはロザリアに聞くようにと告げて、女王はアリオスに退室を促した。
 アリオスが扉の向こうに消えるのを見送りながら思う。
 オスカー、貴方がアリオスを想っているのは分かってる、でも、それでも、私は貴方が好き。だから、これからも貴方の事を好きでいてもいいでしょう? この想いまで、捨てなくてもいいでしょう? と──


◇  ◇  ◇



 女王の内密の計らいでいつの間にか聖地に居着いたアリオスに、事情を知らない者たちは仰天した。
 相手はかつての侵略者だ。それが平然として在ることに疑問を浮かべる、なぜ、と。
 だが女王も了承し、認めていることとなれば、誰も何も言えない。
 そんな中で、最も苦虫を噛み潰したような顔をしているのは首座たる光の守護聖ジュリアスだ。
 アルカディアにいる間、オスカーはそんなそぶりは全く見せず、ジュリアス自身も問うこともできないままに来ていたが、聖地に戻ってみればオスカーの傍らにはアリオスがいて、一目瞭然というものだ。
 女王はジュリアスに、「納まるべきところに納まっただけのことでしょう」と微笑って告げた。
 そうしてすっかり落ち着きを取り戻し、そして時に幸せそうな満ち足りた笑顔を見せるオスカーに何も言えなくなるのだ。
 アリオスのことを認めたわけではない。許したわけでもない。けれどオスカーがいいと言うのなら、女王が言うようにただ見守るしかないのだろうと、諦めにも似た境地でそう思うのだった。

── das Ende




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