Trost 3 【Vollendung - 6】




 全身に、くまなく口付けの雨を降らせる。
 強く吸い、時に甘噛みし、躰中、至る所に赫い痕を残していく。
 確認するように、そしてまた、自分のものであるとその所有を示すかのように。
「んあっ、はああっ…………、ぁあ……」
 オスカーの甘い喘ぎが部屋の中に響き渡る。
 彼が快感を感じているのは明らかで、アリオスはその声に満足そうな笑みを浮かべながら、さらに愛撫を強めていった。
 そして手を滑らせて、オスカーの大腿に手を添えるとそのまま抱え上げ、腰を上げさせる。
「あ、やっ、見る、なっ!!」
 秘所に視線を落とせば、見られていることを感じ取ったのか、オスカーはそう叫んで、羞恥に顔を赤らめた。
 そこは、男を欲しがってひくついていた。
 それが自分でも分かっているのだろう、アリオスの視線から逃れるように顔を反らす。羞恥から、顔だけではない、全身を紅く染め、躰を震わせている。
 暫く秘所を見詰めていたアリオスは、右の人差し指を一本、ゆっくりと小さな秘孔の中に挿し入れた。
 そのまま奥まで進め、指を曲げ、中を広げるように掻き回してみる。
 くちゅ── と、濡れた音がした。
「!?」
 二人の吐息しか聞こえない静かな部屋の中、その音はやけに大きく響いてオスカーの耳にも届き、一瞬息を止めた。
 女とは違う。ましてやそこは本来排泄器官なのだ、濡れる筈がない。だがそれは明らかにそこが濡れていることを示していて……。
「……あ……、そんな、ど、して……」
 オスカーは自分の体の反応に、戸惑い、動揺していた。
 信じられなかった。
 女のよう、ではない、これでは女そのものだ。
 涙が溢れてきた。これが、仮にも強さを司る炎の守護聖かと。
 アリオスは思った。
 この躰は、男に抱かれるためにある躰だと。
 男に抱かれることに慣れた、慣らされた躰。
 一体どれほどの数の男に躰を開いてきたのかと、嫉妬めいたものが脳裏を(よぎ)る。
 だが肉体の反応とは裏腹なオスカーの様子に、違うと思った。
 己の躰の反応に、戸惑い、動揺している様はあまりにも初心(うぶ)だ。たとえ記憶がないにしても。
 そしてまた、肌に馴染んだその感触。
 記憶にはなくとも、躰は確かに覚えている。オスカーの肌を、その癖を、どこをどうすればどう感じるのか、指が、唇が、覚えている。
 自分がそうであるように、オスカーの躰もまた覚えているのは明らかで、そうして、確たる証はないものの、それでも直感で確信した。
 この躰は男に抱かれるためにあるのではない、自分に抱かれるためにあるのだと。自分がこの躰を作り上げたのだ、この躰を知っているのは、自分だけだと。
 そして、本来濡れるはずもないそこが濡れていることも、不思議に思わなくもなかったが、それが自分のためと、それだけオスカーが自分を求めているのだと考えれば、嬉しかった。
「オスカー、オスカー」
 秘孔に挿し入れた指はそのままに、空いている方の手を伸ばしてオスカーの緋色の髪を梳きながら、名を呼び、眦に優しく口付けた。
「そんなに恥かしがる必要なんてない。それだけ、俺を欲してくれてるってことだろう?」
 アリオスのその言葉に、オスカーは不安そうに揺れる涙の溜まったままの瞳をゆっくりと向け、震える声でその名を呼んだ。
「……アリオス……」
 そんなオスカーにアリオスは微笑(わら)って見せて、頬に口付けを落とすと、再びオスカーの秘所に集中した。
 確かに中は濡れてはいるが、入り口のきつさは変わるものではない。
 寛げるように、指を一本、更にもう一本と増やしていく。
「あ、ああっ、やっ……、んっ、あ……」
 断続的に声を上げ続けるオスカーに、アリオスはさらに欲が高まっていくのを自覚した。
 早くオスカーの中に入りたかった。そして思い切り突き上げたくて、その衝動に駆られるまま、アリオスは秘孔に入れていた指を引き抜くとオスカーの脚に手を掛け、思い切り限界まで開かせた。
 そして先刻から男を欲してひくついているオスカーの秘孔に、アリオスは己の欲望に熱く滾る楔を押し当てる。
「っ!!」
 オスカーが躰を強張らせたのが分かったが、もう止める気はない。
 記憶がないことで意識の上ではこれが初めての行為であっても、躰は覚えている。
 そこは既に熱く熟れて、男を待っている。挿れれば、熱く絡み付いてくるだろう。
 アリオスは一息にオスカーの秘孔に己を突き刺した。
「あああっっ!!」
 思い切り背を仰け反らせて、オスカーはその衝撃に耐えた。
 擦り上げるようにして突き上げれば、オスカーの中はやはり熱くて、そしてアリオス自身をきつく締め付ける。肉襞が絡み付き、さらに奥に引き込もうとする。
 その反応に気を良くして、アリオスは浅く深く突き上げ続けた。
「はああっ、……ああっ、んっ……、ぅ、ぁああ……っ」
 オスカーの薄蒼の瞳は熱く潤んでアリオスの姿を追い、その両腕が何か縋るものを求めるように、伸ばされた。
 アリオスはその腕を取ると自分の肩に掛けさせた。
「ア、アリオ、ス……、んっ、やっ、……ああっ、も、もっと奥……、あぁ……!!」
 突き上げられ、その勢いにガクガクと躰を揺さぶられながら、オスカーは離れまいとするようにアリオスの腰に両足を絡ませ、背に回した腕に力を入れて爪を立て、アリオスを引き寄せた。
「……つっ……」
 アリオスは小さく呻きながらも、オスカーを突き上げる動きを抑えることはなかった。
「はあああ── っっ!! あぁ……」
 アリオスのものが抉り上げるように最奥を突いた時、オスカーは耐え切れずに己の欲を放ち、自分とアリオスの腹を汚した。そして一層きつくなった締め付けに、続いてアリオスもオスカーの中に己の熱の全てを吐き出した。
「……んあっ、あ……」
 荒い息が収まらぬまま、二人は唇を重ね、思い切り舌を絡め合う。
 オスカーの内部は蠕動し続け、そこに留まったままのアリオスに刺激を与える。軽く肉襞に擦り付けてやれば、アリオスのものはすぐに硬度を取り戻す。
「あっ!」
 身の内で、アリオスが再び質量を増したのをまざまざと感じ取って、オスカーは声を上げた。
「まだだ、まだ足りない、オスカー。おまえもそうだろう?」
 欲望も顕わに、アリオスは躰を起こすとオスカーの背に腕を回し、勢いをつけて抱き起こした。
「ひっ、ああっ!!」
 自重で、先刻よりもさらに奥までアリオスを受け入れて、オスカーは思わず悲鳴を放った。
「うっ、んっ……」
 際限を知らぬかのように男を、アリオスを求め続ける自分の躰の浅ましさに、驚き、呆れながらも、オスカーはそれを振り払うようにアリオスに縋り、自分から腰を使った。


◇  ◇  ◇



 チッ、チチッ── という外から聞こえてくる小鳥の囀りと、窓から差し込む陽の光に、オスカーは目を覚ました。
「んっ……」
 全身が、だるかった。
 躰を起こそうとして、腰に走った疼痛に思わず顔を顰める。
「……つぅ……」
 自分の隣を見れば既に男の姿はなくて、そして思い出した。
 夜明け前、アリオスが『他の奴らに俺のことを見られると、おまえがまずいだろう?』と、そして『また来る』と言って口付けを残してまだ薄暗い中を帰っていったのを。
 躰中、無数に散らされた赫い痕と、重く、けれどどこか甘い腰の痛みに、オスカーはアリオスに愛されたのだと、いまさらながらに昨夜の自分の痴態を思い出し、頬を紅潮させた。
 ずっと欠けていたもの、足りなかったもの、欲しくて、だがそれが何かすら分からなかったもの、それが何だったのか── 男を、男に抱かれることを欲していたのだと、そう分かって、正直なところショックだった。
 自分が男に抱かれて悦んでいたなどと、まさかと思い、信じられなかった。
 しかし躰は正直だ。
 それが事実なのだと、オスカーに思い知らしめた。そしてそれは、決して嫌なものではなかった。驚きはしたものの、素直に受け止められた。
 そして夢の中の顔の無い男が、アリオスなのだと今はもう理解している。
 だが記憶の中ではそれはまだ一致していなくて、アリオスのことを何も思い出せていないことに変わりはない。どうしてアリオスのことだけ思い出せないのか、不安は未だ拭えない。
 それでも、今は自分の立場も置かれた状況も忘れて、失くしていたもの── アリオス── を取り戻すことができたことが純粋に嬉しかった。





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