Trost 2 【Zauber - 6】




 聖地、宮殿大広間──
 侵略者たる皇帝を退け、聖地の解放と女王の無事を祝い、その間の皆の慰労を労い、そしてまた自分の宇宙へ帰るという、この宇宙を救った新宇宙の初代女王アンジェリークの送別を兼ねたパーティーが開かれていた。
 だがそこに、本来あるべき一人の人物の姿がない。
 炎の守護聖オスカー── 彼がいたならば、大勢の女性に取り囲まれ、彼がこのパーティーの中心であるかのように華やかで、賑わしかっただろう。けれどその彼は、この大広間のどこにも存在しない。そのことが、華やかでありながらも、どこか影を落としていることは否めない。
「ジュリアス様」
 王立派遣軍において准将の地位に就いているヴィクトールが、首座を務める光の守護聖ジュリアスに、その名を呼びながら歩み寄った。
「ヴィクトールか。今回はご苦労だったな」
 ジュリアスはヴィクトールに労いの言葉を掛けた。
「いいえ」
 と肯きながら、ヴィクトールは尋ねた。
「ところで、オスカー様は?」
 その問いかけに、ジュリアスの表情が陰る。
「まだ、眠ったままだ。一向に意識が戻る気配はない」
「そうですか」
「医師に言わせれば、命があるだけでも奇跡だそうだ」
「……あの時の状況を思えば、確かにそうなのでしょうね」
 そう返しながら、二人はその時のことを思い出した。



 旧き城砦の惑星──
 皇帝レヴィアスの死と共に、皇帝の城は崩れ始めた。
 辛うじて崩れ去る前に脱出したのだが、そんな中で一人だけ、その崩壊に巻き込まれた。いや、巻き込まれたというのは正しくない。オスカーは自らそこに残ったのだから。
 さっきまでそこに城があったとは信じられないような廃虚を前にして、オスカーを失ったことに皆茫然自失となっていた。
 そんな中、それに最初に気付いたのは、オスカーとはある意味対ともいえる対極に位置する水のサクリアを有するリュミエールだった。
「炎のサクリアです! 微かですが、間違いありません、オスカーは生きています、捜して下さい!!」
 リュミエールの叫びに、ジュリアスは炎のサクリアを感じ取ろうと神経を集中させた。
「確かに炎のサクリアだ! 間違いない」
 それから手分けして廃虚の中を捜しまわり──
 今にも消えそうな、本当に微かなサクリアを頼りに、どのくらいの時間捜したのだろう。見つけた時、オスカーは血の海の中に倒れていた。
 大量の出血に顔色は血の気がすっかり失せて蒼褪め、もう息をしていないのではないかとすら思えた。だがかろうじて感じられる波動に、叶う限りの回復魔法を掛け、聖地に連絡を取って次元回廊を開き、宮殿に運び込んだのだ。
 直ちに緊急手術を行い、それから何かあっても即時に対処し、そしてそれ以上に、女王の加護を受けられるようにと特別に女王の傍近くの部屋を病室として用意した。
 回復魔法と医師による懸命の治療とによって、どうにか命を落とす危険性はなくなったものの、オスカーの意識は戻らなかった。
 医療器具に囲まれ、点滴を受けながらただ静かに眠り続けている。まるで、目覚めることを拒否するかのように。
 医師は言った。
 もう少し遅かったら助からなかったと。そしてまた、もう少し傷口がずれていたら、助からなかったと。
 崩れ行く城の中、手元が狂ったのだろう。傷は深かったが心臓から僅かに外れていた。そしてそれが幸いとなり、オスカーの命を永らえさせることとなった。
 医師の見立てでは、その傷は鋭利な細身の刀剣によるものだろうとのことで、ヴィクトールはそれを、皇帝があの折に投げ捨てた剣だったのではないかと推測した。
 ただ不思議なことに、オスカーを見つけた時、それらしい物はオスカーの周囲にはなかったのだ。
 それだけではない。
 皇帝の遺体もまた、どこにも見つけられなかった。
 あったのは、オスカー本人を別にすれば、皇帝の躰を刺し貫いた血塗れのオスカーの大剣だけだったのだ。
 一体、皇帝の姿はどこに消えたのか。その後の王立研究院の調査でも、何も発見することはできなかった。皇帝の存在を示す痕跡は、どこにも、何一つとしてなかった。全ては幻のように、消え失せていた。



 旧き城砦の惑星での最後の戦いから一週間。
 オスカーは未だ目覚めず眠り続けたままだったが、新宇宙に帰るというアンジェリークのために、女王は、オスカーのことを気に掛けながらも皆の慰労を兼ねてこのパーティーを開いたのだ。
「それにしても、なぜオスカーはあのような真似を……。あれではまるで、まるで、心中のようではないか!?」
 ジュリアスは苦渋に顔を歪めながら、口にした。
「たぶん、そうなんでしょう」
 ヴィクトールの返答に、ジュリアスは視線を向けた。
「オスカー様は、あの時、皇帝と刺し違えるつもりだったのだと思います」
「刺し違え……?」
「ええ。それに気付けなかった自分の迂闊さが、悔やまれてなりません」
 気付いていたら、オスカーを皇帝に近づけたりはしなかったのにと、ヴィクトールは拳を握り締めながら呻いた。
「……しかし、あの二人の間に何があったというのだ……? ヴィクトール、そなたは何か知っているのか?」
 最後の時の二人の様子は、確かにただ事ではなかった。何かが二人の間にあったと思わせるのには十分だった。しかしそれが何なのか、今のジュリアスには知る由もない。
「あの二人は……」
 ジュリアスの問い掛けに、ヴィクトールは答えかけて言葉を切った。
 果たして、本人たちの預かり知らぬところでジュリアスに告げてしまってよいものなのか、という疑念が拭えない。
 しかし自分がここを立ち去れば事実を知る者は誰もいなくなる。これからのオスカーのことを考えれば、一人くらい知っている者がいたほうがよいのではないのか。そしてそれは、首座の守護聖であり、オスカーが尊敬しているジュリアスが最も適任ではないのかと、そう思い返して、ヴィクトールは再び口を開いた。
「あの二人は、わりない仲だったのですよ」
「何っ!?」
 ヴィクトールの返答に、ジュリアスは目を見開いた。
「馬鹿な……。男同士だぞ」
「人を愛するのに、男とか女とか、そんなことは関係ないでしょう」
「それくらいは私にだって分かる。分かるが、だがよりにもよってあのオスカーが男と、などと……」
 幸いなことに、ジュリアスに同性同士ということに対する嫌悪感はないようだった。いや、それよりも戸惑いの方が大きいということか。
 オスカーが自他共に認めるプレイボーイであり、一部では漁色家と言われていることも、ジュリアスは知っていた。
 オスカーに女性との噂が絶えないことは、正直、ジュリアスの頭を悩ませていることの一つだ。だがそれでも、公私のけじめはきっちりとつけ、執務の上では申し分のない優秀さに、時にそれとなく注意することはあっても、きつく責めたり問い詰めたりするようなことはしてこなかった。
 そのオスカーが、男と──
 相手がアリオス、つまりは皇帝であったということ以前に、そのこと自体が信じられなかったが、思い返してみれば、あの只ならぬ様子とオスカーの取った行動が、それを事実と知らしめているように思われた。
「ヴィクトール、そなたは、いつから二人のことを……?」
「白銀の環の惑星で……」
 そうして、ヴィクトールはアリオスが皇帝その人であると知れた夜のことをジュリアスに語った。
「具体的に何があってそうなったのか、経緯などは分かりませんし、アリオスについては、その本音も今となっては窺い知ることもできません。ただ少なくとも、オスカー様は本気だったのだと、思います」
 あの夜の、一瞬、これが本当に自分の知る炎の守護聖オスカーと同じ人なのかと思わず疑いたくなったほどの彼の慟哭が、今もなお、耳の奥から消えない。あの折の思わず腕の中に抱きとめた温もりを、今も覚えている。
「そうか……」
「ジュリアス様」
「なんだ?」
 改まって自分の名を呼ぶヴィクトールに、ジュリアスは先を促した。
「このパーティーが引けましたら、その足で部隊に戻ります。その前に、オスカー様を見舞いたいのですが」
「だがオスカーは先ほども言ったようにまだ……」
「分かっています、顔を見るだけで、いいんです」
「……いいだろう。私も、今日はまだあれを見舞っていない。一緒に行こう」
「ありがとうございます」
 そうして二人は、他の者たちには気付かれないようにそっと大広間を抜け出した。





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