皇帝の間を前にして、アンジェリークたちは状況を話し合っていた。
「どうしましょう、オスカー様だけどうしても見つからないんです」
戦力として考えた時、オスカーの不在は大きく、戦力ダウンは避けられない。ここまではどうにか向かってくる敵を倒してやってこれたものの、強大な力を持つ皇帝を相手に、果たしてやれるのかと不安でならないのだ。
「アンジェリーク、もしかしたらオスカー様はもう既に皇帝の元に辿り着いているかもしれない」
ヴィクトールの言葉に、ジュリアスが頷いた。
「確かにその可能性はある。あのオスカーのことだ、今ごろ我々の到着を待たずに先に皇帝とやりあっていることも考えられる」
アンジェリークはジュリアスの告げるその可能性に瞳を輝かせた。
「ああ、そうですよね、オスカー様ですもの、そうかもしれませんね」
言いながら、アンジェリークはハッとした。
「でももしそうだとしたら、いくらオスカー様でも皇帝を相手に苦戦しているかもしれません。だったら私たちも早く行かなければ!」
自分で話を振っておきながら、ヴィクトールは、それならばいいのだが── と思った。
『……奴は、俺を、……自分の物である俺を、迎えにきたと……』
白銀の環の惑星でオスカーの言った言葉がヴィクトールの脳裏を過る。
城に入って間もなく一行が引き離されバラバラにされたのは、もちろん一人ずつ片をつけようという魂胆があってのことだったろう。だがオスカーだけは、皇帝は彼を自分の元に呼び寄せるために引き離したのではないかと思うのだ。そしてそうだとしたら今頃オスカーは──。
「ヴィクトール様?」
自分の思考に沈んでいたヴィクトールに、アンジェリークが呼びかけた。
「ヴィクトール様、どうかされたんですか? 何か気に掛かることでも……」
「いや、なんでもない。それよりも急ごう、いつまでもここでこうしていてもラチがあかない」
いや、そうではない、手遅れにならないうちに皇帝の元に辿り着かなければ、とそうヴィクトールは思う。皇帝にオスカーを連れていかせるわけにはいかないと。
「ヴィクトールの言うとおりだ。もし仮にオスカーがまだ皇帝の元に辿り着いていないとしても、あれのことだ、きっと後から追いついてくる。今は先を急ごう。他の者も、よいな?」
一行を見回しながらそう確認するジュリアスに、他の者たちはそれぞれに返事を返し、頷き返す。
それを見て、ジュリアスはアンジェリークを促した。
アンジェリークは軽く目を瞑り、それから決心したように皇帝の間の扉に手を掛けた。
ゆっくりと扉を開けると、アンジェリークを先頭に、一行はその皇帝レヴィアスがいる部屋についに脚を踏み入れた。
その部屋のもっとも奥まったところに、皇帝は一人立っていた。
そしてアンジェリークたちが近づいてくるのを、黙って見つめている。
声の届くところまでやってきたアンジェリークに、皇帝レヴィアスは目を細めた。
「待っていたぞアンジェリーク、ようやく辿り着いたな、我の元に。ここまで来たこと、誉めてやろう」
「レヴィアス……」
アンジェリークは、ヒタとレヴィアスを見つめた。その眼差しは様々な感情に揺れている。
そしてそれとは逆にレヴィアスからは何の感情も読み取ることはできない。
「ここがおまえの終着の地。我がこの手でおまえの、おまえたちの旅に終止符を打ってやろう。さあ、掛かってくるがいい、アンジェリーク」
アンジェリークは、目の前の皇帝レヴィアスの中に、アリオスの面影を探した。
火事の中から自分を救ってくれたアリオス。それからずっと一緒に旅をしてきた。いつもからかわれていた。皮肉な笑みをよく見せた。でも、自分を見つめてくる瞳はいつも優しくて、そしてまたどこか寂しげなその瞳に、いつしか恋していた。
けれど今目の前にいるレヴィアスに、アンジェリークが恋したアリオスの面影はどこにも見つけられなくて、アンジェリークは唇を噛み締めると決心したように、一歩踏み出した。
そのアンジェリークを、ヴィクトールが止めた。
「ヴィクトール様?」
「その前に確認したい。レヴィアス、オスカー様はどこだ?」
ヴィクトールの発した問いに、皆はその視線をヴィクトールに向けた。
なぜ今レヴィアスにその問い掛けをするのか。
オスカーがここに先に辿り着いた気配はなかった。この部屋のどこにも戦闘の後は見られない。つまり、オスカーはこの城の中のどこかに、まだ一人でいるということだ。
レヴィアスならばオスカーの居所を承知しているかもしれない。しかし今レヴィアスからその所在を聞き出したとして、どうすることができるだろう。
確かにオスカーの所在が知れればそれにこしたことはない。だがたとえオスカーの所在を知ることができたとしても、何もできない。レヴィアスを目の前にして、オスカーのもとへ誰かを行かせる余裕は、正直なところどこにもないのだ。却ってオスカーのことに気をとられて、これから始まるだろう戦闘に集中できなくなく可能性がある、特に戦いに慣れない年少の者などは。それを考えれば、この部屋に入る前に確認したように、オスカーがここに辿り着くのを信じて待つのが一番の得策なのだ。
「オスカーか」
ヴィクトールの問いに、レヴィアスは片眉を微かに動かした。
「あれなら、奥の別の部屋で眠っている」
「眠って、いる?」
その答えに、ヴィクトールに向けられていた皆の視線が、レヴィアスに向けられた。
「久し振りだったので抑えがきかなくてな、些か無理をさせすぎた」
やはり── そう思い、ヴィクトールは拳を握り締めた。
だがヴィクトール以外の者は掴みかねていた。レヴィアスの答えの意味を。
「どういう、ことなの、レヴィアス。オスカー様に何をしたの!?」
アンジェリークが皆を代表して疑問を問い質す。
レヴィアスは口元に微笑を浮かべながらそれに答えた。
「あれは我のものだ。我のものに我が何をしようと、おまえたちには関係あるまい」
「何っ!? オスカーがそなたのものだと!? バカなことを申すなっ!!」
もっとも忠誠心厚く、女王の騎士としてその剣たることを自認する、そして自分の右腕ともいえる炎の守護聖たるオスカーを自分のもの呼ばわりするレヴィアスに、ジュリアスは怒りを覚えた。そして常に冷静なジュリアスらしくもなく、興奮していた。
だがそれはジュリアスだけのことではない。
大切な仲間の一人であるオスカーを、よりにもよって敵の首魁たる男に自分のものと言い放たれて、どうして冷静でいられるだろう、どうして怒らずにいられるだろう。
「信じたくなかろうが、本当のことだ。オスカーの全ては、我のものだ」
「オスカー様を、貴様に連れていかせるわけにはいかない! 返してもらう!!」
鞘から剣を抜いて身構えながら、ヴィクトールは告げた。
「あれを取り戻したければ、我を倒すことだ。もっとも、おまえたちにそれができればの話だが」
それは、言外におまえたちの力では自分を倒すことはできないと言われたようなもので、皆反発を覚え、それぞれにレヴィアスに言い返すのだが、レヴィアスにはそれを気にする様子もない。
「レヴィアス、できるならあなたと戦いたくはない。でも、戦うしかない、のね」
アンジェリークは心のどこかで、レヴィアスが、いや、アリオスが自分たちの元に戻ってくれたらと、そう願っていた。そうしたら、戦わなくて済むから。
この城に入ってから、エリスの魂に導かれて、レヴィアスの悲しい過去も知った。そしてその傷ついた魂を癒したいと、救いたいと思った。だがレヴィアスが望んでいるのは、戦うことだ。
女王に全てを託され、この宇宙を、この宇宙に住む人々を護り救うためには、レヴィアスが言うように、戦って、彼を倒すしかないのだ。
それに、もしかしたら戦うことで、その先に何かを見つけられるかもしれない。
そう思い、決意を固めて改めてレヴィアスの瞳を真っ直ぐに見詰め返す。
「そうだアンジェリーク、それでいい。掛かってこい、これが我とおまえたちとの最後の戦いだ」
多勢に無勢、数だけを見たなら、アンジェリークたちは圧倒的だ。敵は、皇帝レヴィアスただ一人なのだから。
なのに、そのただ一人を相手に、その圧倒的な力の前に苦戦している。もっとも大きな戦力たるオスカーの不在が、いまさらながらに思い知らされる。
だが、たとえどれほどに力の差があろうと、一人であることに変わりはない。一人で一度に何人もの相手をする── 必ずやどこかに隙が生まれるはずだ。まして戦いが長引けば長引くほどに、もちろんこちらもだが、いかな皇帝とて、疲れは覚えるはず。そう思い、そこに活路を見出すしかないだろうと、戦いに慣れた軍人であるヴィクトールは考える。
その考えは他の者にも伝わったのだろう。一撃で決めることなど最初から不可能なことと、それは分かっている。だから少しずつでもレヴィアスの力を殺ぎ落とすために、そのために力を揮い続ける。
女王の信頼に応え、その願いを叶えるために、この宇宙を護るために、そしてレヴィアスが自分のものだといい、その手の内にあるというオスカーを取り戻すために。
どのくらいの時間が経ったのだろう。既に時間の感覚はなくなっていた。
だが一人、また一人と力を使い果たして離脱する仲間に、戦い始めてから長い時間が経ったのだと知れる。
そして流石にレヴィアスにも疲労の色が見て取れるようになってきた。
それはレヴィアスにほんの僅かではあったが、確かに隙を生み出す。
その隙を見逃すことなく、ヴィクトールがレヴィアスに向けて渾身の力を込めた技を放った。
防御が遅れ、まともにその技を喰らったレヴィアスは、後ろの壁に叩きつけられた。
流石にそのまま踏み止まって倒れこむようなことはなかったが、それはレヴィアスに相当のダメージを与えたようだった。
「バカ、な……。この我がおまえたちにやられるというのか……。これで、終わりだと……?」
口元から一筋の血を流し、それを拭いもせずにアンジェリークを、その仲間の一行を睨みつけながら自答するように呟く。
その時── 。
バタンッ! と大きな音がして、正面の扉が勢いよく開けられた。
皇帝の間にいる全員の視線が、一斉にそちらに向けられる。
そこに立つのは、炎の守護聖オスカーだった。
|