明けて翌日、朝靄も残る、まだ多くの人々が眠りの中にある早い時間にも関わらず、トーランド将軍配下の軍人五名が、司政長官ルキソール公タイラントの屋敷を訪れた。
守衛の者は前もってタイラントからの指示を受けていたらしく、彼らがトーランド将軍配下の者と分かるや、彼らの代表が用向きを伝える前に、確認だけをして中へ通したのだった。
その様に、彼らは自分たちに与えられた任務が何か、トーランドからはタイラントの指示を仰げ、とのみで何も聞かされてはいなかったが、よほど緊急かつ重大なものなのだと察した。
案内された一室に、さして間を置くことなく帝国司政長官の地位にあるルキソール公タイラントが一人の実直そうな年配の男を連れただけで入ってきた。
五人は一斉にタイラントの前に膝を折り、中の一人が代表して口上を述べる。
「帝都守備隊にて中隊長を勤めております、フーバーと申します。トーランド将軍の命により馳せ参じました」
「将軍は、そなたらには何と?」
「全ては長官の指示に従うようにと、ただそれだけでございます」
「うむ」
頷き、五人の顔を確認するように見ながらタイラントは問うた。
「ところで、ガディルというのは誰か?」
「私です」
五人の中では最も若い、二十代前半の黒髪の男が顔を上げて答えた。
「そなたがガディルか。エルシアの出、であったな?」
「さようでございます」
「実は、あるお方を迎えに行ってもらいたいのだが、その方がおられるのがエルシアでな、それでエルシアまでの案内役を頼みたく、そなたを将軍から借り受けたのだ」
タイラントのその言葉に、ガディルは漸く自分が選ばれた理由を納得した。
自分を除けば、他の四人はいずれもトーランド将軍の信頼も厚く、豪傑と言われ、名も知られた武人揃い。そんな中にあって確実に自分の存在は浮いていた。何故自分がこの四人と共にあるのか、分からないでいたのだ。
しかし、エルシアまでの案内役と聞けば話は違う。
少なくとも、ガディル自身が知る限りにおいて、守備隊の中に他にエルシア出身の者はおらず、その役が勤まるのは確かに自分しかいないと言い切ることができた。
「一日も早くその方をこの帝都にお迎えするためにも、是非とも頼む」
「精一杯努めさせていただきます」
ガディルの返答に、タイラントは満足そうに頷いた。
「ところで閣下、我々がお迎えに上がる方というのは、どのような方なのですか?」
フーバーが疑問を尋ねた。もっともな問いである。
「それは、まだ言えぬ。許せよ。だが、帝国の未来にとって簡単に言葉で表すことが出来ぬほどに大切な方だ、心してくれ」
タイラントの言い様に、五人はいよいよ事の重大さを心に刻み、その思いを深くした。
「なお、さすがにわし自ら行くわけにはいかぬのでな、この者を」
そう言って、タイラントは後ろに控えている男を示し、それに応えて男が一歩前に出た。
「当家の執事を務めておるエルティングという。この者がわしの名代として同行する。軍人であるそなたらとは体力的にも比較にならぬゆえ、道中は何かと面倒を掛けることになるやもしれぬが、委細はこれが承知しておる。詳しい場所も、そのお方のことも、何もかもな。途中おいおいにそなたらにそれらを打ち明けるように申し付けてある。それと、当家の中から、そなたらほどではないが、些か腕に覚えのある者達を選んでおいた。そなたらと合わせると、・・・・・・何名になるかな?」
「十二名でございます」
タイラントの問い掛けに、すかさずエルティングが答える。
「今、家の者に度の仕度をさせておる。用意が整い次第出発してもらいたい。それまでは、この部屋で躰を休めていてくれ。エルシアは遠い。途中、邪魔が入らぬとは限らぬし、何が起きるか分からぬが、くれぐれもよろしく頼むぞ」
「畏まりました」
フーバーが応え、残りの四人も揃って頭を下げた。
その後、ルキソール公家の者とトーランド将軍配下の軍人を合わせて十二名の者が公爵家の屋敷を出発したのは、夜も更けてからのこと。
用意はとうに出来ていたが、なるべく目立たぬようにとの配慮からそうされたのだ。
しかしその前夜、密かにエシュテート王太子の手の者が、同じくエルシアの地を目指して出発していたことを、タイラントもトーランドも、誰一人として知る由はなかった。
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