黄龍と蛇神 【3】




 龍麻が到着すると、それを待って車の用意をさせていた鳴滝は、共に後部座席に乗り込み、車を出させた。
「一体どこへ?」
 何の説明もないままに車に乗せられた龍麻は、座る態勢を整えてから鳴滝に問い掛けた。
「うむ。その前に説明のためにも確認しておきたいのだが、君は、三輪山を知っているかね?」
「三輪山、ですか? ……確か、奈良県にあって、その山自体がご神体って言われてるとか。それくらいで、あまり詳しいことは知りませんが」
「そうか。その三輪山だが、崇神天皇の頃、天変地異や流行病があり、それに悩んでいた崇神の前に姿を見せたのが、大物主の神であり、大物主は、それを起こしているのは自分であり、自分の血を引く太田田根子に自分を祀らせれば治まると告げた。それを受けて崇神は太田田根子を捜しだし、祭祀を行わせたところ、騒ぎは治まったという。その時に建立されたのが大神神社だが、山自体がご神体であることから、拝殿のみで、本殿は存在しない」
「へえ、崇神天皇っていったら、随分と昔ですね」
「そうだな、日本でも神社の建立は最古の部類に属している」
「で、その三輪山が、紅葉とどういう関係があるんです?」
「三輪山ではない。関係があるのは、祭祀を行って大物主を鎮めたという太田田根子だ。その太田田根子の子孫が現在も存在している。そしてそれが、紅葉の母親の実家なのだ」
「マジにっ!?」
 龍麻は鳴滝の説明に驚きの声をあげた。
「事実だ。そしてその家、大神(おおみわ)家に生まれるのは殆ど女子で、男子が生まれることは滅多にないそうだ。家を継ぐのは必ず女子で、男子が生まれた場合は、たいてい外に出されていたということだ。それは大神家が代々続けているある儀式に関係があるのだろう」
「儀式……?」
 龍麻はその言葉に、今回、紅葉と連絡が取れなくなっていることから、何やら嫌な予感を覚えた。
「一体、どんな儀式なんです?」
「……生まれた女子が一定の年齢に達すると、祭神である大物主と契りを交わすそうだ。本当のところは、私も聞いただけの話なので、正直、本当のことなのかどうか、些か疑問ではあるのだがね。
 紅葉の母親である櫻さんは、その儀式の前に、紅葉の父親と共に駆け落ちした。その紅葉の亡くなった父親というのは、実は私の古い友人でね、生前の彼から、そして息を引き取る直前にも、頼まれたのだよ。何としても、その実家から櫻さんと紅葉を守ってくれと。そして櫻さんからも、最近夢見が悪く、どうやらそれに実家が関係している気がしてならないという連絡を受けている」
 眉間に皺を寄せながらも、龍麻は鳴滝への問いを重ねた。
「けど、守るってどうやって? 場所が分かってるなら、拳武館の暗殺組でも動かせばそれで済むんじゃないですか?」
「しかし、伝え聞いている話が事実だとしたらどうだね? 人間に、相手が務まると思うかね?」
「……事実なら、無理、でしょうかね……? で、俺、ですか? でもなんで?」
「祭神の大物主は蛇神だ。蛇に対抗するなら、龍が適任ではないかね? ましてや君はただの龍ではない、黄龍だ」
「器、ですけどね」
「先の件以後、君自身が黄龍と言ってさしつかえないと、私は判断しているのだがね。
 いずれにせよ、奈良までは遠い。だいぶ時間がかかる。車の中だから不自由だろうが、今のうちにできるだけ躰を休めておきなさい」
「完全に納得いく話じゃないけど、仮に事実だったとしたら、蛇如きに自分の大切なモンに手を出されるのは嫌だし、行われるという儀式が本当のことで、紅葉がその犠牲にされそうだっていうなら、その時は思いっきり相手をしてやりますよ
 ってことで、休ませてもらいますね」
 車はリムジンで、龍麻と鳴滝は向かい合わせに座っていたのだが、そう告げると、龍麻は窮屈そうではあったが座席に横になった。そんな龍麻の様子を、鳴滝は紅葉の身を案じつつ、両腕を組んで見つめると、彼自身も目を閉じた。何かあれば運転手が起こすだろうし、それ以前に、龍麻も自分も、気配に気が付いて意識をとりもどすだろうことを確信しながら。





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