このまま予定通り代々木公園に行くことを確認し、しかし天野はどうするのかと、美里は疑問を口にした。取材を続けても、果たして唐栖の言うようにこれは記事になるのだろうかと思うから。
「天野さんは……。天野さんはこれからどうするんですか?」
「ごめんなさい、私が付き合ってあげられるのは、ここまで」
「取材、いいのかよ?」
「酷いことを言うようだけど、ルポライターっていう仕事はわたしにとって仕事なの。記事にできない事件をいつまでも追ってるわけにはいかないわ。それに、悔しいけど、私の手に負える事件じゃないわ」
仕事として成り立つか成り立たないか、現実的に割り切って天野は答える。
できれば追いたい事件だ。だが仕事にはならない。抱えている仕事はこれだけではないのだ。そうなれば、おのずと結論は出る。
「……そうだよね。慈善事業してるわけじゃないもんね」
「なるほど。大人の仕事も大変だねぇ」
「ほんとにごめんなさいね」
「なら、俺たちがかわりに事実を証明してやるよ。俺たちの考えが間違ってないコトをね」
「……そうね。君たちならできるかもしれないわね。ふふふっ、楽しみにしてるわ。そうそう、代々木公園で金髪の男の子に会ったら、よろしく伝えてね。きっと貴方たちの力になってくれると思うわ。それじゃ、気を付けて……、また会いましょう」
言うべきことを言い終えると、天野はバッグを抱えなおし、自分にとってのこの件はここで終わりだと言うように、振り返ることなく立ち去っていった。
その姿を見送って、
「さて、行くとしようぜ、代々木公園へっ」
「ああ、行こう」
唐栖亮一の待つ代々木公園へと足を向けた。
代々木公園に着き、辺りを見渡す。普段なら大勢の人間がいるはずだが、今、そこに人影はなかった。
「さすがに、事件の噂を知ってか人気がないな……」
「醍醐君……、何か……、視線を感じる」
「ああ── 。この気は、ただごとじゃないな」
「空気が、憎しみと憤りに溢れているわ……」
人の気配は確かにない。だが、確かに悪意に満ちた気を感じ取ることができた。
不気味な鴉の鳴き声が響き渡る。それも一羽や二羽のものではない。
「うひょーっ、噂通り、すげぇ鴉の数だな」
見回せば、彼らを取り囲むかのように無数の鴉がいた。
「なんか、恐い……。前に来た時は、こんな雰囲気じゃなかったのに。園内に、人はいないのかな」
「そうね。全然人の気配がないわ」
「とにかく、入ってみようよ」
「── コラッ!! あンたら、そこで何やってる!?」
園内に足を踏み入れようとした時、ふいに若い男の怒鳴り声がした。
「キャッ」
「悪いことは言わない。ここに入ンのはやめときな」
「おまえは── あっ」
声のした方を見れば、制服を着て、髪を金色に染めた一人の高校生がいた。
「金髪の男の子……。もしかして天野サンの言ってた……」
桜井の出した『天野』の名に、その学生が片方の眉を上げた。
「ン……? あンたら、あの人の知り合いか。だったら、なおさらここに入れるわけにはいかないぜ。何しにきたか知らないが、大人しくお家に帰ンだな」
「随分でけぇクチきいてくれるじゃねぇか。てめぇ、一体なにもんだっ」
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るもンだ。オイッ、そっちのあンたの方が話が分かりそうだな?」
蓬莱寺の後方にいた龍麻の姿を認めて、声を掛ける。それに応えて、龍麻は名を名乗った。
「緋勇龍麻か。物分りのいいヤツは長生きするぜ。とにかくここには、近付かないこった」
「……俺たちの話も聞いてくれ。俺たちは別にあんたと争いにきたわけじゃない」
蓬莱寺を下がらせ、醍醐は一歩前に出た。
「……あンたは?」
「俺の名は、醍醐雄矢。新宿の真神学園の三年だ」
「ヘェ……」
醍醐の名乗った名に、その学生は醍醐を見やった。
「あンたが、真神の醍醐かい」
「知っててもらって光栄だな」
「渋谷区は新宿の隣だからな、魔人学園の名を知らねぇヤツはいないさ。そういや、この前も真神のヤツがウチの高校のヤツと揉めてたって話を聞いたが、アンたたちの知り合いかい?」
醍醐はすぐにそれが先日問題を起こした佐久間のことと分かった。
「佐久間のことか……。すまん……、迷惑をかけたようだな」
「なぁに、喧嘩なンて、お互い様さ。どっちが、悪いってワケでもねぇよ」
その軽口に、彼が佐久間のことを根に持っているわけではなさそうだと、醍醐は安心した。
「はははっ、話が分かるな。ところで、君は渋谷には詳しいのか?」
「あぁ……。渋谷はオレ様の生まれ育った街だからな。俺は雨紋雷人。渋谷の神代高校の二年だ。あンたらが天野さんに会ったンなら、何しに代々木公園へ来たか分かるがな」
「そうか……。それなら、話が早いな」
安堵したように、醍醐は息を吐き出した。
「唐栖って奴を知っているか?」
「あいつに会ったのか?」
「直接は会っていないが、俺たちを挑発してきたよ」
そう言って、醍醐は先刻の遣り取りのことを雨紋に告げた。
「ちっ、あのバカ」
吐き出すように、雨紋は小さく舌打ちをした。
「友達か?」
「……冗談じゃねぇ、あんなヤツの友達だと思われるとヘドが出るぜっ!!」
「わけありか……」
「あの人を止めないと……。あの人は《力》の使い道を間違っている……」
美里の言葉に、雨紋は彼女を見つめた。
「…………」
「そういえば、唐栖は『僕や奴の他にも《力》を持った……』っと言っていたが、もしや、おまえも何か……」
「……敵か味方かもよく分からないヤツに簡単に答えられることじゃないな」
「そんなっ。敵だなんて……あっ」
言いかけて、桜井は自分がまだ名乗っていないことを思い出した。
「ボク、桜井小蒔。同じく真神の三年だよ。とにかく、ボクたちは、あの唐栖って奴に会いに来たんだ。だって……、あの人のやってることは、間違ってるよっ」
「雨紋君……、私たちにも、不思議な《力》があるの。ある日突然、《力》が現れて、今はまだ何も分からないけど、でもこの《力》が誰かの役に立つなら……。みんなも、同じ思いなの。だから── 」
「オレ様とあンたたちは協力しあえる……、そういうことかい。そっちの、あンたはどうなんだ?」
美里に最後まで言わせずに、雨紋はその言葉を引き取り、名を名乗ったきり黙したままの龍麻に問い掛けた。
「さあ、どうなんでしょうね。協力し合いましょうと即答するのは、いささか考えるところがあります」
曖昧な微笑を浮かべつつ、龍麻は答えた。
「まぁ、別にオレ様はどっちでも構わないぜ」
「……オレも緋勇に同感だ。こんな態度のでかい奴の助けなんざ借りなくても、俺たちだけで、充分だぜ」
「そんなこと言わないで、京一君も、緋勇君も。せっかく協力し合える仲間に会えたっていうのに」
美里は、蓬莱寺と龍麻の顔を交互に見ながら、訴えるように話し掛ける。そんな美里に一瞥もくれることなく、龍麻は真っ直ぐに雨紋の目を見ていた。
「誤解しないでほしいのですが、僕は協力しあう気がないと言っているのではありません。ただ、敵ではない、と思いますが、だからといって、味方と言い切るには、お互いに知らなさ過ぎるということです。けれど、雨紋君、君が天野さんに告げた内容が真実であるなら、少なくとも今回の唐栖亮一の件に関しては、協力しあうことは、可能でしょうね。実際、僕たちに唐栖に関する情報が無いことを考えると、君の協力が得られれば助かるのは事実ですし」
「ねえ、雨紋クンもボクたちと一緒に行こうよ」
「そうだなぁ……。まぁ、オレ様もちょうどヤツのトコへ行こうと思ってたし、これ以上……放っとくわけにもいかないからな」
「それじゃあ……」
雨紋の答えに、美里と桜井の顔が綻んだ。単純に、仲間ができたと喜んでいるようだ。
「あぁ。とりあえずここは共同戦線で構わないぜ。オレ様の持ってる能力は、まっ、後のお楽しみってことで、とりあえず、よろしく」
「おまえもいいな? 京一」
醍醐が確認してくるのに、蓬莱寺は納得したわけではないが仕方ないというように、舌打ちをしながら了承の意を示した。
「ちっ……分かったよ。その代わり、足手纏いになったらさっさとおいていくからな!!」
「分かってますよ、先輩」
「とにかくっ、さっさと行くぞ!!」
雨紋を先頭に、彼の案内に従って公園の中を進んでいく。
雨紋が案内した先は、公園の一角にある、工事現場だった。
「ここは……?」
「ココには、塔が建つらしい。鴉騒ぎで、今は工事が中断してるらしいがな」
雨紋の言うように、骨組みが済んだ状態で工事が中断され、辺りには資材も掘り出されたままになっている。
「うわあー……。なんか、イッパイ飛んでるよ。これなら人間の一人や二人食べちゃうかもね……」
そうして見上げれば、その骨組みの部分に所狭しと鴉がとまり、彼らを見下ろしていた。そしてその鴉の鳴き声が煩いくらいに辺りに響き渡る。
「どうやら、襲ってくる気配はないな……。あの唐栖とかいう奴が命令しているのか?」
「あぁ。ヤツは、この上にいる。いつも高みから偉そうに地上を見下ろしてンのさ」
言いながら、雨紋は顎をしゃくって、工事中の塔の天辺の辺りを示した。
「…………」
「緋勇っていったっけ、あンた、高いトコは大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「そうか……、なら、いいンだけどよ。けど、あンた、随分と無口なんだな。ま、男はおしゃべりよりそれくらいの方がいいけどよ」
言いながら、雨紋はさりげなく蓬莱寺に視線を向けたが、蓬莱寺はその視線には気付かぬまま、先刻から疑問に思っていたことを口にした。
「おまえ、あの唐栖って奴と知り合いなのか?」
「……ヤツは── 唐栖亮一は、二ヶ月前、オレ様の通う渋谷神代高に転校してきた男だ。あいつも、はじめからあぁだったワケじゃない。あいつが、変わりはじめたのはここ一月ぐらい前からさ。転校してきたばっかで、友達もほとンどいなかったヤツだが、オレ様とは席も近かったせいかよく話をした。そのヤツが……、あの日……」
『雨紋── 、こっちだよ。雨紋── 、随分と遅かったね。
まぁ、僕は待つのは嫌いじゃない。待つのは……ね。
どうしたのか……って? クックックッ。
雨紋……。君は、神の存在を信じるかい? 僕は信じるよ……。
不思議そうな顔をしているね。
神は、等しく生きとし生けるものを創ったと言うけど、あれは、間違いさ……。
神が創り出したのは、二種類の人間だよ。
それは── 《力もつ者》と《もたざる者》……。
人は生まれながらにして、その資格を定められている。
クックックッ。僕は、選ばれた……、神たる《力》もつ者に── 』
「《力もつ者》……だと? 雨紋、そいつは、確かにそう言ったのか?」
「あぁ」
「醍醐クン……」
「…………」
「その人も、雨紋くんや私たちと同じ……」
「うむ」
「ちっ、なんだか、今年になってからわけの分からねぇことが立て続けに起こりやがる。人間を鴉の餌にしたがる奴はいるわ、旧校舎でおかしなコトに巻き込まれるわ、変な技を持った男は転校してくるわ……。なぁ、緋勇」
あからさまに、おまえのことだと言いたげに龍麻を見ながら蓬莱寺が言うのに、龍麻は無視を決め込んだ。
「…………。冗談の分かんねぇ奴だな」
反応の無さに、つまらなさそうに蓬莱寺は呟く。
「……引き返すンなら、今のウチだぜ?」
これが最後の選択だと言うように、雨紋は五人を見回した。
「そうだな……。美里、桜井……、本当に、大丈夫か?」
「もうっ、くどい!! 女にだって二言はないのっ!! まったく、醍醐クンは余計な心配し過ぎなんだよっ。ね? 緋勇クンもそう思うだろ?」
醍醐が心配してくれているのは分かっても、それでも繰り返される問いに、桜井は思わず怒鳴り返し、龍麻に同意も求めた。だが、龍麻がそれに応えることはなかった。
龍麻自身、桜井や美里を同行させたいとは思っていない。だがそれは醍醐のように彼女たちのことを心配してということではない。邪魔、だと思っている。だから連れていきたくない。さらに言うなら、龍麻にとっては醍醐や蓬莱寺の存在も同じことだ。しかし、それを言ったところで無駄だろうとそう思うから、だから何も言わない。
「……もういいよ」
桜井はそんな龍麻の様子に、溜息を吐きながら俯き加減に呟く。
「なんかボクたちって全然信用されてないんだね」
「小蒔……、そんなこと、ないわよ、きっと……」
「心配していたつもりが、余計な気を遣わせたようだな。すまんな、美里。桜井も……」
「えっ、ううん。ゴメン……変なコト言って」
「よし……、行くぞ。緋勇も、京一も、雨紋も、気を引き締めていけよ」
放課後の部活動の主将の立場をそのまま引き継いだかのような醍醐の態度に、龍麻は眉を顰めた。
これはもちろん部活動ではないし、彼は主将ではなく、自分も部員などではない。なのに、醍醐はさも当然というように指示を出す。蓬莱寺たちにとってもそれは当然のことのようで、ごく自然にそれを受け入れている。だが、龍麻はどうしても不快感を覚えてしまう。
しかし今はそのようなことに構っている時ではないと、龍麻は軽く頭を振ると、塔の上へと階段を上りはじめた。
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