妖刀 - 2




 授業を終えると、待ってましたとばかりに早速醍醐は龍麻の元にやってきた。
「今日の授業も終わったな。どうだ、緋勇、もう学校には慣れたか?」
「ええ、おかげさまで」
「そうか。高校最後の一年間だ。お互い、悔いのないように過ごしたいものだな。実はな、この間の旧校舎の件もあるし、おまえのことも心配してたのさ。美里もあの時以来変わった様子は見られないし、京一と桜井もいつも通りだしな」
「僕のことでしたら、心配は無用ですよ。気にしないでください」
「そ、そう言われてもな……」
 そんな会話をしていると、いつものように蓬莱寺がやってくる。
「よっ、ご両人。ちょいと相談があるんだけどよ。そろそろ花見の季節だなぁ、っと。で、舞い散る花びらを見上げながら、緋勇と友情について熱き語り合いをだな──
「……その本音は?
「いや、さぞかし酒がウマいだろうなぁ……と」
「……京一、おまえな……」
「まぁまぁ。相変わらずおカタイなあ、真神の総番殿は」
 そうしてまたいつものごとく自分の前ではじめられた二人の言い合いを、龍麻は呆れながら見るともなしに見ていた。
 できるなら二人を無視してさっさと帰ってしまいたいのが、そんなことをすればまた追いかけてきて怒鳴りつけられるのが落ち。それもまた面倒だと、この高校に転校してきてから何回目とも既に判らぬ溜息を吐いた。
「酒は、健全な肉体だけでなく精神まで鈍らせる。京一、おまえも武道家の端くれなら解るはずだ」
「あいにくと、酒で鈍るほど俺の腕は悪くないんでね」
「……そういうのを屁理屈というんだぞ、京一。大体、俺たちは高校生だ。社会的、道徳的にだな──
「社会や道徳で宴会ができりゃ苦労しねぇよ」
「それが屁理屈だと言ってるんだっ!!」
「なんだよ。じゃあ、緋勇にも聞いてみろよ」
「……おまえは、どうなんだ緋勇。高校生が酒なんて、もってのほかだと思わんか?」
「えっ?」
 いつまで続ける気なのかと思っていたところへ、ふいに自分に振られて一瞬慌てた龍麻は、前髪を掻き揚げながら応えた。
「ああ、お酒ですか。別にそうは思いませんよ」
「何っ!?  いいか、緋勇、何も俺の独断で悪いと言ってるワケじゃない。一般的に言って、学生たるものはだなぁ──
「確かに未成年の飲酒は法律で禁止されていますから、酒の売買については問題がありますけど、実際に呑むか呑まないか、それからどんなふうに呑むか、それは本人の自覚、認識の問題でしょう。それで周りの人間に迷惑を掛けるのは困りますけどね」
「別に、いいじぇねぇかよ。酒の一杯や二杯……」
「あのなぁ、京一。俺は、おまえたちを心配して──
「はいはいっ、まったく、俺もいい友達をもって幸せだぜっ」
「ふんっ、勝手に言ってろっ。ともかく……、ダメなもんは、ダメってことだ」
 二人の言い合いの間に、二つの異なる笑い声が混じった。見れば、美里と桜井がすぐ後ろでクスクスと笑っている。
「なんだよ、二人ともいたのか──
「さっきからいたよっ、ボクと葵と……。美女が二人も── 。ねぇ〜、緋勇くん?」
 龍麻は醍醐や蓬莱寺たち以上に、この女たちは苦手だと思う。自分の周りにいる他の女性たちに対しては、こんなことを思ったことはない。だから女性そのものが苦手というわけではないのだが、どうしても彼女たちとは相容れることが出来ない。
 桜井の問いかけに答えず、無視した形になってしまったことに桜井が頬を膨らませる。そんな桜井を宥め、話を変えるように醍醐が一つの提案をした。
「そうだ、どうせなら、みんなで花見に行かないか? 中央公園も、もう満開だろう」
「……そうだな。ま、それも悪かねえか」
「えっ、花見に行くの!? いいね、それ。ボク、楽しみだなぁ。中央公園は屋台も出るしね。焼き鳥、焼きそば、お好み焼き、おでんにたこ焼き……」
「うんうん、花より団子って言葉はおまえのためにあるようなモンだ。いいよなぁ。お気楽星人は」
「べーっ。花を見ながら、屋台の食べ歩き、これが花見の醍醐味だろ? それに、きれいな桜に食欲も増すってモノさ」
 立ち直りが早いとでも言うのだろうか。ついさっき膨れっ面をしていたと思えば、すでに頭の中は屋台の食べ物で一杯だというように、桜井は明るく笑っている。
 たぶん、こんなところも苦手だと思うところの要因の一つなのかもしれないと、龍麻は思う。
「ねっ、葵?」
「そうね、中央公園はきっと夜桜もきれいでしょうね。みんな、どうかしら、緋勇君の歓迎会も兼ねて」
「歓迎会っ!? そうそう、それだよ。そういえばやってなかったじゃねぇか、歓迎会」
「それじゃ決まりねっ。今日は、皆で花見よっ」
 いつのまに教室に入ってきたのか、遠野の声が割って入った。
「あ、アン子っ!! なんでここに……?」
「あーら、そんなことどーでもいいじゃない。だって、緋勇君の歓迎会だもん。あたしにも参加する権利はあるわよ。ねぇー、緋勇君?」
「さあ、どうなんでしょうね。他の人に聞いてください。僕の意見はどうやら関係ないようですから」
 苦笑を浮かべながら皮肉交じりに応じた。しかし、彼らにそれが通じたことは今までのところなかったし、龍麻自身、もはやそれが通じるなどと期待はしていない。
「おまえがいると、話がややこしくなるからな」
「それはアンタも一緒よっ!! とにかく、花見に歓迎会!! 行かない手はないでしょ」
「ったく、しょーがねぇなぁ。おまえがいると、またなんかロクでもないことが起きそうだぜ」
「ふふふっ……」
「どうせなら、人数多い方が絶対盛り上がるよっ」
「……まあ、そうだけどな。ところで緋勇、おまえの歓迎会なんだから、もちろん来るよな」
 来るのが当然、と決め付けたように聞いてくる蓬莱寺に、そうくるだろうと思っていたものの、やはりいい感じはしない龍麻である。
「遠慮したいところですがね」
 思わず溜息を吐きつつ答えてしまう。
「なんだよ、行かねぇのか? せっかく美里がおまえの歓迎会やろうって言ってんのによ」
「いやだと言ったところで、無理やりにでも引っ張っていくんでしょう、君たちは」
「じゃあ、来るんだな」
「それじゃあ、これで全員参加、決定!!」
 その後、アルコールに関して醍醐が蓬莱寺はジュースに混ぜてでも持ってきかねないと懸念を示し、それに対し遠野がマリアを呼ぶことでそれを阻止しようと提案した。
「マリア先生なら、きっと行ってくれるわよ」
「なるほどな。まさか先生の前で酒は飲めまい」
「せっかくの花見が教師の引率で、かよっ。ちょっと制約多いんじゃねぇか? なぁ、緋勇、雰囲気悪ぃよなっ?」
「別に僕はどちらでも構いません。困るようなこともありませんし、もともと行きたくて行くわけでもありませんから」
「なんだよ、それっ。しかし、おまえもかっ。分かったよっ、どーせ俺が悪いんだよっ!! しゃあねぇ……、マリア先生も巻き込んで、どんちゃん騒ぎといくかっ」
 そうして教室を出ていきかけて、入れ替わりに入ってきた一人の男子生徒とぶつかる。
「いてててっ……、どこ見て歩いてんだよ……」
「佐久間……」
「あんた、いつ出てきたの?」
「まぁ、何にせよよかった。部の方は躰が慣れるまでは休んでも構わんぞ。見学してても構わんが、ジッとしてられんだろうからな。そうだっ、なんなら、イメージトレーニングをはじめるのも──
「俺に近寄んじゃねぇ!!」
 声をか掛けながら近寄る醍醐を、佐久間は払いのけた。
「佐久間……」
「てめぇ!! なんだその言い方はっ!!」
 食ってかかる蓬莱寺を無視して、佐久間は真っ直ぐに龍麻を見据えてくる。
「緋勇……、俺ともう一度、闘え……」
「佐久間君……」
「……やるのか、やらねぇのか、どっちなんだ……」
「君の相手をする必要性を感じません」
 龍麻の答えに、佐久間は怒りで顔を真っ赤にさせた。
「逃げてんのか、てめぇ……」
「ばーかっ、てめぇとやったところで緋勇が勝つに決まってんだろ」
「なんだとぉ……」
「止めろ二人ともっ。私闘なら、俺が許さんぞ」
「……そうやって親分風吹かしてられんのも今のうちだぜ。緋勇の次には醍醐、てめぇをやってやる……。いつも俺の前ばかり歩きやがって……」
「佐久間……」
 佐久間の態度と言葉に呆然とする醍醐を残し、佐久間は睨み付けるようにしてから教室を出ていった。
「ますます卑屈になってやがんな、佐久間。醍醐も緋勇も気にすんなって。どーせ、一人じゃ何もできやしねぇよ」
「あっ、あぁ……」
「さぁて、さっさと花見でも行って、どんちゃん騒ぎしよーぜっ」
 気を紛らすように蓬莱寺は醍醐たちを促す。
 廊下に出てから桜井が思い出したように告げた。
「あ、そうだ……、どうせなら、ミサちゃんも誘おうよ」
「そうねえ、今ならまだ霊研にいると思うわ」
「なにっ!? おまえら余計なこと言うなっ。なっ醍醐」
「う……うーむ……」
 桜井の提案に対する蓬莱寺と醍醐の態度に、龍麻はらしくもなく目を丸くした。その彼女たちが誘おうというミサという生徒に、何かあるとでもいうのだろうかと考え、それが自分は面識のない相手であることに思い至った。
「あら、緋勇君の歓迎会なのよ。アンタたちの好き嫌いで人選してほしくないわねっ。ねっ緋勇君、ミサちゃんも呼んでいいでしょ?」
「あいにくと、君たちが言うそのミサさん、ですか、僕は分からないんですが」
「えっ? ミサちゃんに会ったこと、なかった?」
「ええ」
 もうとっくに龍麻とミサが面識があるものと思って話題にしていた桜井や遠野は、知らないとの龍麻の言に、どうしたものかと思い巡らせた。
「緋勇君の歓迎会だもん、その主役が知らない相手を呼ぶわけにはいかないわね。また改めて紹介するってことで、ミサちゃんと親睦を深めるのはまた今度ってことにして、とりあえず職員室へ行きましょ」





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