仄かに明るい部屋の中、そこにいるのは彼と、彼の預言者、星見たる巫女。
その巫女が告げる。
「櫻の下で、血が流れます」
「櫻の下で? 他には何が見える?」
「呪われた一振りの刀と、その刀に操られる男、それから、その影にもう一人……」
「例の男か?」
「そこまでしかとは見えませぬが、おそらく」
彼は傍らの巫女の肩に頭を預けた。
見えぬ瞳で、星の運行を視、未来を視る。ただ一人、彼の為に。彼女はそのための存在。彼ら一族の王たる彼を護るために、そこに存在する。
「……目的を果たすためには、あの男にもっと動いてもらわねばな。面倒だし、色々と問題もあるが、それでももっとも確実な方法だ」
「はい」
一つ頷いて、彼女は彼の躰を優しく抱き締めた。
それは彼女にだけ許された行為。他の者には決して許されない。なぜなら、彼が許婚にすら見せない弱みを見せ、甘えを見せる唯一の存在が、巫女たる彼女だけであるからだ。
「疲れて、おいでなのですね。人間のフリは、それほどに疲れますか?」
彼の心の声が聞こえたように、彼女は自分に躰を預けてくる彼に尋ねた。
「それに疲れているわけではない。何も今にはじまったことではないからな。疲れているのは、別のことだ……」
「……彼ら、ですか?」
「資質は認めるが、それだけだ。私とは合わぬ。それとも、今の人間共はみな、ああなのか? ここに来る前にいた処では、そんなふうに感じたことはなかったが……。あやつらとは共にあるだけで疲れる。できるなら関わりたくはないが、あれがあやつらを選んでしまった以上、そういうわけにもいかぬからな」
言いながら、彼は彼女の肩から頭を上げ、大きな溜息を一つ。
「我が君、私にできるのは、星を読み、未来を詠むことだけです。けれど、もしよろしければ御身の心に溜まったものをいつなりと、何なりと、私にお話くださいませ。それでお心が少しでも軽くなられるなら、それもまた私のなすべきこと。私はその為に、御身の為に、ここに在るのですから」
じっと、現実を映さぬ瞳を、けれど視えているかのように真っ直ぐに彼に向けてくる彼女の頬に、彼は優しく口付けた。
「すまぬな……。他の者には言えぬ、そなただけだ」
◇ ◇ ◇
「助けて……、誰か、助けて── ッ!」
公園の中に、助けを求める切羽詰ったような若い女の声が響き渡る。
それを追うのは、一振りの刀を持ったスーツを着たサラリーマン風の男。男の目は、正気の者のそれではない。
何かに取り憑かれたように、女を追い、その上に刀を振り下ろす。
「キャアァァァァ───── ッ」
「数百年の時を越え、今尚、なんと衰えることを知らぬ斬れ味よ……。
そればかりではない。
その刀身は、紅の鮮血を浴び、芸術品の如き眩耀さを増しているではないか……。
天海よ……。常世の淵で、見ているがいい。
貴様が護ろうとしたこの街が混沌に包まれていく様を。
貴様の街は、ヒトの欲望によって滅ぶのだ……。
さあ……、殺すがいい……。くくくくっ……」
男が女を斬り殺す様を黙って見ていた男の、暗い嘲笑が木霊する── 。
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