怪異 - 2




 授業が終わって帰りのホームルーム、マリアは行方不明になっている生徒の話を出した。
── というコトで、旧校舎に向かう二人を見た人がいます。現在、旧校舎は一般生徒の立ち入り禁止ですが、付近で二人を見かけたら、職員室まで連絡を。くれぐれも旧校舎の中には入らないように。では、これでホームルームを終わります」
 挨拶が交わされてマリアが教室を出ていくと、途端に生徒同士の会話があちこちで交わされ、教室がざわつく。そんな中、帰ろうとした龍麻に、男子生徒の一人が、マリアからの、職員室に来るようにとの伝言を伝えてきた。
 それを聞いて龍麻は鞄を持ったまま職員室へ向かったが、中に入るとそこにいるはずのマリアの姿が見えない。
 待つか、今日はもう帰って明日にするか── 逡巡して、帰ろうとしたところに扉が開いて一人の男性教師が入ってきた。
 転校初日に、蓬莱寺に職員室に連れられてきた時に会った、生物学の教師であり、隣のクラスの担任を務める犬神だった。
「お前は……緋勇龍麻。どうした、こんな所で。マリア先生に何か用か?」
「はい、マリア先生に呼ばれたんですが」
「彼女に呼び出された? なるほど……。まぁ、いい。マリア先生なら、じき戻ってくるだろう。俺は退散するが……」
 そこまで言って、一瞬考えるようにしてから、犬神は続けた。
「緋勇、彼女には気を許すな」
 犬神の言葉に、龍麻の眉が顰められる。
「美しい花は、美しいだけじゃないってことを忘れるな」
「……ご忠告ありがとうございます。ですが、心配はご無用ですよ、犬神先生。たとえ彼女が何者であっても……」
 そう言って、龍麻は眼鏡を外すと目を細め、真神に来てからまだ誰にも見せたことのない意味深な微笑みを見せた。
「それに、蓬莱寺たちよりも貴方や彼女の方が私に近い。実際、私自身、彼らよりも貴方たちの方が理解しやすい」
「緋勇……おまえは……」
 一体何者だ── と、そう言いかけて、犬神は龍麻の圧倒的な存在感に押され、その醸し出す雰囲気に飲み込まれかけている自分に気が付いた。
「……知って、いるのか……?」
「おまえたちが何者かということか? もちろん。名前が示しているではないか。あの女にしても、簡単なアナグラムだな。分からぬ方がどうかしている。まあ、普通の人間に分かれというのは、無理があるが」
 生徒の、教師に対してとる態度ではない。いつのまにか立場が逆転している。
「そうだ、いい機会だから言っておこう。私のすることに余計な手出しや口出しは無用だ。だが、あやつらに関しては、抑えてくれれば助かる」
「……緋勇……」
 これは、人の上に立つ者の目だ、人に命ずることに慣れた者の言い方だ── そう思う。そして、普通の人間が、ましてや高校生ごときが持てるものではない、とも。
「ともかくも、ご忠告は心に留めておきます」
 龍麻は眼鏡を掛けながら、雰囲気を一変させて答えた。見慣れた高校生の顔だ。
「そ、そうか、……じゃあな」
 犬神はそう言うと職員室を出ていった。
 残された龍麻は犬神の、じき戻るとの言葉に、そのままマリアを待つことにした。
「緋勇クン、早かったのね。待たせてしまって、ゴメンなさい」
 暫くして扉が開き、マリアが中にいる龍麻に気が付いてそう言いながら中に入ってきた。
「えぇと、そうね……。それじゃ、とりあえずそこの椅子に座って」
 マリアは自分の席に着くと、龍麻に隣の席の椅子に座るように促した。
「緋勇クン、どう、真神学園は? クラスのみんなと仲良くなれた?」
「さあ、どうでしょう。まだ二日目ですから」
「きっと、すぐに慣れるわ。真神学園は転校生が殆どいないから、クラスのみんなも色々と戸惑っているのよ。だんだん、もっと馴染んでいくと思うわ。そういえば、緋勇クンは蓬莱寺クンと仲がイイようね」
「僕が蓬莱寺君とですか? そんなことはありませんよ。正直なところ、彼のようなタイプは苦手です」
「あら、そうなの?」
 マリアは龍麻の答えに、意外だというように笑いながら応じた。
「でも蓬莱寺クンは、ああいう自由奔放な性格だけど、すごく優しいコだから、色々相談するとイイわ。きっとイイ友達になれるから。あと、そうね……」
 言いかけて一瞬躊躇いを見せたが、軽く頭を振って、マリアは続けた。
「アナタに聞きたいコトがあるの── 。美里サンのコトなんだけど……、アナタ……、彼女のコトどう思う?」
「どう思うとは、どういうことですか?」
「ゴメンなさい、ヘンなコト聞いて。別に深い意味はないの。美里サンも生徒会とかで悩みも多いだろうから、緋勇クンが力になってあげて欲しいって思っただけなの。フフフッ。おかしいわね、転校生のアナタにこんなコト頼むなんて……」
「……彼女はこの学園のマドンナだそうですね。ですが、あいにくと僕はあまり関わりたくない」
 そんな否定的な答えが返ってくるとは思っていなかったのか、マリアは一瞬目を丸くした。
「美里サンのこと、嫌いなのかしら?」
「そう受け取ってもらっても構いません」
「……彼女を嫌う人がいるとは、思わなかったわ」
「まだ二日目ですからよく知ってるわけではありませんが、クラス委員はまだしも、どうして彼女が生徒会長をやっているのか僕は不思議でならないんですよ。成績は優秀かもしれませんが、とてもそんな器には見えない」
「随分と手厳しいのね」
 フフフッと、笑いながらマリアは立ち上がり、それにあわせて龍麻も立ち上がった。
「ありがとう、もう帰っていいわ。これから一年間、頑張りましょう。気をつけて帰りなさい」
 失礼しますと一礼して職員室を後にすると、龍麻はそのまま外に出た。
 学園の正門まで来ると、そこに見慣れた影を認める。クラスメイトの蓬莱寺だった。
 蓬莱寺が近付いてくる龍麻に気が付いて、声をかけてきた。
「よぉ。おまえのこと探してたんだぜ。教室にいねぇから、もう帰ったのかと思ったぜ。どうだ、一緒に帰らねぇか?」
「結構、一人で帰ります」
「何だよ、悩み事でもあんのか? その内うまくいくもんさっ、気にしない方がいいぜ。行き着けのイイ店があんだ。帰りにチョット寄ってこうぜ。実はな、もう一人誘ってあんだ。誰だか分かるか? ここで待ち合わせしてんだが。まだ、来てねぇようだな」
 蓬莱寺を無視して進もうとする龍麻を、遮るようにして続ける。
「いい加減に……」
 してくれと言いかけた時、蓬莱寺の言うもう一人とおぼしき学生がやってきた。
「待たせたな、京一。……よう、緋勇」
 眼鏡越しでも、自然と二人に向ける視線が冷たいものになるのを、龍麻は自覚しつつも止めなかった。
「ははははっ。そんな顔するな。何も取って喰やしないさ。なぁ、京一」
「さぁ、どうだかね。緋勇、気をつけた方がイイぜ」
 その後、後からやってきた桜井も交えて、龍麻は押し切られるように莱寺の言うラーメン屋に連れ込まれる羽目になった。
 そこで話題になったのは、帰りのホームルームでも話題になっていた旧校舎のことだった。
 曰く、旧校舎には幽霊が出る、と。
「そぉ。なんでも夜になると赤い光が見えるとか、人影が窓越しに見えたとか、目撃した人の話を集めればキリがないよ。で、その噂を聞きつけて、面白半分で旧校舎に入る生徒もいるって」
 そうして、遠野がその旧校舎に出ると言われる幽霊をスクープすると張り切っているのだと話していると、その話の当事者たる遠野が息を切らせながら店に駆け込んできた。
「アン子!」
 驚く桜井たちの顔を確認しながら、遠野はまず蓬莱寺の前に置いてあるコップを取り上げ、一気にその中の水を飲み干した。
「俺の水―――― ッ」
「水一杯で騒ぐなッ」
「み、美里ちゃんを探してっ!!」
 遠野はまだ息を荒げながら叫ぶように告げた。
「えっ?」
「み、美里ちゃんが……美里ちゃんが……」
「遠野っ。美里がどうしたっ!?」
「アン子、落ち着いて話してよっ!! 葵がどうしたのさッ?」
 桜井は遠野の両肩を掴んで詰め寄った。
「あたし……、どうしても旧校舎の取材したくて……それで、美里ちゃんに頼んで職員室でカギもらって……、旧校舎まで一緒に行ったの。けど、中に入って取材してたら赤い光が追いかけてきてッ。あたし、美里ちゃんと一緒に逃げたんだけど……気が付いたらはぐれて……。お願いッ、美里ちゃんを探してっ!! あなたたちしかいないのよ。頼りになるの……」
 最後には必死の形相で頼む遠野に、醍醐は、
「なるほど、事情は判った。このまま見過ごすわけにもいかんだろ……」
 そう答え、それから蓬莱寺と龍麻へと視線を流した。
「京一っ、一緒に学校へ戻るぞっ。緋勇っ、おまえも来るよな?」
 龍麻としては付き合う義理はないと断ろうかと思ったのだが、場所が旧校舎とのことに同意を示した。本当は彼らと行動を共にするのは正直避けたかったのだが、それでも、一度旧校舎へ入ることを考えていたこともあり、案内人がいるのは助かると、それを優先させることにした。
 ともかくも学校へととって返し、遠野の案内の元、四人は旧校舎へと足を踏み入れる。
 中を進みながら遠野が旧校舎についての話をはじめた。
「あのね、ミサちゃんから聞いた話なんだけど、この校舎、元々は陸軍の訓練学校なんだって」
「陸軍の訓練学校? そういえば、俺も聞いたことがある。何でも軍の実験用の地下施設があったとか」
「そうそう。でも意外ね、醍醐クンがそんなこと知ってるなんて」
「ああ。もう死んでしまったが、俺のじいさんが軍人でな。親父からも、この学校の話はよく聞かされてたからな。この校舎の地下へ行ける梯が一階の奥にあるそうだ」
 醍醐の話に、龍麻は、それか、と思う。見つけた、と。
 彼がこの街に、この学校に来ることになった要因の一つ── それが、この下にあるのだと。





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