森の外れに近いところにある小さな丸太小屋から、大きめのボストンバッグとアタッシュケースを一つずつ持った一人の男が出てきた。
綺麗にセットされていただろうブラウンの髪は乱れ、スーツもどこか薄汚れていた。息は乱れ、額には汗も滲んでいる。
もしここに警察関係者がいれば、直ちにその男こそがアネットが捕まえることを優先しろと言ったパトリック・ジャベールだと分かっただろう。
「部下を見捨てて一人だけ逃げるつもりですか、Monsieur.ジャベール」
ふいに掛けられた声に、ジャベールは体を強張らせながら、声のした方に顔を向けた。
そこに立っていたのは、白いシルクハットにマント、白いスーツと、全身を白で纏めた、国際手配されているあまりにも有名な怪盗KIDだった。
「貴様、KID!」
「随分と長い間待っていましたよ、この時を」
近付いてくるKIDが、その右手の白い手袋で何かを放り上げては受け止め、放り上げては受け止めしているのにジャベールは気が付いた。よく見れば、どこか青く煌めいているビッグジュエルだと分かる。
「その手にしているのは、まさか……」
「月が出ていないのが残念ですね。この聖なる青の姫君は、その中に赤い災厄の乙女を封じ込めていますよ。そう、貴方方が、そして私が探し続けてきた“パンドラ”に間違いありません」
ジャベールはボストンバッグとアタッシュケースを置くと、懐から銃を取り出し、左手を差し出した。
「KID、それを寄こせ。そうすれば命は助けてやる。タダで、というのがいやなら、バッグの中に入っている金をやろう。それならどうだ? 悪い取引きではあるまい?」
「普通なら魅力的な取引き、と言うところかもしれませんね。でもあいにくと、私が欲しいものはそんなものではないんですよ」
「なら何が望みだ!?」
「あなたの、絶望」
「何っ!?」
言いながら、KIDはビッグジュエルを持ったままその手を顔の前に上げた。
「un、deux、trois」
KIDがそこまで数えた時、ピシリとビッグジュエルに亀裂が入った小さな音が、確かにジャベールの耳に届いた。
「なっ……!?」
煌めく青の欠片が散り、その中に秘められていた赤が零れてゆく。
「KID! 貴様っ!!」
ジャベールは持っていた銃を撃った。一発、二発、弾がが切れるまで、いや、弾が切れてもトリガーを引き続けていた。
「あ── ははははは……っ」
姿を消したKIDの笑い声だけが辺りに響き渡っていく。
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