|
そしてＩＣＰＯを中心として各国警察による強制捜査が開始された時、あらかじめその情報を得ていたKIDは、たった一ヶ所だけあえて残していた、つまりはそこへ導いた抜け道の出口の前で待ち受けていた。組織の首領たるイマレス・ブローヒリオが出てくるのを。
やがて警察の突入開始が始まってから１時間程して、漸くブローヒリオが部下数人と共に姿を現した。１時間というのはKIDとしては少しばかりかかりすぎなのではないか、とも思ったが、考えてみれば他の出口を塞いだ後のことであれば、それらの場所を確認した後、結局ここしかなかったとして至ったことを考えれば、妥当な線なのかもしれない、と思い直した。ただ、手順を変えていればもう少し早く向かい合うことが可能だったろうに、と思いはしたが。
一方、ブローヒリオはといえば、既に部下に命じて殺したはずの白の魔術師が目の前に立っていることに驚きを隠せなかった。有名なマジシャンであったこともあって、新聞やＴＶなどのマスメディアでも、彼の死は大きく取り上げられていた。復活したとの情報を得てはいたが、あまりにも年月が経ちすぎていることもあり、単に彼の名前を借りただけの模倣犯、つまり本物ではないのではないかとの考えもあったのだ。死亡は偽装で実は生きていたという可能性も考え、警告を与えたり、利用しようと、つまり彼が盗んだ宝石をこちらが盗み返すという方法を考えもしたし、殺そうとしたこともあった。だが頭の片隅のどこかに、本物の怪盗KIDは殺したはずであり、復活したKIDは偽者だという意識があったのは決して否めない。しかし今、当の本人を目の前にして、己の考えは間違っていたのだと、彼はやはり死を偽装して生き延び、この時を待っていたのだと、そう思った。
「お待ちしていましたよ、ムッシュ･ブローヒリオ。それにしても随分と時間がかかりましたね。私としては、もう少し早くおいでになられると思っていたのですが、いささか買い被っていたようですね」
そう告げるKIDの左手にあるものに、ブローヒリオは気付いた。
「そ、それは……」
「気付かれましたか？ そう、あなたが、あなたの組織が長年に渡って探し続けてきたものですよ」
そう告げてから、KIDは左手の中にあるビッグジュエルを、自分の後方高くにある月に翳すようにした。ブローヒリオが確認するようにそれに目をやれば、言い伝えにあるように、青い宝石の中に、確かに赤色が浮かび上がり煌いている。
「本当に、パ、パンドラッ!?」
「ええ、そうですよ。予定以上に時間がかかってしまいましたが、漸く見つけ出しました」
「そ、それを寄こせ、KID！ ただで、とは言わん、相応の報酬はくれてやる！ 貴様の目的は不老不死ではないだろう？ ならば悪い話ではないはずだ!!」
「確かに。私は不老不死などというくだらないことを望んでなどいません」
「不老不死がくだらないだと!?」
「ええ、くだらないことです。人の命には限りがある。だからこそ人は懸命に生きて、よりよい明日というものを求めるのです。ですが、不老不死を得たらどうなると思いますか？ それは今日という日の繰り返しでしかない。そこに進歩はない。そのようなものが本当に人の望むものでしょうか？ 得る価値のあるものでしょうか？
「貴様には分からんのか!? 不老不死の素晴らしさが！ 自分の望んだことはなんでもできるんだ！ 途中でやめざるを得ない、などということはないからな!! これほど素晴らしいことがあるか!?」
「……見解の相違、というやつですね。私にとってはつまらないことこの上ないことですが、あなたにはそうではない。けれど、周囲の人間が次々と亡くなっていくなかで、自分一人だけが死ぬこともできずに取り残される。あなたにそれを耐えることはできますか？ 自分一人だけ死ぬこともできずに生き続けるということに耐えられると？」
「何を言うっ!! 確かに周囲の者たちは変わっていくだろうが、私がいる限り組織は存続する、私が一人になることなどない。そんな状況で貴様が言うようなこと、どこに耐える必要がある!?」
「その組織も、もう壊滅寸前のようですがね。今あなたの周囲にいる数人以外は。そしてその方々は、あなた自身も含めて私が処分させていただくつもりなのですけれど」
口元に笑みを浮かべながら、KIDは楽しそうに告げる。
「こ、殺せっ！ こいつを殺してパンドラを奪え!! 私が生きていれば、組織などいくらでも創りなおすことができるのだから。こいつのくだらん言葉に騙されるな!!」
暫く二人の遣り取りを黙って見ていたブローヒリオの部下たちは、その命令に手にしていた銃をKIDに向けて放った。と同時に、KIDの指が何かの合図のように鳴らされる。そして彼らのいる地面が持ち上がり、気付けば、ブローヒリオをはじめ皆、ワイヤーロープに取り囲まれ、張り巡らされていた網の中、宙に浮いていた。
「私が何の用意もせずにただあなた方を待っていたとお思いでしたか？ だとしたら随分と甘く見られたものですね。ああ、それとも単に私がここにいることなど思いもよらなかったということでしょうか。もとをただせば、警察が強制調査に入ったのは、私がＩＣＰＯに対して送った情報だったというのに」
そう告げて微笑いながら、KIDは愛用のトランプ銃を胸元から取り出し、いまだ左手の中にあるパンドラにその銃先を当てる。ブローヒリオの目にはっきりと分かるように。
「な、何をするっ!? やめろ、貴様、そのパンドラの価値が分からんのか!?」
「分かりませんね、いえ、分かりたくもない」
その言葉を言い終えると同時に、KIDはトランプ銃の引き金を引いた。銃から発射された特殊加工をされたカードが宝石の一角に当たる。するとピシリ、と宝石にヒビが入り、みるみるそのヒビは大きくなり、宝石全体におよび、ワイヤーロープの網の中から、ブローヒリオをはじめとした者たちはそれをただ呆然と見ていた。
やがて宝石は完全に割れ、中から赤い液体が地面に滴り落ちる。
「貴様！ な、なんてことをしてくれたんだ!! 私の夢を……!!」
KIDは口元にうっすらとした微笑みを浮かべると、ポケットから取り出した薬品と思われる液体を地面に巻き、割れた宝石から毀れた液体を、少なくとも表面上は跡形もなく消し去ると、携帯電話を取り出し、誰とも知れぬ相手に電話をした。
「ああ、あなた方に情報を提供していた者ですが、組織の首領とその部下数名を捉えてあります。場所は……」
そうして警察を呼び寄せるための連絡をすると、KIDはブローヒリオたちに向けて、怪盗紳士と呼ばれるに相応しい綺麗な一礼をした。
「裁判に必要な資料などは全て提出してありますから、刑罰を逃れることはできないでしょうね。もう二度とお目にかかることもないでしょう。ではこれにて失礼いたします」
最後にそう告げると、警察の来る前にと、煙幕を張って、ブローヒリオたちをそのままの状態で残して、そこから一瞬のうちに消え去った。
|