La bataille finale 【5】




 翌日、誹が昇るか昇らないかの早い時間にKIDは目が覚めた。昨夜は寝台に入ってから色々と考え事をしていたこともあり、いつ眠りにおちたのか自覚はなかった。ただ、睡眠時間的には決して長くはなかっただろうという自覚はある。とはいえ、KIDとなってからは必要に迫られ、必然的に短時間の睡眠である程度までなら疲労の回復が図れるようになっていた。若さゆえの部分もあろうことは否めないが。
 寝台から降りて簡単に身支度を整えると、KIDは昨日買ってきた豆を挽いてコーヒーを淹れた。KIDの本来の表の顔である黒羽快斗は、周囲が呆れるほどの大の甘党であるが、だからといってブラックが飲めないというわけではない。眠気覚ましもかねて、久しぶりに砂糖もミルクも入れずにブラックにした。
 そのコーヒーを淹れたマグカップを片手に、昨夜から今朝起きるまでの情報の整理をするためにノートパソコンをたちあげる。かなりのスピードでキーを打ち、各所に仕掛けたところからの情報を確認し、それらを整理していく。その途中では、ICPOや組織の本支部のある各国の警察にも当然の如くハッキングを掛ける。もちろん、当の相手である組織に対しても。そしてまた、裏社会に通じるネット世界にも入り込み、情報を集める。それ以外にも、ICPOが当の組織に対して構成した特別チームやそれに協力する各国警察の情報が組織に流れていないかも確認した。組織に対する捜査情報が流れでもしたら元も子もないのだから。
 そうして調べていく中でKIDが驚いたのは、ICPOを中心として各国警察が組織の本支部に対して強制捜査を行うのが3日後の終業前となっていたことである。これはKIDの予想を上回っていた。もう少しかかると思っていたのだ。しかし考えてみれば、KIDが情報を送る前に、既にICPOも各国警察も動き、それなりに情報の収集は行っていたのだ。そしてそこにこれ以上はないだろうと思われるほどの情報が舞い込んだ状態だ。それを受けて行動を速めたのだろう。KIDが送った情報には、助言として、全ての本支部を潰し、誰も逃がすことのないように、迅速に、かつ、各国同時の行動が望ましく思われること、また、くれぐれも警察側の情報が組織に流れたりすることのないようにくれぐれも注意するように、と入れておいた。それも彼らが行動を速めたきっかけになったのかもしれない。
 ICPOや警察の行動が思っていた以上に早くなったことにより、KIDとしても準備を急がねばならなくなった。実は、ICPOや警察に流した情報に、あえて入れなかったものがあるのだ。それは本部であるパリ市内にあるビルの中の抜け道に関するものだった。万一のことを考えて、かねてから用意されているものなのだろう。しかもその抜け道は、入り口は一つだが出口は複数ある。つまり、警察の捜査が入れば、組織の首魁とSPも兼ねていると思われる側近たちは、そこから早々に抜け出すに違いない。それは構わないが、どこに出る気なのか、それが分からなくては話にならない。追い詰めて、追い詰めて、それで最後に取り逃がしでもしたらこれまでの苦労が水の泡だ。
 半ば迷路と言ってもいいようなその抜け道だが、ハッキングで出る場所は特定できている。その中のどれを彼らが選ぶか、それが問題となるわけだ。ならば、選択肢を絞ってしまえばいい。こちらの都合のいいように、他の選択肢を塞いでしまえばいいのだ。そうして彼らを誘導する、自分にとって都合のいい場所へと。そのためにはそれなりの準備が必要で、ICPOや警察の動きから、そうゆっくり時間をかけていられそうにない。急がねばならない。
 組織の下っ端についてはICPOと各国警察に任せよう。そこまで手は回らない。だが、首魁はそうはいかない。実際に先代の父に手を下したのは日本支部の連中だが、その命令を下したのは首魁だ。だから、その首だけは渡せない。別に命を取ろうと思っているわけではないが、それでも、奴の目の前で奴に絶望を与えてやりたいのだと、そう強く思う。おまえの願いは決して叶わないのだと。そのために今までKIDとして行動してきたのだから。そのためだけに。だからこれだけは譲れない、それが誰であろうとも。



 とりあえず一通りのチェックを終えると、KIDは軽く朝食を摂ってから、必要最低限の物だけを持って別荘を後にした。警察が動く前に、複数ある抜け道の出口を、彼が選んだたった一つを残して塞いでしまわなければならない。他の人間に気付かれないように。もっとも、そこが犯罪組織の抜け道の出口だなどと気付いている一般の者はいないだろうが。おそらくは警察関係者も含めて。
 ICPOや各国警察の情報が組織に流れることがないように、それに注意を払いつつ、KIDは作業を開始し、次々と抜け道の出口を塞いでいった。内側からはそう簡単に開けることができないように、出ることができないようにと。出口として残すのは一つでいい。それしかないと奴らに思わせればいい。だから、他の出口を塞ぐ方法は、決してそう知られて塞がれたものではなく、たまたまそうなってしまった、開かない状態になってしまっているだけだと思わせるように、それだけは注意して。そうでなければ、わざと塞がれたものなのだと気が付かれればどのようなことになるか、流石にそこまでは予測がつかないからだ。だから塞いだ方法は全て同じではなく、場所場所に応じて、その方法も変えた。決して不自然に見えないように、思われないように。
 そうしてICPOと各国警察、対する組織の動向に注意を払い、特に警察側の情報が組織こ流れることがないように、密かに傍受している電話とハッキングの手段を講じつつ、KIDは予定していたことをどうにか警察が動く前に終了させた。後は警察が動くその時を待つだけだ。
 その時が、KIDが2代目として初代である父の名を継いだ理由の終わりの始まりとなる。





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