La bataille finale 【4】




 正直なところ、白馬探を通してICPOと繋ぎをとることを考えたこともなかったわけではない。
 末端の組織ならいざ知らず、本拠地も含めて全てとなると、果たして本当に自分一人だけでできるだろうかと、不安になったことも否定しない。
 それでも、元をただせばこの対組織戦は、先代である父親を殺されたことに対する復讐でもある。つまりは私怨だ。相手は国際的な犯罪組織ではあるが、事に至った経緯を考えれば、やはり自分一人で片をつけるべきことなのではないかとの考えが頭を占めた。
 とはいえ、一人だけでは限りがあるのは事実だ。そのくらいは理解している。いかに自分がIQ400とか測定不能とか言われていても、怪盗としてこれまでに培ってきたことがあるといっても、それでもやはり人間一人ができることには限りがあると、そう承知している。
 だから、KIDはICPOと、組織の本拠地があるフランスの警察に匿名で情報を流した。果たして彼らがそれをどこまで信じ、そして動いてくれるか、疑問はあったが。
 だからICPOとフランス警察に関しては、密かに盗聴器をしかけ、またハッキングもかけている。もし彼らが組織に対して行動を起こすなら、自分もそれに合わせて行動しようと決めていた。その方が彼らが囮となってくれて目晦ましになり、己の行動がしやすいと判断したためだ。もちろん、それは彼らがKIDが自分で送った情報を元に動いてくれていれば、の話ではあるが。
 一方、組織、特に本拠地に対してだが、これはさすがに盗聴器などを直接仕掛けるのは無理だったが、それでも、電話回線は盗聴しているし、コンピューターのハッキングもできている。相手側には分からぬように、常に監視できている状態にある。つまり、もしICPOやフランス警察が動かずとも、組織の動きは完全にとはいかずともかなりの割合で特定できるし、したがって、それに対処することも可能だ。
 渡仏前にそこまでの準備は既に終えていた。
 後は明日以降、両者の動きを見ながら、どう動くかを決めるといったところだ。願わくば、自分が動きやすいようにICPOや警察が動いてくれるのが望ましくはあるが、なければないで、それなりの方法は考慮済みでもある。



 ふいに、KIDは小さくされた“自称”探偵のことを思い出した。ある事件がきっかけで、その子供が、世間では“高校生探偵”“日本警察の救世主”などともてはやされていた人物なのだということを知った。そして思った。なんと短慮なことをしているのかと。
 調べてみて分かったことだが、彼が小さくなったのは、いや、されたというべきか、それは彼の行動が原因の、いわば自業自得だ。一つのことに熱中、集中しすぎて、周囲への気配などに対する注意を怠った結果なのだから。使われた薬の効果の程を考えれば、小さくなっただけで命があるだけめっけもの、幸運だ。しかもその相手が、アメリカでFBIが中心になって調査を進めている、“黒の組織”と呼ばれている国際犯罪組織ということを考えればなおさらである。
 そして結果、彼は名を偽り、知り合いの協力を得て、探偵をしている毛利小五郎── 同時に幼馴染でもある少女── の家に転がり込み、居候となった。
 小五郎が探偵であり、依頼先に、場合によっては、いや、ほどんどそうか、娘の蘭や、居候の、その子供となった“自称”探偵を連れて行くことが多い。探偵として、守秘義務ということを考えた場合、それもどうかと思うが、それ以外にも事件体質とでもいうのか、彼は事件に巻き込まれたり、あるいは自ら飛び込んでいくことが多い。そしてそれらの事件は、協力者である阿笠博士の作成した研究品によって、“眠りの小五郎”の二つ名を持つこととなり、迷探偵から、すっかり名探偵と言われるようになった、いや、彼がそうなるように仕向けたと言っていいのもしれない。眠らせた小五郎を使って彼が事件を解決することによって。そしてそのことにより、組織に関する情報を得る機会が増えれば、とでも思ったのだろうが、KIDに言わせれば、それが短慮以外の何物でもない。
 確かに毛利小五郎は名探偵と呼ばれるようになり、依頼も増えたが、その一方で、組織から疑われ、その命を狙われたことすらあるのだ。そうなる可能性を彼は考えなかったのだろうか。たとえ相手がその“黒の組織”とは関係なかったとしても、彼の事件遭遇確率からいえば、周囲を危険に巻き込む可能性はとても高いというのに、それを考えなかったのか。もしそれに対しての考えがなく、ただ単に組織に関する情報を得る、それだけでそのような行動をとったというのなら、愚かとしか言いようがないと思う。相手のことをあまりにも甘く考えすぎだと。
 しかも、彼は、自分の事件だ、的な発言をしたこともあるようだが、それはない。端から見れば、彼は偶然── どちらかというと自主的に、かもしれないが── に取引現場を見てしまっために殺されそうになった、つまり事件に巻き込まれた被害者でしかない。それだけを考えれば、確かに“彼の身に起きた事件”ではあるが、組織としての犯罪全体を考えれば、決して彼の事件とは言いがたい。言うことなどできない。あくまで彼は、被害者の一人であるに過ぎないのだから。
 にもかかわらず、彼は自分の行動によって、周囲に迷惑をかけ、危険に晒していることに対しての認識が足りないとしか思えない。確かに、小五郎が狙われた時、うまくかわしたようではあるが、組織の性質を考えれば、一度狙った、あるいは目をつけた相手をそう簡単に見逃すとは思えない。つまり、小五郎は未だに、彼らにとっては注意すべき監視対象であるということができ、それはまた、その家族や親しくしている周囲の者についても言えることだ。幸いというべきか、彼らの周囲には警察関係者が多いのが救いではあるが、彼の存在のおかげで、子供たちが少年探偵団などと名乗り、危険なことにも立ち入ろうとしているし、実際に彼と共に事件に巻き込まれたこととてあるのだから。だからKIDとしては彼の行動を肯定的に見ることなどとてもできはしない。
 しかし彼の全てを承知の上で協力してくれている者がいるのは、羨ましいと思わなくもない。しかもその一人は、彼を小さくした薬を開発した科学者本人なのだから。とはいえ、その人物もまた、薬で子供の姿となって彼の傍にいて、薬の解毒剤の研究を続けているが、同時にまた、組織から見れば彼女は組織を裏切って逃亡した裏切り者であり、やはり粛清の対象者である以上、メリットばかりではない。まだ小さくなっていることを知られていないのは救いのようだが、それもはたして本当にそうなのか、そうだとしても、いつまでもばれずにいることができるのか、甚だ怪しいことこの上ない。そしてそのことが組織に知られるところとなれば、彼女を匿っている阿笠博士とて危険になる。つまり彼の周囲は、あるいは少し大げさかもしれないが、常に危険に満ちているということだ。
 そのことを彼がどこまで正確に把握しているのか、疑問でならない。一つには、まだ小さくなる前、世間から“高校生探偵”などともてはやされたことによる自尊心もあるのかもしれないとも思う。だから本人は分かっているようでいて、実のところは本当の危険性を真に理解してはいないのではないかと思えてならないのだ。故に、KIDは彼の行動を認めることはできない。もともと“高校生探偵”などという、世間的にはともかく、法的には決して認められていない者が“探偵”を名乗って行動すること、ましてや警察がその高校生に頼っているなどということ自体が間違っていると思うのだが。そしてそれをしている警察関係者── 全てとは言わないが── が、それに対して何の疑問も持たないでいることも。とはいえ、それでも彼の推理能力については、KIDとしても優れていると認めるのは吝かではないが、彼はその過去の栄光といったらいいのか、そのおかげで、組織のことについても、どうしてもあまりにも甘く考えているとしか思えないのだ。だからKIDは彼の行動を否定する。
 確かに、KIDも今たった一人で国際犯罪組織に対しようとしている。しかし、それは彼の事件だから、ではない。彼の、先代である父親を殺されたことに対する復讐心からのことだ。つまり、彼とKIDとでは取り組みの意識からして違う。彼は自分の事件として組織を潰すために行動している。しかしKIDはあくまで復讐するために、その結果として組織の壊滅を狙っているにすぎない。だからKIDは己の持つ能力の全てを駆使して、自分を囮にしてまで、自分で組織に関するあらゆる情報を集めてきた。たった一人の協力者であった寺井の力も借りてきたが、最終的には一人で片をつけるつもりでいる。彼のように、元に戻るために、ではない。いざとなれば、母や幼馴染の少女やその父親を悲しませることになると分かっていても、己の死すらも覚悟している。そう、彼と自分とでは覚悟の程が違うと思う。もちろん、紅子と約束した以上、なんとしても帰ろう、帰らなければならない、そう思ってはいるが、それだけの覚悟はしている。それが彼にあるかといえば、KIDが思うに、彼にそこまでのものはないとしか思えない。だから、同様に国際犯罪組織に対するとはいっても、彼と自分は違うと思うのだ。





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