La bataille finale 【3】




 KIDは表の顔である黒羽快斗として、センター試験を受けた後、高校が自由登校になるのを待たずに日本を離れた。目的地ははからずもフランス。初代KIDが、父親が初めて怪盗としてその姿を公のもとにさらした場所である。そしてKIDは紅子に告げたように、一人で旅立った。KIDの唯一といっていい先代からの助手である寺井が、自分をお連れください、と繰り返し訴えたにも関わらず、KIDは自分一人で片をつけると、これ以上、寺井を危険な目にあわせるわけにはいかないと、差し伸ばされるその手を振り切って。
 KIDが渡航に際して持ち出したのは、KIDとしての衣装や道具などはもちろんだが、その他には、自作と言ってもいいほどに改良を加えたノートパソコン1台と、携帯、数日分といってもいいだろう程度の旅装── いざとなれば現地で買い揃えればいい、そのために必要なものは用意してある── 、そして偽りの宝石(パンドラ)。すべて、手荷物検査にひっかかることなどないように細工を施し、手荷物として機内に持ち込んだ。
 使用したパスポートは、偽名で用意したものだ。それも正式なものを。つまり、戸籍を偽造して、その偽造した戸籍をもとに正式に申請して作成されたものであり、形としてはれっきとした本物だ。観光目的、3ヶ月以内の滞在なら不要だが、念のためにビザも取得した。名目は留学ということにしてある。
 KIDとしては、かなうなら、母や置いてきた寺井のことを考えれば、二人を安心させるためにも、母に申込みを頼んできた大学の入試に間に合うように帰国したいと思ってはいるが、相手のことを考えれば、そうたやすくいかないだろうことも理解している。とはいえ、そう時間をかけることも出来ないとも思う。時間をかけるということは、相手に自分に対する猶予を与えることに繋がるからだ。その点を考慮するなら、早く片付けるにこしたことはない。かといって急ぐあまりに取りこぼしなどあってはならない。これまでに末端の組織は幾つか既に潰してはいるが、今回、大元を叩いて末端まで、全てに片をつける思いに変わりはない。今回で全てを終わりにする、そのために組織の本部にのりこむべく、日本を離れたのだから。
 ただ、宝石の処理を頼んだ紅子との約束がある。だからなんとしても生きて帰らなければならない。当初は、いざとなれば命を捨てる覚悟もしていたが、約束を破るのはKIDとしての矜持にかかわる問題だ。だからなんとしても可能な限り早く片をつけて、多少の負傷は負ったとしても、なんとしても帰る。今は強くそう思っている。おそらく、死を覚悟している部分があるのを見抜いて、紅子はあのような約束をさせたのだろうと思うが、それでも約束は約束だ。意地にかけても約束を違えるつもりはない。



 フランスに到着したKIDは、休む間もなく、パリ郊外にある、先代KID、つまり黒羽盗一が偽名で購入した別荘に入った。特に広くはないが、かといって狭いということもない。日本の家とほぼ同程度かと、屋敷内を点検して見回りながらKIDは思った。振り返ってみれば、父がまだ生きていた頃、1度だけではあったが、母と三人で滞在した記憶がある。ちなみに今回パスポートを取るにあたって用意した偽造の戸籍の名前は、先代がこの別荘を手に入れた際に使用した偽名を元に作ったものだ。組織が気付いている可能性は決して否定はできないが、それでも、父の手腕を考えれば、そんなに簡単に足がつくようなことはしていまいと判断したためだ。もっとも、その割には正体を探り出されて殺されたことを考えれば、やはり完全に問題なし、と言い切ることはできないか、とも思うが。
 市内の小さなレストランで食事を摂り、帰りがけに途中のスーパーで必要な日用品などを購入した後、公衆電話から日本の家に電話を入れた。母は留守にしているらしく電話は留守設定になっていたため、無事に到着したと、それだけをメッセージとして残して切った。それを終えると別荘に戻り、到着したばかりの今日は、さすがに長時間飛行機に乗っていたことからくる疲れ── 飛行機の中では全く休めていなかったから── が残っていることもあって、早めに寝むことにした。動くのは明日からでいい、そのために前もっての準備を終えているのだからと考えて。そう、全ては明日からだと、思いも新たにしながら。





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