La bataille finale 【2】




 その日の夜、指定されたKIDはいつもの通り、KIDとしての衣装を身に纏い、紅子の屋敷を訪れた。
 昼間、紅子本人が告げていたように、屋敷までの道はきちんと開かれており、何に遮られることも、迷うこともなく、紅子の屋敷へと辿り着き、ドアノッカーを押すと、背の低い、普通の人間と言うにはいささか難のある男が出てきた。
「お話は紅子様からお伺いしております。紅子様は奥でお待ちですので、ご案内いたします」
 その言葉通り、KIDは案内されるままに紅子の元へと赴いた。紅子は、水晶玉の乗ったテーブルを前にして一人座っていた。
「待っていたわ、黒羽君。いえ、怪盗KID。どうぞ座って。そのほうが落ち着いて話ができますでしょう?」
 促されるままに、KIDはテーブルを挟んで紅子の正面のソファに腰を降ろした。
「この度は突然の申し入れを受けていただき、ありがとうございます」
 KIDは最初にそう述べた。
「あら、でも会うことを受け入れただけで、貴方の相談事に乗るとはまだ一言もいっていませんでしてよ」
「ですが魔女殿におかれては、そのお力から、私が貴方にお願いしたい事、おおよその検討はついていらっしゃるのではないかと推測しますが」
 綺麗と言っていいだろう微笑を浮かべながらそう告げるKIDに、紅子は思わず、微かにだが確かに頬を染めて、KIDの言葉を肯定するように軽く頷いた。
「そうね、だいたい分かっているつもりですわ。ですけれど、はっきりと貴方の口から聞きたいのですわ。私の推測が間違っていないかどうかを確かめるために。そして貴方からの依頼内容をはっきりとさせるためにも」
「仰るとおりですね」
 そう応えた後、KIDは懐から、白い布に包まれたものを取り出し、テーブルの上において布を取り払った。そこに現れたのは、一つの宝石(いし)だった。
「……これは、先日KIDが盗み出した物。ですが、被害者からは既に返却されてきたと公表されていましたけれど、どういうことですの?」
 さすがに紅子もその状況までは把握していなかったようで、驚きに軽く目を瞬かせ、KIDに問いかけた。
「お返ししたのは、私が正当な手段で手に入れた、この宝石とほぼ同価値の別物です。そしてお送りする際に本物はお返しできないこと、その代わりに、その別物をお送りすると一筆入れました。そこから、これまでの私の行動などとも照らし合わせ、何らかの事情があるのだろうと解釈して、被害者の方は盗まれた物が返されてきた、と発表してくださったのでしょう。頭がよく、きっちりと察しをつけられ、また優しい方だったようで、安堵いたしました。一応、まだ本物は手に入れていないと、偽装のために犯行を続けてはいましたが、被害者の方が返されてきたのは別物だと公表されていれば、組織に私が本物を手に入れたことを知られてしまうところでしたから。本当に助かりました」
「そういうことでしたのね」
 KIDの説明に納得したかのように紅子は頷いた。
「それで、貴方は私にこれをどうして欲しいと?」
 紅子は、今夜のKIDの訪問の真の目的を尋ねた。
「この宝石はインクルージョンになっていまして、魔女殿なら、あるいは名前くらいはご存知かもしれませんが、それは月に翳すと赤く輝き、その零すしずくを口にすれば不老不死が得られるという、パンドラと呼ばれるものです」
 KIDの言葉を受けて、紅子は宝石を手に取ると立ち上がり、窓辺によってその宝石を月に翳した。すると、確かにKIDの言うように、宝石の中に赤が煌いた。
「最初は、これを狙い、先代である私の父を殺した組織のボスの前で砕いて嘲笑(わら)ってやるつもりでいましたが、少し考えを変えました。万一うまくいかなかった時のことを考えておく必要があると判断したためです。
 そこで、これに良く似た偽物は既に私の方で用意しましたが、この本物をどうしようかと考えて、魔女殿に処分をお願いしようかと思ったのですよ。この先、どんなにうまく隠したつもりでも、いつどのような形で表に出てしまうことがあるかもしれない、そしてこの宝石の持つ意味を知られる可能性も否定できない。つまりは、きちんと綺麗に処分するのが一番。となれば、それをできるのは、託せるのは魔女殿をおいて他にいないと考えたのです」
 元の位置に戻って再び座ってKIDの言葉を黙って聞いていた紅子は、分かったというように頷いた。
「貴方の目的が、おそらく貴方の目的である宝石に関してのものであろうことまでは推測できていました。そしてその宝石が、私たちの間でも密かに噂されていたパンドラと呼ばれるものならば、貴方が懸念することはもっともなこと。魔女の中には、このパンドラを手に入れることを望んでいる者がいることも否定はしません。ただ、この宝石については、どのような手段を用いても、その在り処を探り出すことができないので、そのような者たちも何もできずにいたのですけれど。
 けれど、私自身はこの宝石で得られるという不老不死を手に入れたいなどとは思っていません。ですから、貴方の依頼、引き受けましょう。ほかならぬ貴方が、私なら、と頼ってくださったのですもの、それに応えねば、赤の魔女の名が泣きますわ。ただ、どうしたらきちんと処分できるか考える必要もありますから、少し時間をいただくことになると思いますけれど、それはご承知いただけまして?」
 紅子の応えに、KIDは安心したように息を吐き出した。
「それは問題ありません。きちんと処分していただくこと、それが一番です。それに、処分できるようになるまでの間の預け先としても、確実性から言えば、魔女殿のところが一番安全でしょうから」
 KIDのその言葉に、紅子は嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「貴方にそこまで言われて、断ることなどできようはずがありませんわ。
 そのかわり、と言ってはなんですが、一つだけ条件があります」
「なんでしょう?」
 KIDは少し緊張感をみなぎらせて問い返した。
「これから、貴方は組織との対決に行かれるのでしょう? でしたら、そこからの生還を。多少の負傷は致し方ないと思いますけれど、必ず帰って、再び私の前にその姿を見せて下さること。それが条件ですわ」
「……」紅子のその言葉にKIDは少し時間をおいてからではあったが、頷いた。「正直、対組織についてはどのような形での終幕を迎えることになるのか、いえ、それ以前に、どのような攻防になるかも、今はまだ何も分かりません。殆どの情報は既に得て、そのための準備は進めてはいますが、簡単にいかないであろうことは分かりきっていることです。何せ、相手は国際的な犯罪組織、そして私は、私一人だけですから」それはKIDが、唯一の助手といっていい老人を、組織との戦いには連れて行く気、巻き込む気がないことを示している。「ですが魔女殿がそう仰られるなら、約束を破るようなことをしたくはありませんから、ご期待に沿えるようにいたしましょう。私は、少なくともこれまでは約束を反故にした覚えはありませんから、このお約束にもお応えできるものと思います。同時に、魔女殿のお言葉が、約束を果たすための、私にとっての守りともなるでしょう」
 KIDの応えに、今度は紅子が安堵の息を吐き出した。
「その言葉を信じて、貴方の帰還を待たせていただきますわ」
「はい」
 一言答えて、KIDは立ち上がるとバサッとマントを翻し、次の瞬間には、KIDの姿は消えうせていた。残ったのは、テーブルの上に置かれた一つの宝石のみ。
 赤の魔女である紅子は、宝石を見、それからその視線を窓の外に移して思った。
── 黒羽君、いいえ、KID、必ず帰ってきて。たとえどれほどの負傷を負ってでもいい、生きて帰ってきてちょうだい。それが私の望み。そして貴方が望むこの宝石の処分、それは赤の魔女の名にかけて、私がきっと綺麗に果たしてみせるから。





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