ユーフェミアによる枢木スザクへの騎士指名が行われる数日前、ミレイはアッシュフォード学園大学部構内にある特別派遣嚮導技術部、通称“特派”のトレーラー内で、そこの主任であるロイド・アスプルンド伯爵と、何度目かの見合いをしていた。
こんなところでお見合いだなんて、と思いながらも、ミレイは勧められるままにトレーラーの奥に入っていった。
「初めまして〜、ミレイ・アッシュフォード嬢」
「初めまして、アスプルンド伯爵」
互いに挨拶を済ませ、ロイドはミレイにソファを進めると、自分もその向かい側に腰を下ろした。
「んー、時間がもったいないから率直に行くね。アッシュフォードは二つの至宝を隠してるでしょう?」
「な、何のことですか?」
突然のロイドの切り出しに、ミレイはわけが分からないというように問い返す。
「隠す必要はないよ。不老不死の魔女殿から話は全て聞いているから」
「魔女!? じゃあ、あなたも……」
「そう、僕と僕の副官のセシル君も、逆行の記憶を持ってる。しかも多分、僕は君よりもより多くの記憶を持っているよ。何せ魔女殿は今僕の所にいるからねぇ」
おかげでピザ代が大変だというロイドに、あの夢の後から一向に姿を見せない魔女がこんな所にいたということに、ミレイは素直に驚いた。
「あのゼロ・レクイエムの後、何も知らなかったナナリー様がお兄さまの意思を継ぎたいとの思いからブリタニアの代表になったことと、合衆国日本の初代首相扇要の失策が相次いで、ゼロ・レクイエムで陛下は憎しみの連鎖を断ち切るつもりだったようだけど、逆に世界は混沌とした状態に陥ったこととか」
「あなたの目的は何ですか?」
「僕とセシル君、そして魔女殿の目的は、現在のシャルル皇帝の計画を潰し、ルルーシュ様に皇帝として、恙ない治世を行ってもらうこと、かなぁ。君は違う?」
「私は、ルルーシュ様が幸せな日々を送ることができるようになれば、それで満足です。もちろん、戦争がなくなればもっと良いとは思っていますけど。
でもそのために私にできることなんてたかが知れてます。今のところ、ルルーシュ様と魔女との出会いを阻止したことと、枢木スザクとの接触を避けて貰っていることくらいで……」
最初から手の内を開いて示してきた相手に、ミレイも素直に対応していた。
「とりあえず、遠からずスザク君がユーフェミア皇女の騎士に任命されるから、そしたら学園から退学するように勧めてくれればいいよ。それとほぼ同時に、僕の方でも引導を渡すつもりだから」
「引導?」
「そう。前の時は騎士になった後もこの特派に居続けた。シュナイゼル殿下から、彼をユーフェミア殿下に貸し与える形にするという方法でね。でも今回は、シュナイゼル殿下の意見を伺うことなく、僕の判断で特派からの除籍を勧告する。
後は僕の方で動くけど、方針としては……」
そうして婚約という名に隠れた、ルルーシュのための小さな同盟ができあがった。
スザクの騎士叙任式の後、アッシュフォード学園では、お祭り好きらしくクラブハウスのホールで生徒会主催による祝賀会を催していた。
名誉ブリタニア人ということで、これまでスザクは差別や蔑みを受けてきたが、皇女殿下の騎士となったことで祝福の言葉を贈られ、これで皆に認められたと喜んでいた。そんな生徒ばかりではないのに、それに気付かずに。そしてその会の最中、ミレイはそっと、スザクを同じクラブハウスの中にある生徒会室に呼び出した。
「何の用ですか、会長さん?」
そう尋ねてくるスザクに、ミレイは黙って一枚の書類を差し出した。
「こ、これっ!?」
「サインしてくれるだけでいいわ」
「な、何でですか? 騎士になったことで漸く他の生徒の人たちにも認めてもらえたのにっ」
「お目出度いことね。皆が皆そうではないのに。それよりも早くサインして、そして二度とこの学園に足を踏み入れないで欲しいの」
「だから、どうしてですか?」
「分からない? ここには私たちアッシュフォード家が匿っている大切な方々がいらっしゃるの。あなたも知っているはずの方よ。忘れてなければ」
「……覚えてます。でも、彼の方では僕のことなんか忘れて……」
「それは私がそう振る舞ってくれと頼んだから。
あなたが皇族の騎士となり、国の中枢に一気に近付いたことで、ナンバーズや名誉ブリタニア人を認めない人たちは、あなたの粗を探し出して蹴落とそうとするわ。そうしてあなたのことが調べられたら、同じ学園、同じクラスにいるあの方のことが本国に分かってしまうかもしれない。その可能性が高まったのよ。
それに騎士となった以上、のんびり学園に通ってるわけにはいかないでしょう。騎士とは常に主の傍にあり、その主を守る立場にあるのだから。
だからサインしてちょうだい。それさえしてくれれば、後は私のほうで全て処理するわ」
スザクにとって「否」と言える雰囲気ではなかった。仕方なく渡されたペンで書類── 退学届── にサインした。
「ありがとう。もうホールに戻っていいわよ。今日は最後だから、十分楽しんでいって。
ああ、それと皆には退学届を出したこと、内緒にしといてね、せっかくの雰囲気がぶち壊しになるから」
ミレイの言葉に、スザクはゆっくり頷くと、力を落として生徒会室を後にし、会場のホールへと戻っていった。それを見届けて、ふう、とミレイは息を吐き出した。
学園の方はこれでいい、これであの学園祭での“行政特区日本”の宣言も行われないだろう。後は婚約者となったロイドがどうにかしてくれるはずだと、ミレイはそう思いながら、自身も生徒会室を後にした。
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