夢の跡 【3】




 それから数日後、現エリア11総督クロヴィス・ラ・ブリタニア第3皇子の総督解任と、それに伴う本国への帰還、後任として、“ブリタニアの魔女”の異名をとる第2皇女コーネリア・リ・ブリタニアの赴任が本国から発表された。
 本国はいよいよ本気でこのエリア11のテロリスト殲滅に動き出したようだ、というのが世間一般のブリタニア人の見方だった。このエリア11は、他のエリアに比べて格段にテロ活動が活発であり、クロヴィスではこれ以上抑えきることはできないと判断されたのだろう。それはクロヴィスに能力がないと判断されたと同義であり、彼の本国への帰国をニュースで聞いたルルーシュは、異母兄(あに)の今後にほんの少しだけ同情した。



 第2皇女コーネリアが総督として、妹の第3皇女ユーフェミアを副総督として伴ってエリア11に着任して1週間程経ったろうか。その日の生徒会の仕事が終わり、解散となった時、ミレイがルルーシュを呼び止めた。
「あ、ルルちゃん、ちょーっと待った」
「まだ何か?」
「うん、ちょっとね。あ、他の皆はもういいわよ」
 その言葉に、ミレイとルルーシュを残して、他のメンバーは生徒会室を後にした。
 二人きりになったのを確認して、ミレイはルルーシュに向き直った。
「明日、あなたのクラスに編入生が来るの」
「編入生? その編入生に何か問題が?」
 編入生が来るというだけでミレイが自分を呼び止めたとは思わないルルーシュは、そう問い返した。
「名誉、なのよ。名誉ブリタニア人。しかも副総督であるユーフェミア様の口利き。できれば断りたかったところなんだけど、さすがに皇族様のお願いを断るわけにはいかないでしょ」
「それは確かにそうですけど、それほどの問題ですか? 一応、この学園はイレブンにも門戸は開いているんですし」
 実際にイレブンや名誉ブリタニア人が他にいるかと問われれば、あくまで門戸を開いているだけで一人もいないのが現状なのだが。
「その名誉ブリタニア人ね、あなたの知ってる人物よ」
「俺が、知ってる?」
「枢木スザク、よ」
「枢木スザク? 本当ですか?」
「ええ。日本最後の首相枢木ゲンブの嫡子、枢木スザク。どういう経緯かは知らないけれど、名誉になり、何故かユーフェミア様のお目に留まってこの学園に入ってくるのよ」
 明日からやってくるという懐かしい人物に、ルルーシュは嬉しそうな笑みを浮かべた。
 母である皇妃マリアンヌが殺された後、ナナリーと二人、留学という名目で送り込まれた当時の日本での滞在先が枢木神社であり、スザクとはそこで知り合った。最初の出会いは最悪だったが、程なく打ち解けあい、ルルーシュにとっては初めての友人といっていい存在がスザクだ。幼馴染とも親友とも言える。
「ルルーシュ、どれほどの知り合いであろうと、彼を無視して」
「会長?」
 ルルーシュはミレイの申し入れに、驚きに目を見開いた。
「今の枢木スザクはあなたが知っていた頃の彼じゃない。名誉なのよ! しかも軍人なの! そしてユーフェミア皇女の知己なの! どんなところからあなたとナナちゃんのことが漏れるかしれないのよ! だからお願い、彼を無視して! 無視してください、ルルーシュ様!」
「ミレイ……」
 遂にはルルーシュの両腕を掴んで言い募るミレイの必死の様相に、ルルーシュは「否」とは言えなかった。普段の、表面的にイベントやら何やらでからかわれているのはともかく、その心の底ではいつも自分たちのことを考えてくれているミレイの言葉を、無視することはできなかった。それは、ルルーシュには辛い選択ではあったが。
「申し訳ありません、つい取り乱して」
 そう言いながら、ミレイは掴んでいたルルーシュの腕を離した。
「それから、それとは別にニーナに気を付けてやっていただけませんか。あの子は、単なるイレブン嫌いというより、恐怖症に近いから」
「分かった」
「本当に申し訳ありません。本来なら懐かしい友人との再会だというのに」
 申し訳なさそうに頭を下げるミレイに、ルルーシュは苦笑した。
「そんなふうに謝らないでくれ。本国から捨てられた俺たち兄妹に対して、君やルーベンがしてくれていることを思えば何でもない。むしろ、何も返せずに申し訳なく思っているくらいだ」
「いいえ、元をただせば、母君マリアンヌ様をお守りできなかった我がアッシュフォードの手落ちなのですから」



 そうして翌日編入してきた枢木スザクに対して、ルルーシュはミレイに約束したように無視をした。それはとても心苦しいことではあったが、必死になって自分たちを匿ってくれているアッシュフォードのことを考えると、ミレイの願いを無視することはできなかったのだ。
 一方、スザクの方も自分の名誉という立場を考えてか、それとも覚えていないのかもしれないが、ルルーシュを無視していたので、ルルーシュの心の葛藤は少なくて済んだのがせめてもの救いであった。





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