Thank you. And Good-bye. 【3】




 枢木スザク。
 俺の初めての友人。幼馴染とも言える親友、だった。
 だがおまえは俺の、いや、俺たち兄妹の立場を結局は何一つ理解していなかった。確かに終戦前、俺たちはおまえのお蔭で命を永らえた。そう、おまえが実の父を殺すという罪を負ってくれたがために。
 しかしおまえは、俺の本心からの望みを忘れたかのように、再会した時は名誉ブリタニア人、それも軍人になっていた。だがそれだけならまだ許せた。おまえにはおまえの都合、意思があるのだから。だからそのことを責めようとは思わない。
 だが、おまえは俺たち兄妹にとって、そして俺たちを匿ってくれているアッシュフォードにとっても、害悪としかならなかった。冤罪だったとはいえ、一度は総督の暗殺犯として捉えられたおまえを、それも皇族のお声がかりで断ることもできぬままに受け入れざるを得なかったアッシュフォードの、そして俺の苦悩を、おまえ自身は本当に何一つ理解していなかったようだが。
 そう、おまえは皇族のお願いという名の命令でアッシュフォード学園に編入してきた。それでもおまえは俺にとっては大切な親友だったから、苛められているおまえを放っておくことはできなかった。自分にとってはまずいことだと分かっていても、おまえを無視することなどできなかった。
 けれど、そんな俺たちに対しておまえは嘘をついた。それは俺たちに心配をかけまいとしてのことだったのだろうが。そして更には、皇女の選任騎士だ。騎士となった以上、学園は辞めるものだとばかり思っていたのに、おまえは辞めなかった。そして俺に分かったのは、おまえを騎士に任命したユーフェミアも、騎士となったおまえ自身も、ブリタニアの騎士というものを、特に皇族の選任騎士という者の立場、存在の意味を何一つ理解していなかったということだ。
 スザクはユーフェミアを初めて自分を認めてくれた存在だと言っていた。ではアッシュフォード学園で名誉ブリタニア人であり、かつ軍人であるおまえという存在を受け入れた俺は、俺たち兄妹は、ミレイをはじめとする生徒会のメンバーは違うというのか。俺はおまえを友人だと、親友だと、おまえを認めていた。生徒会のメンバーは皆おまえを受け入れていた。それはおまえという存在を認めていたということだ。それをおまえは理解していなかったというのか。俺の、そして生徒会の皆のそれは、おまえを認めたものではなかったと。ましてや、おまえが学園に編入してきてから心ない生徒による苛めにあっていた中、俺はおまえを親友だと告げていたのに、それはおまえを認めたことではなかったと。俺とおまえとの関係は戦前から、俺たち兄妹が死んでこいと、まだ日本という名前だったこの国に、名目はどうあれ実質的には人質として送られてきた存在だったからか。それとも、皇族としては死んだことになっていた俺たちには意味は無かったと、あくまで皇女、副総督という高位の地位と立場を持つ者から認められるのでなければ、意味は無かったと、おまえを認めたことにはならなかったとでも言うか。皇女の前では、一般人である生徒会のメンバーのおまえに対する気持ちなどなんの意味も無かったというのか。
 ユーフェミアに騎士として任命されたことで、おまえはユーフェミアへの想いを深くした。単なる敬愛などではない。神聖化とでもいうものに近いものとなっていっていた。それはニーナにも通じるところがあったが。
 だからおまえは、ユーフェミアにギアスをかけて操り、挙句、殺した俺を仇と恨んだ。
 確かに、意図したことではなかったとはいえ、俺がユーフェミアにギアスをかけてしまったのは事実だし、彼女の死のきっかけとなった最初の一発を撃ったのは紛れもなくこの俺だ。だがおまえは気付いていないというのか。彼女を真に死に追いやったのは、きちんと考えることもせずにとったおまえの短慮な行動にこそあったことを。俺が撃ったのは腹部にたった一発だけ。それは、日本人虐殺を行う彼女を止めることができればそれでよかったからだ。実際、過去に全身にといっていいくらいに銃弾を浴びせられたマオはブリタニアの持つ高度な医療技術によって助かっている。腹部へのたった一発だけなら、そのままそっと、そしてきちんと治療をしてもらえる所に運んで治療を行いさえすれば、ユーフェミアが死ぬことなどなかった。間違いなく助かった。それをおまえは、なんの措置も、そう、何一つ、簡単な応急手当すら、血止めすらもせずにKMFで、しかもコクピットに入れるでもなくKMFの両腕で彼女を抱き上げて、空にあるアヴァロンへと運んだ。その際にユーフェミアの躰にかかる負担を本当に考えなかったのか。しかも運んだ先は、ユーフェミアの実姉たるコーネリアの政敵たるシュナイゼルの旗艦。ユーフェミアはまだ公表こそされていなかったが、すでに皇籍から抜けていた。シュナイゼルは立場を考えれば知っていたはずのことだ。つまりシュナイゼルには、そんなユーフェミアを助けてやる意味や動機など全く無いのだ。シュナイゼルがユーフェミアに行政特区のことを「いい案だ」と言ったと、俺はユーフェミアから聞いてはいたが、それは帝国宰相としての口にしなかった意図があってのことだろう。帝国宰相としての目的は、ユーフェミアの言っていた理想とは程遠い、エリア11最大のテロ組織たる黒の騎士団をはじめとするブリタニアへの抵抗勢力を削ぐこと。しかしユーフェミアは口にされたその言葉だけを単純に信じた。それだけのことだ。
 俺の撃った一発は、決して致命傷などではなかった。その傷を悪化させ、致命傷に近い状態にまでさせたのは、おまえの考えなく取った行動であり、そして止めはシュナイゼルとその彼に従う者たちが何もしなかった、それがユーフェミアの死の真相といっていいものだろう。
 そしておまえは俺を捕え、俺を、俺が憎んでやまない、血が繋がっていることなど忘れたいと思っているブリタニア皇帝シャルルに売った、己の出世と引き換えに。そしてシャルルが俺に記憶改竄というギアスをかけるのを手伝った。あれほどに俺がおまえに、そしてユーフェミアにかけたギアスを憎んでいながら。なんたる矛盾であることか。しかしそれでも、それが俺だけならまだ致し方ないと思いもした。しかしシャルルは、アッシュフォードにも、そしてその学園の生徒会メンバーにまでもギアスをかけた。それはおまえの協力が無ければできなかったことだ。なのにおまえはそのことになんら良心の呵責を覚えることなく、エリア11に総督補佐としてやってきて、俺を監視するために学園に復学した。その際には、俺の記憶が戻っているかどうかを確かめるために、おまえが自分が守ると言ったナナリーを利用すらして。
 ユーフェミアを死に至らしめたそもそものきっかけは、確かに俺だ。それを否定する気はない。だが、それを決定的なものとしたのは、スザク、おまえに自覚はなくとも、紛れもなくおまえ自身に他ならない。そしてシュナイゼルは治療を放置させた。あの場できちんとした治療が為されていれば、おまえのあの行動の後であっても、多少なりとも助かった可能性はあっただろうに。ゼロではなかったとは言い切れない。アヴァロンに至るまでにおまえがユーフェミアにかけた負担を考えれば、確かに幾らブリタニアの医療技術が世界一とはいえ、手遅れだったことを否定しきることはできない。しかしおまえはそんな簡単なことに何一つ気付くことなく、ただ俺一人を仇と付け狙い続けた。周囲の多くの者を巻き込み、彼ら彼女らに対しては紛れもなくおまえは加害者であるのにもかかわらず、そんな意識を全く持たないまま、自覚しないままに、かつてと同様に対する。おまえはおまえが他者に対してしたことに対して、なんら罪の意識を持っていない。もし持っていたとしたら、おまえは以前のようにミレイたちと接することはできないだろうから、それは間違いや俺の思い込みではないだろう。おまえは腹芸というものはできないから。だから、本当におまえは何も理解していないのだ、自分の犯した罪を。
 そしてそれはアッシュフォードに対してだけではない。おまえは俺を売るのと引き換えにラウンズという地位を欲して出世した。おまえはワンとなってエリアとなった日本を、ワンの持つ権利として、その領地を貰い受けるつもりだと言った。しかし、それはおまえ個人の独善に過ぎない。おまえはそれが正しい方法だと思っていたようだが、一体どこが正しいのだ。ワンの所領ということは、あくまでブリタニアの属領であるに過ぎない。独立ではない。しかも仮にそれができたとしても、それはおまえがワンでいる間だけのことでしかないのに、それでどうして日本の返還などということになるのか。日本人が望んでいるのは、ブリタニアからの独立、それを果たせないなら、おまえがしようとしていることは、どうせ無理な話ではある── 12席あるラウンズの一人となれたとはいえ、名誉ブリタニア人がワンになどなれようはずがない。ラウンズになれたのとて、シャルルの気まぐれだろう、あるいは俺に対するあてつけか── が、一般のイレブンとなった多くの日本人の意思を無視していると言っていい。それはゼロに希望を見出していた人々の数の多さを考えれば、普通なら簡単に理解できることなのに。おまえには圧倒的に政治に関する知識が足りない。思慮が欠如しているとも言える。多少言い過ぎかもしれないが、少なくとも、不足しているのは紛れもない事実だ。普段のおまえの言動を見ていればよく分かる。そして何よりも、ブリタニアという国の本質を理解していない。ブリタニアにおける騎士というものがどういうものか、それすら理解しないままにユーフェミアの騎士となり、その死後は俺と引き換えに皇帝の騎士たるラウンズの地位を望んだのだから当然のことか。
 ラウンズとなったことで、スザク、おまえは完全にブリタニアの歯車の一つになった。幾多の戦場で敵国の、ブリタニアが征服しようとしている自国を守ろうと必死になっていた大勢の人々を殺しつくし、“白き死神”の異名までとった。それは、ブリタニアが以前の日本に対して行ったことと同じこと。つまり、おまえはブリタニアにされたことを、今度はブリタニアの側になって他の国に対して行ったということだ。それから導かれる答えは一つ。おまえは日本さえよければ、他の国はどうなってもいいと思っているということだ。そんなことは無いと言われても、行動からはそうとしか受け取れない。





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