行政特区日本 【3】




 飛行艇は30分とかからずに政庁に到着したが、その間、マキャフリーは一言も口をきかず、三人はどういうことになっているのか見当もつかず、それぞれに思い悩んでいた。特にダールトンは枢密院が出てきたということで、口にせずとも最悪の事態を考えざるを得ず、自ずと厳しい顔付きになっていた。
 飛行艇から降りた四人は、真っ直ぐに総督執務室へと向かった。
 その執務室でユーフェミアたちを待っていたのは三人。一人はもちろん総督であり、ユーフェミアの姉であるコーネリア第2皇女とその騎士たるギルバート・G・P・ギルフォード、あと一人は見知らぬ壮年の男性だった。その人物が、おそらく枢密院議長なのだろう。
 しかし部屋に入るなり、ユーフェミアはコーネリアだけを見つめてそちらに歩み寄ろうとした。
「お姉さま」
「総督だ、副総督。一体何度言われれば分かるのだ、そなたは!」
「すみません、総督。でも、今日のことは一体どういうことなのですか? 納得がいきません!」
「その前に紹介しておこう。今回、皇帝陛下の代理人として来られた、枢密院議長のシュトライト伯爵だ」
 執務室内にある応接セットのソファに座っている男性を、そのままの状態で、一方、この地の総督たるコーネリアがその横に立って紹介する。
 ユーフェミア── とスザク── にとっては異様な光景だった。
 皇帝の代理人とはいえ、相手は伯爵なのだ、第2皇女である姉が立ったまま座っている人物を、そのまま第3皇女に紹介するというのはおかしい。ユーフェミアとスザクの二人は共に眉を寄せた。何が起きているのか理解できない状態だった。
「とりあえず、お座りになりませんか、コーネリア皇女殿下。妹君も。その方が落ち着いて話ができます」
「そうだな」
 マキャフリーがシュトライトの隣に腰を降ろすのとほぼ同時に、コーネリアはその向かい側に座り、それにならってユーフェミアもコーネリアの隣に座った。
 ギルフォード、ダールトン、そしてスザクはそれぞれ主の後ろに立った。
「まず、ユーフェミア様の発案された“行政特区日本”ですが、これは本国において正式に中止が決定されました」
 シュトライトが穏やかな声で話し始めた。
「何故ですか? 宰相であるシュナイゼルお異母兄(にい)さまに許可を貰い、その後、お父さま、いえ、皇帝陛下にも、皇籍奉還と引き換えに了承をいただいたものです。それを今になって中止なんて、納得がいきません」
 常のユーフェミアとは違い、きつい物言いになっていた。
 その一方で、“皇籍奉還”の一言にそれを初めて耳にしたスザクはショックを受け、目を見開いてユーフェミアを見つめた。ダールトンも初めて耳にしたことでショックを受けてはいたが、彼は厳しい眼差しでユーフェミアを見つめるに留まった。
 コーネリアとギルフォードの二人が何の反応もしないのは、おそらくすでにそれを聞いていたからだろう。それも多分、ユーフェミア自身からではなくシュトライトから。そう、ダールトンは思った。だからシュトライトが先程からユーフェミアを呼ぶ時に“殿下”と付けないのを咎めずにいるのだろうと。
「確かに陛下は一度は了承されました。ですが、やはりご心配になられたのでしょう。我が枢密院に対してこの案件、“行政特区日本”について、成功の確率とリスクについて諮問するように命令が下されました。そして討議の結果、リスクの方が大き過ぎるということで、中止、廃案が決定されたのです」
「リ、スク……?」
「簡単に説明させていただけば、まず第一に、これはリスクではありませんが、国是に反していること。ナンバーズ政策、弱肉強食は国是です。ですが、特区では民は皆平等ということは、国是に大きく反していることになります。
 次に、特区に入りきれなかったナンバーズの扱いです。不満に思ったナンバーズが暴動行為に出ることを否定できません。ましてそれがこのエリア11だけならまだしも、他のエリアでも同様のことを求めて、万一にも一斉に暴動でも起きれば、いくら我が国が強大だといっても抑えきれるものではありません。
 加えて、権利が失われるということで、入植したブリタニア人が何らかの行動に出ることも考慮されます。それ以前に、今回の特区設立のために増税が行われており、納税者たるブリタニア人が、特区外のイレブンに対して、これまで以上の行動に出る可能性も高い。
 他にも幾つかの点がありますが、主に以上のことから、“行政特区日本”の中止が決定されたのですよ」
「でも、シュナイゼルお異母兄さまは素晴らしい案だって……」
「その件ですが、閣下に確認を取りましたところ、「“お異母兄さま”と言われたから、兄として“異母妹(いもうと)のユフィ”に率直な感想を述べたに過ぎない」、とのことでした。宰相としてのシュナイゼル殿下の許可が欲しかったのであれば、それなりの手順を踏んできちんと行うべきでしたね」
「……そんな……」
 明らかにユーフェミアの肩の力が抜けたのが見てとれる。
 結局、ここでも公私の別をきちんと取ることができないという、姉のコーネリアに何度も指摘されている彼女の悪い癖が出た結果だ。
 そんなユーフェミアにシュトライトはさらに追い打ちをかける。
「尚、今回の騒動に関して陛下から処罰が下されています。まずコーネリア第2皇女殿下に対しては、総督として副総督の暴走を止められなかったこと、姉として妹の教育がきちんとできていなかったことなどを考慮し、エリア11総督解任、皇位継承順位の降格。解任の時期は、現在、次の総督を検討中ですので、次期総督が決まり次第ということでそれまでは現行のままになります」
 コーネリアとギルフォードはこのことも事前に聞かされていたのだろう、あまり反応はなかった。しかしダールトンは初耳であり、ユーフェミアとスザクを見る視線の厳しさが増す。
「待って、待って! 特区は私の発案で、勝手に許可を得ずに発表したの。お姉さまは知らなかったの。だからお姉さまに処罰なんて……」
「あなたにそういう行動を許したこと、後付けとはいえ、あなたの発表した特区を認め、それを実行する手段を講じたこと、それが処罰の理由です。
 もちろん、あなたに対しても処罰はありますよ。あなたの皇籍の件ですが、“奉還”ではなく”廃嫡”、すなわち追放扱いとなり、下賜される一時金も大きく減額されます。
 それから枢木君、ユーフェミア様が皇族でなくなった以上、騎士は持てない。従って君は騎士ではなくなる。軍も退役になっているし、唯の名誉ブリタニア人に過ぎなくなったというわけだ。よって私物があるならそれを纏めて、直ちに政庁を出て行きたまえ」
「……あ……」
 あまりの内容に、スザクは理解が追い付いていなかった。
「何をぐずぐずしているのかね。政庁はただの名誉ブリタニア人が、理由も無くいていい場所ではない。さっさと出て行きたまえ!」
 呆然としているスザクに、マキャフリーがシュトライトの言葉を復唱するように告げる。
「あ、は、はい……」
 まだ完全に理解できてはいない。ただ、自分はもうこれ以上この場に、政庁にいてはいけないのだとそれだけを理解して、一礼をするとぎこちない動きで総督の執務室を出ていった。
「スザク……」
 部屋を出ていくスザクの後ろ姿を見送っていたユーフェミアに、シュトライトが声をかける。
「ユーフェミア様」
「は、はい」
 その呼びかけに慌ててシュトライトを見る。
「このエリア11に来るにあたって、高校中退、でしたね?」
「え、ええ……」
 突然の話題の転換に驚きながらも、ユーフェミアはその通りだと頷いた。
「高校に復学、また、その先の大学に進学する気がおありなら、学業にかかる費用くらいは別途支給する、との枢機卿猊下のお言葉です。どうされますか?」
「……枢機卿、猊下……?」
「枢密院のトップだ。そのくらいきちんと把握しておけ」
 妹のあまりの無知さ加減に、半ば呆れ気味にコーネリアが教えた。
「あ、はい」
「今直ぐに返事を、と言っても無理のようですね。姉君が本国に戻られるまでによく相談してお決めになるといいでしょう」
「……わ、分かりました……」
 コーネリアは、ここにきて、つくづく如何に妹を甘やかし過ぎ、皇族としての教育を疎かにしてしまったことかと、改めて後悔した。
「では我々はこれで本国に戻ります。後任人事が決まりましたらご連絡を入れますので、それまでに引き継ぎの手配などもしておいてください」
 シュトライトがそう告げながら立ち上がると、マキャフリーもすぐさま立ち上がり、急ぎ足で部屋を出ていってしまった。
 後に残されたコーネリアたちは、今後のことを考えると頭を抱えるしかなく、ユーフェミアは自分のとった浅慮だった行動の結果に躰を小さく震わせていた。





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