当日になって中止となった“行政特区日本”の式典の翌日、スザクはアッシュフォード学園のクラブハウスにルルーシュとナナリーを訪ねていた。きっと二人が心配しているだろうと思ったからだ。
スザクはリビングに通され、ルルーシュとナナリーの三人でテーブルについた。
「それで、結局どうなったのですか?」
不安感を隠しきれずに、ナナリーがスザクに訊ねた。
「うん。コーネリア殿下は総督解任で、次の総督が決まり次第帰国することになる。ユフィもたぶん一緒に。ただ、ユフィは皇籍を剥奪されてしまったから、その先どうなるか分からない」
暗く沈んだ声でスザクは答えた。
「そうか。だが皇族ではなくなっても、コーネリア異母姉上の妹であることに変わりはないから、異母姉上が個人的に何らかの対策を取るとは思うが、それにしても厳しいな」
「うん。もともと、ユフィは今回の件で皇籍奉還することにしていたらしいんだけど……」
皇籍奉還と聞いて、ルルーシュは眉を顰めた。
「馬鹿な真似を。最早関係のない話になってしまったが、予定通り特区が進んでいた場合のデメリットを考えていなかったのか、ユーフェミアは」
「馬鹿な真似、はないだろう、ルルーシュ。ユフィは皆のことを考えて……」
「特区が成立した途端に、責任者が皇族から一民間人になるんだぞ。それがどんなことか、おまえには分からないのか」
「あ……」
ルルーシュの言葉に特区が成立した時のことを考えて、これは中止になって良かったのかもしれないと、漸くスザクは理解した。一民間人が世界を変えていくのは、ブリタニアという強大な一国家相手ではいくらなんでも確かに無理、無謀な話だ。
つまり元から特区に未来はなかったのだと、スザクは今初めて思い至った。そしてルルーシュが懸念していた理由も。
ユーフェミアは理想は立派だが、それを実現するにはあまりにも実力が足りなく、経験もない。素晴らしい案だと思っていたが、“行政特区日本”は、いわば“絵に描いた餅”だったのだ。
「それでスザク、おまえはこれからどうするんだ?」
「あ、ああ。特区中止の件を知ってロイドさんとセシルさんが僕を訪ねて来てくれてね、また特派に逆戻りだよ。やっぱり他にいいパイロットが見つからなかったらしい」
「ではまた最前線か」
「危険ではないのですか、スザクさん」
「大丈夫だよ。今までだって問題なかっただろう。でも、心配してくれてありがとう。あと学校の方は、ロイドさんがミレイさんに相談してくれるって。だから、もしかしたらまた通えるようになるかもしれない」
「それは良かったですけど、大変なことに変わりはないんですね」
「うん。でも頑張るよ、ルルーシュやナナリーのためにも」
それから暫く雑談を交わし、スザクは帰っていった。
「何が、大丈夫、頑張る、だ。何も知らないイレブンが」
「本当に、まだ中から変えていく、なんて夢物語を考えているんでしょうか、スザクさんは」
「だろうな。俺たちのためという大義名分でな。俺たちの事を思うなら、何もしないでいてくれるのが一番なんだが」
「そうですね、迷惑です。できればもう来ないでほしいです、あの人には」
「とうとう“あの人”呼ばわりか、ナナリー」
「“あの人”で十分です。だって、私たちにはもう関係のない人ですもの」
ナナリーのその言葉に、ルルーシュは小さく笑った。
本当にその通りだ、あの男はもう自分たちには関係ない。そして自分のもう一つの顔の前では、邪魔な存在でしかないのだ。更に今もう一つの顔では、何の意味もなさない存在、路傍の石にも等しい程度のものでしかない。
「それにしても、ユフィお異母姉さまも愚かですね、皇籍奉還をするつもりだったなんて」
「コーネリアが甘やかし過ぎたんだろう。皇族であることの意味が分かっていなかったのさ。その責任も。まあ、頭にお花の咲いた理想主義のお姫さまとこれまた理想主義の無知の騎士、お似合いではあったな」
「随分と厳しいですね、お兄さま。私もあのまま皇室にいたら、ユフィお異母姉さまのようになっていたかもしれませんよ」
「そうはならないさ。おまえは庇護を失うということを知っているし、ユフィが見えなかったものも、目は見えずとも視えている。俺の自慢の妹だ」
「ありがとうございます、お兄さま」
軽く一礼して、ナナリーは可愛らしい笑みを浮かべた。
自分が去った後に二人の間にそんな会話が交わされているとも知らず、もっと活躍して上に登って、ブリタニアを中から変えていくのだと、スザクはできもしない理想を追い求め続ける。
── The End
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