行政特区日本 【2】




 ── 行政特区日本。
 協力すれば武力を取り上げられ、反対すれば民衆を敵に回す。黒の騎士団はここで潰える。
 無邪気に善意を振りまく第3皇女、おまえの存在は、最早、罪だ──



 ユーフェミア発案、独断による“行政特区日本”の発表に、コーネリアは怒りを覚えた。しかしそれはすでにマスコミによってエリア11全土に報道され、なし崩し的に認めざるを得ず、配下のダールトン将軍をユーフェミアの補佐に付けた。
 だがこの“行政特区日本”は、確かにテロ組織が民衆の支持を失い瓦解するという利点はあるものの、あくまで副総督ユーフェミアの独断であり、総督を無視した越権行為であるとして止めさせるべきであった。それをすでに発表されてしまったものであり、また、愛する妹を罰することだからと躊躇いを覚え、後付けとはいえ、その行為を公のものとして認めしまったのはまずかった。



 式典当日、“行政特区日本”の式典会場には、ユーフェミアを初めとしてブリタニア関係者、NACと呼ばれるイレブンの代表者たち、そして何よりも“日本人”の名と“平等”という言葉に惹かれて集まった大勢のイレブンがいた。
 ステージ上には関係者が座って式典開始を待っていたが、一つだけ座る主のいない椅子があった。ユーフェミアが声をかけたゼロのための椅子である。
 ダールトンがユーフェミアに声をかける。
「ユーフェミア様、お時間です」
 そう告げられ、ユーフェミアはゼロのために用意した空の椅子を気にしながら立ち上がった。
 それとほぼ同時に、会場内がざわめき始めた。見上げれば、ゼロをその肩に乗せたKMFが会場に向かって飛来してきていたのだ。
「来てくれたのですね」
 ユーフェミアは笑顔を浮かべてステージ中央へと進んだ。
「ようこそ、ゼロ。“行政特区日本”へ」
 KMFからステージ上に降り立ったゼロを、ユーフェミアが満面の笑みで迎える。それにゼロが何か答えようとした時、彼は、不意にそのまま顔を上げた。
「ゼロ?」
 ユーフェミアは不審に思いながらも、ゼロが見ている方に顔を向ければ、1機の飛行艇が会場に向かってきていた。それがブリタニアのものであるのは、機体脇に描かれているブリタニア国旗を見れば明らかだ。
 式場内がざわめきだした。ステージ上の様子を見ても、予定外のものであるのは確からしいということしか分からない。
 やがて飛行艇はステージの端に着陸し、中から明らかに貴族と分かる、40代後半と思われる男性が一人降りてきて、ユーフェミアの元へとやってきた。
「枢密院副議長のマキャフリー子爵です。第3皇女殿下におかれては、選任騎士の枢木卿、補佐のダールトン将軍共々、直ちに私と共にトウキョウ租界の政庁にお戻りいただきたい」
 マキャフリー子爵と名乗った男性がユーフェミアに近付いた時には、すでにスザクもダールトンもユーフェミアの両脇に控え、何かあっても直ぐ対応できるようにしていた。しかし“枢密院副議長”の肩書きに顔色を変えたのは、ダールトン一人だけだった。
「これから直ぐですか? でもそれでは式典が……」
「その必要はありません。本国の決定で、行政特区は中止が決定しました」
「えっ!? 中止? そんな馬鹿な。だって私はそのために……」
「すでに決まったことです」
 それまでその遣り取りを黙って聞いていたゼロが問いかけた。
「そうなると、私はどうすればいいのかな?」
「今回は、皇女に呼ばれて来られたもの。何もせずに戻られるなら、こちらも何もしない」
 マキャフリーの言葉に、ゼロは「では、そうさせてもらおう」とのみ頷きながら応えて、KMFに戻り、コクピットに姿を消すとそのまま直ぐに飛び上がり、しかし日本人の退去が無事に済むのを見届けるかのように、会場正面入口の上に留まっていた。
 次にマキャフリーは中央に設置されたマイクの前に立ち、会場内全てに伝わるように話し始めた。
「この会場に集まったイレブン諸君。第3皇女発案の“行政特区日本”は、本国の決定により中止が決まった。大人しく元いた場所に戻るならば、今回の件は不問とする。繰り返す。“行政特区日本”は中止と決まった。皆、大人しく会場を出て家に戻りたまえ」
「お待ちなさい、マキャフリー子爵。今回の特区の件は皇帝陛下もご承知のことなのですよ」
「事情が変わりました。陛下の代理人として、枢密院議長が政庁で皇女殿下をお待ちです」
 尚もマキャフリーに言い募ろうとしたユーフェミアを、ダールトンが止めた。
「姫さま、枢密院が動いているというのなら、今は大人しく副議長の言うように政庁へ戻られるがよろしいかと」
「ダールトン、でも……」
 ダールトンはそれ以上は何も答えず、ただ配下の兵士たちに、会場内のイレブンを早く追い出すように指示を飛ばし、ユーフェミアとスザクには、マキャフリーの言うように政庁へ戻るべく、彼の乗って来た飛行艇に乗るように促すのみだった。
 新たに三人を乗せた飛行艇を見送り、文句や恨み事を言いながらも会場を後に出ていく日本人たちを見送って、ゼロは会場の近くに潜ませていた騎士団の部下たちを下がらせ、自分もまた半分余りの人数が退去した段階で、問題は無さそうだと会場上空から去っていった。





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