皇女の騎士 【1】




 その日、ユーフェミアはクロヴィス美術館の落成式に行われる絵画コンクールの表彰式に出席していた。
 大賞作品はすでに決まっていたが、建前としてはユーフェミアが選ぶということになっている。大賞作品はブリタニア貴族の子息の手によるブリタニア第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアを描いたものだが、ユーフェミアが気に入ったのは、それとは別の、イレブンの血を引いている者が描いたという、エリア11、すなわち、かつての日本の風景を描いたものだった。



 式典の前にマスコミを集めた会見が開かれたが、ユーフェミアはほとんど真面に答えることはできなかった。マスコミの者たちの間でも、こそこそと「政治の話は無理だって」と囁きが交わされている。
 そんな中、「近々騎士をお決めになられるとのことですが」との問いにも、ユーフェミアは言葉を濁すだけで満足に答えを返すことはできず、ユーフェミアの脇に控える係官が、インタビューは美術館のことに限るようにと、マスコミの者たちに促すに至った。



 結局、会見ではインタビューに対してほとんど真面な回答の一つも得られることなく終了となり、皆、式典会場へと移動した。
 しかしマスコミの者たちは、真面な会見にならなかったことに対して不満はなかった。何故なら、それは最初から織り込み済みであったからである。“ロクに何も知らないお飾りの副総督”というのが、マスコミの者たちのユーフェミアに対する、口には出さないまでも共通の認識だったからだ。
「大賞作品に花を付けていただきましょう」と白い大きな花を渡されても、ユーフェミアは絵を前に動けなかった。躊躇っていた。自分が気に入ったのは皇帝を描いたものではない。なのに何故、私が選んだことにされて気に入った絵でもないものを大賞としなければならないのかと。
 これが彼女の姉、総督であるコーネリアであったならば、それが自分の気に入ったものであろうがなかろうが、大賞と定められた絵にさっさと花を付けて終わりにしていたことだろう。だがユーフェミアにはそれができない。そもそも大賞作品の最終候補に残ったということで、技術的には問題はないのである。いくら有力貴族の子息の描いた物といえど、技術的に劣っていたならば、いくらなんでも選考から外れている。幾つかの作品の中からどれにするかというところで、片や有力貴族の子息という、いわば政治的配慮がなされ、片やユーフェミアが気に入った物は、作者にイレブンの血が入っているということで外されたに過ぎない。そういった政治的配慮がユーフェミアにはまだ理解できていないのである。だから周りからは“お飾り”と言われ、本人は絵を前に躊躇い、悩んでいる。



 なかなか動こうとしないユーフェミアに、会場内の者たちが焦れ出した頃、マスコミの人間の持っている携帯電話の呼び出し音があちこちで鳴り始め、また、会場内のスクリーンに、チョウフ基地が映し出された。
 そのスクリーンの中では戦闘が行われていた。
 イレブンの間で、かつての対ブリタニア戦において、唯一、ブリタニアに土をつけ、“奇跡の藤堂”と呼ばれている男── 藤堂鏡志朗── を処刑から救い出そうとする藤堂の部下である四聖剣をメインとした黒の騎士団と、それを阻止しようとするブリタニア側との間でKMFでの戦闘状態に入ったのだ。
「がんばれ、白騎士!」
 ブリタニア、否、現時点で唯一の第7世代であるKMFランスロットと複数の敵機KMFの戦いに、会場内のあちこちから声援がかけられる。だが動きを読まれてか、敵機の連携プレーの下、遂にはランスロットのコックピットの上部が切り取られ、中のパイロット(デヴァイサー)の姿が露わになった。
「イレブン!?」
「イレブンじゃないか、どういうことだ!?」
 KMFのデヴァイサーには純ブリタニア人しかなれない。別段、法で定められているわけではないが、暗黙の了解事項である。何故ならナンバーズは弱者であり、そのような者たちにKMFに騎乗する権利などないのが当たり前のことだからだ。
 一瞬静まり返った後、騒々しくなった会場の様子に、ユーフェミアに同行していたダールトンは映像を消すように指示を出したが、ユーフェミアの、「待ってください、見届けたいのです」とのその言葉に、映像はそのまま流され続けた。
 やがて作戦終了とばかりに、スモークを焚きながら敵機が去っていく様が映し出される。しかしランスロットは微動だにしない。
「逃げていくぞ」
「何故追わない!?」
「皆さん!」
 少し前までの、大賞の絵を前にしての時とは打って変わった凛とした声で、ユーフェミアが会場内にいる人々、主にマスコミの者たちに語りかけた。
「先程の質問にお答えします。私が騎士となる方を決めたか、でしたね」
 ユーフェミアの手が挙がり、ランスロットのコクピットが映っているスクリーンを示す。
「私が騎士とするのはあそこにいる方、枢木准尉です」





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