スザクは、シュナイゼルが「補足として」と付け加えるように告げたように、ユーフェミアの廃嫡が決定された以上、副総督から更迭され、皇族でもなくなった彼女の騎士としてあることはできない。もちろん、本国まで同行することもできない。今この時点で、スザクはすでにユーフェミアの騎士ではなくなっているのだ。
それを受けて、コーネリアの代わりに彼女の騎士であるギルバートから、直ちに政庁内の自室の荷物を整理し、政庁から退去することを求められた。
スザクの気持ちとしては、ユーフェミアの傍にいたい、何かあったら助けになりたい、と思うのだが、それは立場的に許されることではない。今のスザクは、すでに唯の一介の名誉ブリタニア人の一軍人に過ぎないのだから。
スザクはユーフェミアに対する気持ちを、未練を残しつつ、ギルバートに促されるまま、自室に戻って僅かな荷物を整理すると政庁を後にした。
政庁を出て、さてどうしたものか、とスザクは考える。何処に行ったらいいのかと。
そうして考えて出てきた先は、ユーフェミアの騎士として任命されるまで所属していた特派だった。自分の、特派が有する現行唯一の第7世代KMFランスロットに対する適合率は、自分が一番だったと聞いていた。他に適合者といえる存在が見つからず、ゆえに名誉でありながら、ロイドたちは自分をランスロットのデヴァイサーとして決めたのだと。ならば、特派ならば自分を受け入れてくれるかもしれない、そうスザクは安直に、そう、あまりにも簡単に考え、アッシュフォード学園の大学部に間借りしている特派のトレーラーに向かった。
トレーラーの前に辿り着いたスザクは、一瞬躊躇いを見せた後、思い切ってドアをノックしようと拳を作って右手を挙げたが、実際にスザクがドアをノックする前にドアは内側から開かれ、そこに特派主任であるロイドの副官たるセシル・クルーミーの姿があった。
「あら、スザク君。今頃どうしたの? 何の用かしら?」
「あ、あの……、実は……」
スザクが言い淀んでいると、セシルは後ろを向いて大きな声を張り上げた。
「ロイドさーん、スザク君来てますけど、どうしますかー?」
「スザク君が? 彼、もうこの特派とは無関係だっていうのに、今頃になって一体何の用なのさ?」
歩きながら近付いてきているのだろう。ロイドの声はだんだん大きくはっきりと聞こえるようになっていた。そしてスザクは、そのロイドの言葉に大きなショックを受けていた。「特派とは無関係」との言葉に。
ロイドはスザクの前までやってくると、セシルの隣に立ち、スザクを見下ろした。その眼鏡の奥の視線は、とても冷めたものだった。
「ここで立ち話もなんだから、とにかく入りないよ。あ、セシル君、彼はここの人間でもなければ、客でもないから、お茶の必要はないよ。君は君の仕事を進めて」
「は、はい」
セシルは僅かの戸惑いを見せながらも、ロイドに言われるまま己の仕事をするためにその場を立ち去り、スザクはロイドに導かれるまま、その後について奥へ進んだ。
特派に在籍していた頃、打ち合わせなどに使用していた会議用のテーブルを挟んで、ロイドとスザクの二人は向き合って座った。
「で、率直に聞くけど、君、一体何の用があって此処に来たわけ?」
「あの……、実はユフィが副総督を更迭になって、その上、廃嫡とかで、その手続きのために本国に戻るんです。で、ユフィがそうなった以上、僕はもうユフィの騎士じゃないって言われて。それでどうしたらいいのか悩んだんですけど、以前、ランスロットの適合率は僕が一番高くて、ランスロットを思うように自在に操れるのは僕だけだって、ロイドさんがそう言ってたのを思い出して、だからもしまた……」
「君さ」ロイドはスザクの言葉を最後まで聞くことなく遮った。「自分がどんだけムシのいいことを言ってるか分かってる?」
「え?」
「だって、そうだろ? 君はこの特派所属の存在だった。つまりシュナイゼル殿下の部下だった。それを事前に何の断りもなく、事後の報告もなく、他家の皇族の騎士になった。そしてその皇族がいなくなったからって、また此処に戻れるなんて、本気で考えてたわけ? ブリタニアはそんなに甘い国じゃないよ。特に家の異なる皇族間では。君とユーフェミア様、いや、リ家は、シュナイゼル殿下とエル家を含む一門に大きな恥をかかせ、泥を塗り、返しきれないほどの負債を背負った。もちろんそれはもうどんなことをしようと返せるものなんかじゃない。
シュナイゼル殿下からも念押しされてるけど、僕はたとえ適合率が多少下がろうとも、もう二度と君を使うつもりはない。ランスロットに乗せる気はない。この特派はもう君を必要とはしていないんだよ。分かったら、さっさと帰ってくれるかな、何処へかは知らないけど」
ロイドから冷たく言い放たれた言葉に、スザクは何も言い返すこともできず、のろのろと立ち上がり、特派のトレーラーを後にした。
そしてまたどうしようか、何処に行ったらいいのかと考え、ふと腕時計を見て、今自分がいるのはアッシュフォード学園の中、そして放課後であるこの時間なら、まだ生徒会室に皆がいるかもしれないと、また甘い考えのまま、生徒会室のある高等部のクラブハウスへと足を向けた。
生徒会室の前までやって来たスザクは、ドアをノックすると扉を開けた。そこには思った通り、生徒会のメンバーが顔を揃えていた。
「あら、スザク君じゃないの。よく来たわね。っていうか、よくまあ顔を出せたわね」
スザクの顔を見るなりそう告げたのは、生徒会長のミレイだ。
「え? あ、あの……」
戸惑うスザクにミレイは更に告げる。
「でもまあ、やっぱり後始末はきちんとつけるべきだから、その点では来てくれたのは丁度良かった、と言うべきなのかしら?」
「後、始末……?」
「そう。とにかく、いつもの席でいいから座ってて」
そう言ってミレイは立ち上がると、一つのキャビネットを開け、その中からファイルを取り出し、その中身をスザクの前に置いた。それは一枚の紙と一通の封筒だった。紙には表題に「退学届」とあり、封筒には「請求書」と記されている。
「こ、これ、一体なんなんですっ!?」
目の前に置かれたものを見て、想像すらしなかったものであったことから、スザクは大声でミレイに問いかけた。
「あのね、もしかしたら君は知らなかったかもしれないけど、ユーフェミア様は君をこの学園に入れるようにとお願いと言う名の命令はされたけど、それだけで、君がここに在籍している間の学費は一切支払われていなかったの。学費の支払いがなかったことについては、もしかしたら、皇族だから考えもつかなかったせいかもしれないけど。それでも、皇族の命令だからしかたないと受け入れていたんだけど、そのユーフェミア様はもういらっしゃらないわけだから、当事者である君に、在籍していた間の学費、それから、ユーフェミア様と君のおかげで中止になってしまった学園祭の事後処理にかかった、本来だったら必要のなかった経費を、ユーフェミア様にはもう請求できないから、君に請求することにしたのよ。とはいえ、正直なところ、君に払う能力があるかどうか甚だ疑問なんだけど」
「ですが、スザクは今はもう違いますが、ユーフェミア皇女の選任騎士だったわけですから、その間に溜めた貯金とか、あるんじゃないですか? うまくすれば、そこから支払ってもらうことが可能では?」
ミレイの疑問を持った言葉に答えたのは、スザクではなくルルーシュだ。
「そういえばそうね。で、退学届の方は、君をこの学園に入れたユーフェミア様はもういらっしゃらないし、すでに発生している請求を支払ったとして、その後も、余裕があればの話だけど、たぶんに貯金を切り崩しながら学費を払って在学する、ってことになるんだろうと思うのよね。でも、それでやっていけるのかしら? うちの学費、私立だけあって、決して安くないのよ。それ以前に、君の学力ではうちの高等部に在籍し続けるのは相当無理があるというのが、教師たちの判断なのね。ユーフェミア様の命令だったから年相応の高等部に入れたんだから。だからもしどうしても在籍を、というなら、君の学力から判断すると、小等部の中学年、よくて高学年くらいから、になるんだけど、それでやっていける? 無理でしょう? だから、潔く退学届にサインして辞めたほうが君自身のためなんじゃないかって思うんだけど、どうかしら?」
ミレイの言葉に、スザクの目の前は真っ暗になった。確かに自分の学力が不足しているのは自覚していた。日本が敗戦して以来、真面な教育など受けてきていなかったのだから当然といえば当然のことなのだが。しかし、そこまでの学力しかないと判断されていたのは、大きなショックだった。
そして自分に回されてきた請求書。確かに本国にいるユーフェミアに連絡を取って支払いを、というのは無理な話だし、いまさらそのような話をして、きっと辛い思いをしているだろうユーフェミアをこれ以上傷つけたくないと、スザクはそう思う。
結果、スザクは退学届にサインをしてミレイに手渡した。
「ありがとう。後の処理はこちらでやっておくから、問題は何もないわ」
受け取りながら、これでやっと問題が一つ片付いた、というように、ミレイは安堵の表情を浮かべながら応じた。
「……請求書の方は、後で確かめてから対処させていただきます」
今の段階では、口座にどれくらいの額があるのか自分でもよく覚えていないため、はっきりとした回答ができないのだ。
「そう。まあ、もともとあまり期待してないけど、でもできるなら払ってほしいっていうのが本音だから、払える分だけでも払ってもらえると助かるわ。中に、支払先の銀行口座が書いてあるから、できる分だけそこに振り込んでちょうだい。振り込んでくれれば、あとはこちらで確認するから連絡はいらないわ。
ってことで、君との縁も今日限りね。色々しなくてもいい苦労もさせられたけど、それもまた社会勉強の一つだったということで、お互い、もう忘れましょう。あなたがこれから先、どうしていくのか分からないけど、まあ、縁あって暫く一緒に過ごしたわけだし、元気で。じゃあね」
そう告げると、ミレイはスザクをさっさと生徒会室から追い出しにかかった。
生徒会室を出されたスザクは、今度こそ何処に行ったらいいのか、途方に暮れた。考えに考えたあげく、スザクは特派に入る前に所属していた部隊の宿舎に顔を出したのだが、その部隊はすでに全滅し、宿舎にはスザクの知らない別の部隊がいた。
その部隊に所属している者の一人が、スザクの顔を知っていたのか、冷たく告げてきた。
「もう此処にはおまえの席はない。いや、此処だけじゃない、このエリア11の中、何処にもな。おまえは名誉でありながら皇女の選任騎士になった。その時から、軍の中からおまえの居場所は消えたんだよ。これからはおまえの好きなように生きるんだな、それができるなら、だが」
その言葉に、周囲にいた他の名誉ブリタニア人の軍人たちが嘲笑の声をあげる。いたたまれずに、スザクはその場を走り去ったが、スザクにはもう何処にも行くあてが見つからなかった。
ルールに従って、いつか認められて、いつか中からブリタニアを変えて、日本を取り戻す、そう考えて名誉ブリタニア人となり、軍人となったのに、今の自分は一体なんなのだろう。どこで間違ったのだろう、そうスザクは思いながら、あてどなく租界を離れ、ゲットーの中を歩く。しかしそのゲットーの中でもスザクを知る者の、彼を見る瞳は冷たい。
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