エリア11の総督だったコーネリアだが、新任の総督への引継ぎを終えると、騎士であるギルバートと、極僅かの直属の部下だけを連れてエリア18へと向かった。
しかし、エリア18ではほとんどの作戦が終了しており、後は僅かに抵抗を続けている組織の掃討くらいしかない。とても“ブリタニアの魔女”の異名を持つコーネリアの出るような幕、場所ではない。
ある意味、エリア18において、コーネリアたちは“客”だった。それも、できるならいなければいい客。つまり厄介者だった。
コーネリアは前線に出ることなどなく、常に後方待機でしかなかった。それでも、まだ戦場に出られればましだった。たいていは戦場に出ることを求められることもなく、ただ待機として控えているだけのことも多かったのだから。すでに軍人としてあることを、功績をあげることを期待されてはいないのだと、自覚せざるを得ないコーネリアだった。
一方、即座の帰国を求められたユーフェミアだったが、いざ本国の帝都に到着すると、枢密院からの指示だと言われ、帝都内のホテルに留め置かれた。そのホテルはごくあたりきりのビジネスホテルであり、通されたのも一般的でシンプルなことこの上ないシングルルームだった。当然、高価な家具や調度品などといった余分なものは一切なく、その待遇に、自分は本当に廃嫡されて一般の庶民となったのだ、との自覚を強くした。とはいえ、これまで皇女として、それに相応しい待遇を受けてきていた身であれば、その落差に、いくらなんでもいきなりこれはないだろう、との思いもある。つまるところ、いくら多少なりとも、自分が一般庶民となったことを自覚したとはいえ、ユーフェミアはまだ無意識のうちに、皇女に対するに相応しい待遇を求めているのだ。
ホテルでは、ユーフェミアは部屋からは一歩たりとも出ることを許されなかった。食事については三食とも決められた時間に部屋まで持ってこられた。しかし、それはこれまでの生活の中では味わったことのないような代物だった。だがそれは、あくまで皇女として過ごしてきた経験からのもので、実際には、一般的な食材を使ったごく普通のメニューでしかなかったのだが。そしてお茶の時間など、考えられてもいないのだろう。何か飲み物を、と思えば、部屋に備えつけられた小さな冷蔵庫── 最初はそれが何かも分からず、部屋に通された時に教えられて初めて知ったほどだ── の中から飲めそうな物を選ぶのが精一杯だった。味など選びようもない。好みの物など、美味しいと思える物など何もない。ただ喉を潤すだけだ。他には、朝食を終えて一息ついた頃、ホテルのメイドと思われる女性が一人やってきて、ベッドメイキングをし、部屋の掃除をし、そして冷蔵庫を確かめて、何か無くなっていればそれを補充して引き上げていくだけだ。その間、ユーフェミアは彼女の邪魔にならないように少し動きながら黙って様子を見ているだけで、声をかけることもない。それはメイドからしてそうであった。それでも最初の日は、ユーフェミアは部屋にやってくる者に何度かをかけてみたのだ。だが誰もその声に何も、一言も返してこなかった。ただ与えられた仕事を黙々とこなしているだけで、そこにいるのが、“元”とつくとはいえ、第3皇女だったユーフェミアだという意識など、これっぽっちもないのかもしれないと思った。だからユーフェミアは、仕事で部屋にやってくる者に対して、自分から声をかけるのを止めてしまった。答えが返ってこないのが分かっていて声をかけるなど、空しいだけだから。
数日後、枢密院から迎えの者たちがやってきて、漸くユーフェミアは部屋の外に出ることができた。
ユーフェミアを乗せた車は枢密院の建物の前に着くと、彼女一人を降ろして走り去ってしまった。そんな様に、心細い思いを抱えながら、ユーフェミアは一人で枢密院の建物の中に入っていき、受付で名乗った。自分からそのようなことをするなど、生まれてこのかた、初めてのことだ。
ユーフェミアを出迎えたのは、枢密院副議長のマキャフリー子爵と彼の副官であり、彼女は彼の執務室へと案内された。
マキャフリーは執務机に腰を降ろし、そしてユーフェミアを、その机を挟んで目の前に立たせたまま、副官から受け取った書類に一度軽く目を通し、それからユーフェミアを真っ直ぐに見つめた。その瞳の中にあるのは厳しさだけだ。そんな瞳で見られた覚えのないユーフェミアは恐怖を覚えた。この先に何が待ち受けているのかと。
「神聖ブリタニア帝国元第3皇女ユーフェミア」
「……はい……」
「すでに帝国宰相であられるシュナイゼル閣下から申し渡しがあったように、あなたは皇籍から廃嫡となりました。ついては、皇籍奉還よりは少なくなりますが、一時金が下賜されます。
ただし、あなたはその前に罪を償わなくてはならない」
「罪? 一体私が何をしたというのです!?」
「あなたは、エリア11にいた時、自分がどれだけ周囲の者たちに迷惑をかけ続けてきたか、自覚がないと言われるのか?」
「…め、いわく……?」
何を言われているのか分からない、というように、漸くそれだけを喉の奥から絞り出した。そんなユーフェミアをマキャフリーは冷たく見据える。
「成程、やはり何も自覚されていないということですね。では順を追って申し上げましょう。
まず、エリア11に到着早々に政庁を抜け出した。この事により、警備に当たっていた者が数名、処分を受けています。あなたがそのような身勝手な真似をしなければ起きなかったことです」
自分が治めることになるエリアの状況を見ておきたいと取った行動で、処分を受けた者がいたなど、ユーフェミアは何も聞かされていなかった。聞かされていない以上、知りようもなく、そしてまた、無事に戻ったのだから何の問題もないと、ユーフェミアはそう思っていた。しかし実際には自分の行動のために処分を受けた者がいるとのことに、ユーフェミアはショックを受けた。
「次に、一人の名誉ブリタニア軍人だけを贔屓して、年齢的に学校に通うべきだと、学園に編入させましたね。ちなみに、その軍人が学園に在籍している間、学園に支払われるべきその学生となった軍人の学費は、一切支払われておらず、全て学園側の負担となっています。
そしてその学園で行われた学園祭では、あなたが行った行政特区日本の設立宣言のために、学園祭は中止となり、予定されていたものももちろんできなくなった。このために本来なら必要のなかった事後処理の費用がかかった。これもすべて学園側の負担で。責任は、全てあなたとあなたの騎士にあったにもかかわらず。
その騎士についてですが、元をただせばシュナイゼル殿下直轄の組織である特別派遣嚮導技術部に属していた者、つまりシュナイゼル殿下の部下だったわけですが、その者を、マスコミの前で己の騎士になる者だと表明された。その時点では明らかにシュナイゼル殿下の所有であるKMFに騎乗していた以上、シュナイゼル殿下の部下以外の何者でもなかったのに。そしてあなたは、シュナイゼル殿下に何の断りもなく、事後報告すらしなかった。他の皇家の部下を、勝手に、一言も無しに引き抜いたわけです。それを受け入れた騎士にも大いに問題がありますが、当人は元はナンバーズ上がりの名誉であることを考えれば、ブリタニアという国の在り方、騎士制度をよく理解していなかったのだろうと、好意的に解釈できないこともなくはありません。しかしあなたは第3皇女、れっきとした皇族であり、騎士というものの存在、その在り方を理解していて当然のところを、全く理解していなかったとしか思えない。そうでなければ、シュナイゼル殿下に断りの一言もないということはありえませんし、常に主の傍にあるべき騎士に対し、己の傍を離れ、学園に通うことを認めることなどありえません。更には、騎士に自分を愛称で呼ばせるなどということもありえない。ですが、それらのことごとくをあなたとあなたの騎士は行ってきた。
最大の問題は、あなたが宣言した特区ですが、これは明らかに国是に反したもの。つまり、皇帝陛下の御意に逆らったということです。それだけではありません。特区を創るために、その費用捻出のために、エリア11在住のブリタニア人は重税を課されました。自分たちブリタニア人のためではなく、被支配民族たるナンバーズのために。
副総督として、そしてまた特区の提唱者たる為政者としてのあなたは、言ってみれば落第生もいいところです。副総督たる者としては、何もしていないと言っていい。これはそうした役目しか与えなかった総督にも問題がありますが、イベントなどにおけるスピーチや慰問行為など、それらもまたするべきことに含まれないとは言いませんが、為政者として、もっとやるべきことがあったはず。分からないことは学び、努力して、為政者たるべく、知識と能力を身につければ、もっと副総督としてやれることはあったはず。また、特区については、設立を宣言し、大枠を提示しただけで詳細は部下任せであり、あなたがしたことは、副総督としての時と同様、回されてくる少しばかりの書類を、中身を確かめることもなくサインをしていただけ。まあ、あなたに回された書類は、全てダールトン将軍が目を通した後のものばかりで、あなたはサインをすればいいだけの状態になっていたようですが。
つまり、あなたは自分の我を通して、国是に反する理想だけを謳い、したいことだけをしただけで、本当に民のためになること、政策とよべるようなものは何一つ、提言もなければ、もちろん実行もしていない。ただ周囲のお膳立てに乗って言われるままに動いていた、それだけです。先に言っておきますが、特区については政策などとよべるものではありませんよ。単なる思い付きとしか言えません。中身が伴っていなかったのですから。
さあ、これらに対して、何か申し開きはありますか?」
「…………」
ユーフェミアは何も言うことができず、唇を噛みしめ、俯いたきりだ。
ユーフェミアは何も知らなかった、気付いていなかった。自分が行ったことの結果を何一つとして。如何に自分が何も知らなかったか、ユーフェミアはここに至って初めて自覚した。あまりにも遅きに失したが。
「枢密院での結論として出された処罰を申し渡します」
「処罰!?」
その言葉に、思わずユーフェミアは瞳を見開いて顔を上げた。
「すでに皇帝陛下のご裁可はいただいておりますので、変更はありません。
ユーフェミア、皇帝批判、皇族侮辱罪、大逆未遂── 未遂というのは、特区が失敗に終わったからです── により、15年間の服役に処します。なお、廃嫡に伴う一時金は、服役終了後に支払われることとなります。申し上げておきますが、本来なら罪はもっとあげられますが、細かいことを幾つもあげるのも、ということで、この三点に集約した結果です。また、あなたが元は皇族であったから15年の服役で済んでいるのです。そうでなかったら、処刑されても文句の言えることではないということ、肝に銘じておきなさい」
ユーフェミアは呆然としたままマキャフリーの言葉を聞いているだけだった。何の反応も示しようがない。
そんなユーフェミアを見やりながら、マキャフリーは傍らの副官に視線を向けた。それを受けて、副官は執務室の扉を明け、外にいた衛兵を二人連れて入ってきた。
「全て予定通りに」
マキャフリーの言葉に、二人の衛兵はユーフェミアを両脇から抱えるようにして執務室を出ていった。向かうのはユーフェミアが収監されることになる刑務所だ。特別な刑務所などではない。今のユーフェミアはすでに皇籍を失った一般庶民なのだから。ゆえに、送り込まれた刑務所で特別扱いなどされるはずもなく、この先、ユーフェミアが指定された服役期間を無事に過ごすことができるのか、これまでのお姫さまでしかなかったユーフェミアを考えれば、大いに疑問である。
ユーフェミアはすでに廃嫡されたため、その彼女に対して出された処罰について、母であるアダレイド皇妃が知ることはなかった。調べようと思えば調べられたであろうが、アダレイドはあえてそれをしなかった。
リ家は娘二人の不始末によって、皇室の中では凋落の一途を辿ることとなった。それを脇目に、帝国宰相シュナイゼルは、政敵たるリ家を追い落とすことができたことに、副官のカノンと共にほくそ笑んでいた。
── The End
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