ゼロの言葉は尚も続く。
「ああそう、もう一つ。この特区設立のために増税がされたのはご存知ですよね。さすがにそんなことまで知らないとは仰らないでしょう? 自分たちのためではなく、差別すべき被支配民族のナンバーズのための政策のために増税をさせれらたブリタニア人が、この特区政策を打ち出したあなたと、それを認めたあなたの姉であるコーネリア総督に対してどんな思いを抱いたか。そして、特区に入れずにイレブンのままにいる者たちに対してどのような振る舞いに出るか。それはお考えになりましたか?
特区の設立によって、このエリアには四つの人種が混在することになりました。
純ブリタニア人、名誉ブリタニア人、特区に入ることを許され名を取り戻した日本人、特区に入ることのできないナンバーズのままのイレブン。あなたは差別を失くしたいと思われているようですが、結果的には、その思いとは反対の状況を生み出したのですよ。
理想を持つのは良いことです。そしてその理想を実現するために懸命に努力するのは素晴らしい。翻って、あなたは確かに理想を持ち、それを口にしましたが、それを実行するために何の努力をしました? この特区設立のために、宣言をした以外の何をしました? 全て部下たる官僚たちに任せて、あなたは多少の書類にサインをしていただけではないのですか? 副総督という立場にありながら、実際にはそれらしきことをしていなかった時と同じように。それをもう一度よくよくお考えになることです。
色々と申し上げましたが、最後に、この特区において皇籍奉還をして一般庶民となったあなたに対して、確かにこの特区においては責任者という立場である以上、運営していくためのブリタニア人の官僚たちは、本心はともかく表面的にはあなたに従うでしょうが、軍人たちはどうでしょうね? 如何ですか? あなたがたは、皇籍を返上し、一般庶民となった彼女にこれ以後も従う気はおありですか?」
発言の途中で、ふいに、ゼロは壇上の周囲にいる軍人たちに向けて問いかけた。それに対し、彼らは言葉では否定しなかったが、首を横に振ることで答えた。たとえ総督たるコーネリアの妹であることに変わりはなかろうと、皇族でなくなった者に従う義務はないとばかりに。それを受けて、ゼロはまたユーフェミアを見た。
「あなたが陰で“お飾り”と言われていたこと、その理由を、この機会にしっかりとお考えになられたらいいと思いますよ。
だいぶ長い話になってしまいましたね。本当はもっと簡潔に終わらせるつもりでいたのですが。それでは長々と失礼しましたが、私はこれで帰らせていただきます。
この特区の成功を影ながら祈っていますよ。何時まで保つか分かりませんが」
その言葉を最後に、ゼロはガウェインの肩に乗り、会場を去った。 ゼロとユーフェミアの遣り取りを聞いていた、会場にいた日本人となったはずのイレブンたちは、二人の会話の途中からすでに交わされ始めてはいたが、これでは話が違う、ユーフェミアが口にしていたことは嘘だったのか、表面だけのものでしかなかったのか、自分たちは甘い言葉に騙されたのか、と口々に言いながら、次々と会場を後にしていき、ゼロの騎乗したガウェインの姿が確認できなくなる頃には、会場に日本人の姿は一人もなかった。特別に参列していた壇上のキョウト六家の者たちの姿も、気付けば何時の間にか消えうせていた。
発言を止められていたために何も言えなかったスザクは、今はうな垂れたように座り込んでしまっているユーフェミアに慌てて駆け寄って慰めの言葉をかけようとしたが、ユーフェミアの涙を見て、どう声をかけていいのか分からず── 彼が何か言うとしたら、それはゼロに対する批判の言葉だけでしかなく、それはユーフェミアの望んでいることではないだろうくらいはさすがに想像がついた── 、結果、何も言えなかった。ただその肩に手をかけたに過ぎない。
一方、他のブリタニア人だが、一般庶民となった娘一人に従う、関わる必要はない、とばかりに、こちらも次々と特区会場を後にしていた。後に残ったのは、コーネリアによってユーフェミアの教育係としてつけられたダールトンだけだ。そのダールトンにしても、ユーフェミアが皇籍奉還をしていたなどということは一切知らず、知らされておらず── 彼が知らないということは、ユーフェミアが単独で行ったことであり、姉のコーネリアも知らないことだろう── 一言の相談も無しにそんな重大なことをどうして行ったのかと、コーネリアのことを考えると頭を抱えるしかなかった。
ブリタニア本国にて、エリア11における行政特区日本の設立記念式典の顛末を聞いたシュナイゼルは、一瞬だが呆れたような表情を浮かべた。そして、傍らに控える副官のカノン・マルディーニに愚痴を零すかのように話した。
「なんとも、期待外れの結果だね」
「さよううでございますね」
カノンとしてはそう頷くしかない。彼はシュナイゼルが、特区政策に何を期待していたかを承知していたから。
「さて、設立もできないまま失敗に終わった特区、どう対処すべきかな?」
シュナイゼルの中ではすでに答えは出ていたが、彼はあえてカノンに問いかけた。
「そうですね。特区はもともと国是に反したもの。ユーフェミア第3皇女は、特区の設立と引き換えに皇籍奉還をなさいましたが、その特区が成立しなかったのですから、この場合、ユーフェミア様の皇籍奉還は意味が無かったことになると考えてよろしいかと存じます。
そうなれば、後はエリア11においては副総督という立場の皇女でありながら、国是に反した宣言とそれに伴う行い、それも上司たる総督に相談することなく独断で行った。それらを総合的に判断すれば、いささか厳しい処置となるかとも思いますが、皇籍から除籍、廃嫡ということもお考えになっては如何かと。
また、総督である第2皇女コーネリア殿下については、部下に対する監督不行届き、国是に反する宣言を、マスコミの前で宣言されてしまった後であれば、撤回などできないと後追いでその設立を認めてしまい、その設立のための手段を講じたこと。これもまた、国是に反したととられても致し方のない事実でしょう。そう考えれば、こちらは、廃嫡、とまではいかずとも、皇位継承権の降格は充分な理由になると考えます。
ですが何より先に行うべきは、現エリア総督、並びに副総督の更迭でございましょう。特に副総督については、これはエリア11にのみ存在する地位であり、他のエリアにはございません。エリアに11に副総督という地位ができたのは、総督に任命されたコーネリア皇女殿下が、溺愛する妹姫を傍に置き、いずれは自分の後任とすべく創りだしたため。総督とは皇帝の代理人、つまり総督に誰を任命するか、その権利は皇帝陛下にしかないというのに、妹姫への愛情ゆえに目が曇ったのでしょうね。当然のことすら分からなくなっておられた。ですから副総督という地位そのものの廃止も必要と思われます」
カノンの答えに、シュナイゼルは満足そうに頷いた。
「その通りだね。ではそれらのことを皇帝陛下に奏上すべく、文書を作成してくれたまえ。
ああ、それとは別に、ロイドに連絡をとっておいてほしいのだが」
「アスプルンド伯に、でございますか?」
「そう。ユーフェミアが副総督から更迭され、さらには皇籍からも抜けて一般庶民となれば、彼女の選任騎士である枢木スザクは必然的に騎士解任だ。だが、そうなったからといって、また特派に所属を、などということを私は認めるつもりはない。まあ、いちいち言わずとも、ロイドなら承知しているとは思うが、念のために頼むよ」
「畏まりました。シュナイゼル殿下の部下であったにもかかわらず、それを忘れて他家の皇女の騎士となり、それを解任されて自由の身になったからと、また特派に戻る、つまり再びシュナイゼル殿下の部下になろうなど、許されるべきことではございません。あの男は、所詮はナンバーズ上がりの名誉です。ブリタニアの騎士たるものがどんなものか、何も分かってはいない。そのような存在、不愉快です。認めることなどできようはずがございません。皇女の選任騎士という立場を失い、特派に戻ることもできず、ただの一介の名誉に過ぎなくなったあの男がどうなるか、少し見ものではございますね」
そう言って、カノンは嘲笑った。
しかしそれはシュナイゼルも同様の考えであり、カノンの態度はシュナイゼルを不愉快になどしない。むしろ、よくそこまで言ったと感心するほどだ。
失敗に終わった特区設立記念式典の翌日の夕方、ユーフェミアは失意のままに、トウキョウ租界にある政庁内の私室に閉じ籠もり、スザクすらも寄せ付けずに泣き暮れていたが、そこへコーネリアから、本国から連絡が入ったと、総督である自分の執務室へ来るようにとの指示が入り、ユーフェミアは泣きはらした瞳のまま、このままほおっておいてほしいのに、と思いつつも、コーネリアの執務室へと向かった。
ユーフェミアがコーネリアの執務室に入っていくと、そこには、すでにコーネリアの騎士であるギルバート、コーネリアがユーフェミアにつけた教育係のダールトン、そして己の騎士たるスザクがいた。
四人の様子を見ると、さすがに昨日の今日であるためだろう、スザクの表情は悔しさに歪んでいたが、それを抜かせばほとんどいつも通りといっていい。しかし翻って、コーネリアをはじめとする三人の様子は、すっかり顔色を蒼褪めさせ、明らかに意気消沈している。それはたぶん、コーネリアたちはすでに本国からの連絡を聞いており、それは決してよいものなどではないだろうこと、そしてスザクは、まだそれを聞いておらず、知らされてもいないだろうこと、その程度はユーフェミアにも察することはできた。
「……お姉さま……」
「……ギル……」
コーネリアはユーフェミアの呼びかけに応えることなく、己の騎士の名を呼んだ。そして呼ばれたギルバートは承知しているというように、スクリーンのスイッチを押した。それは再生スイッチだった。
それを見てユーフェミアは思った。本国からの連絡は、一方的な送信のみであり、そこで互いの遣り取りなどの通信は行われなかったのだろうかと。
やがてスクリーンには、異母兄であり帝国宰相たるシュナイゼルが映し出された。そしてその場所は、宰相の執務室の中だろうと思われた。スクリーンの中のシュナイゼルが口を開いた。
「帝国宰相として、皇帝陛下からのご命令を伝える。なお、これはすでに陛下のご裁可をいただいたものであり、覆すことのできるものではない。それでもどうしても、これから伝えることに対して不満があり、申し開きをしたいということがあるのなら、陛下の不興を買うのを承知の上で連絡を取るといい。ただし、その際に私は何の責任も負わないことを先に明言しておく。
さて、改めて皇帝陛下からのお言葉を申し伝える。
一つ、エリア11総督、ならびに副総督の更迭。
二つ、エリア11にのみ特例的に許された副総督という地位の廃止。
三つ、エリア11副総督たる第3皇女ユーフェミアの廃嫡。なお、これには諸手続きもあるため、即座に本国に戻り、枢密院にて必要な手続きを行うこと。
四つ、エリア11総督たる第2皇女コーネリアの皇位継承権の降格。何位にするかは枢密院において現在検討中であり、決定次第、追って通告する。
五つ、第2皇女コーネリアはエリア11を出次第、エリア18に向かい、完全なる平定に尽力せよ。
補足として、ユーフェミアが廃嫡となった以上、枢木スザクは必然的にその選任騎士から解任となる。
以上だ。
説明が欲しい、理由を知りたいと、そう思っているかもしれないが、いまさら言わずとも明らかなことだ。従って、私としては面倒でしかないそれを口にするつもりはない。自分の胸に手を当てて、己の為したこと、為さなかったことをよく考えることだ。そうすれば、私からの説明など受けずとも分かるはずだからね。とはいえ、コーネリアによって散々溺愛され甘やかされてきたユーフェミアには、無理、かな?」
まるで嘲笑するかのような言葉を最後に、スクリーンからシュナイゼルの姿は消えた。再生が終了したのだ。
「連絡を受けて、即座に本国に、皇帝陛下への面会を申し入れたが、対応したラウンズのワンであるヴァルトシュタインに言われた。陛下は、全ては宰相であるシュナイゼルに任せている、私たちの弁明や申し開きを聞く必要はない、時間の無駄だと言っておられたと。そこまで言われては、もうどうしようもない」
「そんな……」
シュナイゼルからの送信データを見、コーネリアからの言葉を聞いたユーフェミアとスザクは何も言うことができず、あまりにも酷い一方的な内容に、その顔から血の気は失せ、表情と言えるものが消えていた。
本国からの連絡を受けて、何も考えることができずに呆然としているユーフェミアに対し、コーネリアは告げた。
「私は、総督位から更迭となったが、次の総督に対しての引継ぎがある。そのことに触れられてはいなかったが、必然的に次の総督が到着次第、引継ぎを行い、それからエリア18に向かうことになるだろう」
「……ですがコーネリア総督、ユフィ、ユーフェミア様は特区設立のためにすでに皇籍奉還をしています。それを何故今になって廃嫡などということになるのですか!?」
その理由が納得できないとばかりに、幾分荒げた声でスザクがコーネリアに問いかける。
「そうだな、確かに枢木の言う通りだ。これは私の推測だが、ユフィが宣言した特区は、形は、あくまで入れ物としての形は整ったものの、その設立式典は失敗に終わった。誰一人として特区に入る者がいなかったのだから、そう捉えることに間違いはあるまい。そのことから、本国では特区は成立していない、従ってユーフェミアの皇籍奉還は意味がないとして無かったこととされた、そんなあたりだろう」
スザクに対しては、いくら溺愛する妹の選任騎士とはいえ名誉如きがと、普段は口に出さずとも憎々しく思っているコーネリアだが、今回の問いに関してはユーフェミアのことを思ってのことと、名誉であるということを抜きに、純粋にユーフェミアの騎士に対して、素直に受け止めて答えを返した。
「そんな馬鹿な……」
ユーフェミアもスザクも、特区の整備が終了したことがイコールで成立と考えていた。そう考えていても不思議はないだろう。だが、設立記念式典の失敗という事態を受けて、本国は特区は成立していないという形にしたのだ。式典が無事に成立していれば、予定通り、ユーフェミアは廃嫡ではなく、自分から宣言して行った皇籍奉還で済んだだろう。皇籍奉還と廃嫡とでは扱いが異なる。いずれの場合も一時金が下賜されるが、その額は大きく異なるし、廃嫡となれば、処罰を逃れるための手段の一つの、最後の方法としての皇籍奉還と違い、その理由によっては処罰が与えられることもあるのだ。ただ、今の時点、少なくともシュナイゼルからの通達ではその点については触れられておらず、その答えが出されるのは、ユーフェミアが枢密院に赴いて緒手続をした際になるだろう。その時、コーネリアはもちろんユーフェミアの傍にいることはなく、従って、たとえユーフェミアにどのような処罰が与えられようとも、コーネリアがそれに対して即座に何らかの対策をとることは不可能と言っていい。とはいえ、必ずしも処罰がくだされると決まったわけではないのだから、そこまで深刻に考える必要はないのかもしれない。しかし、最悪の事態を想定しておく必要はあるのではないか、というのが、コーネリアたちの見解であるのは間違いない。
いずれにせよ、ユーフェミアは副総督からの更迭、即座の本国への帰還を求められたことから、少しでも早いほうが印象がよいだろうと、明日一番の便で本国へ戻ることとなった。
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