総督(あね)副総督(いもうと)、そして… 【9】




 行政特区日本の設立記念式典のその日、空はどこまでも続く青空であり、式典を祝っているかのようである。しかし、その式典の主役ともいえるエリア11副総督にして第3皇女たるユーフェミアの表情は冴えない。それは一重に、来客席の一つが空いたままによるものである。その席は、ユーフェミアが参加を呼びかけた黒の騎士団の指令であるゼロのために用意されたものだ。しかしそのゼロは、式典がもう間もなく始まろうとしている時間になっても、一向に姿を現す気配がない。
 そのうちに、ユーフェミアの教育係でもあるダールトン将軍から声がかけられた。
「ユーフェミア様、お時間です」
「……はい……」
 今一度、ゼロのための席を確認してから、ユーフェミアは壇上の中央、置かれているマイクスタンドの前に立った。
 その時、会場中にざわめきが走った。その声に何事かと慌てて空を見上げれば、かつてゼロに神根島で奪われたブリタニアのKMFガウェインが会場に向かってきているところだった。その肩には一つの人影があり、それが何者なのか、遠目からでも独特なそのいでたちから見当はついていたが、近付いてくるにつれ、間違いなくそれがゼロであると分かった。
 そうと知ったユーフェミアは、近付いてくるガウェインに向かって、脇目も振らず喜び勇んで駆けつける。
「ゼロ、来てくださったのですね!」
 その声は歓喜に満ち溢れていた。来てくれたということは、特区に参加してくれるということだと、ユーフェミアはそう単純に捉えていた。そうでなければ、ゼロが此処に来る理由などないからと。
 ガウェインの肩から降りて壇上に立ったゼロは、ユーフェミアに告げた、何の感情も篭っていない声で。
「この度は行政特区日本の設立、お祝いを申し上げに参りました」
「……あ、ありがとうございます。あの……」
 ゼロの口上と、あくまで形式ばったかのような態度に、ユーフェミアは不信を覚えた。参加してくれるために来てくれたのではないのか。何故そんな他人行儀な態度をとるのかと。
「本日はお招きに預かりましたので、こうして祝いの言葉を述べるべく参上したまで。ユーフェミア皇女殿下は私と黒の騎士団に対し、特区に参加を、と仰られていましたが、私たちが特区に参加することはありません。この点についてのご報告も兼ねてこうして来たまでのことです」
「な、何故ですっ!?」
「貴様! ユフィの、ユーフェミア様のお心が分からないのか!? 日本人の皆のために特区を創ろうと、その政策を打ち出されたユーフェミア様の……」
「ユーフェミア皇女の選任騎士枢木スザク、貴様は誰の許可を得て発言している? 今は皇女殿下と私が話をしている。殿下はおまえの発言を許してはいない」
「!」
「……スザク、ゼロの言う通りです。今は黙っていてください。私はゼロがどうして特区に参加してくださらないのか、その理由をはっきりとお聞きしたいのです」
 当初はスザクが己を思って発言をしてくれたことが嬉しかったが、考えてみれば、確かにゼロが告げたように、今はスザクのゼロに対する文句だけだろう言葉よりも、ゼロが特区に参加しないという結論を出した理由を確認したいと思った。その内容によっては、対策をとり、改めて彼に参加を促すことができるだろうと思ったからだ。
「まずお聞きしたいのですが、イレブンの一体誰が、あなたに特区を創ってくれと言いましたか?」
「え?」
「皆のため、ということは、それを望む声を聞いたから特区の設立を考えられたのでしょう?」
「……それは、確かに誰からも言われていませんし、聞いてもいません。でも、現在、イレブンと呼ばれている日本人の皆さんとブリタニア人が互いに交流して話し合う場ができれば、時間はかかるかもしれませんが、互いの理解も深まって、よりよい場所を創っていくことができると思ったからです。そしてそれが、ひいてはこのエリアの発展のためになると」
 ユーフェミアはゼロの問いかけに対して否定の言葉を返したが、続けて、目的を話した。そうすれば理解してもらえると単純に考えて。
「成程。
 では、ブリタニアの国是に反するこの特区の設立、どうして叶いました? 本国から何か言われませんでしたか?」
「私は皇籍を返上しました。それを対価に、特区の設立を認めていただきました。ですからこの特区の設立に関しては、皇籍奉還の代償ということで、誰も何も言うことはできません」
「ほう。設立のために皇籍奉還を」
 それを聞いた会場にいる者たちの間から、「そこまで」「そんなに私たちのことを考えて……」などの囁きがそちらこちらから聞こえてきたが、ゼロはそれを無視した。ゼロが問題にしたいことは、その先にあるのだから。
「では、設立はそれでいいとして、運営はどうなります?」
「え?」
 ユーフェミアにはゼロの問いの意味が分からなかった。
「特区は設立すれば終わり、ではないのですよ。その後は運営していかなければならない。設立するよりも、その後の恙無く運営していくほうが遥かに難しいのですよ」
「それは……」
 言葉に詰まったユーフェミアに、ゼロは追い討ちをかける。
「まさか、設立することだけで、そのようなことは考えてもいなかった、というのではないでしょうね。それではあまりに無責任すぎる。特区が成立し、そこに人が入れば、必然的に様々なものが必要となる。それらについてはどう対処していかれるおつもりですか?
 皇籍を返上されたということは、元のあなたのご実家であるリ家やその後見貴族からの援助はないと考えられます。皇女でなくなったあなたに、後見貴族たちが、リ家とは、皇室とは無関係になった、特区の責任者とはいえ一般の庶民となったあなたに対して何がしかの援助をする、などということは、ブリタニアという国の在り方を考えればありえませんからね。
 そうなると、特区に入った人々の暮らしはどうなるのでしょう? それとも特区の中では、その中だけで生活が完結するのですか? ライフラインはどうなっています? 私たちが入手した設計図では、特区内にそのための設備はありませんでした。つまり、外から仕入れる、購入するということです。そのための必要な資金は何処から出ます? 特区内に雇用の場所はありますか? そしてあったとして、そこで働く人々の報酬は何処から出ます? 報酬が無ければ、人々は何も買えない、生活に必要なインフラ関係、電気やガス、上下水道などの代金、それらは何も出ません。報酬が無ければ税の徴収も当然できないわけですが、そのような中で、人々にどのように暮らせと仰るのです? どうやって特区を運営していけるのですか? その点について、是非ともあなたの考えを、計画をお聞かせいただきたいものです」
 ゼロの発言を受けて、ユーフェミアの顔色は蒼褪めていくばかりだ。何故なら、ユーフェミアはそのようなことについては一度も、一つも考えたことはないからだ。全て与えられて当然のものばかりであり、自分がそれを手にすることに苦労したことなど一切なく、あって当然のものをどうやって手に入れるのかなど、彼女には考える必要も無かったのだから。
 そんなユーフェミアの顔色を見て、ゼロは溜息を吐くように吐き出した。
「何も考えてはいなかったようですね。それでよく皆のための特区設立、などと言えたものだと感心してやみませんよ。そしてそんなあなたを、どうして為政者として、特区の責任者として見ることができるでしょう」
 それはゼロからユーフェミアに対する、多大なる皮肉以外の何物でもない。
 しかし、そこでユーフェミアは思い出した。特区の案を相談した異母兄(あに)シュナイゼルからの言葉を。
「だ、大丈夫です。シュナイゼルお異母兄(にい)さまが、特区のことを相談した時、「いい案だ」と仰ってくださいました。ですから私に足りないところは、シュナイゼルお異母兄さまから助けていただけます」
「帝国宰相たるシュナイゼル殿下が「いい案だ」と? そしてあなたはそれを額面通り、言われた言葉通り、そのままに受け止めたのですね?」
「当然ではありませんか。シュナイゼルお異母兄さまが嘘を言われる必要などないのですから」
「では、「いい案だ」と告げられた以外に、シュナイゼル殿下は助力することも仰られたのですか?」
「そ、それは……」
「無かった、ということですね。シュナイゼル殿下は超大国であるブリタニアの宰相を務められるだけあって、大層な辣腕家でいらっしゃる。でなければ、EUの半分をブリタニアに割譲させるようなことはできないでしょう。それ以外にも、ブリタニアの国是に従って、ブリタニアの益になるように努めていらっしゃる。そんな方の「いい案だ」という意味と、その言葉をそのまま受け取ったあなたでは、その意味合いは全く違ったものでしょう」
「どう違うというのですか!?」
 ユーフェミアは自分だけではなく、異母兄のシュナイゼルまで貶められたような気がして声を荒げた。
「シュナイゼル殿下が「いい案だ」と言われたのは、特区の成立によって、このエリア11で頻発しているテロリスト、まあ、一番の標的は私たち黒の騎士団でしょうが、無力化させることができること、エリア11を完全に大人しくさせることができること、それゆえの発言でしょう。シュナイゼル殿下はブリタニアの宰相、つまり為政者としては、被支配民族であるナンバーズに対する差別を止めることや、彼らと自国民である守るべきブリタニア人の相互理解など望んではいませんよ。もし望んでいるというなら、すでになんらかの手を打っているはずですからね。あなたの穴だらけの、名前だけで実態的には何も考えられていない特区などとは違って」
「そんな、馬鹿な……」
 ゼロの冷静なシュナイゼルに関する分析に、ユーフェミアは言葉を失った。本来なら何か言い返すべきなのだろうが、何も浮かんでこない。そんなユーフェミアに、ゼロは更なる追い討ちをかける。
「それと、今回の特区の件とは別ですが、ご存知ですか?」
「……な、何を、ですか……?」
「あなたがご自分の騎士として任命なさった枢木スザクですが、あなたが任命した時、彼はシュナイゼル殿下直轄の組織でKMFに騎乗していた。つまりエル家の、シュナイゼル殿下の部下だったのですよ。しかしあなたは、そんな状況下で、いきなりマスコミの前で彼を自分の騎士になる者だと表明した。あなたは前もってシュナイゼル殿下にそのことを伝えていらっしゃいましたか? シュナイゼル殿下はご自分の部下である枢木スザクを、リ家の皇女であるあなたが騎士として任命することを認めていらっしゃいましたか?」
「あ……」
 ユーフェミアは今初めて、ゼロに指摘されるまで、スザクが異母兄シュナイゼルの部下であったということなど思ってもいなかった。騎士を任命するのは皇族の、皇女たる自分の権利と、それだけで、何も考えてはいなかった。彼女にしてみれば、当然の権利を行使しただけに過ぎなかった。
 その指摘に顔色を変えたのはユーフェミアだけではない。スザクもまた、これまで深く考えてはいなかった。確かに、ロイドから、特派から除籍される際に言われてはいたが、具体的なことを口にされたわけではなかったことから、それほど真剣に、深刻に考えてはいなかった。
「もし何も言わずに枢木スザクに対する騎士任命をしたのだとしたら、彼の上司である自分を無視して行われたその行為を、シュナイゼル殿下はどう思ったでしょうね。自分の部下を勝手に他の家の皇族に引き抜かれる。これはシュナイゼル殿下だけではなく、エル家やその後見貴族など、周辺にいる者全てに対して恥をかかせる、泥を塗るようなことですよ。その点、ご理解の上でのことだったのでしょうか?」
「…………」
 ユーフェミアとスザクの二人の表情からは、完全に血の色が失せていた。自分たちがシュナイゼルに対して何をしたのか、漸く理解して。
「そんなことをされたシュナイゼル殿下が、本当にあなたに対して助力などすると思いますか? せいぜい利用してやろうと思ったくらいだと思いますよ。外的にはともかく、国内、特に皇室内においては政敵関係にあるリ家を追い落とす絶好のチャンスですからね」
 言葉のないユーフェミアの様子を確認し、ゼロは尚も発言を続ける。
「特区の件に話を戻しますが、もし私たちが参加した場合、私たちは武力を奪われるでしょう。そうなれば、もう二度と日本独立のための力を取り戻すことなどできない。私たち、現在イレブンと呼ばれている日本人が何よりも望むのは、日本という国を取り戻すこと。つまりブリタニアからの独立です。それ以外の何物でもない。なのに、それが特区に参加することによって不可能な事となるわけです。
 私たちが真に望んでいるのは、あなたがたブリタニアから与えられる、限られた一地域の、限られた人数に対する自治区などではありません。繰り返しになりますが、私たちの行動は、日本を取り戻す、独立を果たすのが目的です。そのための力を奪われるのが分かっていて特区に参加するなどという馬鹿な話を受け入れるなど、できようはずがないではありませんか。
 皇籍を失い一般庶民となったあなたが、果たして何処までやれるのか、仮にあなたが信じたようにシュナイゼル殿下の助力を得られるとして、一般庶民となったあなたが、一体どのようにして帝国宰相たる方にその相談を、連絡を入れることができるのか、大いに疑問です。
 このエリア11の総督であるコーネリア皇女は、実妹であるあなたを溺愛している。たとえあなたが皇籍を離れたとしても、可能な限りのことはするでしょう。けれど、あなたの望むこと全てをを叶えるなどということは、如何に総督といえどできようはずがない。先にマスコミを通して宣言してしまったことを撤回させるなど、それは愛するあなたに傷を負わせることと、それゆえに特区の設立を認めた。それがコーネリア皇女のあなたに対する最大の譲歩です。あなたとしては、人数が増えれば特区の拡大を、などと考えてもいるでしょうが、それは無理な話です。今回の特区で終わりですよ。それもあなたが持つ最大最強のカードである皇籍奉還を行ったことによるもの。これ以上、あなたには何も無いのですから。
 私は断言できますよ。行政特区日本に未来はありません。一体何時まで()つでしょうね、この特区は。
 そんな次第で、未来を描けない特区には、私たちは参加しません。それでも、この特区が上手く機能するようなら、その間は私たちは何もせずにいましょう。そして見続けさせていただきます。この特区の状況を、特区の中で暮らす日本人に対するブリタニア人の対応を」





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