ユーフェミアが特区設立宣言を行ったアッシュフォード学園だが、流石にその学園祭から2週間近くも経つと、学園の周囲にいたマスコミもいなくなり、生徒たちにも漸くそれ以前の普通の学園生活が戻ってきた。それはルルーシュも同様で、宣言の行われた後、一度電話で連絡を入れたきりになっていた黒の騎士団に久しぶりに顔を出すことができた。
ルルーシュがゼロとして仮面を被って黒の騎士団の本部に顔を出すと、出迎えたのは幹部の一人であるディートハルトであり、彼に尋ねた。「皆、結論は出たか?」と。
答えは「大凡は」だった。どうしても自分一人では決めかね、やはりゼロの特区に対する意見を聞いてから結論を出したい、そう思っている者もいるとのことだった。
「そうか」とのみゼロは答えた。そうなっているかもしれないことは、ゼロであるルルーシュはある程度は予測していた部分があった。何故なら、これまでの黒の騎士団の行動については、ほとんど全てゼロの指示によって行われており、自分で考える、結論を出す、ということが無かったのだから。
「で、結論を出した者はどうなっている?」
「扇副指令が先頭になって、特区への参加を促しています。それに引きずられるように参加を考えている者が何人か。それ以外は、反対か、決めかねている者で、ゼロの意見を聞いてから、と言う者も、特区には懐疑的な者が多いようです。総括すると、一部の者を除いて、ゼロの意見を聞いてから最終的な結論ということになりそうですが、ほぼ反対、と考えてよろしいかと思われますが、肝心のゼロは如何お考えなのでしょう?」
「それを話すために来た。幹部たちを第1会議室に集めろ。そしてそこでの遣り取りを、団員全ての者に聞き取れるように手配しろ。幹部たちだけに話したのでは、今回に限っては意味がないからな。結論を出しかねているという者にも、私の考えをはっきりと分からせる必要があるだろう」
「仰る通りですね。では早速その手配を致します」
「頼む。私は先に会議室に行っている」
そう告げてゼロはディートハルトと別れ、一人、会議室へと向かった。途中、C.C.と出くわした。
「随分と遅かったな。結論は出たのか?」
「遅かったのは学園の周りにマスコミがいて思うように外出できなかったからだ。結論など、宣言を聞いた時から出ている」
「成程」
納得したかのように頷くC.C.に、ゼロは、おまえも一緒に会議室に来いと告げ、二人して会議室に入っていった。
会議室に幹部たちが集まり、ディートハルトがゼロから指示を受けた準備を終えるまで、10分とかからなかった。
「今まで待たせてしまってすまなかった。で、皆、結論は出たか?」
すでにディートハルトに聞いて分かってはいるが、それを微塵も感じさせずに、ゼロは改めて幹部たちを前に問いかけた。
「参加しよう! 参加すれば、“日本”と“日本人”の名が戻ってくるんだ!」
先頭を切って発言をしたのは副指令の扇だった。
「扇、おまえは考え違いをしている」
ゼロは冷たくそう切り返した。
「え? 考え違いって……?」
扇はユーフェミアの宣言をあまりにも単純に受け止めて、彼女の告げた“日本”と“日本人”の名が戻ってくるということを甘く考えているのだとゼロは思った。
「今回のユーフェミアが宣言した行政特区日本だが、それはブリタニアから与えられる、極限られた一部に過ぎない。それはすなわち、そこに入ることができる者も、現在、エリア11と呼ばれている日本にいる全ての者ではなく、人数には限りがあるということだ。
我々が望んでいるものは何だ? ブリタニアから与えられた限られた地域での自治権か? それともブリタニアからの独立、日本という国家を取り戻すことではないのか?」
そのゼロの言葉に、「確かに」「そう言われればその通りだ」などの声が交わされる。
「仮に、行政特区が成立したとしよう。
ユーフェミアは、私とこの黒の騎士団に、つまりテロリストに参加と協力を促してきた。もし我々に限らず他のテロリストでもいい、それがユーフェミアの宣言によって特区に参加した場合、まず武装解除をさせられるだろう」
「武装解除? しかしユーフェミアはそんなことは一言も……」
「確かに彼女は言ってはいない。だが、だからといってそんなことがされないと、どうして言い切れる? ユーフェミアは確かに特区の設立を宣言した。しかしそれだけだ。詳細を決めるのは彼女ではなく、他のブリタニアの官僚たち。そしてその官僚への指揮権が最終的に誰にあるかといえば、総督のコーネリアだ。コーネリアは国是に従って、ブリタニア人とナンバーズをきっちりと分ける。ならば、決められる事項の中で、参加した者たちから武装を解除させることなど、最初から目に見えている。特区の責任者となるのはあくまでその宣言をしたユーフェミアだろうが、その特区の詳細については、大凡の形を示したのみで、詳細を決めるなどということはないだろう。それはこれまでの彼女の副総督としての業績を見れば簡単に想像がつく」
「そうだな。副総督が何をしたか、というのはほとんど聞いたことがない」
「何かのセレモニーやイベントでスピーチをしたとか、何処かを慰問したとか、そんなことばっかりだ」
「“お飾り”って言われてるの、何度か耳にしたことがある」
それらの交わされる言葉を聞いて、ゼロは再び話し始めた。
「参加すれば武装解除させられる。それはすなわち、我々はブリタニアと対抗する手段を奪われることであり、一度そうして失った力を再び手にすることは、まず無理と言っていいだろう。
逆に参加しなかった場合、今回の特区を好意的に受け止めている日本人たちからは、何故参加しないのか、自分たちの意思を無視するのか、裏切るのかと責められるだろうな。
つまり、参加してもしなくても、黒の騎士団は終わりということだ」
「では一体どうするつもりなんだ?」
「参加はしない。いや、できない。たとえそのことによって我々を責める者がいようとも、参加すれば二度と立ち上がれなくなる。それが一番まずいのだ。何故なら、それは日本の独立が果たせなくなることを意味するのだから。
私の結論を言おう。
まず、特区の式典には私は参加する。呼びかけられているからな。そしてそこで、今度は私から宣言する。特区の設立に賛同はするが、我々は参加しない。そのかわり、特区が成功している限りは何の行動も起こさないと」
「どういうことなんだ?」
ゼロの言葉の意味を、今一つはかりかねているらしい玉城が尋ねる。
「つまりぃ、第三者として傍観を決め込む、ってことかしらぁ? そして特区で問題が起きたら、行動を開始する。違ってぇ、ゼロ?」
答えたのはゼロではなく、技術班のラクシャータだった。
「その通りだ。身を顰め、ブリタニアに対して何の活動もしなければ、ブリタニアとしては我々を捜しだして取り締まることはできない。参加はせずとも、設立には賛同していると宣言するのだから、抵抗などの行動もしなければ取り締まる理由が無くなる。動きのない我々を、彼らが見つけ出して捕まえることができるとは思えない。もっとも、私は式典会場で、つまり参加を希望して出席している民衆の目前で、今言った特区に対する私の考えを告げるつもりだから、もしかしたら民衆は私のその言葉から、特区の愚策を察して会場を去り、特区は成立する前に終わるかもしれないがな」
そう言ったゼロの仮面の中から、ククク、という声が聞こえ、そこにいた者は、そうなる可能性を見越してゼロが嘲笑っているのだと思った。ゼロの言葉は更に続く。
「それは別にして、もう一つ。私が気にしているのは、今回のユーフェミアの宣言に対して、本国が何も言ってきていない、何の行動もしてこないということだ。
総督のコーネリアだけなら、彼女が実妹のユーフェミアを溺愛していることは分かっているから、コーネリアが特区の設立など認められないと思っていても、ユーフェミアの宣言してしまったことだから、そして彼女を傷つけないために、すでに宣言してしまったことを取りやめにすることなどできない、それでは朝令暮改になる、そう考えて、嫌々ながらも特区の設立を認め、そのために部下を動かすのは十分に理解できる。
だが本国ではどうか? 私がさる筋から得た情報では、ユーフェミアのこの特区設立に対して、帝国宰相のシュナイゼルは「いい案だ」と告げたらしい。だがその言葉を額面通りに受け取るのは愚の骨頂としか言えない。これまでのシュナイゼルの執ってきた方法からすれば、単純に「いい案だ」などと言うとはとうてい思えない。それが、私が先に言った、テロリストの武装解除に繋がる。つまりシュナイゼルは、これを機に特区に参加するテロリストからその手段を奪い、テロリストの組織を潰そうと狙っている、そう考える。
そしてもう一つ付け加えるなら、これは我々には関係なく、あくまでブリタニアの国内、更に言えば皇室内の問題だが、コーネリアとユーフェミアはリ家の者。そして帝国宰相のシュナイゼルはエル家。ブリタニアの皇帝シャルルは、兄弟姉妹間でも争いを推奨している。つまり、誰が次の皇帝となるかを。これが何を意味するかと言えば、両家は表面上はどうあれ、実質的には政敵関係にある。もし今回の特区政策が失敗すれば── 成功などしないとシュナイゼルは読んでいると思うが── リ家の面目は丸つぶれ、国是に逆らった政策を行ったとして、他の皇族たちはリ家の取り潰しに動くだろう。ユーフェミア自身は姉に守られ何の力もないに等しいが、コーネリアは軍人として、“ブリタニアの魔女”と異名をとるほどに活躍し、功績をあげている。そんなコーネリアを追い落とすには、今回の件はまたとないチャンスだからな。
以上が私の考えだ。
もしどうしても特区に参加したいと思う者がいれば、止めはしない。ただしその場合、黒の騎士団からは抜けてもらう。そして、黒の騎士団については一切の他言はしないという確約をしてほしい。それだけだ。
これで私の話は終わりだ。ディートハルト、後で最終報告を頼む」
そう告げるとゼロは立ち上がり、ディートハルトの「畏まりました、ゼロ」の言葉を背に、ずっと黙って彼の傍らにあったC.C.と共に会議室を後にして、私室へと向かった。
ゼロが去った後、会議室内ではそれぞれに意見交換が行われた。それは会議室に入れずに、けれどその内容を聞かされていた他の団員たちにもまた、そちらこちらで同様の状況が見られた。
そして後刻、ディートハルトから、団員たちについての報告がゼロの元にあげられてきた。
結果ついては、抜けるという者は一人もいなかった。どちらにするか結論を悩んでいた者はもちろん、積極的に参加を希望していた扇とその彼に同意していた者たちも、ゼロの考えを聞いて態度を変えたとのことだった。
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