総督(あね)副総督(いもうと)、そして… 【7】




 副総督である第3皇女ユーフェミアによる、アッシュフォード学園高等部の学園祭における行政特区日本設立の宣言以来、1週間程は、アッシュフォード学園の周囲には、その時の状況やそれを身近で聞いていた者たちの意見をインタビューしようと、マスコミが何社も張り込んでいた。そのために生徒たちは思うように外出もままならない状態だった。ましてやアッシュフォードにその庇護の下で匿われ、目立つことを避けている状態にあるルルーシュとナナリーの兄妹に至ってはなおさらのことである。その点で、学園が全寮制だったのは幸いだったのかもしれない。そんな状態の学園に張り込んでいるマスコミを無視して、というよりも正確には、マスコミの方で自主規制していたのだが、そんな状況を気にすることもなく、気付くこともなく、二人の元皇族の立場や状況など考えることもなく、まるで全て無いもののように平然と通学していたのは、本来であるならば、決してそのようなことの許される立場にはない、皇女の騎士であるスザクくらいのものだ。
 そんな中、ルルーシュは直接出向くことはできなかったが、電話で黒の騎士団に連絡だけはとっていた。
理由(わけ)あって暫くそちらに行くことができない。ただ、今回のユーフェミアが宣言した行政特区日本についてだが、それについては、まず私の意見、考えの前に、団員個々がそれぞれに考えておけ。周囲の意見に惑わされることなく、自分自身で、彼女の唱えた行政特区とはどういうものなのか、それがなった場合にどうなるのか、参加するかしないか、自分自身で考え、結論を出せ。
 私は状況が許せば顔を出す。その際に私の意見を述べる。それによって個々の考えが変わることもあるかもしれないが、まずは黒の騎士団の団員であることを抜きにして、個人としてどう思うか、どうするか、それを考えておけ。私が今の時点で言えるのはそれだけだ」



 その頃、ブリタニア本国では今回の国是を無視した、反した第3皇女ユーフェミアの宣言が問題となり、主な閣僚も参加した皇族会議が開かれていた。
「ユーフェミアの宣言は明らかに国是に反したものだ。いくら皇女の立場にあるとはいえ、同時にエリア11の副総督でもある。為政者として、国是に反する発言をするなど認められることではない」
「その通りだ。国是に反するということは、すなわち皇帝陛下の意に反するということ。そんな宣言は、行政特区日本とやらの設立など、とうてい認められない」
「彼女の宣言など認めれぬ。何らかの処罰が与えられて当然のことではないのか」
「それにもしかしたら、エリア11で認められたなら、他のエリアでもナンバーズから特区の設立を求める声が出てくるかもしれない。それでは落ち着いてきている他のエリアでも問題が発生する」
 行政特区日本設立政策の廃案、そしてユーフェミアに対する処罰を、というのが大勢を占めていたその会議の中で、シュナイゼルが一人だけ異なった意見を述べた。
「第3皇女ユーフェミアが宣言した行政特区日本、彼女の言うように、一度やらせてみてはいかがですか?」
「閣下、どういうことです!?」
「皆さんもご存じの通り、エリア11は他のエリアに比べてテロリストが多く、その行為も頻発している。だが、もしかしたら今回のユーフェミアの宣言に乗じて、その甘い誘惑に誘われ、乗せられて、参加する者たちが出てくる可能性もある。そうしたらそんな彼らを武装解除させればいい。彼らのブリタニアに対抗する手は無くなる。何もせずとも潰れてくれるわけです。特区が国是に反するものとして、その廃案はそれからでもいいのではないですか?」
「なるほど、そういう考え方もありますね」
 シュナイゼルの意見が決め手となって、結論から言えば、暫くは様子を見る、ということになった。ただし廃案が決定された際、己の立場を考えずに国是に反する宣言を行ったユーフェミアと、その上司たるコーネリアに対しても監督不行届きということで、共に処罰が行わることも決められたが。そしてその会議の内容については、シュナイゼルから箝口令が出され、帝国宰相たるシュナイゼルに逆らうことなどできないと、今回の宣言に対するエリア11を預かるリ家、ひいては姉妹の対応への不満や、どうにかして引きずり降ろしてやろうという意図もあり、誰も口外することはなく、従って、エリア11の総督であるコーネリアも、特区の設立を宣言した当人であるユーフェミアも、その周囲の者も、誰一人として何も知らないままだ。



 エリア11では、着々と行政特区日本の設立のために動き出していた。
 ユーフェミアの宣言を聞かされた当初は、国是に反するものとして激高したコーネリアだったが、本国が何も言ってこないこと、一度マスコミを前にして宣言してしまったものを撤回することは朝令暮改となり、政庁に対する信用を()くすだろうこと、ましてやその宣言を行ったのが、己が溺愛してやまないユーフェミアであったのだからなおさら── というより、それが一番の理由と言える── なのだが、政策は進められることとなった。それはひとえに、本国での特区に関する会議のことを何も知らないままだからできたことでもある。分かっていれば、たとえ溺愛するユーフェミアが宣言したこととはいえ、即座に撤回させたであろうことは間違いない。
 そうして特区設立の準備が進められる一方で、イレブンたちに対しても、甘い言葉で特区への参加を促す広報が始められていた。
 そんなある日、登校してきたスザクは、クラブハウスの彼らの居住区への立ち入りを拒絶されている現在、「大切な話がある。今なら誰もいないだろうから生徒会室で」とルルーシュを誘った。ルルーシュはその話の内容が特区への参加についてであろうと、今は他にはあるまいとそう考え、できるなら避けたかったが、たとえ今は避けることができたとしても、スザクのこれまでの言動を考えれば何時までも何処までも食い下がってくることが目に見えていたことから、致し方なくその申し入れを受け入れ、二人して生徒会室に向かった。
 二人が足を踏み入れた生徒会室には、スザクが言ったように今は誰もいなかった。ただ、中央の大きなテーブルには、先日の中止になった学園祭の事後処理のための書類が、当初に比べればだいぶ少なくはなっていたが、まだ結構残っている。スザクはそれらが何の書類かなど、いつものようにまたミレイが溜めたもの、としか考えないのだろうが、とルルーシュは思った。
「あの、話っていうより、確認に近いかな。ユフィの宣言した行政特区、ルルーシュとナナリーはもちろん参加してくれるよね?」
 確認という言葉を告げた通り、スザクにしてみれば、二人が特区に参加するのは至極当然の既定路線なのだろう。
「何故?」
 ルルーシュは簡潔に一言で返した。それは更に言うなら、言外には「どうして参加しなければならないのか」という意味が含められている。疑問形で答えられたことに、さすがにスザクも察したのだろう。ルルーシュにその意思はないと。
「だ、だって、ユフィが提唱した政策だよ! 日本人もブリタニア人も手を取り合っていけるようにって!」
「行政特区日本。その名前が示す通り、特区は現在イレブンと呼ばれている日本人のためのものだ。何故そこにブリタニア人の俺たちが参加しなければならない?」
「だから、特区は日本人とブリタニア人が理解しあえるような場所になるようにって……」
「無理だな」スザクの言葉の途中で、ルルーシュは一言で切って捨てた。「イレブンは日本人という名を取り戻し、その生活を保障されるというが、ではブリタニア人はどうなのだ? 特区に参加すれば、これまで植民地たるこのエリアで許されてきた特権が無くなる。そんな場所に自ら進んで参加するようなブリタニア人が本当にいると思っているのか?」
「それは、ユフィが……」
「確かに参加する、いや、せざるをえないブリタニア人はいるだろう。だがそれは、特区の責任者たるユーフェミアの補佐をするための者や、特区の警備をする者、つまり入ることを命令された者くらいだろう。そして一般のブリタニア人に関していえば、自分たちではなく、差別されるべきイレブンのための政策のために増税され、苦労させられているのが現状だ。そんな場所に、一体どうして入ろうなんて考える?
 特区に入ろうと考えるのはほとんどが日本、日本人と名乗れるようになる、という言葉に乗せられたイレブンだ。そんな所に、目立つこと限りないブリタニア人である俺たちが、しかも認められている特権も失って、どうして参加などできるというんだ。確かにこの学園は、俺たち兄妹にとっては、おまえという存在のおかげで脆くなった。何時壊れてもおかしくない程に。だが何時か終わりが来るかもしれないと分かってはいても、それでも尚、先の見えている、しかも参加した日本人から何をされるか分からない、これまで彼らを差別してきたブリタニア人である俺たちにとっては危険しかない特区よりも、この学園に留まる方がまだ安全だ」
「君たちの安全は僕が守るよ! 君たちに危険が及ぶような真似はさせない!」
「皇族の騎士が守るのは、主であるその皇族のみだ。それがその主を守らずに一般人を守るなんてことは許されない。それがブリタニアの騎士制度だ」
「でも、君たちは異母とはいえユフィの兄妹だよ。ユフィならきっと許してくれる、いや、絶対に君たちのことも守れと言ってくれるよ!」
「おまえはブリタニアの騎士制度というものを全く理解していない。もっともそれはおまえだけではなく、おまえがこうして学園に通学し、常に己の傍にいないことをよしとして許しているユーフェミアにも言えることだがな」
 ルルーシュの言葉に怒りを覚えたのだろう。スザクの握りしめた両の拳がぶるぶると震えている。
「ユフィを侮辱するのは、たとえルルーシュでも許さない! ユフィは皆のためを思って……」
「皆のため? 一体誰が望んだというんだ? イレブンの誰が、ブリタニアから与えられる日本人と名乗ることを許される場所を望んだと? 日本人が真に望んでいるのはブリタニアからの独立であって、ブリタニアの皇女から、お恵みのように、施しのように与えられる限られた場所じゃない」
「! た、確かに誰かから言われてとかじゃないけど、でも! ユフィは日本人とブリタニア人が互いに理解しあうことができるようになるための場所として……」
「だから先に言った。理解しあうといっても、運営に携わる者以外のブリタニア人がいない中で、一体どうやって日本人とブリタニア人の互いの理解を深めるというんだ?
 それにおまえは、いや、ユーフェミアも含めて、おまえたちは考えたことがあるのか? 特区は限られた場所。つまりそこに入れるイレブン、日本人は限られている。ならば、入ることのできなかったイレブンはどうなる?
 そしてもう一つ。おまえは聞き逃したようだが、特区の先行きなどすでに見えている。特区は()たない。というより、いまだに本国から明らかに国是に反した特区という政策に何も言ってこないほうが不気味だ。まあ、そうしない想像はつくがな」
「それは、ユフィからも聞いたけど、宰相のシュナイゼル殿下が「よい案だ」って言ってくださったから……」
「それを告げたシュナイゼルの内心の思いと、それを額面通りに受け取ったユーフェミアには大きな差があるようだな。さすがは帝国宰相だけのことはある。
 話が俺たち兄妹の特区参加の件についてだったら、これで終わりだ。俺たち兄妹は特区には参加しない、それだけだ。ユーフェミアにもしかとそう伝えておけ。そしてもうこれ以上、二度とその話を俺の前でするな。
 それと多少話はずれるが、この」ルルーシュは言いながらテーブルの上に積まれた書類を指した。「書類が何か分かるか?」
「え?」
「この前、学園祭でユーフェミアがあんな行動をとったために中止にせざるを得なくなった学園祭の事後処理のための書類だ。これでも、皆が連日遅くまで処理をしているからだいぶ少なくなったが、それでもまだこれだけ残っている。一つの学園の学園祭の後始末、それだけでも大変な処理がある。行政特区日本などという政策、というより、俺に言わせてもらうなら、政策とはとうてい言えないような愚策を立て、それを実行しようとしているユーフェミアは、その点どうなのかな? 本当なら、それこそ連日書類の山に埋もれているはずだが。
 少しばかり余計なことも言ってしまったが、ではな。
 ああ、できれば、今後はこの件を抜きにしても二度と話しかけないでもらえると俺としては助かる。皇族の騎士と知り合いだとして身辺調査され、あげく何が出てきてどうなるかも分からない。たとえ少しでもそんな危険性があるようなら、それを取り除きたいからな」
 そう告げると、ルルーシュはスザクを無視するかのように置き去りにして、生徒会室を出ていった。
 ルルーシュの話の後半は、ほとんどスザクの耳には入っていなかった。それ以前に、怒りを覚え、次に酷くショックを受けていた。何故なら、ユーフェミアが書類に埋もれているところなど見たことがないからだ。いつも優雅に、僅かに回ってくる書類にサインをして過ごしている。そしてそれを見続けてきたスザクは、それが当然なのだと思っていた。しかし目の前にある書類の山を見て、考えが変わった。行政特区の政策はユーフェミア立案によるものだ。ならばそのための決済の書類が数多くユーフェミアに回ってきて当然。来ない方がおかしい。ユーフェミアは周囲から“お飾り”と言われている。つまりいるだけで何もしない、いてもいなくても同じことと思われているのと同義だと。それは彼女が立案した特区についても、懸命に設立のために動いているのは部下の官僚たちだけで、ユーフェミアの決済など必要ないのだと。そしてユーフェミア自身、これまでのことからそれが当然のことであり、自分は回ってくる僅かの書類にサインをするだけであとは何もしなくていいと思っているのだろう。だがそれは大きな間違いなのだと、今になって漸くスザクは気付いた。あまりにも遅きに失したが。そしてまた、スザクがルルーシュの告げた内容を何処まで理解したか、甚だ疑問でもある。おそらく、ユーフェミアがシュナイゼルの言葉をその表面だけで受け止めたように、彼もまた、表面しか理解していないのではないか。真にルルーシュが言いたかったことなど、理解はしていないだろうことは明らかだ。もっとも、ルルーシュ自身、そこまでスザクに期待はしていないし、言いたいことの全てを伝えたわけでもないから、ルルーシュにしてみれば、さして問題ではない。





【INDEX】 【BACK】 【NEXT】