総督(あね)副総督(いもうと)、そして… 【6】




 人々に囲まれて身動きが取れなくなっているユーフェミアを救い出したのは、ガニメデに騎乗して、巨大ピザの生地を引き伸ばす作業をしていたスザクである。作業中のピザ生地を放り出して、ガニメデの手でユーフェミアを人々の中から救い上げたのだ。
 ガニメデの掌の上で、大勢の人の中から救い出されて一安心し、それを行ってくれたスザクに対して、ユーフェミアが笑みを浮かべて「ありがとう」と応えていた時、当初は巨大ピザ作成の取材をさせるためにミレイが呼び寄せていたマスコミ── TV局── が、突然の副総督である第3皇女ユーフェミアの登場に、クルー全員が、ガニメデに、ユーフェミアの元に駆けつけてきて、一言でもインタビューを取ろうとマイクとカメラを向けた。
 それに対して、ユーフェミアは話したいことがあるから全国ネットに繋いで欲しい旨を伝え、彼らは皇族の指示であればそれに否やはなく、即座に対応した。そしてそれがなったことを確認したユーフェミアは、満を持したかのように、自分を捉えるカメラと差し出されたマイクに向かって朗らかに言葉を繰り出した。
「私は、エリア11副総督のユーフェミア・リ・ブリタニアです。
 私はここに、フジサン周辺に行政特区日本を設立することを宣言致します」
 そうしてユーフェミアは設立を宣言した“行政特区日本”についての説明をしていくのだが、それを聞いていたルルーシュは、やられた、とそう思った。仮面のテロリスト、黒の騎士団の総帥たるゼロであるルルーシュは、シンジュクゲットーを中心として、今の段階ではまだまだ小さな極一部のものであるとはいえ、独立国家としての日本の設立を宣言する予定でいたのだ。しかしその矢先に、ユーフェミアの宣言がなされてしまった。そしてそれは、ルルーシュのユーフェミアに対する憎しみを生んだ。
 イレブンが、日本と日本人という名を取り戻せる場所、そして日本人とブリタニア人が互いに手を取り合い、理解を深めていくための場所── そうユーフェミアは説明したが、ルルーシュに言わせれば、そんなことはありえない。
 選民思想を持つブリタニア人にとって、日本人、すなわちイレブンは差別すべき被支配民族であり、理解しあう必要などない存在だ。従って、自分から特区に入ろうとするようなブリタニア人など一人もいないと言っても、それは決して言い過ぎではないだろう。主義者と呼ばれている者たちとて、自分たちのブリタニア人としての特権が奪われるとなれば、参加する者がいるかどうか大変あやしいところだ。ブリタニア人で入る者がいるとすれば、それは特区の運営の為に必要に迫られて、入ることを要請、いや、命令された者だけだろう。
 ユーフェミアが理想としているものは理解できるし、本当に彼女が言うような場所が創られるなら、それはそれなりの価値が生まれるだろう。しかし彼女の宣言する行政特区日本は、明らかに弱肉強食、ナンバーズ制度を掲げるブリタニアの国是に反したものだ。
 第一、彼女は副総督に過ぎない。エリア11の内政に関する最終決定権は、皇帝の代理である総督たるコーネリアにある。宣言をするなら、それは総督の名をもって、総督自身が、あるいはその代理を認められたものだけに許された行為であって、副総督が勝手に己の名前だけで政策を打ち出すことは、法的に決して認められることではない。
 そしてそれを別にしても、行政特区日本について考えるならば、ユーフェミアの唱える特区はあくまで限られた範囲、限られた人数に対してのみ許されたものである。つまり日本人の名を取り戻せるのは、そこに入ることを許された一部の者のみということになる。ではそこに入ることのできなかった者はどうなるか。
 また、特区を設立させるには、そして更にそれを運営していくためには、多額の資金が必要となる。その資金をどう調達するつもりなのか。リ家とその後見貴族による出費などで追いつくものではないし、第一、リ家も後見貴族も、国是に反したその特区に出費をするとは到底考えられない。となれば、必然的にエリア11で徴収される税金からのみとなるが、現在の税収とその支出内容を考えれば到底不可能だ。結果として、特区の為に増税ということになるだろう。果たして、差別すべきナンバーズの為の政策に、その為の増税に、それを喜んで受入れるブリタニア人がいるだろうか。それでなくても、法人はもちろんだが、特に家庭の収入に直接結びつく増税というものは受け入れがたいものであるのに。それは純ブリタニア人に比べれば、収入が少ないことから徴収される額は少ないとはいえ、同様に税を支払っている名誉ブリタニア人にしてもそうだ。いや、収入が少ないからこそ、負担感はより大きいだろう。ましてや日本人と名乗れるとなれば、一体何のために日本人である誇りを捨てて名誉となったのか、という思いも生まれるだろう。
 それらのことを考えれば、特区が成立した場合、いや、副総督を務める皇族による宣言がなされた時点から、ブリタニア人のイレブンに対する差別、暴力などの行為は激しさを増しているだろう。何故こいつらのために自分たちが犠牲にならなければならないのかと。つまり、特区政策はそれらの行動を助長するものとしかなりえない。
 また、ユーフェミアはゼロと黒の騎士団に特区への参加と協力を促しているが、実際に名前につられて特区に参加した場合、黒の騎士団に限らず、テロリストは武装解除させられ、二度と日本独立のために立ち上がることはできなくなる。何より、特区はあくまで自治区であり、決して黒の騎士団をはじめとするテロリストが求める日本の独立を認めたものではないのだ。
 ユーフェミアはシュナイゼルにも「いい案だ」と言って貰えたと言っていたが、シュナイゼルがそう告げた意味はそこにあるのだろう。ユーフェミアの意図とは全く違うものだ。しかしユーフェミアは表面に出された言葉だけを純粋にそのまま捉え、その意味するところの真実には全く気付いていないだろう。
 一言で言うなら、ブリタニア人にとってもイレブンにとっても、行政特区日本など、愚策以外の何物でもないのだ。
 しかしそうと分かっていても、ユーフェミアの唱えた特区は、彼女の誘いに応じて参加すれば武力を奪われ、日本は二度とブリタニアに対抗する力を持つことはできなくなる。つまり日本独立など夢のまた夢になるということだ。日本は現在のブリタニアがあり続ける限り、いつまでもエリア11という植民地のままだろう。逆に不参加を表明すれば、日本人と名乗れるというそのことだけを捉えて浮かれているだろう者たちからは、何故、日本と日本人の名を取り戻せるのにそれに反対するのかと、日本人たるイレブンから反発を持たれることになるだろう。特区の持つ本当の意味に気付くことなく。つまり、参加不参加、どちらを選んでも黒の騎士団に未来は無くなる。
 一体どうしたらいいのか。
 自分の取るべき最良の策を考えているルルーシュに、傍らにいるナナリーがその手を伸ばしてくる。
「お兄さま……。私、ユフィお異母姉(ねえ)さまに言ったんです、お兄さまがいてくださればそれだけでいい、今のままでいいって。それなのにどうして……」
 蒼褪めた顔をしてルルーシュにそう訴えてくるナナリーに、ルルーシュは少しでも安心させようとその手を取った。
「大丈夫、心配することはないよ。たとえユフィが俺たちに参加するように言ってきたとしても、俺たちが参加することはない。俺たちの立場を考えれば、どうしたって参加はできない。そう答えるだけだよ。……ただ、そう言ってユフィが納得してくれるかどうか、そこがあやしくはあるけれどね。でも納得してもらうしかない。大勢の、これまでブリタニア人から差別を受けてきた日本人の中に、一般のブリタニア人が入ることがどんなに危険なことか、それを訴えるしかない」
 おそらく、ユーフェミアはそのようなことでは決して納得も了承もしないだろう、そうルルーシュは思ったが、少しはナナリーの不安を抑えることには成功したようだ。
「そう、ですよね。私たちが、目立つような場所に行くことなど、できるはずないんですから」
 いまだ興奮冷めやらぬ大勢の者たちに取り囲まれているユーフェミアを傍目に、ルルーシュはナナリーの車椅子を押して、そっとその場を立ち去り、クラブハウスの自分たちの居住区へと戻っていった。
 そんなルルーシュとナナリーを離れた所から見送りながら、ミレイは憎々しげに、ガニメデに騎乗するスザクと、そのガニメデの掌の上で喜びに興奮している人々に取り囲まれながら、陰では国是に反した宣言を行ったユーフェミアとその騎士であるスザクを、冷めた瞳で見つめている純血派の存在があることに気付くことなく、目の前にあるものしか見ずに、いや、見えずにか、嬉しそうに笑みを浮かべいているユーフェミの二人を見つめていた。せめてもの救いは、ユーフェミアがルルーシュとナナリーのことを告げなかったことだけだ。そして、あとはユーフェミアの取材をしたTV局クルーのカメラに、その二人が写っていないことを祈るのみ。
 どうして自分はさっさとスザクに引導を渡して、退学するように仕向けなかったのだろうと、いまさらながらにミレイは思う。確かに学園祭をひかえて人手を必要としていたが、スザクがいなければできないというわけではなかったのだ。そしてスザクがいなければ、ユーフェミアがお忍びでこの学園にやってくることもなかっただろう。マスコミであるTV局のクルーを、巨大ピザ作成ということでその取材のために学園に招き入れたこともそうだ。もしスザクが在籍したままでも、そして同じようにユーフェミアが来たとしても、マスコミの存在がなければ、先刻のような大々的な宣言は行われなかったのではないかと思える。そう考えると、自分の愚かさが、思慮の足りなさが悔しくて情けなくて、実際に涙を流しこそしなかったが、泣けてくる。
 そして心の中で謝罪を繰り返す。
 ── ルルーシュ様、ナナリー様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません、と。



 その日の夕方以降のTV── 特にニュース番組── と翌日からの新聞、そして雑誌は、アッシュフォード学園の学園祭で行われた、ユーフェミアの行政特区日本の設立宣言の件で溢れかえっていた。
 そして翌日のアッシュフォード学園では、ユーフェミアの宣言に始まる騒動から学園祭は中止となったため、生徒会のメンバーを中心として後始末に追われていた。当日はユーフェミアの存在に浮かれていた者も、学園祭が中止となってしまったこと、中途半端になってしまったことの片付けから、今では不平を漏らしている。ユーフェミアが来たりしなければこんなことにはならず、楽しい学園祭を過ごせたのにと。





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