生徒会室での遣り取りがあった後も、結局彼らの意図がスザクに通じることはなく、スザクは「ユフィがいいと言ってくれているから」と学園に席を置き続け、可能な範囲で授業にも出席している。ただ、そんな彼を見る周囲の視線は明らかに冷たく、見下したものとなっているし、ルルーシュに至っては本当に必要な時以外、つまり私的な部分では完全にスザクを無視している。もちろんナナリーもだ。クラブハウス内の居住スペースへの立ち入りを断られ、スザクがいる時にはナナリーが生徒会室に姿を見せない以上、二人が顔を合わせることはない。万一にも、二人が顔を会わせるようなことは避けたいと、ナナリーが生徒会室に姿を見せるのは、今ではスザクが来ないとはっきりしている時だけとなっている。ただ、かつての苛めのような事態だけは起きていない。そこには、ルルーシュがスザクを切り捨てたことが分かっていても、それでもやはりかつては大切な友人だと言っていたことを考えれば、いくら切り捨てた相手とはいえ、いい気持ちにはならないだろうと周囲が判断しているからに過ぎない。
しかしはっきりと具体的な行動がないせいか、スザクは幼い頃は剣道の修行をし、現時点でもブリタニアの軍人であり、皇女の騎士という立場にありながら、己に向けられる周囲の視線には疎いままだ。それは相手が素人の学生だからと警戒心が薄いからなのか、それとも生来のものなのかは不明だが。それでも、明らかにルルーシュから避けられているということにも疑問に思わないのが、生徒会のメンバーからすれば不思議でならない。
ことにシャーリーは、自分が必死の思いで紡いだルルーシュのことを、自分の想像も入っていたと思うが、彼がスザクに対して持っていたであろう思いを、行動を軽んじられているようで、哀しくてならなかった。そしてまた、自分の話したことをすっかり忘れられているように思えてならない。あれほど真剣に必死になって話したのにと。そしてそんな思いから泣けてきそうになるのだが、泣くまいと、涙を見せたりしまいと、懸命にこらえ、頭を切り替えて生徒会の仕事を進めている。
そして皆は思う。もしかしたらそれは先日の遣り取りが原因かもしれない。おそらく、スザクはルルーシュの言葉を自分に都合のいいように、自分の立場を考えてのものと、好意的に解釈しているのではないか。あの時に生徒会室にいたミレイを筆頭とするメンバーにはそうとしか思えない。そしてそれゆえに、言葉には出さずとも、スザクに対する印象は悪化の一途を辿っているのだが、何も気付いている気配のないスザクには、それすらも、そしてその原因が他ならぬ自分の言動にあることも、本当に何一つとして理解しているようには見受けられない。
生徒会に属しているということで、最低限の遣り取りが続いているのがいけないのかもしれない、ミレイは最近そう思っている。そして、やはり引導を渡すべきだろうかと。とはいえ、現在は学園祭が近い。正直なところ、一人でも多く人手が欲しい時期であるのは間違いのない事実であり、引導を渡すなら学園祭が終わって一息ついてからでいいかと思う。そしてミレイは、後にこの思いを酷く後悔することとなるのだが、神ならざる身であれば、今は誰もそれを知る由はない。
学園祭の準備を進めるかたわら、相変わらずスザクのご高説は止むことはない。
ユーフェミアに対する礼賛とゼロに対する批判── ユフィは素晴らしい。とても高い理想をお持ちで、イレブンや名誉ブリタニア人が差別されている現状をとても憂いて、何とかしたいと常々思っていらっしゃる。でもユフィなら、いつかきっとこんな状況を変えてくれる。その時を待つべきだ。それなのにゼロはテロを起して無用な被害を出している。そんなことは間違っている。暴力に訴えるなんて、決して許されることじゃない。
正直、生徒会のメンバーは誰一人としてそんなスザクの話を聞いてはいない。皆、スルーしている。さすがのニーナも、学園祭用の仕事に追われて耳を貸している暇は無いらしい。時折、ルルーシュが「口を動かすより手を動かせ」と書類を捌く手を止めることなくそう告げるだけだ。しかし、ルルーシュがそう言っても、一度は「ごめん」と止まるが、暫くするとまた同じことが繰り返されるだけで、うっとうしいことこの上ない、というのが生徒会メンバー全員の思いだ。
スザクの言うことには矛盾が多い。彼自身がそれに気付いているかどうか分からないが。
本当にスザクが言うようにユーフェミアが差別を憂いており、それをどうにかしたいと思っているというのなら、何故何もしないのか。何故スザク唯一人だけが特別扱いのように学園に通うことを許され、更には騎士に任命されたのか。本当に差別を憂いていてどうにかしたいと思っているというのなら、スザクだけではなく、全員は無理でも、極一部の者に対してだけでも、スザク以外の他の者に対しても手を差し伸べられていてしかるべきではないのか。お飾りと称され、さしたる執務をこなしているとはいえない状態であるのは皆承知していることだが、副総督という立場にある以上、少なくともスザク以外の存在に対しても何らかの手を差し伸べることができるはずではないのか。差別はおかしいと言いながら、その差別の解消に対して何も手を打とうとしないのは、それはユーフェミアにとってスザクだけが特別だからで、実際には、言葉ではそれらしいことを言っていても、何も考えてはいないのではないか。好意的に考えて、ユーフェミアにそういう思いがあったとしても、彼女にはそれを実行に移すだけの頭脳も能力も無いのだと、更に言うなら周囲からの信頼や理解も無いのだと、そうとしか考えられない。そうであるなら、現時点で差別を受けているイレブンや名誉ブリタニア人は、一体いつまで、そして何を待てばいいというのか。
結局のところ、少なくともイレブンが希望を持つのは、彼らを助けるために、日本独立の為に動き、数々の奇跡を起しているゼロと彼の率いる黒の騎士団になるのは避けがたい事実なのである。それを単純に間違っていると否定するのは明らかにおかしい。ブリタニアに身を置く以上、致し方ないのかもしれないとも思うが。それに何より、犠牲を出しているのはゼロだけではない。名誉ブリタニア人であり、軍人として、名誉としては特例的にKMFに騎乗して戦場に出ていたスザクとて犠牲を出しているではないか。それも今はイレブンと呼ばれる日本人、つまりかつての彼の同胞を。その方がゼロよりも遥かに罪深いことではないのか。それとも、今は名誉ブリタニア人だから関係ないと、過程主義であり、何よりもルールを重んずるというスザクにしてみれば、ブリタニアのルールに従っているのだから、それは間違いなどではなく当然のことであり、たとえかつての同胞といえど、ブリタニアに逆らうならどうなっても仕方ない、命を奪われても当然とでも思っているのか。仮にそれが巻き添えになっただけの者に対しても、なんの良心の呵責もないとでもいうのか。もしそうなのだとしたら、それは人としてどうなのだろうと思う。
確かにゼロと黒の騎士団が、日本の独立のためにブリタニアと敵対するテロリストであるのは間違いのない事実だ。だが“正義の味方”を名乗る彼らに救われたブリタニア人もまた、現実に存在する。生徒会のメンバーも、全員ではないがそうだ。かつてカワグチ湖のホテルで、他のテロリスト── 日本解放戦線── に人質とされた時、彼らを救ってくれたのはブリタニア軍ではなく、ゼロと彼の率いる黒の騎士団だったし、更に言えば、彼らは本来ならブリタニアの警察が取り締まるべき麻薬── リフレイン── 売買の摘発なども行っている。そんな彼らを一概に否定だけすることはできないという思いが心のどこかにあるのは、生徒会のメンバーも含めて、一般のブリタニア人からしても否定しきれない。
その考えは、現在のエリア11を治めている総督に対する批判にも通じる。誰も表立って口にはしていないが、為すべきことを為していない、ただテロリスト── 特にゼロと黒の騎士団── 殲滅のための戦闘行為と、イレブンに対する締め付けを行っているだけで、内政的なことはほとんど何もしてくれていないと。やっていることもあるかもしれないが、少なくともそれが何も見えてこない以上、そう思われても仕方ないだろう。そしてそう思われていることを、当事者たる総督のコーネリアや副総督のユーフェミアがどこまで知っているか、大いに疑問であり、おそらくは何も知らず、気付いてすらもいないだろうというのが大方の見方であり、だから一般のブリタニア人ですら、誰も現在のエリア11の政府に対して、何も期待していないのだ。ヘタに口にすれば皇族批判として取り締まられ、あるいはそうならずとも、どうせ取り上げてなどもらえないだろうことが分かっているから口にしないだけで。
そうしてアッシュフォード学園では、学園祭の日がやってきた。生徒会のメンバーはもちろん、一般の生徒や教職員も懸命になって用意をし、待ちに待った日が訪れたのだ。
ミレイの、いる間はせいぜい思いっきり役に立ってもらいましょう、との考えから、スザクはミレイ提案による巨大ピザ作成要員の一人として、おそらくは一番大切な役目であろうピザ生地を引き伸ばすための、アッシュフォードが所有する第三世代KMFガニメデの搭乗者として、先刻からピザ生地を引き伸ばすためにそれをくるくると回している。
そんな中、副総督のユーフェミアが少しばかりの変装をし、僅かのSPを連れてお忍びで学園祭に来ているなどとは誰も思ってもいなかった。
しかしそれは現実であり、ユーフェミアはそこで鬼籍に入っている異母妹のナナリーと出会っていた。そしてそれに気付いたルルーシュが二人に合流し、正門前の大階段に座って会話をしていた。
ルルーシュとナナリーの二人がまだブリタニアにいた頃、ヴィ家と、コーネリアとユーフェミア姉妹のリ家は交流があった。リ家の皇妃はルルーシュとナナリーの母であるマリアンヌに対して、さしていい感情を抱いてはいなかったが、それでも否定する程のものではなかったし、コーネリアは“閃光”と異名をとるほどの能力を持ったKMFのデヴァイサーであり、かつ優れた騎士であり、それゆえ、その能力をかわれて皇帝の騎士たるナイト・オブ・ラウンズの一人、シックスとなって騎士侯に取り立てられ、果てはその美貌から皇妃にまで召し上げられたマリアンヌに対して尊敬の念と憧れを抱いていた。ユーフェミアは、ルルーシュやナナリーと歳が近いこともあり、よく一緒に遊んでいたものだ。ルルーシュが初恋といってもいいかもしれない淡い想いを抱いたのはユーフェミアだったし、ユーフェミアの初恋もまたルルーシュだった。ユーフェミアとナナリーは、どちらがルルーシュのお嫁さんになるかでよく言い争っていたものだ。だが、それらは全て過去の話。
再会を喜びあいながらも、今はもう互いに立場が違う。自分たちは皇族ではなく一般の庶民として此処で暮らしていく、だから自分たちのことは忘れて、もうかかわらないでほしい。そう告げるルルーシュに、ユーフェミアは笑顔を見せて告げた。
「私、いいことを考えたの。本国のシュナイゼルお異母兄さまも「いい案だ」って仰ってくださったのよ」
その時、悪戯な一陣の風が、ユーフェミアの被っていた帽子を吹き飛ばし、彼女の存在を他者に明らかにしてしまった。
ルルーシュは慌ててナナリーの車椅子を押しながらその場を去り、学園祭用に設けられた臨時のプレハブ小屋に入り込んで身を顰めた。そして窓から外の様子を窺うと、副総督のユーフェミア第3皇女だということが知られた彼女が、大勢の人間に取り囲まれていた。
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