総督(あね)副総督(いもうと)、そして… 【4】




 スザクがユーフェミアの騎士となって以降だが、特派から除籍となったことでプラスマイナスのような状態といっていいのだろうか、スザクの出席率はそう大差ない。しかし、そもそも皇女の騎士となった者が一般校に通学し続けているというのは如何なものなのだろう。当のスザクは、「ユーフェミア様がいいと仰ってくださっているから」と気にもとめていないようだが、皇女に仕えるべき騎士が、その主をおいて一人学校に通学している状態は、とても騎士と呼べる状態ではないし、それを許している主たる皇女も皇女だということになり、影では相当にあれこれ言われている。それが本人たちの耳に入らず、そのために何も知らずにいるのは、果たして本人たちにとって幸か不幸か、どちらなのだろうか。
 そんな次第で、スザクの出席状況には大きな変化はないわけだが、その一方で明らかに大きく変わった部分がある。
 何かと言えば、スザクを友人と、大切な幼馴染だと公言し、スザクが編入してきて以降、何かと彼に対して気配りをしていたルルーシュの彼への態度だ。そして加えるなら、そこにナナリーの態度も入る。
 さりげなく、なので、どうも人の心の動きを察するに鈍い部分があると思われるスザクは今一つ気付いていないようだが、ルルーシュのスザクに対する接触は明らかに減った。ルルーシュがスザクに対して以前のような笑顔を見せることは無くなった。仮に笑顔を見せることがあっても、それは以前に向けていたようなものと同じではない。それはルルーシュにとっては、その他大勢に対して向けるものだ。決して親しい者に対して向けるものではない。
 それは生徒会室においては更に顕著だ。
 前々からあったことではあったが、騎士に就任したことで、スザクのユーフェミアに対する礼讃と、ゼロに対する否定や悪口は更に激しくなっている。スザクが口にする内容は、ほとんど毎回同じ内容といっていいものなので、生徒会のメンバーは皆、右の耳から左の耳に聞き流している状態だ、うるさいBGMがまた始まった、とばかりに。それはルルーシュにも言えることで、彼は何も聞こえていないかのように書類整理に勤しんでいる。真面目に聞いていると言えるのは、以前、カワグチ湖のホテルでテロリストの日本解放戦線によるホテルジャックで人質となった際に、自分の替わりになってくださったと、それ以来、そのユーフェミアに対して憧憬とも言える想いを抱いているニーナくらいのものだ。
 それはともかく、最初からスザクがいると分かっている時には、ナナリーが生徒会室に顔を出すことは完全に無くなった。ナナリーが先に来ていて後からスザクが顔を出した時には、即座といっていいくらいのタイミングで退室している。たまたまスザクがいる時に知らずにやって来た時は、「お兄様、少しよろしいですか?」とルルーシュを誘い、内緒話をするようにして二人だけで話をするような態度をとり、その後すぐに退室してしまい、スザクがナナリーに声をかける隙も与えない。自分は決してスザクを避けている、という様子を一切見せず、スザクに感じ取らせるとこなく、それをやりおおせているのだ。目も見えず足も不自由な身でありながら、見事と言える程に。
 そしてルルーシュだが、ある日、スザクが彼に対して「今日、少し寄らせてもらっていいかな?」と声をかけてきた時、ルルーシュは冷たくスザクを突き放した。
「以前に、咲世子さんを通して告げたはずだが。これが最後、もう二度と来てくれるなと」
「えっ!? どうして急にそんな……、あ、そういえば……」
 スザクはすっかり失念していたのだ。特派から追われた日の夜、ルルーシュを訪ねたクラブハウスで、彼からの伝言だと咲世子に言われていた言葉を。今になって漸くそれを思い出した。いや、思い出さされた。
「で、でもなんでいきなりそんなこと! 今までは……」
「以前と今ではおまえの立場が違うだろう。騎士たるおまえが、仕えるべき主たる皇女の傍にではなく、ただの一般庶民の俺の所にいる、そんなことが許されると思っているのか?」
 ルルーシュのその言葉には強烈な皮肉が込められているのだが、スザクには通じていない。
「でも、ユフィがいいって……」
「もし万一、皇女殿下に何かあった際、おまえが殿下の傍にいずに俺たち兄妹の所にいた、なんてことになって、揉め事に巻き込まれたり、場合によっては処罰を受けるようなことになるのは御免こうむる。皇族に仕える騎士という自分の立場をもっと考えて行動しろ!」
「うーん、確かにルルちゃんの言う通りよねー。もし今この時に、ユーフェミア様に何かあったら、誰がどう責任取るのかしら? 私たちにもその責任が及んじゃったりするわけ? 私たちは何もしてないし、何の責任も無いのに」
「会長! そんなことないです!! ユフィには、僕がいない時には総督がつけられた護衛兵が何人もついていますし、僕はきちんとユフィの許可をもらってここに来てるので……」
「いい加減にしろ! 騎士が仕えるべき主の傍に常にいないなんてことは、ブリタニアの騎士としてはありえないし、ましてや主を愛称で呼ぶなんてこともない。たとえ主がそれを許したとしてもだ。本来なら、基本的に主は己の騎士に対して、どうしても必要な職務や状況以外で傍から離れて何処かに行くことを許すことはない。それを許している、許されているというのなら、それは主も騎士も、どちらも主従の意味、騎士たる存在の意味を理解していないということであり、他の騎士を侮辱することでもある。主も主なら騎士も騎士だと。本当におまえが皇女殿下の騎士だというなら、ブリタニアの騎士制度について一から勉強しなおせ。可能なら、おまえの現在の行動を認め許しているという皇女殿下と共にな!」
「いくらルルーシュでもユフィを侮辱するのは許さない!」
 スザクはルルーシュの言葉に込められている意味を真剣に考え受け止めることなく、ただ自分たちを、ユーフェミアを侮辱されているとだけ受け取り、反発の言葉を返す。それが何よりもルルーシュの告げた内容を認めることになっているとは分からずに。
「ルルちゃんもスザク君も落ち着いて」
 ルルーシュは、確かに声は少し荒げてはいるが、彼が冷静なのは分かっている。興奮しているのはスザクだけだ。だがそれを承知で、ミレイは二人の間に入って仲裁するかのように言葉をかける。
「すみません、会長。今日の俺の分の仕事は終わりましたので、これで帰らせてもらいます。ナナリーとの約束もありますので」
「分かったわ、お疲れさま。ナナちゃんによろしくね」
 ミレイの言葉に、ルルーシュは軽く頷き、まだその場にいるリヴァルとシャーリーに対して、悪かった、とでもいうように、軽く「じゃあな」と声をかけて生徒会室を出ていった。
「……あのさ、スザク。ルルーシュ、確かに少し言い過ぎかもしれないところはあったとは思うけど、基本、言ってることは間違っちゃいないぜ。もう少し、自分たちのまわりの人間の反応をじっくり落ち着いて見ることをお勧めするよ」
 そう告げたリヴァルは、スザクの騎士就任の話が出て以来、ルルーシュとナナリーがそのスザクから距離を取り始めたことは承知している。リヴァルだけではない、多少の感じ方、受け止め方の差はあれ、他の者も知っているし、ルルーシュとさして仲がいいとは言い切れない者の中にも、ルルーシュ本人、というよりも、その周囲にいるリヴァルたちの様子から、それとなく察している者もいる。それに全くといっていいほどに気付いていないのは、出席率、顔を合わせる頻度の問題もあるかもしれないが、肝心のスザクくらいのものだ。
 リヴァルとしても、現在の状況下において、ルルーシュやその妹のナナリーももちろんだが、このアッシュフォード学園── その中には、スザクが通学し続け、生徒会に名を置いている以上、自分をはじめとした生徒会の他のメンバーも当然含まれる── が、そして好意を寄せている、理事長の孫娘であり、生徒会長でもあるミレイが、スザクたち主従の何も理解していない行動のために、迷惑を被るのは避けたいとの思いが強い。だからルルーシュの悪友を自認するリヴァルは、彼と同じようにスザクと距離をとりながらもそう言葉をかけるのだが、果たしてそれがどこまでスザクに通じているか、甚だ疑問でもあるのだ。
「スザク君、少し言わせて」
「……何?」
 ゆっくりと声をかけてきたシャーリーに、スザクは彼女の顔を見ながら応える。
「あのさ、自分を初めて認めてくれたのがユーフェミア様だって、スザク君、いつもそう言ってるけど、ルルは違うの? ルルはスザク君の幼馴染の友人なんでしょう? なら、最初にスザク君を認めたのは、そう言っているルルじゃないの? 私の言うこと、間違ってる? それにスザク君がこの学園で問題なく過ごせるようになったのは、スザク君をこの学園に入れたユーフェミア様じゃなくて、学園の皆から信頼されて好意を持たれているルルが、スザク君のことを自分の大切な友人だ、って皆の前で言ったからだよ。それ、忘れないで。ユーフェミア様はあくまでスザク君を学園に入れさせただけだけで、後は何もしていらっしゃらない。スザク君がどんな学園生活を送っているかご存知ないでしょう? スザク君が、自分が苛めにあってたこと、心配を、ご迷惑をおかけするからって考えて、ユーフェミア様に話してたとは思えないもの。それにもしユーフェミア様が知って何かを言ってこられたとしても、何の解決にもならなかったと思う。もしかしたら却ってスザク君に対する苛めがより陰湿になってエスカレートしてただけだと思う。学園でスザク君が無事に過ごせるようになったのは、あくまでルルの言葉があったからで、それ以上でもそれ以下でもないよ」
「!?」
 シャーリーの言葉に、スザクは驚いたというように大きく目を見開いた。そんなこと、考えたこともなかった、とでもいうように。その様子に、シャーリーは哀しみを覚えた。自分が大好きなルルーシュが、大切に思い、当初は陰湿な苛めを受けていたことから、この学園の中で少しでも過ごしやすいようにと気を遣っていたルルーシュの思いや行動が、その肝心の相手に少しも伝わっていなかったのだと知れて。あるいは、スザクにとってはルルーシュのその行動は、友人だから当然のことで、改めてそんな風に考えることではなかったのだと思えて。名誉ブリタニア人の軍人を友人だと告げることが、純血派から見られた時、どんな危険を招くことになるかもしれないのに。なのにスザクはそんなことは少しも考えていなかったのだと分かって。本来、皇族や貴族、軍人が嫌いだと知る者は知っているルルーシュが、かつての幼馴染の友人が、名誉になり、しかも軍人となり、そして今では皇女の騎士となったスザクに対して、そしてその相手がルルーシュの思いを何とも思っていなかったと分かって、彼がどれほどの葛藤を抱えていただろかと思うと、泣けてきそうになる。ルルーシュの気持ちを少しでも思いやってくれていたなら、スザクの生徒会室内での発言── ゼロ否定はともかく、ユーフェミア礼讃── は無かったはずだろうと思えるから。
 シャーリーの思いは、ミレイはもちろん、リヴァルも同じだ。学園に多くいるルルーシュのファンたちとて、思いの程度の差はあれ、この状況を知れば同様のことを考えただろう。そしてそんなスザクに対して、なんと恩知らずな奴、と思ったに違いないと考えることができる。他の者の目から見れば、スザクは自分では知らず、気付かぬままに、ルルーシュに対してそれだけのことをしていたのだ。ルルーシュ個人は、すでに済んでしまったことと何とも思ってはいないかもしれないが。
 しかしスザクが皇女であるユーフェミアの騎士となったことで状況は変わった。ルルーシュはスザクを切り捨てた。少なくとも、今、ここにいる当事者であるスザク以外はそれを理解している。今後も変わらずにスザクが学園に通い続けるというのなら、スザクの学園生活は、これまでよりも少し辛い、あるいは寂しいものになるかもしれない。スザクに対して何かと気を遣ってくれていた一番の友人であるルルーシュが、おそらくは苦渋の判断の末に、そのスザクを切り捨てたのだから。
 ルルーシュやナナリーのことを思えば、スザクに対しては口にないが、学園を辞めてほしいというのがこの場にいる者たちの共通の思いだ。その思いは、二人の出自を知るミレイは特に強い。
 ルルーシュが告げた言葉を真摯に受け止めて考えたなら、スザクは退学届を出すだろう。しかしこれまでのことを考えると「ユフィが……」の一言で済ませられ、そのような行動に出るとは考えられず、何時か何処かで、誰かがどうにかしてはっきりと引導を渡すべきなのだろう、そうミレイは考える。そしてそれは、おそらくこの箱庭の番人を自認している自分の役目だろうと。





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