総督(あね)副総督(いもうと)、そして… 【3】




 スザクの騎士叙任式があったその夜、アッシュフォード学園高等部のクラブハウスにある大ホールでは、大勢の生徒が集まって、スザクを祝福し、祝いの言葉、あるいは、自分たちのいる学園から皇族の騎士となる者が選ばれたということで、それを誇りに思う、などの言葉がスザクに対してかけられていた。とはいえ、それはほとんど表面上のことであったが、人の心の機微に疎いスザクにはそのようなことは全く分かっていなかった。
 スザクの騎士就任に際しての祝賀会を主催したのは、生徒会長のミレイ・アッシュフォードである。生徒会長のミレイといえば、お祭り娘として学園内では教職員・生徒に関係なく有名だ。そんなミレイが、スザクの騎士就任ということを受けて何もしないわけがない。やらない方がおかしい。それが周囲の一致した考えであった。ゆえに、ミレイは祝賀会を主催したのだ。そんなことやりたくなどないという本心を押し隠して。
 ミレイとアッシュフォード学園にとって、枢木スザクという存在はやっかい以外の何者でもなかった。
 アッシュフォード学園は校風がリベラルなことで知られている。その門戸はブリタニア人だけではなく、名誉ブリタニア人に対しても開かれている。とはいえ、実際に在籍している名誉ブリタニア人の数は少ないし、さすがにナンバーズであるイレブンまでは認められていないが。
 そのため、スザクに関していえば、名誉ブリタニア人である、というだけならばさして問題はなかった。だが、彼はアッシュフォード学園側からすれば、多くの問題を抱えている。
 まず、自分がクロヴィス総督を暗殺したと名乗り出た者がいたことと、アリバイが証明されたことから証拠不十分として保釈されてはいるが、少なくとも、一時は総督暗殺の容疑者として逮捕・拘留され、公衆の面前に晒された存在だ。そして編入にあたっては、このエリア11の副総督である第3皇女ユーフェミアの“お願い”という名の“命令”によるものである。ユーフェミア自身は、あくまで“お願い”したのであって“命令”ではない、と言うだろうが、皇族の発した言葉であれば、それは本人の思いがどうあれ、実質“命令”となる。それゆえに、アッシュフォード学園としてはスザクを受け入れざるを得なかったのだ。しかも、全く学力の伴わない高等部に。何故なら、スザクの学校教育は日本が敗戦するまでの、彼が10歳の頃で終わっている。その後は、名誉となり、軍に所属したことから、そのために必要と思われることの教育、というより、研修と言ったほうが適切だろうか、それは行われているが、とうてい高校生が一般的に持つ必要な学力は持っていない。にもかかわらず、高等部に在籍とは、身の程知らずもいいところなのだ。
 それでも、ミレイ個人にとってみれば、スザクは彼女が未だ主と考え仕えているルルーシュの、初めての友人、幼馴染とも言える存在であることから、ルルーシュがスザクとの再会に喜んでいたこともあって、幾分かはこれでよかったのかもしれない、との思いもあった。しかしそれは当初の頃だけの話に過ぎない。
 編入してきた頃は、名誉ブリタニア人、加えて皇族のお声がかりということで、陰湿な苛めにあっていたが、ルルーシュが、スザクは自分の友人であると公言し、生徒会に引き入れたこともあって、好意的とまではいかずとも、その存在は受け入れられていった。だが、それで頭に乗ったのだろうか。生徒会室で、顔を出すたびに、如何にユーフェミアが素晴らしいか、如何にテロリストのゼロが間違っているかを只管繰り返すのだ。ゼロについては、彼は単なるテロリストではなく、“正義の味方”と名乗り、相手がイレブンではなくブリタニア人であろうとも、被害にあっていればこれを助けている。加えて、本来なら警察が取り締まねばならぬことを変わって鉄槌を下している。何よりクロヴィス暗殺犯として捕らえられたスザクを救い出したのがゼロであったのに、それを忘れたかのように。そんなことを此処で言って何の意味がある、うるさいだけだ、いい加減にしてほしい、というのが、正直、ユーフェミアに傾倒している部分のあるニーナを除く生徒会メンバーの意見と言っていいのだが、スザクはそのように思われているなどとは一切思いもせずに、相変わらず同じ言葉を繰り返し続けている。
 そこにきて、今回の騎士就任だ。どうしてミレイが、アッシュフォード学園、特にその理事長たるルーベン・アッシュフォードがそれを素直に受け入れられようか。アッシュフォード家はかつては大公爵家であり、KMF開発の関係から、皇帝シャルルの第5皇妃マリアンヌの後見をしていた。ところが、そのマリアンヌが暗殺されたことにより、アッシュフォード家は爵位を剥奪された。本来ならここでヴィ家との関係は切れているといっていい。しかしルーベンはそうしなかった。マリアンヌには二人の子供がいた。それがルルーシュとナナリーだ。しかし皇帝は、その二人を近く開戦することが決定している日本に、表向きには親善のための留学と称し、実質的には、行って死んで来いと、要はブリタニアが日本に対して戦端を開くきっかけになれと送り出し、日本にいる二人に何も告げぬままに開戦したのだ。そんな幼い子供二人を、ルーベンは放っておくことはできなかった。後見していたマリアンヌを守ることができなかった。結果として爵位を失ったが、ならばせめてマリアンヌの遺児である二人のお子だけでも、との強い思いがあり、終戦後、即座にエリア11となった日本に渡り、実際にはそのようなことは考えておらず、ただ、二人の無事と幸せな人生だけを願ってのことだったが、いずれ復権するための足がかりに、と一族の者を説き伏せて、ルルーシュとナナリーの二人を庇護しているのだ。
 そういった状況の中、今回の件でスザクの周辺が調べられるのは分かりきったことではあるが、もしもそこからルルーシュとナナリーのことが、二人がヴィ家の皇子と皇女だということが知られるようなことにでもなれば一体どうなることか。それが一番の心配だった。ルルーシュが自分たち兄妹を捨てた父である皇帝シャルルと、ブリタニアという国を憎んでいることは、十分過ぎる程に承知している。そして彼が、叶うならそんなブリタニアをぶっ壊したいと思っていることも。しかし彼が最優先で考えるのは、常に妹であるナナリーの存在だ。マリアンヌ暗殺の際に、足を撃たれて麻痺し、ショックから目を閉ざして光を失ったナナリーを守る、そのためには、弱肉強食を謳うブリタニアにあっては、身障を負ったナナリーは弱者でしかない以上、そんなところにナナリーを連れて戻ることなどできない。だから戦後、ルルーシュは皇族であった身分を隠し、ヴィ家兄妹は死亡したこととして、アッシュフォードが用意した偽りのIDの下でナナリーと共に生きている。そんな二人の出自が暴かれるのは非常にまずいことなのだ。二人にとっても、そしてその二人を庇護しているアッシュフォード家にしても。
 そしてルルーシュは、自分たちの立場、自分たちを匿ってくれているアッシュフォード家── 学園と、そこでの友人たちのことも含めて── のことを考慮して、スザクがユーフェミアの騎士に任命されたことを受け、ナナリーにも説明して了解を取った上で、スザクから距離をとることを選んだ。もっとはっきり言えば、自分たち兄妹の中から、枢木スザクという存在を切り捨てたのだ。これからは、友人でも、ましてや幼馴染でもなく、ただのクラスメイト、互いに生徒会に所属する者同士に過ぎないと。そのルルーシュの意思は、すでに咲世子を通じてミレイとルーベンにも伝えられている。
 祝賀会の中に、スザクが求める二人── ルルーシュとナナリー── の姿はなかった。
 他の誰よりもその二人に祝ってほしい、それがスザクの偽らざる本音だ。ルルーシュがブリタニアをどう思っているか、現在どういう立場にあるか、知っていながら理解していないスザクは、相手がどう思っているかなど考慮することもせず、ただ自分の思いや考えを優先する。日本最後となった首相の息子、誰かに批難されることもなく、我儘いっぱいに育てられた旧家の跡取り息子であったスザクらしいといえばそうなのかもしれない。本人は、自分は昔とは違う、変わったと思っているようだが、そのあたりの考え方、本質的なところは、結局は何一つ変わっていないのだろう。
 スザクは自分を取り囲んでいる者たちの輪から抜け出すと、生徒会のメンバーに指示を出しているミレイに近付いて声をかけた。
「会長」
「なあに、スザク君?」
 ミレイはスザクに対する己の本心を押し隠して、これまでと変わらぬように応じた。ゆえにスザクは気付かない。ミレイの内心の変化を。
「あの、ルルーシュとナナリー、見当たらないんですけど、何かあったんですか?」
「ああ、二人も出席する予定でいたんだけど、ナナちゃんが熱を出してね、ルルちゃんはそんなナナちゃんに付き添っていて、それで残念ながら二人とも欠席。スザク君には、「欠席で悪い、それと直接言えなくて申し訳ないが、騎士就任おめでとう」って伝言預かってるわ。伝えたわよ」
「ナナリーが熱!? それじゃお見舞いに行かなきゃ……」
 ミレイの言葉を受けて、スザクは踵を返して出口に向かおうとしたが、そんな彼の腕を掴んで引き留めたのはミレイだ。
「ちょっと待ったーっ」
「何でです!?」
 腕を掴まれたまま振り返ってミレイを見たスザクは、焦りと困惑の表情を浮かべていた。特派を出された日、クラブハウスを訪ねた際に咲世子を通して告げられたルルーシュの言葉など、すっかり忘れているかのように。
「あのね、ナナちゃんは具合が悪くて寝てるの。邪魔したらダメでしょ。そして今夜の会の主役は君!」ミレイは右手でスザクの片腕を掴んだまま、左手の指でスザクを指した。「会の主役の君が抜けてどうしろっていうの!?」
「あ……。分かりました……」
 掴んでいるスザクの腕の力が抜けたのを確認して、ミレイはスザクを離した。
 ナナリーが熱を出して、それが原因で二人が欠席、というのは真っ赤な嘘だ。二人とも出席などしたくない、スザクと顔をあわせたくなどない、かといって、せっかくの祝賀会にいらぬ波風を立たせたくはない。その思いからつけた理由だ。
 実際のところ、ミレイはもちろんだが、皆、主役であるスザクの存在などどうでもいい。要は皆で騒ぐことができればいいのだ。その名目として、スザクのための祝賀会というのはもってこいのものであり、一旦それが理由で開かれた会であれば、後は主役がいようがいまいが関係ない。ただ、ミレイにはそれに加えて、ルルーシュたちと会ってほしくないという思いがある。だから先の言葉になったのだ。会が終わった後、スザクがクラブハウスを訪れる可能性は否定できないが、そこは咲世子がうまくやってくれるだろうとの思いがある。とりあえずは引き留めが成功したことに安堵した。もっとも更に言えば、ミレイ自身、これ以上スザクと顔を会わせていたくない、という思いもあるが、今は自分以上にルルーシュたちを優先したのだ。





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