総督(あね)副総督(いもうと)、そして… 【2】




 訪れたクラブハウスでスザクを出迎えたのは、此処に住まう二人の世話をしているメイドの篠崎咲世子だった。
「あ、あの、遅くにすみません。ルルーシュ、いますか?」
 咲世子は、それまでスザクが訪れた時のような笑みは全く浮かべておらず、無表情だった。まるで能面か何かの如く。
「ルルーシュ様にどのようなご用件でしょうか?」
「えっと、その……、連絡もなしにいきなりで悪いと思ったんだけど、ちょっとした訳ありで、今夜、此処に泊めてもらえないかと……」
 いきなりの、自分でも訳の分からぬ状態で、しかも何時もと違う雰囲気の咲世子の様子からなおさら言いづらく、それでもスザクはどうにか用件を話した。
「ルルーシュ様にお伺いしてまいりますので、暫くこちらでお待ちください」
 常ならばリビングまでは通してくれる咲世子だったが、今夜に限って彼女はそれをせずに、スザクを玄関に残したまま、ルルーシュの部屋へと向かった。何時もと勝手が違うことに、特派でのこともあってスザクはただ訝しむばかりだ。
 数分して、咲世子一人が戻ってきた。そこにルルーシュの姿はない。
「客間を用意しましたので、そちらをお使いください」
「えっ? 別に何時ものようにルルーシュの部屋でも……」
 これまでクラブハウスにルルーシュを訪ねてきた時、客間を使ったことはほとんどない。狭くはあったが、何時も二人であれこれと話しながら、ルルーシュのベッドで一緒に寝ていたのがほとんどだ。それを今日に限って、客間で、という。しかも肝心のルルーシュが出てこない。突然の連絡もなしの訪問だったからか。とはいえ、それはこれまでのことからすると考えづらい。となると、もしかしてルルーシュは具合を悪くでもしているのだろうかとスザクは思った。
 しかし、そこで咲世子から思いもよらぬ言葉が告げられた。
「先に申し上げておきます。
 今夜が最後、今後は二度と此処に来てくれるな、そしてこれはナナリーも同意のこと、とのルルーシュ様からのご伝言です」
「なっ!? どうしてそんなこと! 一体何があったっていうんです!?」
「私はただルルーシュ様のお言葉をお伝えしているだけです。もしそれでは嫌だと、納得できないと仰るなら、このままお引き取りください」
 そう告げる咲世子は、単に表情が無いだけではない。スザクを見つめる瞳は、どこか冷たいものがあったが、気が動転しているスザクにはそこまで気がつけない。
「わ、分かり、ました。それでいいんで、お願いします」
 とりあえず今は野宿状態を避けたいという思いと、ルルーシュについては、後で直接確かめればいいと考えて、スザクはそう返答した。
「ではどうぞ」
 一言告げると咲世子は踵を返して歩き始めた。



 翌朝、結局スザクはルルーシュにもナナリーにも会うことなく、ただ咲世子が用意した朝食をかきこむだけで、見送りすらなく、クラブハウスの居住区を後にした。スザクは知らぬことながら、咲世子自身は何もせず、つまり朝食の用意もせずにスザクを一刻も早く追い出したい気持ちであった。何故かといえば、彼女が仕える二人と顔を会わせることを避けさせたかったからであり、それは前夜のルルーシュとナナリーからの、スザクに対する今後の対応についての話からきている。
 どういうことかといえば、簡単に言うなら、ルルーシュもナナリーも、スザクがユーフェミアの騎士となることが決まったことを受けて、これ以後、スザクに対して友人として、幼馴染として接することを止めることにしたからである。その理由は二人の出自にある。二人は、今は戦後のどさくさに紛れて作成した偽りのIDをもって一般人として生活しているが、実際には、捨てた、いや、捨てられたとはいえ、元はブリタニアの皇族、ヴィ家の皇子と皇女である。鬼籍に入ったことになってはいるが、だからといって安心し気を抜くことはできない。そんな二人の傍に、皇女の騎士となった、純ブリタニア人ならまだしも、彼らが決して快く思うことのない名誉ブリタニア人がいるとなれば話は別だ。騎士となることを受けて、ということもあろうが、それ以上に、名誉であるスザクを引きずり降ろそうと、彼の粗を捜し出そうと、彼の身辺調査がそちらこちらで念入りに行われることだろう。その結果、スザクの傍にいる二人のことが調べられ、そこで元皇族、死んだとされていたヴィ家の者だと知られたらどのようなことになるか。皇室において、最強の盾であった母マリアンヌ皇妃亡き今、皇室に連れ戻されるだけならまだしも、その戻された先で、再び政治利用されるのは目に見えている。更に言うなら、マリアンヌが庶民出、軍人あがりであったこと、しかも皇帝シャルルの寵愛が篤く、唯一、政治的な意味合いなしにシャルルに望まれて皇妃となった存在であることから、生前のマリアンヌとその子供である二人は、全てではないが、ほとんどの他の皇族や貴族たちから蔑まれ、邪魔者扱いされていた。そんな二人が生きていたと知れば、暗殺者を差し向けてくるだろうことは容易に想像がつく。加えて、そうなれば自分たちを匿ってくれているアッシュフォード家にも危険が及ぶことになるのは必然だ。そんな危険性を僅かであっても少なくするために、昨夜は致し方ないとしながらも、二人はスザクから距離をとることを選び、決めたのだ。
 ルルーシュとナナリーのそんな状況を知らぬ、考えも及ばぬスザクはといえば、ユーフェミアの選任騎士となることが決まったことから、騎士たるもの、どうあるべきか、そしてまたその叙任式典のことについてのレクチャーを受けるため、暫く学園に顔を出すことはなかった。



 スザクがユーフェミアの選任騎士となるための叙任式典は、大勢の貴族や高官たちを招いて政庁の大ホールで行われ、その様はTV中継もされた。
 式典が無事に終了し、スザクがユーフェミアと共に正面を向いた時、本来の騎士叙任式典であれば、参列者からの拍手があったはずであるが、誰も拍手などしなかった。誰もスザクを受け入れてなどいなかった。内心はもちろん、表面的にすら。いくら内心で受け入れていなくても、表面上、拍手するくらいは造作もないことであるが、参列者たちはそれすら拒絶したのである。ここに、もしスザクが特派に所属したまま、その特派の主任であり、伯爵号を持つロイドがいたら、多少は違ったかもしれない。なにせロイドは単なる一組織の長であり、伯爵というだけではなく、帝国宰相である第2皇子シュナイゼルの学生時代からの友人であり、それは多くの者が知るところだったからである。もし彼がいたならば、彼は拍手をしたであろうし、そんなロイドが拍手をしたなら、他の参列者たちも嫌々ながらも同様に拍手をしたであろうが、ロイドは多忙を理由に参列すらしていなかったのだ。
 皇族の行う式典に出席すらしないことを責めることはもちろん可能だっただろうが、さすがのコーネリアも、異母兄(あに)シュナイゼルの友人ということで、強くは出られずにいた。ましてや多忙の理由が、スザクがユーフェミアの騎士となったことで、ランスロットの新しいデヴァイサーを捜さなければならないため、と言われればなおさらである。
 そしてそれ以前に、ロイドが出席しない旨の返答をしてきたことで、コーネリアは愕然とした。自分が、ユーフェミアがしでかしたことの不始末を、ロイドの式典不参加ということで漸く悟ったからだ。
 ユーフェミアの騎士を決めること、そのこと自体は以前から話が出ていたことであり、その人選も進められていた。ところがその肝心のユーフェミアは、誰に相談することもなく、唐突に、しかもマスコミを前にして、名誉ブリタニア人であるスザクを己の騎士になる者だと公表したのである。
 一般的に言って、ブリタニア人からすれば、そして高位の者になればなるほど、いくら“名誉”とつくとはいえ、所詮、名誉ブリタニア人などナンバーズと同じという意識がある。ところが、そのもっとも高位であるはずの皇族、エリア11の副総督でもある第3皇女が、名誉ブリタニア人を己の騎士とすると告げたのだ。一方、ユーフェミアの姉である第2皇女にしてエリア11総督のコーネリアは、ナンバーズをブリタニア人ときっちり区別する。そしてまた、ナンバーズほどではなくとも、やはり名誉も、純粋なブリタニア人とは違うと区別している。そんな中にあってのユーフェミアの宣言である。
 確かに騎士を指名するのは皇族に与えられている権利である。それは間違いない。だが、だからといってそれが誰でもいいわけではない。騎士となるには、それに相応しい血筋、立場、教養はもちろん、心技体が求められる。血筋や立場に関して言えば、ユーフェミアの場合は、その者が如何にリ家にとって相応しい者かということを求められる。しかしユーフェミアにとって、騎士とは皇族たる自分が指名できる者、ただそれだけしかない。皇族の騎士たるものの基本的なことを何も理解していない。つまりスザクがユーフェミアの騎士として相応しいかと言えば、最初から、完璧なほどに騎士たりえる者ではないのだ。何故なら、スザクは名誉ブリタニア人であり、皇族の騎士として当然の教養など何一つ持ち合わせていない。しいてあげれば、身体能力しかないのだ。そのような者を、コーネリアが溺愛する妹の騎士として認めることができようか。できはしない。しかし、それでも溺愛するユーフェミアがすでに宣言し、大勢の者が知ってしまったということで、騎士を決めるのは皇族の権利と、無理矢理、納得はせずとも、自分には何も言えないと認めてしまったのだ。
 だがそれが間違いだった。もっときちんと考えるべきだったのだ。ただ、スザクが名誉であるということだけに捉われることなく。
 スザクは確かに名誉であるが、単なる名誉ではない。適合率の問題が大きかったということはあるが、彼は特例的に、特派の開発した現行唯一の第7世代KMFランスロットのデヴァイサーとなっている。本来ならば名誉がKMFのデヴァイサーとなることなど認められていないにもかかわらず。つまり、理由やその経緯はともかくも、スザクは特派に所属する者である。そしてその特派は、帝国宰相であるシュナイゼル直轄の組織である。ということは、その特派に所属するということは、直接の上司は特派の主任であるロイドだが、大元をたどれば、スザクはシュナイゼルの部下ということになる。それが何を意味するかといえば、他家であるエル家の皇子の部下を、リ家の皇女であるユーフェミアが、当のエル家、そして肝心の、当事者とも言えるシュナイゼルに一言もなく、自分の騎士だと宣言したのだ。これが問題にならぬはずがない。そのことにコーネリアが思い至ったのは、ロイドの対応からであったのだから、その時点ですでに遅きに失していたのだが。
 そのことに漸く思い至ったコーネリアは、蒼褪めた顔で慌てて本国のシュナイゼルに連絡をとったが、対応に出たのはシュナイゼル本人ではなく、その副官であるカノン・マルディーニ伯爵であった。
「シュナイゼル殿下は、この度のユーフェミア皇女殿下が騎士を任命なさった件で、アスプルンド伯爵と共に今後の調整と対応に追われていらっしゃいます。申し訳ありませんが、時間を割くことはできないとの仰せです。
 今回の件については、シュナイゼル殿下は、以前よりユーフェミア皇女殿下が枢木准尉を自分の騎士にしたいと連絡をよこしていたと、表向きにはそう説明なさっています。また、アスプルンド伯爵の機転により、即座に枢木准尉を特派から除籍しています。
 ですが、無礼を、非礼を承知で申し上げさせていただくなら、ユーフェミア皇女殿下が枢木准尉を騎士に任命すると公表した時点では、特派所有のKMFに騎乗していた以上、枢木准尉は紛れもなく、まだ特派の所属、つまりはシュナイゼル殿下の部下であったわけであり、これはその場にいたマスコミを通して大勢の者の知るところとなっております。この点については、シュナイゼル殿下はもう何もすることはありません。いえ、できません。その点はお忘れなきように」
 カノンから告げられた言葉に、コーネリアは返す言葉が見つからず、ただ顔色を変えて立ち尽くすのみであった。それを見て取ったカノンは、早々に通信を切った。
 結果、リ家は自分たちより上位にあるエル家の、帝国宰相を務めるシュナイゼルに対し、泥をかぶせ、大いなる負債を負ったことになる。コーネリアは愕然とし、これからどうしたらよいものかと頭を抱えた。しかしその一方で、ユーフェミアに対しては騎士を任命するのは皇族の権利と、一度認めてしまった以上、いまさらもう何を言うこともできず、ユーフェミアもスザクも、今回のことで自分たちがしでかした不始末については、一切気付いていないままである。





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