神聖ブリタニア帝国の11番目の植民地たるエリア11── 旧日本── の総督であった第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアが、シンジュクゲットー殲滅作戦の最中に暗殺された。
その後任としてエリア11に新たに赴任してきたのは、クロヴィスの異母姉である第2皇女コーネリア・リ・ブリタニアであり、かつ、彼女はいずれ自身の後任とすべく、本来ない役職である副総督という立場で、溺愛する実妹の第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアを伴ってエリア11に降り立った。
そして正式な着任の挨拶が行われる前、つまり総督・副総督の披露目が行われる前、ユーフェミアは護衛の目を掻い潜って政庁を抜け出した。要は脱走である。それは自身が副総督という立場で治めることになるエリア11の内情を少しでも自分の目で確かめておきたい、との純粋な思いゆえであったが、たとえどのような理由からとはいえ、彼女のその身勝手で我儘としか言えない行為によって、政庁に詰める者、特に護衛役の者たちが、彼女の姉であり、総督たるコーネリアから如何程の処罰を受けたか、その事実に全く関心を示していなかった。処罰がなされたこと自体、知らずにいた。コーネリアが何も告げていなかったということもあろうが、周囲の者たちに迷惑をかけたという自覚が多少なりともあるならば、それを尋ね、確認するくらいのことは当然したはずである。しかしユーフェミアはそれを全くしなかった。自分は無事に戻ってきたのだから何も問題はない、それがユーフェミアの判断であり、それが如何に自分勝手な思いであるか、彼女は全く理解していなかった。ゆえに、皇女という立場から、表面上はともかく、この時点ですでに、つまり最初から、ユーフェミアはエリア11の政庁に務める多くの者たちからの信頼を失っていたのである。そしてそれはまた、ユーフェミアの行動を、あくまで姉として妹を叱りはしても、総督として副総督のあまりにも短絡的な、立場を考えない行動に対して咎めだてすることをせず、ただ総督ではなく姉として、一方的に警護役の者たちだけを処分したコーネリアに対しても、同様のことが言えた。とはいえ、さすがにユーフェミアに対するものほどではなかったが。
更にユーフェミアは、政庁を抜け出していた際に知り合った、他に自分がクロヴィスを暗殺したと名乗り出た者がいたこと、本人のアリバイが証明されたことにより、クロヴィス暗殺犯として捕らえられていながら、証拠不十分として保釈されていた名誉ブリタニア人の枢木スザクを、トウキョウ租界にある全寮制のアッシュフォード学園に、“お願い”という名の“命令”で編入させたのである。幾多の名誉ブリタニア人がおり、年齢的にはまだ学生といえる者たちが大勢いる中で、スザク唯一人だけを。しかもスザク自身の学力に関係なく、ただ年齢的なことだけを考えて、学園の高等部に。
これを知った名誉ブリタニア人は怒った。もちろん、皇族のしたことであれば表面には現さなかったが、内心的には、たった一人だけの特別扱いということで、それを行ったユーフェミアに対し、怒りと憎しみを覚えた。そのようなこと、ユーフェミアは全く預かり知らぬことであったが、極一般的に考えることができるなら、自分の行ったことがスザクだけに対する特別な贔屓以外の何物でもなく、他の名誉ブリタニア人のことを考えていないと受け止められるのは当然のことと理解できたはずである。付け加えるなら、全ての名誉ブリタニア人からではないが、スザクに対しては妬みや嫉みの心情が向けられた。
そしてまた、そのことは名誉ブリタニア人だけではなく、純ブリタニア人に対しても同様の思いを抱かせていた。副総督は自分のお気に入りの名誉ブリタニア人だけを贔屓し、大切にする存在であり、自分たちブリタニア人のことを考えていないと。
実際、ユーフェミアが唱えるのは、差別は間違っている、イレブンや名誉ブリタニア人に対してもきちんと対応すべきだと会議などで主張してはいるが、ただそれだけだ。具体策は何も出されない。彼女にはそれができない。それだけの知識、能力が無いのだ。そしてブリタニア人に対することは何の発言もなされていない。それらを考えれば、彼女が副総督という立場にありながら、本来治めるべきブリタニア人を蔑ろにし、ブリタニアの国是に照らせば、できるできないは別として、差別すべき名誉ブリタニア人やナンバーズたるイレブンのことしか考えていないと思われても致し方ないだろう。ましてや、それが唱えるだけで具体策が何一つとして挙げられないとなれば、単なる理想論者、そしてさすがに相手が副総督たる皇女であることから、これは表立って口に出されることはなく罰されることもないが、それは主義者の考えと言っていいものでしかなく、たとえ皇女であり副総督という立場にあっても、為政者たる資格など何一つないのだと、ブリタニア人、特に政庁に務めるたちからはそう受け止められている。
そしてそんなユーフェミアに対して何の言動も起こしていないコーネリアは、確かにイレブンのことはきっちり区別しているし、彼女個人としては、ブリタニアの皇女として、武人として相応しいかもしれないが、そのようなユーフェミアをいずれは自分の後任にと考えていることからすれば、為政者としては如何なものかという思いを持たれている。
コーネリアも、もちろんユーフェミアも、エリア11に住まう者たちが、自分たちに対してそのように考えているなどとは思いもよらない。
しかし、それらはまだ序の口に過ぎない。まだ反感を持たれるまでには至っていないのだから。とはいえ、それは時間の問題でしかなかった。全ては、コーネリアに溺愛され、皇女という立場にありながら、自分の生まれた国、すなわち神聖ブリタニア帝国という、皇帝を頂点とする専制主義国家というものを、その在り方を何ら理解していないユーフェミアに大いに問題があったのだから。そしてそれを助長したのは、紛れもなく、ただただユーフェミアを甘やかし、ブリタニアの、特に皇室の闇を見せまいとしてきたコーネリアのユーフェミアに対する溺愛、甘さにあるのは否定しようがない事実であり、後にコーネリアは、自分の妹に対する行動を激しく後悔することとなる。
コーネリアはユーフェミアに対し、副総督という地位を与えはしたが、執務に関しては、全て彼女に教育係としてつけたダールトンに任せていた。そしてそのダールトンは、コーネリアの口には出さぬ意を察し、彼がユーフェミアに回す書類は全て彼自身が目を通して許可を下したものばかりであり、ユーフェミアが何らかの判断を下すようなことはなく、それがユーフェミアの成長を妨げていたし、それによってユーフェミアが何かを学ぶということもなかった。もっとも、ユーフェミア自身、自分には何も任せてもらえないと不平を口にすることはあったが、だからといって、何かを学ぼうという意思を見せることもなく、ゆえにダールトンをはじめとした周囲の、ユーフェミアに対する態度が変わることもない。悪循環である。結果として、ユーフェミアが副総督として行っているといえるものは、他愛もないイベントでのスピーチや慰問などに過ぎない。全く意味の無いものとは言えないが、しかしそれしか行っていないならば、そんな存在の一体どこが為政者と言えるのだろうか。次代の総督たる人物と言えるのだろうか。そして果たして民衆はそんな存在を、自分たちを治める為政者、総督や副総督として、認め、受け入れるだろうか。
スザクがデヴァイサーを務める現行唯一の第7世代KMFランスロットを作成した特別派遣嚮導技術部── 特派── は、エリア11に在ることから指揮命令系統的にはエリア11総督の下にあるが、特派はあくまで帝国の第2皇子である宰相シュナイゼル直轄の組織であり、必然的に、特派に属する者が仕える相手は、実際のところはエリア11の総督ではなく、帝国宰相シュナイゼルである。
ある日、スザクはブリタニア軍に捕らえられた、かつての対ブリタニア戦以前において、己の剣の師匠であり、戦中において唯一人、ブリタニアに土をつけたとして“厳島の奇跡”の二つ名を与えられ、敗戦後は日本解放戦線に与していた藤堂鏡志朗の処刑を命じられた。しかし、今やエリア11有数のテロリスト組織となっている黒の騎士団の協力を得た、藤堂の部下である四聖剣によって彼を奪い去られ、その直前、藤堂によってランスロットのコクピット部分が切り取られ、その操縦席が表に出、必然的にそのデヴァイサーが名誉ブリタニア人のスザクであるということが、万人の知るところとなった。それはその時にユーフェミアがいたクロヴィス記念美術館でも同じであった。それまで、「白騎士」として応援をしていたブリタニア人たちが、デヴァイサーが名誉だと知れた途端に、そして藤堂を逃がしたことを受けて、批難し出したのだ。それを見ていたユーフェミアは、スクリーンに映るスザクを指して、己の騎士になる者だとマスコミの面前で示したのである。
特派のトレーラーに戻ったスザクを待っていたのは、藤堂を取り逃がしてしまったことに対する責めではなく、第3皇女ユーフェミアが彼を騎士として指名したという事実だった。
それを知らされたスザクは浮かれた。有頂天になった。それでなくとも、ユーフェミアの計らいで学校に通うことができるようになっていたのに、それに加えて今度は騎士指名だ。スザクにしてみれば、浮かれるなというのが無理な話だったのかもしれない。彼にとっては、初めて自分を認めてくれた存在、それがユーフェミアだったのだ。
「で、枢木准尉、皇女殿下からの指名、受けるの?」
そうスザクに問いかけてきたのは、特派の主任であるロイド・アスプルンド伯爵である。
それに対し、スザクは満面の笑みを浮かべながら答えた。
「当然じゃないですか。皇族の、皇女殿下からのご指名を断るなんて、そんなことできるはずないでしょう? それに、ユーフェミア皇女殿下は僕を認めてくださったんです。お受けしないなんて、そんなこと在り得ません!」
「そう」ロイドの眼鏡の下のその瞳が冷たく煌めいたのに、スザクは気付かなかった。「じゃあ残念だけど、君はここまで。明日からはもうここには来なくていいよ」
「え? 何故? どうしてです?」
一体どうしてロイドが突然そんなことを言い出したのか、原因も何も分からず、スザクは目を見開いて尋ね返した。
「君、ユーフェミア皇女殿下の騎士になるんだろう? だからだよ。至極簡単な当然の理由だね」
「だからどうしてです!?」
重ねてのスザクの問いに、ロイドは溜息を一つ吐き出した。
「君が、この特派のことをきちんと理解していれば、理由は分かるはずだよ。それが分からないってことは、君はただ言われるままにランスロットに騎乗してるだけで、実際には何一つとして分かっていない、分かろうという努力もしていないってことだ。そして僕は、いちいちその理由を君に説明してやるほど親切じゃない。更に言えば、さっきは「明日から」って言ったけど、僕の本音としては、今すぐにでもこの中にある荷物を持って、さっさと此処を出て行ってほしいってところなんだけどね。
じゃ、そういうことだから、さよなら、枢木准尉」
そう告げると、ロイドは踵を返してスザクの前から立ち去った。ロイドの副官であるセシルは、スザクに対して少し心配そうな表情を見せはしたが、それは一瞬のことで、結局は何も告げず、ロイドの後を追ってスザクの前から去っていった。
暫し呆然と自分の前から去っていく二人の後ろ姿を見送っていたスザクだったが、やがて、もう自分は此処にいてはいけないのだと、そう思うと自分に与えられている部屋に戻り、僅かな荷物を整理すると特派のトレーラーを後にした。
しかし、明日になればユーフェミアの騎士となることから政庁に赴くことになるが、今夜はどうしたものだろうと悩んだ。野宿かな、と思いもしたが、考えてみれば、特派のトレーラーがあるのは、彼がユーフェミアの計らいで編入したアッシュフォード学園の大学部である。そして高等部のクラブハウスには、スザクにとっては幼馴染の友人であるルルーシュとナナリーがいることを思い出し、急なことで迷惑をかけるかな、との考えが過りもしたが、他に頼るべきあてもなく、スザクはルルーシュたちのいる高等部のクラブハウスへと足を向けた。
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