ユーフェミアが死んだ後、ルルーシュを「ユフィの仇」として殺したなら、ルルーシュもそれまでと諦めたかもしれない。しかしスザクは、突然自分の前に現れた、名も知らぬ初めて会う誰とも分からぬ子供の言葉を信じ、当事者たるルルーシュの言葉を聞こうともせずにシャルルに売った、己の出世と引き換えに。それも裏切りなのだが。ユーフェミアに対して、コーネリアに対して、そしてルルーシュやナナリーに対しても。
そしてスザクが望み通りラウンズに取り立てられたのも、ゼロを捕らえたという「実力」などでは決してない。あくまでゼロの正体が、自分の息子のルルーシュだからではなく、シャルルが捜し求めているC.C.の契約者たるルルーシュだからにほかならない。
ユーフェミアの真の死の原因── 己のとった何も考えない愚かとしか言えない行動── にも、自分が望み通り皇帝の騎士たるラウンズに取り立てられた本当の理由にも、何も気付かず、考えることもなく、ただ自分に都合のいいように考え、全て自分の「実力」と言ってのけるスザクに対して、ルルーシュはそれもまたスザクの、ある種の「実力」なのかもしれないと思った。もっともそれは、スザクの言う意味とはあまりにも大きくかけ離れたものであったが。
スザクがアヴァロン内のルルーシュの私室を出て行った後、ルルーシュは再会してからのスザクのことを次々と思い出して考えた。
ルルーシュはスザクによってゼロとしてシャルルに売られた後、記憶を改竄された。しかもそれはルルーシュだけではなく学園内── 正確に言うなら、生徒会メンバーだが── も含めてアッシュフォードの者たちにも及んでいた。そしてルルーシュ自身は、C.C.を釣るための餌として24時間体制の監視下にあった。その上、ゼロの復活を受けて何食わぬ顔で、自分がアッシュフォードの者たち、それもかつて自分を受け入れてくれた生徒会のメンバーに対して為したことを、まるで何も無かったかのように、自分がミレイたちにしたことを考えればスザクは加害者以外の何者でもないにもかかわらず、そのようなことがあるなどと全く感じさせず── 本人にその意識が全く無かったということもありえるが。ゼロを捕まえるためなら何をしても許されると、自己中心的、身勝手な考えの元で。あるいはラウンズだから何をしても許されるなどという傲慢な思いもどこかにあったのかもしれないが── 平然と復学し、かつてのメンバーたちとも同じように付き合っていた。本当に何もしていない、何も知らないというような顔で。スザク自身の意識の上では、実際にその通りの可能性も否定はできないのだが。そしてルルーシュが記憶を取り戻したかどうかを確認するために、エリア11に副総督として赴任してくる途中の、スザクが「自分が守る」と言ったルルーシュの誰よりも大切な妹であるナナリーを利用し、更には総督としての就任会見で、ナナリーは再建するとした“行政特区日本”にゼロと黒の騎士団に協力を求める発言をしていたにもかかわらず、スザクはそれを無視して、その行為がどういう意味を持つかを、後先を何一つ考えることなく、ただ倒さなければならないテロリストであるというだけで攻撃を行った。総督である皇族のナナリーの意思を完全に無視して。それが公になったら総督であるナナリーがどう見られることになるか、全く考えることなく。それの一体どこが「ナナリーは僕が守る」ということになるというのか。思えばスザクは常にその時その時の場面や状況にただ流されてきただけなのだ。ただたまたまそれがいい結果を生むという幸運とも言える状況を生み出すという連続になっていただけで。スザク自身が本当の意味で自分で決めて行動し、身体能力による部分を除けば、彼言うところの実力で結果を残したことなど、一つとしてないのだ。
次々と思い出して、ルルーシュは改めて思う。どうして自分はスザクとあんな計画を立てて契約を交わしてしまったのかと。
Cの世界で両親の望みを打ち砕いて世界から消滅させた時、自分では分かっていなかったが、ナナリーのこと以上に、それこそが自分が生かされてきた、生きてきた、ギアスを得た理由だったのだと思った。そしてそれが無事に終わった以上、そしてナナリーも存在しない以上、もう生き続ける必要など何もないのだとも思った。だからあくまでもルルーシュに対して「ユフィの仇だ」と剣を向けてくるスザクに対し、シャルルの最期の言葉から気にはなっていたシュナイゼルと彼の所有しているはずのフレイヤのことがあり、その始末をすると同時に、ナナリーやユーフェミアが望んだ世界を、明日を残し、真実はどうあれ、スザクがそう思い込んでいるのなら、スザクにこの命を取らせてやってもいいかと考えたのは確かだ。だからゼロ・レクイエムという計画を立ててスザクと契約を交わし、彼に目的を達成するまで己分の騎士という立場に立つことを求め、スザクはユフィの仇としてルルーシュの命を奪えるのならとそれを受け入れた。
だが今は違う。あれは間違いだったと思えてならない。何故なら、まずナナリーがあのような形で生存し、そして第2次トウキョウ決戦以降のナナリーの言動を考えた時、計画の破綻がはっきりと脳裏に浮かんだ。アッシュフォード学園での会談を受けて、現状の超合衆国連合の粗も見えたし、黒の騎士団は期待していた星刻も含めて、余りにも期待外れすぎて不安でならなかったが、それでも計画がうまく運び、シュナイゼルにギアスをかけて自分の後にゼロとなるスザクのブレーンとして残してやることができればなんとかなるだろうと思っていた。しかしナナリーの生存と、シュナイゼルの言葉にのせられてのことであろうが、彼女が自分こそが皇帝であると告げてきた時、ゼロ・レクイエムが成功した後のことを考えると、計画を予定通りに行うのは無理があると判断せざるを得なかった。
まずはシュナイゼルらとの戦いに勝つことが前提であるが、必ずということはない。敗れる可能性は決して完全に否定することはできない。そして予定通り勝利した場合であっても、いずれにせよ、ルルーシュ亡き後にブリタニアの代表となるのは実の兄妹という関係でありながら、“悪逆皇帝”と最後まで戦った“聖女”としてナナリーになるのはまず間違いない。“悪逆皇帝”が殺されて暫くは、人々の間には悪政から解放されたという熱狂があり、特に問題が起きることはないだろう。しかしその熱狂が落ち着けばどうなるか。如何にシュナイゼルがついていようと、いずれどこからかナナリーこそが自国の帝都であるペンドラゴンにフレイヤを投下させ、億にのぼる民衆を虐殺、消滅させたという事実に行きつく日が来るだろう。そうなった時、果たしてナナリーは耐えられるだろうか。代表としてあり続けることができるだろうか。否だ。できようはずがない。それほど甘い世界ではないし、ナナリー自身の精神力がそれに耐えられるほどに強いものとはとうてい底思えない。確かに先刻の遣り取りからだけ考えれば、それなりに強そうに感じなくはないが、実際には決してそうではない。あれは思い込みゆえのものにすぎないのが、7年に渡ってナナリーを育ててきたルルーシュにはよく分かる。ましてやそのナナリーが為したことの規模が規模だ。そしてまた、もしルルーシュが“悪逆皇帝”とされた理由、その政策が捏造されたものだと知れたりするようなことがあれば、更に拍車がかかるだろう。あるいはそれすらナナリー側が自分たちを正当化するために振りまいた捏造話と言われるようになりかねない。そうなった場合、ナナリーが代表になったブリタニアは各国から責められ、また、ナナリーの性格からすれば、何も考えずに言われるまま、求められるままにエリアの解放、賠償金の支払いを行うだろう。そうすればブリタニアという国は一気に混乱に陥る。それまでの誇りを奪われ、大量虐殺者を代表とするような国と、他の国から侮られるようになるだろうことは容易に想像がつく。ナナリーが代表という地位にあっては、ブリタニアは一つの纏まった国家として成立し続けることが難しいのではないかとさえ思えてならない。つまりナナリーが代表になるようなことは、決して認められない。そのような状態にすることは避けねばならない。となれば方法は一つ、ゼロ・レクイエムの中止しかない。ルルーシュの思考は、何度も方法を変えて繰り返し考えても、結局はそこにいきつく。
一方、スザクはルルーシュの思考を全く理解しないままに出ていったが、C.C.は違う。ルルーシュたち兄妹がマリアンヌ亡き後、日本に送られてから、常にとは言わないが、よくルルーシュたちを見ていた。特にルルーシュにギアスを与えて契約を交わしてからは、共犯者として、ルルーシュの、そしてゼロの傍にいて、時にそのゼロの代理を務めてもいた。だからC.C.には分かったのだ。このまま計画通りにゼロ・レクイエムを行うことはできない、ならばどうすればいいか、ルルーシュがそう悩み、思考を巡らしていることを。それらを理解してから、C.C.はルルーシュの私室を後にした。
C.C.が向かったのは、今はルルーシュをただ一人の真の主としてその忠義を尽くしているジェレミアの元である。C.C.はこれまで一度も口にしてこなかったが、ゼロ・レクイエムには反対していた。そのようなことでこの乱れた世界を変えることなどできはしないと。変えるために必要なのは、強力な、そしてそれだけの能力のある為政者であり、それは現在、ルルーシュ以外にはこの世界の何処にもいないと思っていた。死ぬことだけが、ルルーシュがこれまでに、そしてたぶんこれからも出すであろう犠牲者に対する贖罪とは限らない。生きているからこそできることもあるのだ。ましてやスザクはルルーシュを「ユフィの仇」と付け狙い、その思いは変わっていないようだが、実際の話、ユーフェミアを殺したのはルルーシュではない。ルルーシュがしたのは彼女の行動を止めるために腹部に銃を一発撃っただけ。つまりユーフェミアが死に至るきっかけを作っただけにすぎない。ユーフェミアの死を決定的なものにしたのは、ほかならぬ彼女を守るべき立場にあり、ルルーシュを仇として狙っている彼女の騎士であったスザク自身がとったあまりにも愚かとしか言えない行動の結果だ。それを思えば、ルルーシュが「ユーフェミアの仇」としてその命をスザクにくれてやる必要性など、これっぽちもないのだ。第一、ユーフェミアの騎士として彼女を守るためにスザクが傍にいたなら── それはそれで、ユーフェミアにかかったギアスが「日本人を殺せ」であったことを考えると、スザクが真っ先に命を奪われた可能性は高かったが── 防げたことだったし、少なくともユーフェミアが撃たれた後、スザクにきちんと考えるだけの、対処するだけの理性と知性があったなら、ユーフェミアの死は十分に防げたのだから、本当の犯人と言えるスザクに、ルルーシュがその命を投げ出す必要などない。だからそれが主たるルルーシュ様の望むことならばと、彼も口にはしていないが、C.C.と同じく基本的にはゼロ・レクイエムに反対していることを知っている。何より、ジェレミアはすでに二人の主とした存在を失っている。ここでまたルルーシュ様こそが自分が仕える唯一の真の主と思っている以上、ゼロ・レクイエムが実行されれば、ジェレミアは三度に渡って主を失うことになる。ルルーシュについては本人が望んでいることとはいえ、どうして本心から賛同などできようか。だからどうにかしてゼロ・レクイエムを中止、もしくは変更させるための策を相談するためにジェレミアのいる部屋へと足を向けた。ジェレミアの賛同を得られれば、おそらくはこちらもやはりゼロ・レクイエムに心から賛同しているとは思えないロイドたちも相談に加わってくれるだろうと思いながら。ただし、ルルーシュと、特にスザクには決して知られないようにしなければとも思いつつ。
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