生と死 【14】




 ユーフェミアは己の騎士であるスザクが通うアッシュフォード学園の学園祭に、お忍びで訪れた。さすがに今回は、以前に政庁を黙って一人で抜け出した時とは異なり、軽くではあったが変装していたし、僅かではあったがSPも連れていた。とても十分といえる人数ではなかったが。
 ユーフェミアはそうして訪れたアッシュフォード学園で、懐かしい人物と再会した。このエリア11で死亡したとされていた異母妹(いもうと)のナナリーである。ゼロとなっていたルルーシュと再会していたことから、ナナリーも生きているであろうことは推測していたが、ルルーシュは何処にいるかは教えてくれなかったため、まさかこんな場所でナナリーと再会するとは思ってもみなかったのだ。とはいえ、アッシュフォード家は元を正せばルルーシュたちの母である皇妃マリアンヌの後見貴族だったのだ。そのあたりのことを考えれば、決して分からないということはなかったはずなのだが、つまるところ、ルルーシュと再会して、彼の生存を確認したことでユーフェミアは満足してしまったのだろう。だからその先のことを聞かなかったし、確かめようともしなかった。その気になればアッシュフォード家がこのエリア11で学園経営をしていることはすぐに分かったはずであり、そうすればそこに高確率でルルーシュたち兄妹がいるだろうことを推測することができたであろうから。
 そして風の悪戯でユーフェミアが変装として被っていたつばひろの帽子が飛ばされてしまった。もともと変装というにはあまりにも簡単すぎた。変装といえるような変装ではなかった。ほとんど帽子で顔を隠しただけのものであり、その帽子がなくなれば、その女性がユーフェミアであることはすぐに分かってしまうだろう程度のものでしかなかったのだ。そしてやはり、周囲の者に見つかってしまい、多くの者たちに取り囲まれる羽目になった。そのユーフェミアを救い出したのは、学園の、生徒会長のミレイ発案による巨大ピザ作成のために第3世代KMF、かつてアッシュフォード家が開発していたガニメデに騎乗していたスザクだった。
 ユーフェミアのことが周囲に知れた時点で、ルルーシュは一声だけかけて即座にナナリーと共に一緒にいたその場を離れた。それを、そして周囲の注目が自分に集まっているのを確認してから、ユーフェミアは自分の元にやってきたマスコミに全国ネットで放送を繋ぐように指示を出した。副総督たる皇女からの指示に、ましてや何らかの発表があるのを察したマスコミがその指示に従わぬことなどなく、早速実行に移された。
 そしてユーフェミアはガニメデの掌の上で公表した。異母兄(あに)たるシュナイゼルから「いい案だ」と言ってもらったとはいえ、直接の上司であり、何よりも実の姉である総督のコーネリアをはじめ、コーネリアが教育係としてつけたダールトンにも己の騎士であるスザクにすらも、一切なんの相談をすることなく、“行政特区日本”の設立を、つい先程、ナナリー自身の口から「お兄さまさえいてくださればこのままで」と告げられたばかりだというのに、それを忘れたかのように、無かったことのように、ただ自分が理想とし、自分が── 肝心の相手の思いを確認することもなく、むしろ無視して── 望み願う、実行について何ら考慮されていない愚策と言っていい政策を。
 ルルーシュは「誰かのため」、「何かのため」という言葉を信じない。確かにユーフェミアは優しい娘だ。ユーフェミアが思っていることにも嘘はなく、本当にそう考えているのだろうとは思う。だが、その思いの結果の行動について言えば、ユーフェミアは考えなければならないこと、しなければならないことを何もしていない。加えて「誰かのため」と言ってはいても、それはあくまでユーフェミア自身の思い、理想を叶えるためである。つまりは、つきつめるならば結局は自分の満足のためだ。だいたい「皆のため」と言いながら、ユーフェミアは誰の言葉も希望も聞いてなどいない。ちなみにスザクから聞いていたとしても、彼はその“誰か”には該当しない。スザクはすでにナンバーズ、イレブンではなく名誉であり、皇女たるユーフェミアの騎士なのだから。結局、ただ少しばかり目にしたことから自分でそう思っただけのことにすぎないのだ。見た様子から差別はよくない、差別されるイレブンが気の毒だと。しかし皇女であるユーフェミアにナンバーズの何が分かるというのだろうか。辛い状態にあるのは見れば分かるだろうが、それだけだ。その心の中で彼らが何をどう思い考えているかなど、分かりようはずがない。それを分かったつもりになって、そしてそこに、ただユーフェミアを絶対とするスザクの── 無責任で彼の勝手な思いからの── 言葉もあって、やはり自分の思いは正しいのだと、自分の理想を重ね続ける。それによってどうなるかなど何も考えることなく。本当にナンバーズのことを考えるなら、ナンバーズを生み出す原因、つまりはブリタニアによる各国への征服戦争を止めさせるしかないのだ。しかしユーフェミアがそのような考えに思い至ることはない。何故なら、ユーフェミアはあくまでそういうことをしている、それを国是として当然のこととしているブリタニアの皇族だからだ。弱者、弱国は強国たるブリタニアに征服され、ナンバーズとして奴隷扱いされて当然だというブリタニアの皇族なのだから。だからナンバーズの様子を見て、被支配民族たる彼らに対する差別は、人間としてあってはならない、までは思うことはできても、可能かどうかは別にして、ブリタニアが行っている、彼らを生み出している原因たる戦争そのものを止める、ナンバーズ制度そのものを廃止する、という考え、発想は起こらない。ブリタニアにとってそれは正しいことなのだから。つまり、それがユーフェミアの持つ、彼女が考え口にする理想の限界とも言える。
 更に加えるなら、不幸にも差別を受けているイレブンのために「私が何かをしてあげる」という上から目線の、あくまで上位者としての意識が全く無いとは思えない。「してあげる」というのはそういうことだ。実際、ユーフェミアはエリア11の副総督たるブリタニアの第3皇女だ。しかも上司たる総督は彼女を溺愛している実姉のコーネリア。ユーフェミア自身は周囲の者たちが思っているように、たとえどれほど“慈愛の皇女”と言われていようと、その心根が優しいものであろうと、為政者としては結局は何もできない、何もしない“お飾り”でしかないのだ。彼女がするのは、ただ己の理想を声高に叫ぶだけだ。それのどこが為政者であり、政策を決定する者のあるべき姿と言えようか。“行政特区日本”にしても同じこと。実際にそれを実行するために働くのは政庁に勤務する者たちで、ユーフェミア自身はせいぜいたまに回されてくる書類に、決済のためのサインをすることくらいしかない。だから、ルルーシュはユーフェミアの思いはどうあれ、彼女の言う「誰かのため」に「何かをする」ということを信じない。ユーフェミアにそれをするだけの力はないのをよく知っているからだ。
 スザクについて言えば、彼はユーフェミアの公表した“行政特区日本”については何を考えることもなく、諸手をあげて賛同した。ユーフェミアについても同様のことが言えるが、二人とも、メリットだけでデメリット、リスクを、問題点を何一つ考慮していない。
 特区ができればイレブンは日本人という名を取り戻せるというが、それはあくまで特区の中だけのことであり、そしてその特区はブリタニアから与えられたものだ。イレブンとなった日本人のほとんど── 全て、と言った方がより近いだろうか── が望んでいるであろうブリタニアからの独立とは程遠い。いや、全く違うといっても過言ではあるまい。また、テロ行為が無くなり、無駄な争いが無くなって被害を受ける者がいなくなるというが、それは大間違いだ。テロリストの全てが特区に入るとは限らない。そうなれば特区に入らなかったテロリストたちが活動を続けることは十分にありえることだ。仮に入ったとした場合、武装放棄させられるのは目に見えている。そうなると以後は何かあってもすでに何の力もなく、ブリタニアに対抗する力を奪われ、二度とその力を取り戻すことはできなくなるだろう。つまり日本独立を果たせなくなるということだ。そして特区はあくまで限られた一地域に過ぎず、それは入れる人数には限りがあるということであり、ならば入ろうとして入れなかった人間はどうなるのか。そしてまた、その特区を創る地域に元から住んでいた住民に対してどうするのか。彼らについて何の保障もしないのか、それとも無条件で特区参加者とするのか。もしその中に特区に参加する気の無い者がいた場合、その者たちに対してはどうするのか。加えて特区に入って日本人となった者と、相変わらずイレブンのままの者と、名誉とブリタニア人、一つのエリアに4つの人種がいることになる。特区の中ではブリタニア人の特権は()くなると言うなら、その外ではイレブンに対するブリタニア人の迫害行動が余計に酷くなる可能性も否定できない。むしろその可能性は遥かに高いと考えることができる。同時に、おそらく命令を受けて入る者を別にすれば、自分から進んで特区に入るブリタニア人はほとんどいないだろう。何故なら、外では保障されている権利が失くなれば、逆に日本人という名を取り戻したイレブンに、それまでとは逆に迫害を受ける可能性も高い。ましてやイレブンのためのその政策のために、自分たちが納めた税金が遣われるのだ。ブリタニア人がイレブンに対して良い感情を持つはずがない。そしてそれは表には出されなくても、国是に反したその政策を提唱したユーフェミア、それを後追いとはいえ、皇族── 愛する妹── が行ったことだからと朝令暮改になるとの理由をつけて、否定せずに認めたコーネリアに対しても同様だろう。そういった諸々のことを考えると、どうしてもルルーシュは、ルルーシュとしても黒の騎士団のゼロとしても、どちらの立場であっても、特区に参加することなどできない、いや、特区そのものを認めることなどできない。
 そんな風に思考を巡らしているルルーシュの傍らでは、ナナリーが不安そうに見えない瞳をルルーシュに向けて躰を震わせながら縋っている。何故ユフィお異母姉(ねえ)さまは自分の言った言葉を受け入れてくれずに、あのようなことを言い出したのかと。ルルーシュたち兄妹にとって、何よりも自分たち兄妹が生きていることを皇室に知られることが一番恐れることであり、特区に入ればそれがイレブンのためのものである以上、ブリタニア人は目立つ。それはつまり自分たちの出自を知られる可能性が高まるということだ。そうなった場合、それがどんな危険を招くか、コーネリアに溺愛され、皇室の闇を知らずに育ったユーフェミアには考えもつかないのだろう。だからユーフェミアが口にせずとも、自分たち兄妹と一緒に、との思いがあるのは理解してしまったが、それゆえに逆に入ることなど決してできないのだということに、何故ユーフェミアは気付かないのか。いや、考えもしていないのだろう。ただ純粋に一緒にいたい、その思いだけで。つまりここでも自分だけの思いであり、ルルーシュやナナリーの思い、考えを無視している。だからユーフェミアの言う「誰か── イレブンの皆さん── のため」は、実際には「誰のため」でもなくユーフェミア個人のためのもの、自己満足でしかないのだ。
 そして特区政策を終わらせるために、不成功にさせるために開会式展会場にゼロとして赴いたルルーシュだったが、ユーフェミアの「ナナリーのため」、それ以上に「名を捨てました」との、つまりは皇籍奉還したとの言葉に、頭では決してナナリーのためになどならないと理解(わか)っていながら、元々妹という存在に弱いルルーシュは、半ば絆されるようにしてユーフェミアの手を取ったが、ギアスの突然の暴走に、特区会場は悲劇の場となった。かけるつもりのなかった絶対遵守のギアスがユーフェミアにかかってしまい、そのためにユーフェミアは日本人たちに対する虐殺を始めた。自分だけではなく、その会場内にいたブリタニア軍人たちにも命じて。ルルーシュは必死にそれを止めようとしたが、ゼロである彼に縋った命尽きようとしている老婆の声に、ルルーシュは心ならずも当初の予定とは別の形でユーフェミアを利用せざるをえなくなった。ユーフェミアを撃ち、彼女に汚名をきせるという形に。本来なら撃たれているのは自分だったはずなのにと後悔し、ユーフェミアを撃ってしまったことを悲しみながら。それでもユーフェミアはまだ十分に助かると思っていたのだが、スザクの何も考えない無謀な行動の結果、ユーフェミアの命は失われ、ルルーシュの苦悩は増した。
 スザクの言う彼の「実力」とは、全く無いとまでは言わないが、そのほとんどは運と巡り合わせ、そして本人には全くそんな思いや自覚は無いようだが、裏切りの連続の結果でしかないのだ。





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