アヴァロンに戻って、ペンドラゴンに近い、だが幸いにフレイヤの被害を被るほど近くもない位置にある軍事基地の一つ、その基地の司令官から詳細とまではいかずとも、状況報告を受けていたルルーシュの元に、皇族間で使用されるロイヤル・プライベート通信が入ってきたと伝えられた。ロイヤル・プライベートと聞いて、ルルーシュはシュナイゼルを思い浮かべた。ルルーシュは即位するとほぼ即座に全ての皇族を廃嫡し、貴族制度も廃止している。皇族や貴族という特権階級はすでに存在しないのだ。ましてやフレイヤによってかつて皇族であった者たちのうち、少なくともペンドラゴンに滞在していた者は失われている以上、現時点においてロイヤル・プライベート通信を使用できる者は限られている。つまりシュナイゼルと、おそらくは彼と行動を共にしているコーネリアの二人。となれば、通信を入れてきたのはシュナイゼル以外には考えられない。
ルルーシュは躊躇いなく「繋げ」と一言で命じた。
通信が繋がれた画面には、思った通りに微笑みを浮かべるシュナイゼルが映っていた。
『他人を従えるのは気持ちがいいかい? ルルーシュ。フレイヤ弾頭は全て私が回収させてもらったよ』
「……シュナイゼル……。成程、皇帝に相応しいのは自分だと?」
『違うな、間違っているよ、ルルーシュ。ブリタニアの皇帝に相応しいのは、彼女だ』
そう告げて身を引いたシュナイゼルの代わりに画面に映ったのは、エリア11でフレイヤによって死亡したとされていた、総督の地位にあったナナリー・ヴィ・ブリタニア、つまりルルーシュの実妹であった。
「ナ、ナナリー……ッ!?」
『お兄様、スザクさん、私は、お二人の、敵です』
見えぬ瞳を、それでも真っ直ぐに向けてナナリーはそう告げた。
「……ナナリー、生きていたのか……?」
『はい、シュナイゼルお異母兄さまのお蔭で。
お兄さまもスザクさんも、ずっと私に嘘をついていたのですね、本当のことをずっと黙って……。でも私は知りました。お兄さまが、ゼロ、だったのですね』
その後もルルーシュとナナリーの遣り取りは続き、その中でナナリーはペンドラゴンに対するフレイヤ投下も認めた。ただしペンドラゴンの民衆は皆全て避難させており、何の問題もないと言い切って。しかしそれはシュナイゼルから聞かされただけのことに過ぎず、ナナリー自身がそのことについて何かを確かめたわけではない。
7年もの間、必死に守り育ててきた実の兄よりも、僅か1年程、優しくしてもらった、そしてフレイヤから救い出してもらった、それだけで異母兄のシュナイゼルを信じきっている。何も疑おうとしない。本当にペンドラゴンの一億にものぼらんとする住民たちが無事に避難できていると、不思議にすら思っていない。
ルルーシュはシュナイゼルがナナリーを救い出したのは、万一にもルルーシュが出てきた場合に備えて、足枷とするためであろうことを即座に察した。そしてまたナナリーが自分の立場というものを何一つ理解していないことも。過去と現在と、そのどちらについても。だから日本に送り込まれてからのルルーシュの苦労というものを何一つ分かっていないし、理解しようともしていない。ナナリーにとってルルーシュが彼女のためにしてきたことは、兄として当然のことであり、そのために如何に苦労してきたかなど、何も思っていないし、知ろうともしないのだろう。自分の存在が、言葉が、兄を動かしていたことも。
ルルーシュは皇帝となった後、各エリアについてもだったが、特に皇族に復帰して以降のナナリーについて調べさせた。エリア11に総督として赴任してからは、総督として何をし、何をしなかったのかも含めて、その言動の全てを。結果的に、それはルルーシュに失望しか与えなかった。
皇族に復帰した後、幼い頃にブリタニアを、皇室を離れ、結果、皇族としての立ち居振る舞いについて正しい知識を覚えていたとは思えないが、それらについて、復帰して以降、なんら学ぼうとしていなかったという。ただにこにこと微笑って、与えられるものをそのまま何一つ疑うことなく「ありがとうございます」と受け取り、あるいは、口にしていたと。エリア11にいた際、どれ程ルルーシュがそれらに関して神経を使っていたかということを何も気付いていなかったということだ。出自がバレた際の身の危険についても。ましてや皇族復帰にあたって、低位とはいえ皇位継承件も復活させているというのに。
そしてエリア11に総督としてやってきた時、就任演説において身障者である自分には何もできないということと、誰に諮ることもなく、ユーフェミアが提唱して失敗した“行政特区日本”の再建を口にした。誰にも相談しなかっただけではない。ユーフェミアの提唱した特区の内容について、なんらの検証も行っていない。それでなくても僅か1年前に、きっかけ、原因はなんであれ、結果的には日本人虐殺ということで失敗に終わっている。それを何も考えず、ただ異母姉であるユーフェミアの政策は、考えは間違ってなどいないという思いだけで。それでどうしてイレブンと呼ばれている日本人の賛同を得られるなどと思えたのか。結局、その点でもナナリーは何も理解していなかったということの証左でしかない。そしてゼロの奇策によって特区政策が失敗した後の言動にも、幾つもの問題があった。政策はもちろん、特に配下の者に対しての態度に。ナナリーはイレブンのことばかりで、自分の考えと異にする立場の者たちに対して、彼らが立てた政策に対し、その苦労を何も知ろうとせず、ただイレブンのためにならないというそれだけで否定を繰り返していたのだから。
しかし更に最悪なのは、超合衆国連合最高評議会の下した日本侵攻という命令の元に動いた黒の騎士団との戦いの中、総督という皇帝の代理としてエリアを治める立場にありながら、軍事に関する権限の全てを帝国宰相であるシュナイゼルに委譲している。身障を考えれば致し方ないと考えられなくもないが、それだけで済めばまだしも、ナナリーはフレイヤが使用された後に身を隠している。シュナイゼルの言に従ってのことだったのだろうが、本来ならば総督として戦後処理を行わなければならない立場にありながら、しかもフレイヤによる大量の被害を出しており、それらに対しての策をとらねばならないところを、表に出ず、また何も公表しなかったことから、当然の如く死んだものと判断され、総督不在である以上、救援活動など何もされることはなく、エリア11は放置されたのだ、戦争の被害を受け、多くにの犠牲者を出したままに。
それらのことを考えた時、それでどうして総督と、為政者として認めることができるだろうか。できはしない。皇帝の代理者たる総督、為政者としては完全な失格者でしかなかったのだ。
そして今、シュナイゼルに担がれて以外のなにものでもなかろうが、自らを皇帝と称して実兄たるルルーシュを敵として対峙しようとしている。しかも大量破壊兵器たるフレイヤを自国の帝都に投下し、一億からの人々を一瞬の間に葬り去りながら。
シュナイゼルから住民は避難させたと聞いたと言っていたが、そのようなことを本当に信じたのだろうか。一億からの人間がそう簡単に帝都から短時間で何の乱れ、混乱もなく脱出できると。ましてや、避難とはそこに住む住民に生活を根こそぎ捨てさせることだ。それを理解しているのだろうか。してはいまい。していないからこそ、簡単にシュナイゼルの言を信じ、フレイヤの投下を認めたのだろうから。それでなくとも一エリアの総督すら真面に務められない者に、超大国たる神聖ブリタニア帝国の皇帝など務まろうはずがない。たとえナナリーは単なる神輿で実際に政務を行うのがシュナイゼルだとしても、君主として、国家元首として表に立つ以上、幼い子供であるならまだしも、10代も半ば過ぎでエリアの総督という地位を得ていた者に、名ばかり、お飾りとはいえ、自国の民に対しての大量虐殺者に皇帝を名乗る資格などあろうはずがない。民衆もまた、誰一人として認めなどしないだろう。ペンドラゴン消滅によって失われた者たちの遺族も、友人たちも大勢いるだろうからなおさらである。
ナナリーとの遣り取りの後、ルルーシュは荒れた。ゼロ・レクイエムを行った後の結果を考えて。スザクと諮って立てた計画、ゼロ・レクイエムはナナリーがすでに死亡していると思っていたから、もう自分が生きている意味はないと、その思いから自分の命を投げ出し、亡きユーフェミアや死亡したと思っていたナナリーの望む世界を創り出し、またスザク自身が、ユーフェミアの死に対して自分のとった行動が最終的な原因になったことに全く気付いていないとはいえ、それでもルルーシュをユーフェミアの仇と言うなら、己の命をくれてやってもいいと思っていた。
ゆえに、スザクはルルーシュが荒れているのは単にナナリーが生きていたことを知り、そのためにゼロ・レクイエムを中止するか変更するつもりなのではないかと思い、「戦略目的は変わらない!」とルルーシュに詰め寄ったようだが、そんな簡単なことではない。
アッシュフォード学園で開かれた超合衆国連合の臨時最高評議会における評議会議長である神楽耶をはじめ、評議会の代表議員たちの様子、そして何の権利もないのに立場を理解せずに最高評議会に口を挟んできた黒の騎士団の幹部たちのことを思えば、ゼロ・レクイエムを予定通りに行った場合、決して望んだような世界は訪れない、そうルルーシュは理解して結論を出したのだ。つまり、計画通りにゼロ・レクイエムを行うことは何の意味もない、Cの世界でシャルルたちが神と呼んだ人の集合無意識に対してルルーシュが望んだような明るい明日は来ないと。だからこそ、スザクが思った── ナナリーが生きていたという事実だけ── ような意味ではなく、どうしたらいいものかとルルーシュは悩み、この先の方策についてどうすべきかを考えて荒れたのだ。
ゼロ・レクイエムを考えた時、つまり自分の死を考えた時、ルルーシュは思った。短くはあったが、それでも中身の詰まった一生を懸命に生きてきたと。死んだことにして皇室から隠れ、暗殺者に怯える日々だった。そしてまた、出自を隠した偽りの日々だった。それでも確かにある意味、ルルーシュにとっては満ち足りた日々だった。たとえ母が生きていて、あのまま皇室にいたとしても得られることのなかっただろう日々。母の死の真相を知ることもできた。父たちの人間としてはとうてい許すことのできない目的を知り、それを阻むこともできた。だから後はシュナイゼルの所持するフレイヤの始末さえできれば、あとはもうどうなってもいいと思っていた。満足していた。だから自分の死に至るゼロ・レクイエムを考えたのだ。それによって優しい世界が訪れれば、それにこしたことはないとの考えもあって。だが現実はそんなに甘くない。第一に、ルルーシュはナナリーのことをあまりにも買い被り過ぎていた。ナナリーだけではない、神楽耶も、星刻も、超合衆国連合を構成する各国の代表たちについても。そして黒の騎士団については、正直あまり期待はしていなかったが、それでも星刻がいればなんとかなると思っていたのだ。だが甘かった。自分の考えは甘すぎた。アッシュフォードでの会談、そしてナナリーと彼女を皇帝として担ぎ上げてきたシュナイゼルらと、そのナナリーたちの行ったペンドラゴンへのフレイヤ投下。それ以前のナナリーの総督としてはあるまじき行為や、皇帝を名乗る者がする事としては絶対に考えられない、平然と自国の民を犠牲にする行為に、スザクには悪いと思うが考えを改めざるを得ないと思い始めていた。
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