ブリタニアの加盟を認めるか否かのための、皇帝ルルーシュを迎えての超合衆国連合の臨時最高評議会が開催されるその日、超合衆国連合は、参加にあたってルルーシュのみ一人だけで、との注文をつけてきていた。そのようなこと、とても認められるものではなかったが、ルルーシュはこれを受け入れた。とはいえ、アッシュフォード学園の敷地内に降り立った飛行艇の中にはルルーシュを守るSPが数名、同伴していたが。外に出れば何があるか分からないとはいえ、それでもまだ、TVで全世界に生中継されていることを思えば、そう簡単にヘタな手をうってくることはないだろうと思われたこともあった。
ルルーシュを出迎えたのは、黒の騎士団の紅月カレンただ一人であった。
そのことにルルーシュは顔はロイヤル・スマイルを浮かべるだけで表には出さなかったが、心の中で眉を顰めた。一体何を考えているのかと。これだけで一国の国家元首を迎えるに相応しいとは到底言うことはできず、外交的に問題である。
「会議場までご案内させていただきます」
硬い声でカレンが告げた。それに対し、ルルーシュは彼女に対する何の感情も見せずに応じる。表面だけはロイヤル・スマイルを浮かべつつも。そしてカレンはそれが表面だけのものであることをイヤでも見抜けた。
「出迎え、ありがとうございます。黒の騎士団の紅月隊長でいらっしゃいますね。よろしくお願いします」
そのルルーシュの言葉に、カレンは振り向いて歩き出した。後ろにいるルルーシュが自分についてくるのを気配で確認しながら。しかしそんなカレンの中の心情は揺れ、荒れていた。それを、少なくとも民衆の目のあるこの場では出すことはできないと無理やりに押さえ込んで建物の中に入っていく。
臨時の会議場として用意された体育館に向かう途中、階段の中ほどで、カレンはいきなり歩みを止めて振り返り、ルルーシュに対して語り始めた。あくまでも彼女自身だけの心の内を。
それは最初はルルーシュに対する感謝の気持ちから始まっていた。ルルーシュがゼロとして起ったから黒の騎士団があり、自分は彼に認められて紅蓮のデヴァイサーとして、黒の騎士団のエースパイロットとして活躍できた、誇りだったと。しかしそれは、いつしかカレンが勝手にルルーシュの中に、彼女の今はもういない理想の、幻想の中の兄の影を見出し、それを押し付けていたことの告白になっていた。カレン自身にそこまでの意識はなかったかもしれないが、聞かされているルルーシュの立場からすればそうとしか解釈できない。そして勝手にそんな風に思われていても、迷惑以外のなにものでもない。第一、ルルーシュはカレンの兄のことなど何一つ知らないのだから。それに、ゼロであるルルーシュを先に裏切ったのはほかならぬカレンの方だ。ブラック・リベリオンの際、確かにルルーシュは私情から戦場を去ったが、神根島でスザクと対峙している時、カレンはゼロの親衛隊長という立場にありながらゼロであるルルーシュを見捨てたのだから。
確かに記憶を改竄され、C.C.を釣り上げるための餌とされていたルルーシュを救い出したのは、ルルーシュを守って死亡した卜部がそのトップであったようだが、C.C.を別にすれば、当時ブリタニアの手から逃れ続けていたカレンがその中心にあったのは間違いない。しかしだからといって、ゼロの正体、仮面の下の素顔を知ったことによって、そして更にスザクの言葉によってカレンの心が揺らぎ、ルルーシュが、ゼロがスザクによってブリタニアに捕縛されるに至ったことの原因が解消されたわけではない。カレンの果たさなかった責任はどうしても消えようがない。あの時、カレンがあくまでもゼロの親衛隊長としての立場からその責任を、役目を果たしていたなら、その後の展開は随分と変わっていたのは間違いのない事実なのだから。
カレンは人の言葉によって簡単に心が揺れる。そしてまた、その言葉が自分の望んだものでない限り、決して信じることはない。それでもあくまで言葉を望むのだ、しかも自分の望む言葉だけを。一々言葉にして、しかも彼女の望むことを伝えなければ理解できない者は、ルルーシュにとっては完全に信じるに値する者とはなりえない。ルルーシュは自分のそういった部分を、カレンの一連の言動によって更に実感したのだ。
しかしルルーシュがそのようなことを思っている間にも、カレンは思いつめたようにルルーシュに詰め寄って言葉を求める、彼女の望む答えを。
「……それなのに、ブリタニア皇帝になんかなって、……ねえ、今度は何をやりたいの? あんな、スザクなんかと手を組んで……! ねえ、どうしてよ。力が欲しいだけ? 地位がお望み? それとも……、これもゲームなの? ……ねえ、ルルーシュ、あなた、私のことをどう思ってるの? どうして、あんな……ッ! ねえッ、どうして斑鳩で私にあんなこと言ったの! どうして……“生きろ”なんて言ったのよっ!?」
時々言葉を詰まらせながら、そして眦に涙を浮かべながら必死にルルーシュからの言葉を、答えを求めて詰め寄る。しかし、ルルーシュはもうカレンに伝える言葉を持たない。ルルーシュはカレンに対して、彼女が望む言葉を持たない。何も告げる気はない。ましてやルルーシュは己の先をすでに決めているのだからなおさらだ。そしてそれ以前に、カレンの本質として、彼女が彼女の望む言葉を告げてくれる者を信じる、そういった者しか信じないというのなら、何時でもカレンは自分の望む言葉を告げてくれる者を信じて揺れるだろう。その結果、再度ルルーシュを平然と、というのは言い過ぎかもしれないが、裏切るのだろう。それを別にしても、彼女の望む言葉がなければ相手を信じられないというのなら、もうルルーシュはそんな、何時彼を裏切ることになるかもしれないカレンを必要とはしない。だから何も答えない。応じることはない。表情すら変えることはない。
そんなルルーシュの様子に、彼が自分の問いに何も答える気が無いこと、彼女の望む言葉を返してはくれないこと、もう必要とされていない、切り捨てられたのだということをカレンは漸く理解した。
「……そう、そこまで……。……さよなら、ルルーシュ……!」
自分の役目も忘れたように、自分の気持ちに諦めを付ける意味も含めて、別れの言葉を吐き捨てるとその場を足早に走り去っていった。
そんなカレンの後姿を見送るでもなく、ただ正面を向いたまま、ルルーシュは誰にも聞き取れないだろう小さな声でカレンに対しての別れの言葉を口にした。「さよなら、カレン……」と。そうして改めて歩みを開始し、会議場となっている体育館へと進んだ。かつての馴染み深いアッシュフォード学園であれば、もとより案内など必要とはしていなかったのだから。
議場にルルーシュが一人で入ってきたことに、評議員である各国の代表たちは疑念を抱いた。案内役たる者が一人いたはずなのに、その者がいないことに。しかしルルーシュは彼らのそのような様子を気にかけることなく、自分のために用意されたのであろう場所に向かった。ルルーシュに用意されたその席は、被疑者たる者のための、この場合はルルーシュということになるが、被告人席以外の何物でもなく、彼を見下ろす形になる高い位置にある神楽耶の席は、まるで裁判官の席のようであった。いや、おそらくそのつもりで用意したのだろうとルルーシュは思った。しかしルルーシュはそれすらも一向に気にしていないようであった。そして先代皇帝シャルルであったなら、決してしなかったであろうロイヤル・スマイルを浮かべながら、今回の自国ブリタニアの超合衆国連合への参加の是非を問う最高評議会開催について謝辞すら述べた。しかし、ルルーシュのそんな鷹揚、あるいは寛容とも言える態度もそこまでだった。神楽耶や黒の騎士団の、彼ならば、と思って総司令官とした中華の星刻までも含めた幹部たちの態度によって。
原因は、議長である神楽耶と黒の騎士団の司令官星刻限と日本人幹部たちの暴走である。
議長たる神楽耶は、相手が一国の元首、しかも専制主義国家の皇帝たるルルーシュに対して呼び捨て、更には“悪逆皇帝”呼ばわり。この臨時最高評議会開催時点では、そのように呼ばれるようなことは何もしていないにもかかわらず。そして黒の騎士団幹部たちのルルーシュに対する暴言。他の国の代表たちには秘匿にしたままのギアス対策だろう、ルルーシュを檻に閉じ込め、軍隊になったとはいえ、あくまで超合衆国とは契約によって武力を行使するという契約関係にあり、政治的権限は何も持っていないというのに、それを理解していないのだろう、平然とルルーシュに対して、ブリタニアに対して、明らかに侮辱発言、内政干渉発言を続ける。檻に閉じ込めるというその行動、そして神楽耶を筆頭としての彼らの言動に対し、他の評議員たちは不快を示し、まずいのではないかと口にしてはいたが、実行に移されることはなく、やがて皇帝たるルルーシュを解放し守るために、公海上に待機していたブリタニア軍の中から、ルルーシュの筆頭騎士、ナイト・オブ・ゼロの称号を得たスザクがランスロットで飛来し、ルルーシュを救い出した。そしてルルーシュは、会談は不成功、というよりも、話し合いにすらならなかったと、飛び出してきた学園内に隠されていた紅蓮で出てきたカレンをいなすと、ランスロットと共に会場たるアッシュフォード学園を引き上げた。議会における評議員たちの態度から、彼らを、神楽耶を含めて皆を拘束して。
しかし実のところ、ブリタニアの超合衆国連合への加盟希望、つまり最高評議会参加は目的としては二の次、いや、口実に過ぎず、ルルーシュにとって最大の、いや、唯一と言っても過言ではない本当の目的は、フレイヤ対策のために、アッシュフォード学園内でそのフレイヤの生みの親たるニーナ・アインシュタインを匿っているであろうミレイとリヴァルから、ニーナの身柄を確保することにあった。そしてそれは成功した。つまり今回ルルーシュがエリア11を、扇をはじめとする、ルルーシュの、ゼロの身柄と引き換えにシュナイゼルとの口約束の結果、取り返した、黒の騎士団の日本人幹部たちに言わせれば“日本”であるが、この地を訪れた目的はしっかり果たされたのだ。もっとも取り返したといっても、それはあくまで彼らだけの主張に過ぎず、それを証明するものが何も存在しない以上、ましてやシュナイゼルが行方を晦ましている今、単なる口約束に過ぎず、それは国際法上から言えば何の意味もなく、“日本”は未だブリタニアの植民地たる“エリア11”のままなのだが。
旗艦アヴァロンに戻る途中、ルルーシュとスザクは帝都ペンドラゴンがフレイヤによって消滅したことを知らされた。それはシュナイゼルのことを考えれば、ルルーシュにはある程度、予想されていたことではあった。つまり想定範囲内のことだったわけである。自分が帝都を離れている間に攻撃を仕掛けてくるであろうことは。しかし、さすがにそれがフレイヤ投下による帝都の消滅となると、全く想定していなかったとはいえなかったが、さすがにショックだった。シュナイゼルにとってもペンドラゴンは自国の帝都であり、身内の者も知り合いも多くいる場所だ。それを何の躊躇いもなく消滅させたということに、いまさらながらにシュナイゼルの本質を考えると、その冷酷さを改めて感じざるを得ない。
ともかくも詳細な状況を把握すべく、ルルーシュとスザクは一刻も早くアヴァロンに戻るために、そのスピードをあげた。
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