生と死 【10】




 すんでのところでルルーシュを救い出したのは、ルルーシュに罵倒された後、行き場所を失って蜃気楼の中に隠れていたロロだった。ロロは銃が発射されると同時にルルーシュを庇い、斑鳩を脱出したのだ。
 それに気付いたルルーシュは、扇が敵によって奪取されたとして追っ手として差し向けた黒の騎士団のKMFから逃れるために、ロロが己の持つギアスを幾度も酷使するのを必死に止めた。ロロのギアは体感時間を停めるもの。しかしその間、ロロの心臓も停止する。つまり使用すればするほどに、ロロの体力を、力を失わせていく。それはロロの命を危険に晒すことに繋がる。場合によっては命を失う恐れすらもあるのだ。ゆえに自分のためにもうこれ以上の犠牲を出したくないルルーシュは、ロロにギアスの行使を停めることを求めたが、ロロはそれを頑として受け入れなかった。ただ兄を殺させたりなどしない、その一心で。そのためなら己の命などどうなってもいいとでも言うように。
 どうにか追っ手をまき、式根島まで辿り着いた蜃気楼だったが、そこから降りた時には、ロロはすでに息も絶え絶えだった。体力の限界までギアスを行使したのだ。
「どうして俺を助けたりしたんだ、俺は、おまえを……」
 ナナリーが死んだと思われたばかりの後、斑鳩に戻ったルルーシュは、己がロロに対してどれ程の罵詈雑言をあびせたのか、興奮していたために全てをそのままに覚えていたわけではないが理解はしていた。ゆえにそれらの言葉を投げつけられた、その存在を否定されたロロの行動が理解しきれなかった。
「……だって、兄さんは、嘘つき、だから。……嘘、だよね? 僕を……殺そうと、した、なんて……、僕が嫌い、なんて……」
 限界までギアスを行使したロロの顔色は悪く、呼吸も乱れ、言葉を紡ぐことすら辛いようだった。
 それでも苦しい息の中、必死で手を伸ばし、兄への思慕をぶつけてくる存在に、ルルーシュは己のロロに対する感情に改めて気付いた。確かに偽りの弟と、ナナリーの立場を奪った存在と知った後は、本当にぼろぼろになるまで利用しつくして手酷く捨ててやるつもりだった。殺してやるつもりだった。最愛の妹の居場所を奪った偽物を、ナナリーに与えるはずだった愛情を掠め取った紛い者を、気に掛けることなどないはずだった。今のこの姿こそ自分が意図したもののはずだったのだから。
 それなのに共に過ごした1年の間に、ロロはそれまで知らなかった肉親の愛情というものを、記憶改竄されていたからとはいえルルーシュから与えられ、気が付けばそれに縋っていた。そして今、必死に縋るその手に自分の手を重ねていた。小刻みに震える手を握り、頬に触れて、ロロの虚ろな瞳を覗きこむ。
「……そうか。すっかり、見抜かれているな。……さすがは、俺の……弟だ」
“弟”、とそう言われた瞬間、ロロの縋るような痛ましい表情が、僅かに幸福に満たされたようだった。たとえ血の繋がりのない偽りの存在であったとしても、これで自分はこの人の本当の弟になれたのだというように。
「そうだよ………僕は兄さんの、ことなら……なんでも、分かる………」
 急速にロロの瞳から生気が失われていくのが、ルルーシュの目にもはっきりと分かった。
「……兄、さん……」
 声にはならなかった“愛してる”との言葉を最後に、ロロの命の火が消えた。ただその顔は、青褪めていながらもどこか幸福そうに微笑んでいるように見えたが。
 そんなロロの生命の消えた細い躰を抱き締めながら、ルルーシュは思った。記憶を改竄されていたとはいえ、共に過ごした1年は、確かにロロは自分にとって最愛の弟だった。自分の持てる愛情の全てを注いだ。そして記憶を取り戻した後、篭絡させたロロにそれまでと変わらぬように接していたが、その間、ロロが自分に対して向けてくる瞳、そして行動に、嘘偽りはなかった。ロロは必死にルルーシュからの愛情を求め、弟として認められることを望んでいた。それに気付きながら、ルルーシュはあくまで利用してやるつもりでいたが、その思いは自分でも気付かぬうちに、実際にはいつしか変わっていたのだ。偽りであろうとなんであろうと、ロロは自分の弟だと。それに目を粒って気付かぬ振りをしていた自分を後悔した。
 ルルーシュはロロの遺体を葬った── それはたただ盛り土をして木切れを立て、そこにロロが大切にしていた、自分が最初に送ったロケット、携帯ストラップをかけただけの粗末なものだったが── 後、神根島に向かった。それはブリタニア皇帝シャルルが本国を発ったという情報をすでに得ていたからだ。神根島にはギアスに関連した遺跡がある。シャルルが向かうとすれば、そこしか考えられなかった。



 神根島のギアスの遺跡の中、Cの世界と呼ばれる場所で、ルルーシュは、シャルルと、そして死んだはずの母── 此処でしかかつての形をとることはできないという── マリアンヌの精神体と対峙していた。そこには何時の間にか神根島にやってきたC.C.と、そしてシュナイゼルから言質をとってシャルルを暗殺するためにやってきていたスザクの姿もあった。
 そこでルルーシュは、シャルルからマリアンヌ暗殺の経緯と、彼らが望むことを知らされた。そして思う。
 そんな愚かな理由で自分はユーフェミアを手にかけたのか。シャーリーを失い、ナナリーを失い、ロロまでも失い、多くの人々を死に至らしめてきたのかと。こいつらは何も理解していないと思った。そしてその行動は決して許してはならないものであると。
「俺はそんなことは認めない。人々の時間を昨日で停めることなど!」
 シャルルとマリアンヌに対してそう言い放ったルルーシュは、天に見える人の集合無意識に向かって渾身の、心の底からの願いをこめてギアスを行使した、いや、祈り願った。
「神よ! 今日で停まった日ではなく、俺は明日が欲しい! だから決して(とき)の歩みを停めないでくれ!!」
 そう願うルルーシュの両の瞳は朱に染まった。それはギアスで言うなら達成人となったこと、つまりはコードを委譲される資格を得たことを意味する。
 そして人の世の(ことわり)、在り方を定める神── 人の集合無意識── はルルーシュの願いを聞き入れたのか、アーカーシャの剣とも呼ばれる、神を殺すための道具である思考エレベーターを破壊し、シャルルとマリアンヌの躰はCの世界に呑み込まれるように消えていった。
 静寂の訪れた、自分たちの存在以外には人の集合無意識以外には何も感じられなくなったCの世界で、C.C.は問いかけた。
「これからどうするつもりだ?」
 それに答えたのはスザクだった。
「そうだ、ルルーシュはユフィの仇だ」
 そう告げて、スザクはルルーシュに剣を向ける。
 それを聞き届けたルルーシュは思った。まだそんなことを言い続けるのかと。大元の原因はシャルルたちの愚かな野望を元とした世界各国への征服戦争にあり、ユーフェミア個人に関しても、確かにきっかけはルルーシュにあったが、最終的にその死を決定的なものにしたのは、未だに気付いていないようであるがスザクのとった行動にほかならない。それに、もし仮にあの時点でユーフェミアが死ぬことがなかったとしても、ブリタニアの国是を考えれば、何時かユーフェミアはほかならぬブリタニアという国家によって殺されていたことは明白である。
 そしてその一方でルルーシュは思う。ルルーシュ自身としては、ナナリーの世話をするために、ナナリーのためだけに生きてきたつもりだったが、実際にはこの時のために、絶対遵守というギアスを手に入れ、人の世の理を守るために生かされてきたのではないかと。
 だから思う。ナナリーは失われ、シャルルが最後に残したシュナイゼルのことが気にならないといえば嘘になるが、目的を達した今、これ以上、全てを失った自分が生きる意味は無いと。ならば、最後にユーフェミアやナナリーの望んだ世界を創り出すために行動し、スザクの望むようにユーフェミアの仇としてこの命をくれてやってもいいかと。



 それから2ヵ月ほどして、ブリタニア本国で大きな政変が起きた。
 皇帝であるシャルルの行方不明、帝国宰相たるシュナイゼルも行方を晦ませていた。エリア11に巨大なクレーターを作り出し、その範囲内にあった全てのものを消滅させた大量破壊兵器“フレイヤ”を持ったままに。
 そんな中、皇帝の名で主だった皇族・貴族、そして文武百官に対して参集がかかり、彼らは指定された日時に、宮殿でも最大の面積を誇る“玉座の間”と呼ばれる広間に集まっていた。
 そこに姿を現したのは皇帝たるシャルルではなく学生服らしいものに身を包んだルルーシュであり、彼は自分がシャルルを弑逆し、弱肉強食の国是に従って、己が神聖ブリタニア帝国の第99代皇帝であると宣言した。もちろん反発は大きく、ルルーシュを認める声は上がらなかったが、それはルルーシュにしてみれば想定範囲内のことであり、予定通り、ルルーシュはギアスを使って自分を認めさせた。目的があってのこととはいえ、己個人のためにギアスを使用するのは初めてのことだった。
 皇帝となったルルーシュは、それまでのブリタニアの悪しき慣習を次々と破壊していった。
 皇帝宣言を行った玉座の間にいなかった地方貴族の反発からくる抵抗はあったが、それらはジェレミアや、一時的に契約を交わしてルルーシュの騎士となっていたスザクによって廃されていった。そしてまた、自分を除いた皇族を全て廃嫡── さすがに一時金の下賜は行ったが── し、貴族制度も廃止、財閥を解体し、皇帝だけを別として身分制度を廃した。税制度も改革、法律も変えた。そしてこれはあくまで内密にではあったが、ルルーシュが官僚たちに求めたのは、帝国臣民全てに対する、医療と教育、そして正しく報われる未来である。加えて、ナンバーズ制度も廃止し、彼らもまた等しくブリタニア臣民であるとして、植民地たるエリアについては、自分の皇帝即位と共に、各エリアの状況を判断しながら順次開放していくと世界に向けて公表した。
 それを受けての超合衆国連合の疑念は、ルルーシュの公表したことが何処まで真実のものであるか、に尽きた。もし全てルルーシュが告げた通りなら、対ブリタニア戦争は終結、終わりと判断することになり、そうなれば対ブリタニアという目的のために結成された超合衆国連合という組織の今後について、必然的にどうあるべきかという課題が出てくるのだから。
 そんな中、皇帝ルルーシュから超合衆国連合への加盟を求める連絡が入り、協議の結果、現在、諸所の事情から中立地帯といっていい状態にあるエリア11── すなわち日本── の私立アッシュフォード学園の施設の一部を借り受けて臨時最高評議会が開催されることとなり、その旨がブリタニアに、皇帝ルルーシュに親書という形で通知された。





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