生と死 【9】




 その時、ルルーシュは一体何が起きたのか理解できなかった。しかしそれは本当に僅か一瞬のことで、目の前で消失した政庁に、これがスザクが言っていた兵器を利用した結果なのかと分かると同時に、消えた政庁から総督のナナリーが脱出したという情報、あるいは政庁に潜入させた咲世子とロロからは何の報告も無かったことから取り乱した。正気を逸したといっても言い過ぎではなかったかもしれない。守るように政庁を取り囲んでいる敵陣目掛けて飛び込もうとしたルルーシュの騎乗した蜃気楼を、KGFサザーランド・ジークに騎乗しているジェレミア・ゴットバルト── 当初はルルーシュを暗殺するようギアス嚮団の嚮主たるV.V.から命令を受けてエリア11へとやってきていたジェレミアだったが、ゼロの正体が、かつて己が守ることのできなかった、敬愛していたマリアンヌ皇妃の忘れ形見たる皇子のルルーシュであること、そしてゼロとなった経緯とその行動の理由、目的を知って、今ではルルーシュに絶対の忠誠を誓っている── が慌てて敵陣の中に飛び込もうとした蜃気楼の動きを封じてを止めた。ゼロとしての自分を否定されたとはいえ、それでもやはり大切な愛する妹であることに変わりはなく、今のルルーシュはナナリーのこと以外は何も考えられなかった。正気を失ったかのように、ただ「ナナリーを探せ」と喚き続けるのみだ。恐慌状態と言ってもよかったかもしれない。そんなルルーシュをこのままこの地に留まらせるわけにはいかないと、ジェレミアは自分がナナリー様を探しますと、そう告げてルルーシュを旗艦たる“斑鳩”に戻らせると、ナナリーを探すべく、哨戒のために再び斑鳩を後にして発鑑していった。
 私室に戻ったルルーシュは荒れていた。そしてそんなルルーシュの部屋を、心配してロロが訪れたのだが、そのロロに対してルルーシュは喚きたて罵った。
「何故、ナナリーではなくおまえがいる、偽者のおまえがっ!! 偽者のおまえなんか、最初からボロボロになるまで利用して、利用しつくして、何時か殺してやろうと思っていたのに! なのに何故ナナリーが死んでおまえが生きているんだっ!? おまえなんか大っ嫌いだ!! 出て行け! 二度と俺の前にその顔を見せるな!!」
 ジェレミアはルルーシュのために、今もナナリーを探し出すべく元の政庁周辺の哨戒を続けている。しかしルルーシュは理性では分かっていた。ナナリーが死んだと。けれど感情がそれを認めようとしない。ナナリーが死んだなんて、いなくなったなんてありえないと。ルルーシュにとってナナリーはアイディンティティ── 自己の存在証明── とも言える存在だった。ナナリーがいればこそ、ナナリーのために生きなければと、そう思えて、戦後、いや、ブリタニアを追い出されて以降、ナナリーがいたから、父からその生を、存在を否定されてからも、身体障害を負ったナナリーの世話をしなければならない、そうしなければナナリーは一人では生きていけないから、その思いだけで存在し続けることができたのだ。もしナナリーがいなかったら、失われていたら、ルルーシュは一人では生きてはこれなかっただろう。ルルーシュがC.C.と契約してギアスという力を手にしたのも、ナナリーをおいて死ぬわけにはいかない、ただそのためだった。ゼロとなって活動を開始したのも、それが全てとは言わないが、その理由の一つ── しかも最大のもの── は間違いなくルルーシュから望みを聞かれたナナリーが「優しい世界」と答え、実際、そうならなければ今の弱肉強食を国是とするブリタニアが支配する世界では、ナナリーは弱者と分類されて生きていくことができないと判断し、自分ごときがするには過ぎたことかもしれないと思いつつ、世界に、ブリタニアに、シャルルに抗い、ナナリーの望む世界を創り出そうと考えたからだ。そして直接のきっかけも、スザクが冤罪によってクロヴィスの暗殺犯として捕縛され連衡されている放映から「なんとかなりませんか」と、問うようにルルーシュに告げたからだ。そのナナリーが失われた。それはルルーシュにとって、己が存在し続ける意味が無くなったことと同義と言えた。
 一方、ブリタニア軍だが、もちろん黒の騎士団以上に混乱の極みにある。それはそうだろう。名誉とはいえ、皇帝の騎士たるラウンズの騎乗するKMFが、見たことも聞いたこともない新兵器を、皇帝の代理としてエリアを統治する総督の存在する、いわば、ブリタニアがこのエリアを支配していることの象徴ともいえる政庁に向けて放ち、それにより政庁を中心としてトウキョウ租界に巨大なクレーターができ、そこにあったものが全て消滅したのだ。物理的な建物や軍関係以外の物に限らず、人間も含めて文字通り全てのものが。その中には、現に戦っている兵士たちの身内の者もいたことだろう。更には総督本人はもちろん、その側近からすらも、誰一人として何も公表されない。それはすなわち、総督をはじめ、政庁にいた者もまた、政庁ごと消滅、つまり、死亡したということとしか判断しえない。
 しかしその混乱は── 本来ならありえないことだが、総督から軍事に関する全てを委譲されていた── 帝国宰相シュナイゼルの手腕によって、僅かの間に回復された。そしてその後、シュナイゼルはフレイヤを搭載した飛行艇で黒の騎士団の旗艦である斑鳩に特使として訪れていた。それはフレイヤの発射と、それにより戦場が混乱に陥っているという事態により生じた一種の停戦状態に乗じてのことであり、また、以前からそうではないかと疑っていたゼロの正体が異母弟(おとうと)のルルーシュであることの確認がとれ、更には父であるブリタニア皇帝シャルルも関係しているらしいギアスのことを知ることもできた。そして何より、ルルーシュとは幼馴染の親友であったというランスロットのデヴァイサーであるラウンズのスザクとの関係も完全に断ち切ることができた。計略により、スザクの裏切りという形をとらせることによって。戦いになればルルーシュは必ずスザクを殺そうとするだろう。スザクが何を言おうと最早何も信じたりなどせずに。そうすればルルーシュがかけたという「生きろ」というギアスが発動し、スザクはランスロットに搭載されたフレイヤを撃つはず。そして実際にそうなった、策略通りに。つまり現在のゼロ、否、ルルーシュは最愛の妹であるナナリーを失ったと思い込み、荒れているはず、正気でいるかどうかすら怪しい。となれば、今、黒の騎士団との交渉に臨めば、ゼロが出てくるとはとうてい思えない。万一出てきたとしても、理性的な対応を取りきれるとは思えない。結論として、残る幹部たちに対して上手く話をもっていけば、黒の騎士団からゼロを排除、更にはこちら側に引き渡してもらうことも可能なはず。そこまで計算しての行動だった。
 シュナイゼルが思った通り、会談にゼロは出てこず、幹部たちのみとの話となり、こちらに都合のいいように話をもっていけば、こいつらは敵として戦っていた相手の言葉を何一つ疑うことすらしないのかと、却って呆気にとられ、そんな者しか集めることのできなかったルルーシュが気の毒になった。そして逆に、この程度の者たちだけを使ってブリタニアに抗してみせたルルーシュの手腕に驚く。確かにまだブリタニアにいた幼い頃から聡い子であることは承知していたが、それでもここまでとは思ってもみなかった。だからこそゼロという存在の正体に、登場してきた当初は、17、8歳程度でしかないルルーシュであるとは思いもしなかったのだ。それでも、もしかしたらと、そう思うようになったのは、ゼロのとる戦術、思考に、何か記憶に引っかかるようなものがあったからでしかない。
 会談の結果は、表情には出さなかったが、シュナイゼルにとってはあまりにも呆れたものだった。これが現在の黒の騎士団を組織し、ブラック・リベリオンは異なったが、それ以外ではほとんどゼロが一人で全てを整えてブリタニアとほぼ互角の戦いを進めてきていたはずである。調査させた結果では、極一握りの者を除いては、他の幹部たちが幹部らしい仕事をしているという報告はなかった。つまりゼロにおんぶにだっこだったということだ。しかるに成功すればそれは全て自分たちの成果であり、失敗すれば全てゼロの責任と、ゼロがいなければ決して得られなかっただろう成果まで自分たちの力だと己らを過信し、あまりにもゼロという存在を、その策略を軽く見ていたわけだ。しかも資金とて当初はゼロの私有財産だったことが判明している。つまるところ、彼らは、少なくともエリア11のみにおいて一テロリストとしてあった間、ただただゼロに頼り切り、その結果得ていた結果だということを何も理解していなかったのだ。そして現在の黒の騎士団の立場を考えれば、ゼロをどうするかについて正式には結論を下せる立場にはない。超合衆国連合最高評議会に諮るのが本来の在り方であるはずである。しかし彼らは、特に事務総長という扇要は、日本の返還と引き換えにゼロを引き渡すと言い切り、他の幹部たちもそれに賛同したのだ。それは単にギアスという力を知らされたことからだけではないだろう。彼らは最初からゼロという存在を自分たちの都合のいいようにしか考えておらず、信用も信頼もしていなかった。だからゼロが中華で行った行為についても、ゼロが極秘に動いたということもあったであろうが、その理由を知ろうともしなかったのだ。現在は敵対関係にあるとはいえ、仮にも半分とはいえ血の繋がった異母弟である。それらのことを考えれば、さすがのシュナイゼルもルルーシュが気の毒でならなかった。とはいえ、戦争の最中、そのような思いを表に出しはしなかったが。そして同時に、こんな連中を束ねて上げてきた戦果に、ルルーシュがブリタニアに、自分の傍にいてくれたら、と思わずにいられなかった。
 会談の後、扇はカレンを通じてゼロを第四倉庫に呼び出した。そしてゼロが第四倉庫に姿を現した時、そこで彼を待っていたのは団員たちから彼に対して向けられる銃口とKMFだった。
 ゼロはブリタニアの皇子であり、主にシュナイゼルから得た情報でしかなかったが、ギアスという不可解な、とてもその存在を認められるようなものではない力を持って自分たちを利用していた存在であり、ブリタニアに対する反逆者であるなら引き渡すのは死体でいいと考えたのだろう。シュナイゼルはただ「返してほしい」と告げたのみで、死体の要求、つまりルルーシュの命など望んではいなかったのにもかかわらず。
 そして第四倉庫に入って団員たちから一斉に銃をを向けられ、扇たちから自分を責める、いや、罵るといった方が正しいだろうか、それらの言葉を聞かされ、尚且つ、倉庫内の一角にシュナイゼルら一行を見つけて、ルルーシュは全てを悟った。
 確かにルルーシュは扇たちがそうだったように、ルルーシュもまた彼らを信用も信頼もしていないかったし、超合衆国連合が成立して以来の黒の騎士団の立ち位置が、以前の単なるテロリストではなくなっているということを完全に理解しているとは言いがたいと承知してはいた。しかしある程度は、理解しきれずとも頭ではなんとなくであったとしても理解していると思っていた。しかし彼らは何一つ理解していなかったのだ。自分たちに、超合衆国連合と契約を交わす黒の騎士団のCEOであるゼロをどうするか、そしてまたブリタニアとの関係をどうするか、決定する権利など一つもないということを。一時停戦までならまだしも、それ以上は超合衆国連合最高評議会の議決を待って行うべき、いや、行われなければならないことを、言ってみれば、一時の感情で勝手に自分たちの裁量だけで決めてしまう。これでは黒の騎士団を超合衆国連合の唯一の武力集団、軍隊とした意味がない。まだキュウシュウにいる総司令となった星刻率いる本体は、日本人以外の者も大勢在籍することからそのようなことはないであろうが、少なくとも日本人を、当初からの幹部をそのままにしていたこのトウキョウ方面軍においてはそうではなかったのだと、彼らの意識はエリア11の一テロリスト組織であった時となんら変わっていなかったのだと実感した。
 そうであれば、ゼロの、いや、ルルーシュの考えは決まっている。
 ルルーシュが黒の騎士団を創設した理由であるナナリーはもういない。失われてしまった。もうこの手に帰ってくることはない。ならば自分が生きている理由など何も無いのだと。
 それゆえに、ルルーシュは扇たちから放たれる言葉に、悪役ぶって彼らが望んでいるであろう言葉を発し、自分の傍らにいるカレンに被害が及ばぬよう、思ってもいない言葉を口にして自分の傍らから離した。最後にゆっくりと離れていくカレンに対して、「君は生きろ」と小さな声で最後の言葉をかけながら。それが聞こえたのであろうカレンが振り向いた時、藤堂の合図と共にゼロに向けて一斉に銃口が放たれた。
 そこには、ゼロの死体があるはず、だった。
 しかし銃が放たれるとほぼ同時に、ゼロの愛機である蜃気楼が動き出し、間一髪、ゼロを救い出して斑鳩から脱出したのであった。





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