生と死 【7】




 ゼロたるルルーシュがエリア11を離れたのは、総督としてやってきた実妹のナナリーと直接対立するのを避けたい、という思いがあったことは否定できないが、必ずしもそれだけが理由ではなかった。一エリアではなく、対ブリタニアということを考えた上でのこともあってのことだ。だから中華連邦に移ってから、ゼロは精力的に活動した。
 中華の大宦官たちが進めていた中華連邦の天子とブリタニアの第1皇子であるオデュッセウスとの婚姻の式典から天子を浚ったのを手始めに、情報を駆使して民衆を動かし、大宦官たちを排除した。ブリタニアも加えての戦いの中、黒の騎士団のエースパイロットであるカレンを、その愛機たるKMF紅蓮と共に奪われるという事態にもなったが、それで止まっているわけにはいかなかった。ともかくも中華連邦を味方に引き入れたのを皮切りに、反ブリタニアの幾多の国を巻き込み、ブリタニアに敵対する国際組織たる超合衆国連合を創設した。ブリタニアは日本一国だけでどうにかできるような国ではない。ブリタニアという国の国力、軍事力を考えれば、現在のブリタニアは世界の3分の1を支配し、KMFにしても、もともとがブリタニアが開発されたものということから、最先端の技術を持っていると言える。それに対抗するには、一国家、一組織でどうにかできるものではない。できたとしてもどうしても限定的なものになってしまう。一国だけの解放、独立ならばどうにかなるかもしれない。しかしそれとて、一時は叶っても再び侵略されないとは言い切れない。何より、この世界からブリタニアの脅威は失われない。何処までもブリタニアによる侵略、略奪、差別は続く。それを防ぐにはブリタニアと同程度の国、組織を創るしかないのだ。しかし現在、ブリタニアによる侵略を受けていない国でそこまでの力を持つ国はない。ならば、幾多の国家を集めて一つの組織を創りあげるしかないのだ。ゆえにゼロはそれを行った。
 そうして創り上げた組織、超合衆国連合の成立に伴い、必然的に黒の騎士団の在り方も変わった。大元はエリア11、つまり合衆国日本最大のテロリスト組織であることに変わりはない。しかし他の超合衆国連合に参加した各国からも軍人たちが黒の騎士団に参加し、結果、黒の騎士団はゼロをCEOとする、超合衆国連合と契約を交わした、連合の持つ唯一の軍事組織、傭兵集団たる、いわばれっきとした軍隊となったのだ。
 しかしそれには大きな問題があった。ゼロ自身、それに全く気付いていなかったわけではない。しかし少なくとも、理解までは至らずとも、状況の把握はできていた模様であることから、時間が解決してくれると、いずれ理解してくれると、きちんと認識してくれると思っていた。その時点でゼロ、いや、ルルーシュは彼らを買い被っていたと言える。それに気付いた時はすでに手遅れの状態だったが。
 その問題とは、超合衆国連合との契約によるとはいえ、唯一の軍事集団たる黒の騎士団の中核が、エリア11で活動していた黒の騎士団が母体であったことから、早急に組織替えすることに対して、その時点で幹部であった扇たちと、後から参加した他国の軍人たちとの間に心理的な問題が発生すると思ったのだ。しかしそれは表に出なかっただけで、実はすでに発生していたのだ。それは、黒の騎士団の成立経過から、他国の軍人たちが暫くは仕方ないと、意識的に己らの思いを押さえ込んで隠しきっていたことにある。所詮はテロリスト、つまりは素人が幹部であることについて、不満だけではなく、あるいはそれ以上に危機意識を持っていたのだ。それはルルーシュ自身が完全に軍という組織を理解しきっていなかったことも多少はあったかもしれない。そのあたりは普段は一学生に過ぎず、組織としての軍隊というものを、現実には知らなかった、あくまで知識のみの理解でしかなかったことにもよるだろう。そしてまた、自分では自覚していなかったが、他国の玄人と言える軍人たちの意識に、知らず知らず甘えていた部分があったかもしれない。
 結果、扇たち、つまり黒の騎士団の旧来からの日本人幹部たち── かつてはれっきとした軍人であった藤堂たちも含めて── の意識は、エリア11でテロリストであった頃と何一つ変わらぬまま、超合衆国連合最高評議会において第一號決議が下された。すなわち、ブリタニアからの日本奪還である。
 そこでルルーシュはその計画が実行に移される前に、スザクを呼び出し、スザクは互いに一人だけで自分たちだけでなら、ということで、懐かしい枢木神社で出会うこととなった。
 ルルーシュがそうした理由は、なんといってもナナリーのためである。どうしてもナナリーの安全を図りたい、彼女を守りたい、その一心だった。確かにスザクはユーフェミアを殺した── 実際にはあくまでそのきっかけを作り出しただけで、最終的に彼女の死を決定的なものにしたのは、彼自身は何も気付いていないし思ってもいないが、他ならぬスザクの行動にあったのだが── ルルーシュを、彼女の仇と憎み恨んでいることは十分に承知している。それでも、かつて神根島で「ナナリーは僕が守る」と、そう叫んだ言葉を信じたかった。
 しかし、かつてのシャルルと同様にその生、存在を否定され、裏切られ、シャルルに売られたとはいえ、ルルーシュの心の奥底にはまだ残っていたのだ、スザクが自分にとって初めてできた友人、幼馴染といえる親友であるということが。確かにスザクは自分たち兄妹に対して理由はどうあれ嘘をついていたし、原因はどうあれ自分を裏切ったのは事実だ。そして自分はスザクに隠し事をしていた。嘘をついていたわけではない。ただ黙って話さなかっただけで。だからその点について言えば、スザクにとっては裏切ったことになるのだろうが、ルルーシュにしてみれば、ただ告げなかっただけなのだからそれは裏切りとは違うだろうという思いがある。何よりスザクは、自分の、ブリタニアに、シャルルに対する思いを知っていたのだから。ゆえにどれ程に裏切られようと、監視されるということをされていようと、更にはアッシュフォード学園に対して行われた仕打ちを知り、加えて「守る」と言い切ったナナリーを利用されたのを知っている今でも尚、スザク自身が口にした「ナナリーを守る」と告げた言葉は守ってくれると、そしてまた、ナナリーを守ることができるのもスザクしかいないと、ルルーシュはそう思っていた。これからの再会の中でたとえ何をされようとも、ナナリーを守ってもらえさえすればいい、ルルーシュの頭の中にあったのはそれだけだった。それはつまるところ、どこまでいっても、何をされようとも、結局はスザクを完全に切り捨てることのできなかったルルーシュの甘さなのだろう。
 しかしやはり裏切られた。
 土下座させられ、更には頭を足蹴にされた。だがスザクから如何に自分が憎まれているかくらいは理解していたから覚悟していた。だからそのくらいなら、ナナリーのためだと思えばいくらでも耐えられた。しかしスザクは己が告げた会うための条件すら裏切った。一対一、二人だけ、ということだったのに、ブリタニアの軍人たち、それもシュナイゼルの部下が現れたのだ。結果、日本侵攻の折に死んだとされていた自分が生きていたこと、ゼロの正体が自分であること、更にはギアスのことまで知られた。スザクが口にしたことに直接的な回答はしなかったが、そうだとしか受け取れない返しをしたのをしっかりと録音され、身柄まで押さえられたのだ。その場は何かあった時の用心のためにギルフォードにかけてあったギアスのおかげで逃れることができたが、そのことから、ルルーシュの中から完全に友人だったスザクは消えうせた。友人だったのは子供の頃だけで、名誉となり、自分たち兄妹のことを知りながら平然と皇女の騎士となったスザクは、決して信用などしてはならない存在なのだと、いまさらながらに漸く思い知らされた気がした。再会して以降のスザクは、友人だと、親友だと思っていたのは自分だけだったのだと思った。スザクにとってはルルーシュは友人であった存在であり、親友ではなかったのだ、本人の自覚はともかく。そうでなければ自分たち兄妹のことを知りながら、ユーフェミアの手をとってその騎士となり、ましてやアッシュフォードの生徒会室で、少なくとも自分がいる場所でユーフェミアをひたすら崇めるように賞賛し、それだけならまだしも、ユーフェミアだけが自分を認めてくれた、などという発言が出るはずはなかったのだから。彼にとって自分はすでに過去の存在であり、自分やナナリーが、そして自分が彼のことを「友人だ」と告げたことで受け入れた生徒会のメンバーは、スザクにとっては何の意味もなく、ルルーシュがスザクが少しでも学園で過ごしやすいようにと気を遣っていたことは、彼にとっては以前の知り合いならば当然のことでしかなかったのだろうと思った。そして己の愚かさを嘲笑(わら)うしかなかった。スザクに対して学園でとってきた態度を後悔した。そうすれば、生徒会のメンバーを含めて、学園の生徒たちがスザクを受け入れることもなく、ユーフェミアが学園祭に顔を出すことなどもなかっただろう。そうなれば必然的に“行政特区日本”の宣言もなされることはなかっただろう。そしてそれは同時に、未だルルーシュの心を苛み続けている、あの悲劇が起きなかったことを意味するのだから。
 だがもう間違えない、とルルーシュは自分に言い聞かせるように思った。スザクは自分が憎んでやまないシャルルの騎士、神聖ブリタニア帝国の臣下としては最高位となるナイト・オブ・ラウンズのセブン、名誉とつけどブリタニア人であり、しかも一代限りとはいえ騎士侯という貴族の端に連なる軍人であり、ゼロたる自分と、自分が指揮する黒の騎士団、何よりもゼロとして組織に尽力した対ブリタニアのための超合衆国連合の敵でしかないのだから。それもブリタニア最高の技術で作り出されたKMFのデヴァイサー。これからの日本奪還のための戦いを考えれば、ワンのヴァルトシュタインと並ぶといっていいほどの最強最悪の敵なのだ。



 スザクと会う前に、すでに中華連邦内にあったギアス嚮団は殲滅した。大人たちだけではなく、まだ幼いといっていい子供たち── 実験体とされ、皆全てギアス持ちだ── も全て殺すという苦渋の決断だったが、後顧の憂いを絶つという意味ではどうしても必要なことだった。また、何よりもギアスという力をこの世界から消すためにも。人間にギアスなどという力は不要だ。それがゆえに運命を狂わされた多くの者が存在する以上、ギアスはこの世にあってはならない力だと、ルルーシュは結論を出している。そう、自分の力も含めて。
 そして超合衆国連合最高評議会による議決の元、以前のテロリストとしてではなく、連合の武力集団、つまりは軍隊として生まれ変わった黒の騎士団による、日本奪還のための戦いの幕があがる。





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