生と死 【6】




 それはルルーシュをブリタニアの監視から解き放ち、記憶を取り戻させた黒の騎士団残党の唯一人の生き残りであり、また同時に、唯一、ゼロの正体を知る紅月カレンだった。C.C.もその一人ではあったが、彼女の場合、黒の騎士団と行動を共にしていても、黒の騎士団に属してはいない。C.C.はあくまでルルーシュ個人の共犯者でしかないのだから。そしてカレンは、元をただせばルルーシュがスザクに、ブリタニアに捕われる原因の一端となった存在でもある。神根島で、ゼロを守るべき親衛隊長という立場にありながら、スザクの言葉から、そしてゼロの正体がルルーシュであることを知ったことから、ルルーシュを見捨てて逃げ出したのだから。そしてそんなカレンの本質は、最後まで変わることはなかった。カレン自身の自覚の有無はどうあれ、少なくともルルーシュやC.C.からすれば、彼女は何も変わらなかった。その報いは、いずれカレン本人に返ることになるのだが。
 カレンからの言葉に、ルルーシュはゼロの仮面を被り続けることを決意した。すでにゼロは自分だけの、ナナリーのためだけのものではなくなっているのだと自覚して。それには思い出した過去の一つの事実もあった。“ブラック・リベリオン”というイレブン── 日本人── のブリタニアに対する一斉蜂起のきっかけとなった“行政特区日本”の式典会場での日本人虐殺。その時、ルルーシュは、いや、ゼロは、撃たれて死にかけている老婆から、縋りつくようしにして救いを求められたのだ、自分の、ゼロの力を、ゼロが起こしてきた奇跡を。
 そしてまた、かつてブリタニアによって処刑寸前だった藤堂鏡志郎を、キョウトからの依頼で、彼の部下である四聖剣と共に救い出した時、ルルーシュは藤堂に告げた。「奇跡の名がズタボロになるまであがけ」と。ならば同じように、民衆に対して奇跡と言われるような事柄を起こし続け、見せ続けてきた自分を考えた時、藤堂に告げたように、自分もまたあがくべきだと、ナナリーのためという個人的感情、事情だけではなく、カレンが告げたようにナナリー一人のためではなく、自分が夢を見せた人々のために、その夢を叶えるために、ゼロとしてあり続けるべきだと考えた。それが自分がこれまでゼロとして行ってきた行動に対する責任だと。



 やがてエリア11に着任したナナリーは、総督としての就任会見を開いた。
 その場で、ルルーシュに言わせれば、ナナリーは総督というエリア11のトップに立つ為政者としては、決して告げてはならないことを口にした。あるいはそれだけでは足りないとも言えることを。それは「私には何もできません」という言葉だ。
 ナナリーは一目瞭然、盲目であり、両足も動かず、車椅子なしには一歩も動けない。それは言われるまでもなく見れば分かることだ。目が見えず足が動かないことは確かに紛れもない事実であり、その部分においては確かに何かをすることはできない。しかしそれで「何もできない」などという言い訳にはならないし、そのような状態にあってもできることはあるのだ。「できない」と告げることが完全に間違っているというわけではないが、それでもできることもあるはずなのだ。つまり「できない」と告げるならば、加えて「できること」も伝えねばならなかったのだ。「何もできない」などと甘ったれたことを言う総督を、民衆は必要としていないのだから。民衆が求めるのは、自分たちを守り、よりよい生活ができるように整えてくれる総督であり、「何もできない」総督などではないのだから。ナナリーにしてみれば、自分はこんな体で自分一人だけでは何もできないから協力してくれ、という意味合いで告げたのだろうが、ならばそこまでをはっきりと分かるように告げるべきだった。総督としての就任会見、所信表明ということで言うなら、明らかに間違い、あるいは言葉不足以外のなにものでもなかった。
 更に問題なのは、1年程前に失敗したばかりの、当時の副総督であった元第3皇女ユーフェミアが提唱した“行政特区日本”を再建すると告げたことだった。しかもそれは、もちろん本国の許可はなく、エリア11政庁に務め、総督であるナナリーに仕える者の誰にも、補佐たる任にあるスザクにすら相談せずに、己一人の考えのみで発表したことであった。驚いたのはエリア11に住む民衆全てであった。そう、ブリタニア人のみならず、名誉も、イレブンと呼ばれている日本人もである。しかもゼロと黒の騎士団に参加と協力を求めたのもユーフェミアと同じだった。ただその意味合いは、ナナリーは知らずとも全く別の視点からの発想だったのだが。それはさておき、ナナリーはゼロに対して「あなたは間違っている」と本人に面と向かって告げた後だ。そんなことをしておきながら、そのゼロに協力を求める。普通ならとうていできる言動とは思えない。しかしナナリーは平然とそれを行ったのだ。自分がゼロを否定したという事実を忘れたか、無かったことのように。余人がそれを知っていたなら、それを知る者は一体何を考えている、と首を捻るだろう。
 ましてや前回の失敗から1年程しか経っていない上に、それは発端はどうあれ、日本人虐殺という最悪の形でのものだった。それで一体どうしてイレブンから信用されるだろうか。問題はイレブンだけではない。総督が一番に考えるべき民は租界に住むブリタニア人のことだ。そして特区の再建はそのほとんどをブリタニア人からの納税によって行うことになる。おそらくナナリーは考えもしていないだろうが、再建のための予算措置のために増税ということになるだろう。イレブンのための政策のために、しかも一度失敗しているものを再建するために、何故前回に続いてまた自分たちが犠牲にならねばならないのか。それがブリタニア人の、決して総督、しかも皇族であるナナリーには届くことのない声だ。
 そしてナナリー総督の「イレブンの皆さんのために」という言葉を全く信用していないイレブンだが、総督補佐という立場にある、日本を裏切り、彼らの希望であったゼロを売って己の出世を買い、ラウンズというブリタニアにおいては最高位の地位を持つ、完全にブリタニア狗となったスザクがとった行動を知れば、総督、いや、ブリタニアに対する感情は更に悪化しただろう。総督をはじめとする政庁は、本当に何一つ信用ならぬ存在であり、発表される政策は、たとえ表向きは如何に自分たちイレブンのためと口にしていようとも、そんなことは決してありえないのだと。
 スザクが何をしたのかといえば、総督はゼロと黒の騎士団に対して再建する特区への参加と協力を求めたにもかかわらず、かつて主であったユーフェミアの仇たるゼロと彼の率いるテロ組織たる黒の騎士団を殲滅すべく、独自の判断で黒の騎士団の物と判断された潜水艦に対して攻撃をしかけたのだ。結果的にはスザクの周囲の状態を無視した、あるいは理解していないがゆえの愚かな指揮と、潜水艦から離れてはいたが、地図を片手にゼロたるルルーシュが適切な指示を出したことによって、黒の騎士団の潜水艦はスザクが指揮するブリタニア軍から無事に逃れているが、スザクがとった行動は、明らかに彼が総督補佐という立場である以上、上司であり、それを別にしても皇族である仕えるべき総督たるナナリーの意思から離れたものであった。そしてそんな行動をしたスザク自身はといえば、自分のとった行動、黒の騎士団に対する攻撃が成功した場合の結果を、世間── 民族の如何を問わずエリア11に住まう者たち── の反応を何も考えていない。それが如何にナナリーの立場を悪くするものであるかを全く理解していない。
 これが公── 失敗に終わったことも伝わったとしても── になっていれば、たとえその攻撃にナナリーが関与していないとしても、イレブンはそうは受け取らないだろう。片方で甘い言葉で協力を求めておきながら、その一方でその協力を求める言葉で油断させて攻撃をしかけたと判断されるのは間違いない。そうなれば総督に対する信用は完全に失われ、どれ程ナナリーがイレブンに対して、自分の心からの思いを語ったとしても、単なる表向きの綺麗事ととられるだけだ。そしてそれはイレブンだけではない。ブリタニア人も名誉も、表面上の態度はどうあれ、心の中ではナナリーを言動不一致で信用できない存在とみなすだろう。それでなくてもナナリーが特区の再建を謳いあげたことにより、増税はほぼ確定路線であり、ナナリーの“イレブンのため”という政策のためにブリタニア人は苦労させられることになっているのだ。口を開けば「イレブンの皆さんのため」と、本来一番優先されるべき自分たちブリタニア人が疎かにされている状況に、すでに名誉も含めてブリタニア人の心は完全にと言っていいくらいにナナリーから離れている。そして当事者たるナナリーもスザクも、そのことに全く気付いていない。
 ナナリーは就任に際して、「自分は何もできない」と告げたが、実際には「できない」のではなく、「何もしない」がより正確だろう。示された決済書類にサインを入れるくらいで、後はローマイヤをはじめとする文人、官僚たちが必死になって作成した政策を、イレブンのためになっていないと、ただそれだけで代案を示すこともなくダメ出しをして拒絶しているだけであり、本当に「何もしない」よりも尚性質(たち)が悪い。ローマイヤたちの苦労は何も報われることはない。ローマイヤたちの苦労を何一つ理解しないままの総督に、誰も相手が皇族であるというだけで言いたいことも言えずにいるのだ。気の毒としかいいようがない。これらの事実を知れば、如何に憎いブリタニア人であっても、イレブンたちもローマイヤたちに同情するのではなかろうか。
 再建された“行政特区日本”だが、簡潔に言えば失敗に終わった。誰も参加しなかったのだ。いや、会場に100万人も揃った。揃いはしたが、ただそれだけだ。ナナリーの知らないところでゼロ、及び黒の騎士団と交渉がなされ、結果、ゼロのエリア11からの追放ということで、引き換えに協力を得られることになったのだが、ゼロはその「ゼロは追放」を逆手にとって、集まった100万人全てをゼロに扮させ、追放という取り決めに従って出国したのだ、全員がゼロとして。行き先はすでに話をつけていた隣国である中華連邦の人工島である蓬莱島。造られたものの、その先が手詰まりとなって放置されたままだったその島を借地として借り受け、そこでゼロは“合衆国日本”としての独立を宣言した。復活した際に行った独立宣言は、エリア11のトウキョウ租界内にある中華連邦の総領事館の一室であったことを思えば、借地であったとしても、今回の宣言こそが真に独立宣言と言っていいものだろう。
 合衆国日本となった蓬莱島では、政治的には、まだ子供といっていい年齢とはいえキョウト六家の筆頭である皇家の当主たる神楽耶が代表として立った。正確にはゼロがそうしたのだが。とはいえ、それはあくまで表向きであり、実際に蓬莱島の全てを取り仕切っているのはゼロである。だが共に移ってきた100万人の日本人の中でそれを不満に思う者は一人もいなかった。むしろ当然のことと受け止められている。彼らは皆、ゼロについてきたのだから。そしてまた、そう受け止められている理由の一つには、神楽耶のゼロに対する態度も多少は影響していたかもしれない。神楽耶は以前から、かつてのブラック・リベリオン以前から、自分はゼロの妻であると自称し、ゼロを「旦那さま」と呼んでいる。永く日本の頂点に存在し続けてきた皇家の当主たる神楽耶自身がゼロを自分の夫と言うなら、これまでのゼロの実績、蓬莱島に来るに至った経緯を考えても、現状は当然のこととされ、彼らには何ら問題はなかったのだ。





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