生と死 【5】




 1年程の時を経て、エリア11において、仮面のテロリスト“ゼロ”が復活した。ブリタニアに捕縛された後に処刑されたと公表されていたゼロが。
 かつて日本解放戦線に所属していた“厳島の奇跡”の二つ名を持つ藤堂鏡志郎の部下である卜部を筆頭に、ゼロを追って神根島まで辿り着いておきながら、そこでスザクによってゼロの正体を知らされ、更にはその言葉に惑わされ、親衛隊長としてゼロを守るべき立場にありながら、そのゼロであるルルーシュを見捨てて逃げ出した紅月カレン、そしてブリタニアの手から逃げ延びた黒の騎士団の残党、加えて、ゼロの共犯者を名乗っている、シャルルが記憶改竄をしてまでエリア11に、アッシュフォード学園にまでその身を捕らえるためにルルーシュを戻した原因たるC.C.とで、計画を立て、学園から弟役のロロと共にバベルタワーに外出する予定の情報を得て動き出し、その身柄を確保したのだ。そしてC.C.は、ルルーシュに“ギアス”を与えたそのコードの力をもって、シャルルによって改竄されていた記憶を戻し、それによってゼロの復活を促した。ただし、そのために部隊は全滅した。C.C.とカレンの二人だけを残し、その最後にはルルーシュがたとえ何者であろうと関係ないと、その言動からルルーシュを信じての卜部の身を呈しての行動により、ルルーシュは助かり、そうしてゼロとして復活したのだ。
 再びゼロとなったルルーシュは、まずは己の存在を、復活をディートハルトがかねて用意していたライン・オメガを使ってエリア内全てに宣言した。それに対してブリタニア── エリア11政庁── が行ったのは、ゼロをおびき出すための、捕縛中の黒の騎士団の隊員たちの公開処刑というものだったが、ルルーシュは策を弄して隊員たちを開放した。中華連邦を抱き込み、その総領事館に入り込んで。しかもそれだけにとどまらず、ゼロは独立宣言までしてのけた。それは中華連邦がエリアに所持する総領事館の一室に過ぎなかったが。
 それらを受けて、ブリタニア本国は臨時総督であったカラレスが死亡したこともあり、新しい総督の派遣を決めた。その新総督とは、1年程前に皇室に復帰したばかりの、日本との戦争で亡くなった“悲劇の皇族”の一人とされていた第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアであった。
 ルルーシュは新総督として赴任してくるのがナナリーであることを知っていた。いや、正確に言えば知らされたのだ、ゼロの復活を受けてルルーシュを見張るため、復活したゼロがルルーシュか否かを確かめるために、先にエリア11にやってきて、アッシュフォード学園に復学したスザクから。
 スザクは神根島でルルーシュを捕らえる直前、ルルーシュに向かって叫ぶように告げていた。ルルーシュの存在を否定した挙句、「ナナリーは僕が守る!」と。しかるに、現にスザクが行ったことは、ルルーシュの記憶が戻っているか否か、ひいてはゼロの正体が前と同じくルルーシュであるか否か、それを探るために、何も知らぬ、知らせていない、つまりは嘘をついているナナリーと携帯電話で二人を話をさせるという方法だった。要は、スザクはナナリーを利用したのだ。それの一体何処が「守る」ことだと言うのか。その際には、ルルーシュはすでに共に過ごした1年程の間の兄弟としての偽りの生活の中、生まれて初めて、肉親からの情愛というものを与えられ、慈しまれてきた己の監視者、ルルーシュが記憶を取り戻した時には殺すようにと指示を受けていたロロを篭絡しており、ギアス嚮団の実験体として、しかし嚮団の幹部や研究員たちに言わせれば、欠陥品であったロロのギアスによって凌いだ。
 それだけではない。スザクはアッシュフォード学園を、かつて彼を受け入れていた生徒会のメンバーをも欺いて利用したのだ。シャルルの命令が元ではあったろうが、学園創始者である理事長のルーベンを無視して、ルルーシュを見張るために勝手に学園内に手を入れ、更にはルーベンをはじめとするエリア11に滞在しているアッシュフォード一族、生徒会長であるミレイをはじめとする生徒会のメンバーに対して、シャルルが記憶改竄のギアスをかけるのに手を貸し、生徒会のメンバーを除いた、教職員、生徒のほとんどを入れ替えさせた。にもかかわらず、それが何を意味するか理解していないのか、ミレイたちを騙しているということを知らぬげに、自分は何もしていない、関与していない、とでも言うかのように、何気ない、かつてと同様の顔をして、少なくともミレイたちに対しては完全に加害者の一人であることを忘れたように、平然と復学してきたのだ。
 そんな余りにも身勝手な、ユーフェミアを殺したゼロであるルルーシュを倒すためなら何をしても許されるとでも思っているかのような、あまりにも独善的なスザクの態度を、ルルーシュは嫌悪し、侮蔑した。
 加えて、以前と変わらずに、中から国を変えると、力を付ければ、持てばそれができると思い込み、信じ込んでいる。戦場に出るために離れることはあっただろうが、それでもあのブリタニア本国で、宮殿で過ごしていながら、これまで一体何を見てきたのか。つまるところ、彼は必要な知識を何一つ耳目に入れることなく、理解することなく、ただ力を振るってきただけということなのだろう。そう、彼が言う、ワンとなってエリア11となった日本を所領として貰いうけるために。それが一番よい方法だと信じて。確かに仮にそれがなったとしたら、エリア11で流れる血は少なく済むだろうが、そのために彼は他の国でより多くの、彼にとっての誰かのユーフェミアを殺し続け、奪い続けているというのに。彼が、そして日本が味わったことと同じことを他国に強いているというのに。自分さえ、日本さえよければ、他の国が、そこに住む人々がどうなろうと構わないというのか。本当にそう思っているとしたら、その精神を疑う。ただ、スザクに実際にそこまでの考え、思いがあるか、理解しているか、甚だ疑問ではあるが。
 ましてやスザクは、ラウンズという神聖ブリタニア帝国の臣下としては最高位にあるとはいえ、所詮はブリタニア人ではなく、名誉、つまりはナンバーズあがり。スザクが望むようなことは決して受け入れられることなどないのは、肝心のスザク以外の者なら誰でも分かっていることなのに、当事者であるスザクだけが何も分かっていない。あまりにもブリタニアという国を軽く考えている。甘いとしか言いようがない。そしてそれは本当の意味での覚悟がないということを示しているのではないか、そうルルーシュは思い、かつてスザクに対して持っていた感情はとうに消えうせ、嫌悪、失望、絶望、そして呆れがその多くを占めている。
 そしてルルーシュは思う。自分が親友だと思っていた枢木スザクは、共に過ごしていた幼い頃だけで、戦後、別れた時に、自分の知っているスザクは死んだのだと。今のスザクは、いや、再会した時から、スザクはもう自分の知っている親友だったスザクではなくなっていたのだと。
 ルルーシュは己の過去の行動を後悔し、自分で自分を嘲笑した。自分は間違った、愚かだったと。再会した時に、あるいはクロヴィス総督の殺害犯として連行されるスザクを、ナナリーの希望があったためだったが救い出しながらも、己の手を取ることを拒絶し、自分を犯人にしたてあげたブリタニア軍に「ルールを守るべき」として戻っていった時、少なくとも自分たち兄妹の立場と、自分たちを匿ってくれているアッシュフォード、ルーベンとミレイらのことを考えれば、皇族の、副総督である第3皇女ユーフェミアの口利きで学園に編入してきた時に、縁を切るべきだった。スザクは名誉となり、しかも軍人となっていたのだから。少しでも、たとえほんの僅かな可能性でしかなくとも、危険は避けるべきだった。友人だ、などと言うべきではなかった。他人のふりをして無視すべきだったのだ、たとえスザクが、彼が名誉だということで他の生徒からどんな陰湿な苛めにあっていようとも。最悪でも、スザクが名誉でありながら現行唯一の第7世代KMFのデヴァイサーであると知れ、それがきっかけでユーフェミアがスザクを己の騎士と任命した時に、態度を変えるべきだった。己たち兄妹の出自を考えれば、その時点なら態度を変えてもスザクが疑問を持つ可能性は低かったはずだ。スザクがルルーシュとナナリーの置かれている立場、状況、その元となっている自分たちの出自を、それゆえにスザクが学園でルルーシュの友人として存在し続けることでどういう状態を招く可能性があるか、たとえスザクが真の意味で理解していなくとも、それを理由として説明すれば。本来ならそれが己がとるべき行動だったのだ。それをせずに何時までも、初めて得た友人ということでスザクを切り捨てることができなかった。どこまでもスザクを友人、親友として信じ、拘り続けてしまった。その結果を思えば、自分が如何にとるべき道を誤ったかがよく分かる。
 誰よりも愛し慈しんできた唯一の大切な妹のナナリーと引き離され、記憶を奪われ、偽りの弟と、やはり記憶を改竄されたミレイたちと共に、箱庭から檻と化した学園で、C.C.によって本来の記憶を取り戻すまで、その状況に何一つ疑問を持つこともなく過ごしてきた。
 そしてナナリーが総督としてエリア11に向かっている途中、太平洋上でナナリーの身を抑えるべく、黒の騎士団として行動を起こし、ルルーシュはゼロとして、ナナリーと二人だけという状況を作り出した。なんとしてもナナリーを取り戻す、その一心で。とはいえ、立場的にはゼロとしてあることしかできなかったが。
 しかしその時、ナナリーはゼロを否定した、間違っていると、世界はもっと優しく変えていけると。そしてスザクの手を取った。ゼロが兄のルルーシュであると知らなかったからとはいえ、それは理由にはならない。ナナリーがゼロのやり方を否定した事実は変えられない。それはその正体がルルーシュであるかどうかは関係ない。
 ルルーシュがゼロとなったのは、確かにナナリーが“優しい世界”を望んだこと、クロヴィス殺害犯としてスザクが連行される状況に、どうにかできないかと言ったことがきっかけだった。それしかルルーシュにはナナリーの望みを叶えてやる方法はなかった。ナナリーの言う、優しい方法など無いのだ。そのようなものでは、ブリタニアが力で世界の3分の1以上を支配する世界を変えることなどできない。だがナナリーはそれをできると言う。その意味するところは、ナナリーもまた、スザクと同様に何も理解(わか)っていないということだった。そしてナナリーをそんな風に思うように育ててしまったのは、彼女を真綿にくるむようにして大切な宝物のように、自分たちの置かれている状況も、世界の現状も、何も教えずにきたことが原因だ。とはいえ、皇室に戻されてからの1年余り、その間にナナリーに本当にその意思があったなら、いくらでも知ることができたはずのことではあった。にもかかわらず、“優しい方法で”などと口にすることができるということは、ナナリーは皇室に戻らされてからも、何も知らないまま、学ばないままに過ごしてきたということを意味している。あの権謀術数渦巻く魔窟のような皇室で、何も学んだ気配の見えない、感じられないスザクも同様に言えることだが、どうしたらそんな風に過ごしてこれたのか。それはナナリーがゼロであるルルーシュの大切な実妹であるからにすぎない。シャルルはルルーシュが記憶を取り戻し、再びゼロとなった時のことを考えてナナリーを特別扱いし、皇室から出された時にはまだ幼かったナナリーはそれを当然のことと、疑問にも思わなかったのだろう。だから何も学ぼうともせず、実際、学ばず、身に付けなかった。
 ルルーシュにとって、ナナリーがこの1年余り、本国の皇室でどのように過ごしてきたかなど関係ない。ナナリーに自分を、ナナリーの言葉がきっかけでゼロとなって行ってきたことを否定された、それが衝撃だった。しかもナナリーは、自分の出世のために、ユーフェミアの仇と言いながらルルーシュを殺すのではなく、シャルルに売るという手段をとった男であるスザクの手を取ったのだ。目の前で行われたその様に、ルルーシュはナナリーには自分はもう要らないのだ、スザクがいればそれでいいのだと、そう思った。ナナリーはゼロ── ルルーシュを否定したのだから。
 そうしてナナリーに否定されたルルーシュは、ナナリーの言葉がきっかけで始めたゼロをやめようと思った。ナナリーのために始めたものを、その本人に否定されたなら、続ける必要はない、そう思った。しかもそれだけではなく、ゼロとしてだけではなく、自分の全てを否定されたような気になってしまい、ルルーシュは単にゼロであることをやめ、仮面を置くだけではなく、自分のやってきたことを否定されたことから、存在そのものを否定されたように感じ取り、隠し持っていた、過去の楽しい記憶を思い出させてくれる麻薬── リフレイン── を取り出した。ナナリーに自分を否定されたという悲しみから逃れるように。ナナリーのためだけに生きてきたのに、そのナナリーから否定され、ナナリーは兄である自分ではなくスザクを選んだ。ならばもう自分が存在する必要はない。かつて父であるシャルルから言われたように、スザクから言われたように、自分は存在していてはならないのだと。だからリフレインを使って楽しい記憶だけを持って、この世から、ナナリーに否定された世界から消えようと。
 しかし今にもリフレインを使おうとしたルルーシュを止めた者がいた。「人に夢を見せた責任をとれ」と。





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