生と死 【4】




 この場合、そのイレギュラーはルルーシュの持つギアスの暴走だった。
 最初こそユーフェミアに自分を撃たせる気でいたルルーシュだったが、ユーフェミアは「ナナリーのため」との言葉で、ルルーシュの意思を見事に変えたのだ。結果、ルルーシュはユーフェミアの手を取り、会話の中でギアスの説明をしている際にそのギアスの暴走が起き、あくまでたとえ話、一つの例としてルルーシュが口にした「日本人を殺せ」がユーフェミアに絶対遵守のギアスとしてかかってしまい、ユーフェミアは日本人を殺した。それだけではない、会場内にいるブリタニア兵に対し、日本人の虐殺を命じたのだ。ルルーシュのギアスは日本人一人を殺せば済むだろう内容だったにもかかわらず、ユーフェミアの、結局は権力を振るうことを当然とし、己の言葉には誰もが従うという、おそらくは本人も気付いていないだろう意識がそうさせたのだろう。つまるところ、どれほど“慈愛の皇女”と呼ばれようと、そう思われるような言動をとっていようと、ユーフェミアも結局は力が全て、弱肉強食が国是のブリタニアの皇女、皇族にすぎなかったことの証左なのかもしれない。
 ステージ上からマシンガンを片手に嬉々として次々と日本人たちを殺していくユーフェミアに、当初は彼女のその行動を止めようとして声を掛け続けたルルーシュだったが、無理と判断し、せめて行動できないようにと腹部に一発の弾丸を撃ち込んだ。そう、たった一発、それもそれなりに重症といえるものではあろうが、決して致命傷ではない、きちんと治療をすれば命は助かるだろう程度のものを。ブリタニアの最新医療は世界一である。だからユーフェミアの動きを止め、命が助かるだろう部位を狙って撃ったのだ。実際、かつてC.C.をその手に取り戻すべくルルーシュを襲ったマオは、躰中に数え切れないほどの銃撃を受けても生きていたのだから。
 しかしそれは、何も考えずにただユーフェミアの治療をと、彼女がゼロに、ルルーシュがユーフェミアを撃った時に、本来なら彼女を守るべく傍にあるべき騎士でありながら傍にいなかったスザクによって、ルルーシュのその配慮は完全に無駄になった。スザクが愚かにも程があるだろう行為を行ったことによる。ランスロットの手にユーフェミアの躰を乗せて、応急処置も、最低限の血止めすらもロクに何もしない状態で、風圧や躰にかかるGのことも考えず、上空のアヴァロンに運び入れるという、銃で負傷した人間に対してするとは、とうてい思えない行動をとったばかりに、ユーフェミアの傷は悪化し、内臓破裂、そのための大量出血により、死亡するに至ったのだ。それは、アヴァロンの所有者はリ家の政敵といっていいシュナイゼルであり、また、可能性としてだが、ユーフェミアがすでに特区設立と引き換えに皇籍奉還をしているという事実を知っていたことが多少は影響していたことも、決して否定できない。そう、つまりシュナイゼルはするべき治療を何もさせなかったという可能性もないではないのだが、いずれにせよ、スザクの取った行動こそがユーフェミアの躰に、その傷に与えた影響はとうてい軽いものなどではなく、むしろその行動こそがユーフェミアにとっては致命傷となったと言えるものだったのは間違いない。スザクは決して認めないだろうし、そのようなことは思いもよらないだろうが。



 ユーフェミアによる特区での日本人虐殺に始まるイレブン── 日本人── の蜂起、後に“ブラック・リベリオン”と呼ばれることになるそれは、当初はゼロの策もあり、黒の騎士団を中心とするイレブンに有利と言えなくもなかった。それは元々の武力の差を考えればありえないことであったが、イレブンの、否、日本人のブリタニアへの憎しみ、恨みが、それだけ深かったということだろう。ましてや“慈愛の皇女”と呼ばれていたユーフェミアの裏切りにより、多数の者が虐殺された後となればなおさらか。
 しかし、そうしてトウキョウ租界の政庁に迫らんとしている最中、ゼロであるルルーシュは、C.C.からナナリーが浚われたとの情報を得、本来ならば指導者としては決してあってはならないことであろうが── 黒の騎士団の創設自体も、元を正せばナナリーのためがきっかけであったことを考えれば当然なのかもしれない── ルルーシュは一人── 正確にはガウェインの操縦を行っているC.C.と二人だが── 戦場を離脱し、C.C.に導かれるまま、とある島に向かった。
 そのゼロを追うのは、ユーフェミアを殺されたと復讐に燃えるスザクと、扇からの指示を受けたカレンの二人だった。
 辿り着いたのは、どういった方法によるものか未だに知れないが、以前にも飛ばされてきたことのある神根島。ギアス関連の遺跡のある島だ。到着直前、やはりゼロを追ってきた、KGFに騎乗した、改造をされ、その影響か、精神的にまだまだ不安定なジェレミア・ゴットバルトがいた。それはC.C.がルルーシュを先に神根島に降ろし、一人ガウェインで体当たりをして海中に沈めることで凌いだ。
 そしてナナリーがいるであろう扉の前に立ち、どうしたものかと思案していたところへ、ゼロを追ってきたスザクがやってきた。スザクはこの時、すでに見知らぬ子供からゼロの正体がルルーシュであること、ユーフェミアが乱心して日本人虐殺を行ったのは、ルルーシュの持つギアスという力によるものであるとの情報を得ていた。見も知らぬ、何処の誰とも知れぬ子供の言うことを素直に信じるというのはどういうことなのだろう。普通の神経であれば、誰なのか、何故、自分にそのようなことを告げるのか、そして告げられた内容は本当に真実なのか、疑ってかかるものだろう。しかしスザクは信じた。ユーフェミアを殺されたこと、更にその前に起きたユーフェミアの行った、とても彼女が本気で行ったとはとうてい思えない行動。加えて、正直、ゼロはルルーシュではないのかと、少し疑っていた部分があったのも否めない事実である。そしてまた、これまでアッシュフォード学園においてルルーシュに救われてきたことなど、スザクは全く考えていなかった。ただユーフェミアだけが自分を認めてくれたと、ルルーシュたち兄妹や生徒会のメンバーから示されていた好意に対して、少しも考えてなどいなかった。全く頭に無かった。ルルーシュをはじめとした彼らもまた、スザウを認めていたというのに。しかもそれはルルーシュの「スザクは自分の親友」との発言があったればこそであったのに、そのことに対して全く配慮していなかった。スザクの中で、ルルーシュが彼のためにとっていた行動は、スザクにとっては全くの無意味だったのだろう。親友だから当然のこと、特別に思うことなどない、とでも思っていたのか。ルルーシュの隠された出自を考えれば、彼がスザクのためにととった行動がどれほど危険を伴うものであったか理解できたであろうに、スザクは、ただ自分を学園に通わせてくれ、己の騎士に任命し、日本人のために“行政特区日本”という政策を打ち出してくれたユーフェミアだけが全てだったのだろう。そんなスザクの一方的で独善的な歪んだ思いが、ルルーシュを否定する。かつてルルーシュの父であるシャルル皇帝が、彼に対して「死んでいる、生きてはいない」と告げたように、スザクはルルーシュのことを「世界のノイズ、存在していてはいけない」と否定したのだ。
 ユーフェミアの仇としてそこまで言うなら、スザクはその場でルルーシュを殺すべきだった。しかしスザクはそうはしなかった。ルルーシュをユーフェミアの仇と言いながら、また、コーネリアから仇をとれ、と言われていたにもかかわらず、スザクは己の出世をとった。そのために、己の出世と引き換えに、ルルーシュを、彼が誰よりも憎んでやまない皇帝シャルルに売ったのだ。そしてルルーシュがユーフェミアに卑怯にもギアスをかけたと責めながら、シャルルがルルーシュにギアスをかけるのに手を貸した。とんだダブルスタンダードだ。そしてそれを、ルルーシュに対してだけではなく、スザクを受入れていたアッシュフォードの生徒会のメンバーや理事長であるルーベンをはじめとするアッシュフォード家の者に対しても行ったのだ。
 結果、スザクはルルーシュをユーフェミアの仇と憎み続けながら、殺すこともできず、命じられるままに、シャルルによって記憶を改竄されたルルーシュの監視を行った。スザクにその意識はなかったかもしれない、理解していなかったかもしれないが、もしルルーシュが記憶を取り戻した時、ミレイたち生徒会のメンバーを彼に対する人質とすることを前提として。そして妹のナナリーの代わりに、暗殺者として育てられ、人の体感時間を止めるギアスを持つ少年── ロロ── をルルーシュの傍らに、彼を見張るために弟として置き、ルルーシュが暮らすクラブハウスはもちろん、学園内のいたる所に監視カメラや盗聴器をしかけ、かつてのルルーシュとナナリーを守るためにルーベンによって箱庭として創られた学園を、今はルルーシュを飼うための監獄とし、その学園の地下には、それらから得られる情報を管理統括する施設まで用意した。しかもそのために機密情報局の局員を何人も教職員の中に忍び込ませて。シャルルが求めるたった一人の少女── ゼロたるルルーシュの共犯者であるC.C.── を釣り上げるためだけに。
 つまり、スザクはユーフェミアの仇を討つことよりも、己の望みを果たす方を選んだのだ。それはユーフェミアの仇を取ることを放棄したとも言える。本人の自覚はどうあれ、端から見ればそれが事実だ。ユーフェミアの仇を、ルルーシュを殺すことで果たすという方法をスザクは自ら捨てたのだ。シャルルに対して売るという方法と引き換えにして。そしてスザクは肝心なことを、全く、何一つ理解していない。仮にも日本がブリタニアに敗戦した時、まだ子供だったとはいえ、政治家、それも首相の息子でありながら、政治というものを全く理解していなかったし、しようともしていなかった。ただ己の価値観だけで考えていたと言っていい。
 スザクが望んだのは、ブリタニアでは臣下としては最高位であるラウンズとなることだった。そしてやがては12席あるうちのワンとなり、ワンにだけ認められた己の所領を得ること。つまり、スザクは所領としてエリア11となった日本を貰い受けようと考えたのだ。しかし名誉であるスザクがワンになることなどありえない。決して周囲の者が認めることはない。そしてもし仮に万に一つの可能性でスザクがワンとなり、エリア11を所領として貰い受けることができたとしても、それはどこまでいってもあくまでブリタニアの属領であるに過ぎず、日本人が真に望むブリタニアからの独立からは程遠いことだというのに、それを全く理解していない。ましてや、それはあくまでスザクがワンである間だけのことであり、日本人の望みとは遠くかけ離れているのに、スザクはそれが一番いい方法であり、日本人のためだと思い込んでいる。これはスザク個人の独善的な思い、考えでしかないのに、あくまでもワンになってエリア11を貰い受けることしか考えていないのだ。スザクが望んだことが叶ったとしても、いずれはまた元に戻るだけだということを、何も理解していない。絶対君主制というものがどういうものか何も理解していないのだ。どこまでいっても、たとえ最高位のラウンズの一人となったとはいえ、皇帝による絶対君主制、専制国家においては、あくまで臣下であって、国の政策を、それがどんなに簡単なことであったとしても変えることなどできないというのに、自分が変えると言って、それに対して全く疑問など持っていない。必ず変えられる、変えてみせるとどこまでも言い続けている。ブリタニアにおいては、政策の最終決定権を持つのは皇帝唯一人のみという、至極簡単極まりないことを、皇帝以外は誰も何も変えることなどできないという、そんな単純で簡単なことを、呆れるほどに全く理解していない。
 そんなスザクであれば、ブリタニアにおける騎士制度についても、宮廷における作法、マナーにしても、何も理解していないし、しようとすらしない。知る必要を認識していないのだろう。そうしてブリタニアという国家がどういうものなのか、根本的なことを何一つ理解しないままなのだ。それで一体どうやって己の望みを果たそうなどと、果たせるなどと思えるのか。いや、何も理解していないからこそできると思い込んでいるのだろう。ブリタニア国民であれば、当然のこととして国家のことを、皇族や貴族、そこに仕えるものであれば誰もが知っていて当然のことを、何も知ろう、理解しようとする努力すらせずにどうするつもりなのか、スザクの思いを知るものが見れば、甚だ疑問であり、だからまた、スザクの言動は矛盾に満ちているとしか思えないのだ。
 一方、スザクがそれらを理解していないことを知っていながら、宮廷にある者の誰一人として、それをスザクに教えようとする者はいなかった。臣下としては最高位のラウンズとはいえ、所詮は名誉、つまりはナンバーズに過ぎないと、そんなスザクを陰で嘲弄していた。だから誰も、本人から訪ねられてもいないそれらを教える必要性を覚えないのだ。そしてそれはロイドとて似たようなものだ。理由こそは違うが。スザクがラウンズとなったことで立場関係こそは変わったが、それでもロイドは伯爵であり、スザクは一代限りの騎士侯にすぎない。ロイドにとって大切なのはあくまでランスロットであり、だからスザクが名誉であろうと、適合率の高さからスザクをデヴァイサー── 彼言うところのパーツ── とした。ロイドにとって大切なのはあくまでランスロットであり、彼がそのパーツであるスザクに求めるのは適合率の高さのみであり、それ以外についてはスザクが自分でどうにかすべきことであって、何も聞かれない以上、ロイドがどうにかする、手を差し伸べるなどという必要性を全く感じていない。だからロイドもまた、他の者たちのようにスザクに宮廷人として当然のこととして知っているべきことを、わざわざ教えてやる必要性を感じていない。ロイドは自分は研究者、科学者であって、教育者ではないのだからと、そう考えているゆえでもある。ロイドの副官であるセシルは、上司であるロイドの態度から自分が口を出すべきことではないと判断している。だからスザクは何も知らないまま、嘲笑され続けているのだ。そしてそれを、スザクは“自分は名誉だから仕方ない、当然だ”と、知らないことをそれを理由にして正当化し、自分から学ぼうとしないままだ。これでは何も変わりようがない。中から国を変える── もっともそれ以前に、ブリタニアという国の在り方から考えれば、元より無理な話ではあるのだが── と言いながら、そのような状態では何一つとして変えようがないというのに。





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