生と死 【3】




 スザクがユーフェミアの騎士となった時、ルルーシュは彼を切り捨てるべきだったのだ。
 何よりも、スザクが名誉であるということから、他のブリタニア人からの反発が強く、彼を引きずり落とそうと考える輩が存在することは十分に考えられることだった。加えて、イレブンからはブリタニアに尻尾を振る狗、“裏切り者”呼ばわりされている。それも、彼一人だけが、名誉であるにもかかわらず、皇女であるユーフェミアの口利きで学生生活を送っていることに加えて、今回の騎士任命で、イレブンや名誉となった者たちの中でも、彼一人だけが特別扱いされているという現実。副総督である皇女から贔屓され、他の同様の境遇にある者たちに対しては何も為されないという状況下、スザクに対する反発は一層強まった。そうしたブリタニア人やイレブンたちの思いの行き着く先は、どう考えてもスザク本人ではありえない。皇女の騎士に手を出すことなどできないのだから。つまり、スザクが通うアッシュフォード学園、あるいはそこに在籍する生徒がその標的にされる可能性が高まるということであり、それは必然的にルルーシュとナナリーに対する危険性が増したことを意味する。
 しかし、ルルーシュは理性ではそうと分かっていても、スザクを切り捨てることはできなかった。初めてできた友人、幼馴染の親友。そのスザクに対する思いが、ルルーシュにスザクを切り捨てさせることをできなくさせていた。
 一方、ミレイもまた、激しく後悔した。皇女の“お願い”という名の“命令”でアッシュフォード学園への編入を認めたのは致し方ない。そしてそこまでだったらまだ許容範囲だった。しかし、騎士となれば話は違う。スザク本人には、ユーフェミアから言われているからと退学する気配は全くない。むしろ言われている以上、可能な限り通学を続けるのは当然だと思っているように見受けられる。主である、皇族で騎士というものを何よりも知っているはずのユーフェミアは、主として間違いなく、正しい知識を持たないままに誤りを犯している。そしてスザクは、元がイレブン── 日本人── であったことを考えれば多少は致し方ないとも思えるが、皇族の騎士という存在を、騎士制度を全く理解していない。
 通学を続けると聞かされた時点で、ミレイはスザクに対して最後通牒を突きつけるべきだったと思った。アッシュフォード学園高等部の生徒会長として、そしてまた大切な主家の二人を守るための、“学園”という名の箱庭を守る番人としても、そうするべきだったと。ルールを何よりも重視するスザクの性格を考えれば、いくら主であるユーフェミアに言われたから、許可を受けたからとはいえ、騎士たる者はどうあるべきか、それをルールとして言い切れば、スザクは言われるがままに退学届を出したことだろう。しかしそれをしなかったばかりに、後に主君── ルルーシュ── に対する一層の危険を招いてしまったと、その思いを強くした。
 スザクが騎士となった時点で退学さえしていれば、ユーフェミアが学園祭に来ることも、あのような馬鹿げた政策を、よりにもよって勝手にアッシュフォード学園の学園祭において、マスコミを前に全国に公表されることも無かっただろう。いや、あるいは場所以前に、政策の公表すらなかったかもしれない。そう考えると、ミレイは悔やんでも悔やみきれなかった。
 ユーフェミアが公表した政策、“行政特区日本”は、ある程度それなりに政治に関しての知識のある者── たとえ学生程度でも── が聞けば、そしてまた、ユーフェミアが影で“お飾り”と影で称され、これまでに公表されてきている彼女が副総督として為してきたこと、いや、何もしてこなかったことか、それを考えれば、ただ単に理想を述べるだけの、政策などと呼べる代物でないことは簡単に想像がつく。そしてユーフェミアがそれを行うために何もしないだろうことも。責任者として書類にサインを入れるくらいはするだろうが、結局は何も理解(わか)らないまま、自分の理想を、公表した内容に沿うよう整えるようにと、政庁に詰める官僚たちに丸投げするのが目に見えている。気の毒なのはそれをされた官僚たちと、イレブンのために自分たちの血税を浪費されるブリタニア人だ。ブリタニア人とて、必ずしも皆が皆、裕福なわけではなく、中には障害を抱えている者、病気の者、働き手の親や子を亡くした者、貧困にある者、つまり皇帝が言うところの弱者とていないわけではないのだ。それをさしおいて、本来一番に考え、守るべきブリタニア人ではなく、イレブンのためにブリタニア人の納めた税金を遣うというのだ。ブリタニア人からすればこれが浪費でなくてなんだというのだろう。ゲットーの整備なら、不満はあってもまだ多少は納得できる。ゲットーが整備され、そこに住むイレブンの環境が少しなりとも良くなれば、各エリアの中でもことにテロの発生確率の高いエリア11だが、そのテロも少しは減るだろうことが予想されるからだ。しかし、ユーフェミアは単に差別は間違っていると、そして極限られた一部のイレブンのために“行政特区”を創ると言っているのだ。これが理想主義でなくてなんだというのだろうか。特区の中に入れた者と入れなかった、あるいは入らない者との間にも差が出るというのに、そしてそこにまた別の差別が生まれる可能性が大いにあるというのに、ユーフェミアにはそれが本当に何一つ理解っていない。
 それらを考えた時、ましてやルルーシュの妹のナナリーが身体障害を抱えている身であることも加え、何も理解していない、考えようともしていない、ただ自分たちの主張は正しいとばかりに自慢げに── 本人にその自覚はないかもしれないが── あまりにも上から目線── 人々から傅かれて当然と思っている皇族ならおのずとそうなるか、とも思うが── 告げる主従とも言えぬ風情の二人の有り様を見ていると、悔しくて、憎くて、たまらなかった。泣きたくもあったが、自分の立場では泣くことなどできず、多くの者たち── たぶんに彼らはきちんと考えていないのだろう、本質を理解していないのだろう── が取り囲み、ただただユーフェミアを賞賛している。そんな彼らに対し、ミレイはひたすら怒りの目を向けるしかできずにいた。もっとも、逆に、離れて冷めた目で見つめている者たちがいることにも気付いてはいたが。
 ユーフェミアの実姉であり、彼女を溺愛するこのエリア11の総督たる第2皇女コーネリアは、皇族が一度口にしたことを撤回することは朝令暮改になり、そのようなことはできないとして、消極的にユーフェミアの“行政特区日本”を認めてしまった。しかしつまるところ、愛する妹に嫌われたくない、が本音であり、溺愛するユーフェミアが絡むと、常は模範的な皇族であり、“ブリタニアの魔女”とまで呼ばれるコーネリアも、国是に反しているという意識が薄くなってくる。国是よりも総督たる己の立場よりも、愛するユーフェミアの姉という立場が前面に出てしまい、結果的にそれが彼女に公的な判断を誤らせてしまうのだ。実際、今回の“行政特区日本”の公表以前に、ユーフェミアが名誉であるスザクを騎士に任じた時も、内心はどうあれ、騎士を任命するのは皇族の権利と、それ以外は何も告げなかった。本来、特別派遣嚮同技術部── 通称“特派”── は、帝国宰相にして第2皇子シュナイゼルが創設した組織であり、スザクの直接の上司は伯爵たるロイド・アスプルンドであるが、その上にはシュナイゼルがいるということだ。それが何を意味するかといえば、スザクはシュナイゼルの、つまりはエル家の部下、ということになる。それをリ家の者がエル家、シュナイゼルに無断で騎士に任ずることなどできないのだが、この時も、コーネリアはスザクが“名誉”であるということにばかり気がいって、シュナイゼルのことを失念していた。そしてシュナイゼルが何も言ってこないこともあったのだろうが、コーネリアも、そしてたぶんに何も知ることなく、知ろうともせずにスザクを騎士に指名したユーフェミアも、シュナイゼルに対して何の連絡を入れることもしていない。それが皇室内における己らの立場を悪くしていることにも気付かずに。そしておそらくは騎士に任命されたスザク自身もそのことに気付いてなどいないのだろう。もし気付いていたなら、さすがに名誉が皇族からの指名に対して直接断るなどということはできないが、上司であり、しかも伯爵にしてシュナイゼルの友人でもあるロイドに相談するなりして、どうにか対応し、騎士任命に対して、どのような方法になるかはともかく、結果的には断りを入れるか、さもなくば特派を辞してからユーフェミアの騎士となっていたであろうから。ただ後者を選んだ場合、エル家の、しかも帝国宰相であるシュナイゼルから、リ家の、一エリアの“お飾り”の副総督で、国是に反した己の理想に酔っているかのような発言ばかりを繰り返すユーフェミアに“乗り換えた”、主を簡単に取り替えたと、正面きって言われることはなくとも、ほとんどの国民からそう思われ、批難の目を向けられるのは間違いないだろうが。
 そしてまた、帝国のNo.2たるシュナイゼルから、実際には有力貴族である母の実家と姉の力だけで、己自信は何の知識も能力も持たないユーフェミアの騎士となったことで、スザクの言う「ブリタニアを中から変える」ということは決してできなくなったのだが、そんな簡単なことにすら、スザクは気付いてなどいないのだろう。
 そうしてほぼなし崩しといっていいだろう状況の中、ユーフェミアが告げた通り、フジサン周辺に“行政特区日本”設立のための工事が急ピッチで進められていく。
 そんな中、ユーフェミアから参加と協力を要請されたゼロと黒の騎士団であるが、黒の騎士団の中にも、特区の持つ意味、そこに参加することの本質を何ら考えることも理解することもせずに、参加すべきだと言う者もいる。その筆頭が副指令である扇要だ。もともと黒の騎士団となる前の扇グループのリーダーだった男だが、正直、扇には自分で物事を考えるという能力が、リーダーとしては著しく不足している。イレブンが、つまるところ日本人が真に望んでいるのはエリア11となった日本のブリタニアからの独立であって、ブリタニアから許されて与えられる一部の自治区などではない。それは愚かにも中から変えていくべきだと、認められればそうできると信じているスザクにも言えることではあるが。スザクの言っていることは、要は独立ではなく、現状のまま、あくまでブリタニアの植民地、属領としてあるのが、本人にその自覚、あるいは認識はなくとも、それが前提なのだから。
 一方、肝心のゼロであるルルーシュだが、最初からユーフェミアの特区に参加する意思など全くない。ユーフェミアの特区は穴だらけの欠陥住宅も同然だ。しかもブリタニアの国是から考えれば、現状からいけば設立はできるだろうが、何時まで認められるかも分からない。何時取り潰されてもおかしくない代物だ。そのようなもののために()ち上がったのでもなければ、行動を開始したわけでもない。第一、何故参加しなければならないのか。イレブン、日本人のための特区にブリタニア人の自分たちが。仮に参加したとして、ブリタニア人は運営のために参加する、いや、させられる者やその関係者がほとんどだろう。純粋な思いから参加するブリタニア人がいるとは思えない。仮にいたとしても、主義者と呼ばれる者たちが僅かにいるくらいだろう。そんな中にどうして身体障害を抱えるナナリーと二人、参加などできようか。できはしない。かつて幼い頃、枢木神社にいた頃のように、以前のように日本人と呼ばれるようになったイレブンに、また迫害を受けるだけになるだろう。ゼロとしてある時はともかく、ただの一般庶民たるランペルージ兄妹としてある時は、誰も守ってくれなどしないのだから。そのような場所にナナリーを連れて参加することなど、決してできようはずがない。それでなくても、もともとシンジュクゲットーを中心とした独立地域を創るつもりで、その計画を立てていたのだ。それをユーフェミアに先を越された状態だ。しかも、ユーフェミア自身は完全に慈善、善行のつもりだろうが、ブリタニアという国の本質を考えれば、決してユーフェミアが宣言したようなものになろうはずがない。加えて特区成立後の、特区の外の問題もある。しかし、参加をしなかったらどうなるか、それもまた悩みの種ではある。
 黒の騎士団は“正義の味方”と称して活動を続け、イレブンたち、中にはブリタニア人の一部からさえもその存在を認められ、支持を受けている。しかし今ここでイレブンに歩み寄った形のユーフェミアの特区に参加することを拒んだ場合、黒の騎士団は、その存在意義を失うことになる。
 特区に参加すれば武力を放棄させられることになるのは間違いなく、そうなれば、その後はどのようなことがあれ、二度と日本独立のためのブリタニアに抵抗する手段を手にすることはできなくなるだろう。逆に参加を拒めば、日本人を裏切るのかと責められることだろう。自分たちの味方ではなかったのかと。少なくとも、ユーフェミアの宣言した特区は、たとえ一部の地域限定とはいえ、“イレブンたる日本人のため”のものなのだから。つまるところ、参加しても参加しなくても、黒の騎士団に先は無いということになる。
 そこでルルーシュが考えたのは、式典には参加する、しかし特区には参加しない、というものだった。方法としては、ユーフェミアとどうにかして── ゼロの正体がルルーシュであることを、ある事件をきっかけに知っている彼女なら、二人だけでと告げても何の疑問を持つこともなく了承するだろう── 二人だけになり、そしてユーフェミアに自分を、ゼロを撃てとギアスをかける。その場合、自分が命を落とす可能性が全く無いとは言い切れないが、ゼロが、特区を提唱し参加を呼びかけたユーフェミアによって撃たれたことにより、特区政策は最初からゼロを誘き寄せて殺すための罠だったのだと、そう参加した日本人たちに思わせ、ブリタニアからの独立行動の決起を促すこともできるだろうとの考えからだった。
 しかし、それはあくまで予定であり、予定は必ずしも確定ではない。何事もイレギュラーが発生することはある。





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