生と死 【2】




 ルルーシュは、シンジュクゲットーの時のテロリスト組織と接触し、その組織を元に“黒の騎士団”という新たなテロリスト組織を構成した。“正義の味方”と称し、ブリタニア人、名誉、イレブンに関わらず、弱者の味方として悪には悪をもってもこれを倒すとし、折からカワグチ湖のホテルで開かれていたサクラダイトに関する会議の場において、その会場となっていたホテルを占拠したテロリスト── 日本解放戦線── から、人質の一人となっていた副総督たる第3皇女ユーフェミアを救い出し、エリア11内に、いや、世界に対して宣言して名乗りを上げた。
 そして“正義の味方”と宣言した通り、単にテロリストとして活動するだけではなく、本来ならば政庁が取り締まらねばならない麻薬── リフレイン── を扱う者たちを捕まえたりなどもした。余談であるが、その結果、黒の騎士団のエースパイロットともいえる紅月カレンの母親を救い出し、カレンとの仲をとりもつことができたのは幸いというべきか。



 それらのこととは別に、クロヴィス暗殺犯とされたスザクは、ルルーシュがゼロとして、己が殺したと名乗りをあげたこともあってか、加えて伯爵位にある者の証言によりアリバイが証明されたこともあって、証拠不十分として結果的に釈放されていた。
 そしてその後、どういった経過があってそうなったのかは分からなかったが、スザクはルルーシュとナナリーがいるアッシュフォード学園に編入してきた。釈放されたとはいえ、一時は総督暗殺犯とされた者を、そう簡単にアッシュフォードが受け入れるとは考えられず、ルルーシュは疑念に思い調べた。もっともそれは、理事長であるルーベンに尋ねただけのことだったが。
 そして分かったのは、スザクの編入は、このエリアの副総督である第3皇女ユーフェミアの“お願い”という名の“命令”によるものだということだった。そうであれば、アッシュフォードに断るという選択肢はない。ユーフェミア本人がどう考えていたかはともかく、結局のところは“皇族の命令”以外の何物でもないのだから。つまり、ユーフェミアの思惑はどうあれ、アッシュフォードが逆らい、拒絶することはできなかったのだ。それでも、ルルーシュはスザクの無事を喜んだ。ゼロとして()った己の手を振り払われたとはいえ。
 ともかくもそうして編入してきたスザクは、結果はどうあれ、彼が総督暗殺犯として拘束された存在であったこと、そして何よりも名誉の、しかも軍人であるということから、アッシュフォード学園の生徒たちからは遠巻きにされ、陰湿な苛めにもあっていた。それを見かねて、皇室から隠れているという、常に危険と背中合わせの状態にあるにもかかわらず、自分が初めて得た幼馴染ともいえる友人、いや、親友ということから、ルルーシュはスザクを自分の友人だと学園の皆を前に公表したのだ。ルルーシュの学園内における人気は高い。更には生徒会副会長である。つまり信用が大きい。そんなことから、完全にとはいかずとも、次第に、あくまでも“ルルーシュの友人”としてスザクは受け入れられていった。とはいえ、スザク本人はそんなことには一向に気付いていなかったが。ルルーシュが、スザクを自分の友人だと、そう告げた時にすぐ傍におり、それ以降に明らかに周囲の態度が変わったにもかかわらずだ。そしてまた、アッシュフォードに匿われていると告げたルルーシュの言葉を、スザクは分かってはいても、そこに含められる本当の意味合いについては全く理解してはいなかった。それにルルーシュが気付いたのはもっと後のことだったが。加えて、そんな状況の中で皇族の口利きで編入してきた名誉を自分の友人だと告げることが、彼にとって如何に危険を伴うものであったかにも、もちろん全く思い至らず、後に彼は、第3皇女ユーフェミアだけが「自分を認めてくれた」と事あるごとに告げていた。ならば、ルルーシュと、彼の言葉を受けてスザクを受け入れたアッシュフォードは、ことに会長であるミレイをはじめとした生徒会のメンバーはなんだったというのかと、後にルルーシュは酷く後悔したものだ。
 ルルーシュがゼロとして妹のナナリーにも何一つ告げずに活動する中、ルルーシュたち兄妹に、二人に心配をかけまいとの思いからだったのだろうが、技術部に配属となって前線に出ることはないと告げていたスザクが、“厳島の奇跡”と二つ名を持つ藤堂鏡志朗がブリタニア軍に捕まり処刑されようとしていた際、キョウトからの依頼を受けて、彼の部下たる四聖剣と呼ばれる者たちと共に、彼を救い出すための作戦実行時に、実は現行唯一の第7世代KMF、黒の騎士団が“白兜”と呼んでいるランスロットのデヴァイサーであると知れたのだ。それだけではない。それをクロヴィス美術館で中継を観ていたユーフェミアが、スザクを己の騎士となる者だと告げたのである。
 ユーフェミアが、例外的── 適合率ということから特例的── にKMFへの騎乗を認められた名誉を己の騎士に任命したことに対して、表立った声がユーフェミアに届くことはなかったが、政庁に務める官僚、軍人、租界に住まうブリタニア人からも批難の声があがっていた。
 スザクがユーフェミアから騎士指名を受け、それを受けたと聞いた時、ルルーシュはスザクはアッシュフォードを退学するものだと思っていた。何もそれはルルーシュに限ったことではない。ほとんど全てといっていいだろう生徒が、教職員がそう思っていた。もちろん、理事長であるルーベンやミレイをはじめとする生徒会のメンバーもだ。皇族の騎士たる者が、主たる皇族の傍を離れて一般の学校に通い続けるなど、ブリタニアの騎士制度を少しでも分かっていればありえないことなのだから、それが当然の反応だった。
 しかし、スザクは違った。いや、この場合、主となったユーフェミアも、と言うべきか。スザクは「ユーフェミア様がいいと言ってくださっているから」と、出席の比率は下がると思うが、騎士叙任後も変わらずにアッシュフォードに通学し続けると告げたのだ。
 ミレイがスザクの騎士就任を祝ってパーティを開いたのも、その中には言葉には出さなかったが別れの意味合いがあった。主催のミレイだけではない。スザクの言葉を聞くまでは、皆、そう思っていたのだ。そのため、スザクの通学を続けるという言葉を聞かされた者は、パーティの間、複雑な心境だった。そしてまた思った。スザクは、そしてスザクを己の騎士として指名したユーフェミア皇女は何を考えているのかと。ブリタニアの騎士制度をどう捉えているのかと。そして皆、口に出さずとも似たような結論を出していた。二人とも真にブリタニアにおける騎士制度を理解していない。二人のそれは、単なる主従ごっごに過ぎないのだと。もともとが騎士制度などのない日本人であった名誉のスザクはまだ致し方ないと思える部分がなくもない。だが、皇女たるユーフェミアが理解していないとは一体どういうことなのか。それでも本当に皇族と言える存在なのか。己の騎士たる者が、常に己の傍にいないことを平然と認めるなど、本当に騎士制度を、騎士という存在の意味を理解していたなら決してできないことなのだから。ゆえに、表面には出さぬまでも、それらの事情を知る者たちの二人に対する評価はおのずと厳しいものとなるのを否めなかった。
 ことに、理事長であるルーベンとその孫娘であり生徒会長であるミレイはなおさらだ。何故なら、アッシュフォードは“元”とつくとはいえ、皇子と皇女を匿っているのだから。スザクが名誉ではなく、多少身分は低くとも純粋なブリタニア人だったならまだよかった。だが実際にはスザクは名誉以外の何者でもない。となれば、スザクの追い落としを狙う者、名誉であるスザクを騎士に任命したユーフェミア── リ家── の追い落とし、とまではいかずとも、多少なりともその地位を降格させようと思う者は少なからずいる。それがたとえ兄弟姉妹(きょうだい)間であったとしても、皇位継承を巡っての争いを奨励しているのがブリタニア皇室の在り方なのだから。そんな中で行われるであろう、いや、すでに行われているかもしれないスザクの身辺調査の中で、彼を友人だと、幼馴染の親友だと公表している、アッシュフォードが、彼の母たる皇妃マリアンヌ亡き後、主と仰ぐルルーシュのことを考えれば、どうしても不安が拭えない。何時、何処からルルーシュとナナリーの存在が知られることになるか。そしてそうなった時、二人を匿っていたアッシュフォード家がどうなるか。それを考えると不安しかないのだ。
 そして肝心のルルーシュとナナリーはといえば、ナナリーはルルーシュがその躰に負った障害の関係から真綿にくるむようにして守ってきたこともあって、そこまで深く考えてはいないようではあったが、ルルーシュは違う。ルルーシュは常に、何時皇室に見つかるか、見つかった場合、連れ戻され、また政治の道具にされるか、最悪、暗殺の危険も増したといっていい状況に置かれたのだ。そんなルルーシュが、これまで大切な親友だと、何かと気を遣ってきたスザクに対して良い感情を持ち続けることなどできはしない。それは幼い頃、まだブリタニア本国にあって親しいといっていい付き合いのあったユーフェミアに対しても言えることだが、少なくとも、スザクはルルーシュたち兄妹の出自と状況、ルルーシュの祖国ブリタニアと父皇帝に対する思いを知っているのだ。にもかかわらず、名誉である自分が皇族の騎士となったことから発生するであろうルルーシュたち、場合によってはアッシュフォードにも影響が出るであろう災悪に全く思いもよらないでいる。皇族の騎士となったことを何も考えず、ただ認められたと純粋に喜んでいるだけだ。迷惑を被ることになるであろう、ルルーシュをはじめとするアッシュフォードのことも、イレブンだけではなく名誉を、そしてそんな名誉を騎士に任じたユーフェミアに対するブリタニア人、ことに政庁に務める者たちら、周囲の思惑など何一つ考えずに。





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