生と死 【1】




 人は何時か死んでいく。だが死別は全ての喪失を意味するわけではない。その人を記憶する者がいる限り、他人の心の中で生きることができる。悼む人の存在は命を超えて、亡くなった人を生かし続ける。



 母が殺された後、ルルーシュが謁見した父である皇帝から告げられたのは、否定の言葉。
「生きていない」「死んでいる」、それらの言葉に、ルルーシュは大層なショックを受けた。それは今に至るも彼の中で大きなトラウマとなって残っている。
 そして身体障害を負った妹のナナリーと二人、送り出された、侵略することがすでに規定路線となっている日本。そこに滞在中、最初の出会いは確かに最低といってもよいものではあったが、やがて親しくなり、友人と、親友と呼べる間柄になった同い年の子供がいた。
 他の日本人たちからの迫害と言っていいような行為を受けた時、枢木家からの扱いを思った時など、様々な場面で、基本的に本来の自分の立場を忘れたことはない。しかし、純粋に兄として、彼にとって最愛の妹であるナナリーの世話をしている時、親友となった彼といる時、更には三人でいる時、その時だけは、ルルーシュは父から投げ捨てるように告げられた言葉を、立場を忘れ、唯のルルーシュという一人の子供として、自分は生きていると実感し、過ごすことができた。
 しかし、その平安は長くは続かない。
 すでに決まっていたこととはいえ、ブリタニアは、日本に、実際はどうあれ、少なくとも友好親善のためという名目で送り出した二人の皇族── 皇子(ルルーシュ)皇女(ナナリー)── の存在など忘れたかのように、二人に対して何の連絡もないままに、日本と開戦した。それも宣戦布告と同時に突然に。
 空を飛んでいくブリタニアの戦闘機の編隊を目にした時、改めてルルーシュは、自分たち兄妹は、母国ブリタニアから、父や異母兄姉弟妹(きょうだい)たちから見捨てられたのだと実感した。そしてまた蘇る父皇帝からの自分の生を、存在を否定する言葉。
 やがてブリタニアが初めて実践投入した人型歩行兵器KMFの機動力もあって、僅か1ヵ月程で日本は敗戦し、その名を奪われ、エリア11とされ、そこに住む日本人はナンバーズ── イレブンと呼ばれるようになった。
 そんな中、ルルーシュとナナリーは戦後程なく、親友となっていた枢木スザクと別れたが、ルルーシュはその前にスザクに告げていた。「ブリタニアをぶっ壊す」と。
 母を見殺しにし、しかも犯人を捜すことなく、その上、母という庇護者を()くした自分たち兄妹を、名目はどうあれ、実質的には人質として、要は行って死んでこいと日本に送り込み、何も知らせることもないままに開戦したブリタニアへの恨みの篭った決意だった。それは、自分を苛めていた、今はすでにイレブンと呼ばれるようになっている日本人から受けた様々な悪意に満ちた行為以上に、ブリタニアに、そして父たる皇帝に対する恨みが深かったがためだ。
 戦後、スザクと別れて程なく、ルルーシュとナナリーの二人は、かつて母マリアンヌの後見を務めていたアッシュフォード家の当主、ルーベン・アッシュフォードによって庇護された。皇妃であった母が殺されたことにより、大公爵という爵位を剥奪されてはいたが、それでも、ルーベンは幼い二人の遺児を見捨てることはできないと、日本がエリアとなってすぐにやってきて、二人を見つけ出して庇護したのだ。
 しかしそれとて、ルーベンはともかく、アッシュフォード一族としては、ルルーシュの存在があればこそである。もしナナリーだけなら、ルーベンがどれほどに説得しようとも納得する者はいなかっただろう。ルルーシュは第11皇子であり、皇位継承権も第17位だった。それに対して、ナナリーは第6皇女とはいえ、現在は足の自由を失って車椅子が無ければ動くことも叶わず、更には母の死を目撃したショックから目を閉ざして盲目となっている。弱肉強食を謳うブリタニアにあっては、たとえ皇族といえど、弱者にしかなりえない。ブリタニアでは弱者は生きていくのは並大抵ではない。つまり、そのような状態にあるナナリーだけでは庇護する意味が無いのだ。ルルーシュがいればこそ、いずれは復権の道を探ることができる、そう判断するのは当然のことだ。現にルーベンとて、二人を庇護するにあたっては、ルルーシュの存在を一族を説得するための方便とした。もちろん、ルーベンはルルーシュが皇族に復帰する意思が無いことは承知の上だが、二人を庇護するにはそれしか一族を説得しようがなかったのだ。その点については、ルルーシュも承知の上のことだ。
 そしてルーベンの計らいの下、ルルーシュたち兄妹は偽りのIDを入手し、木を隠すには森の中、よろしく、子供を隠すには子供の中、と考えたのだろうか、すでに爵位を剥奪されていたこともあって、アッシュフォードはエリア11となったかつての日本の首都であった地に建設されたブリタニアのトウキョウ租界内に、広大な敷地を手に入れ、小学校から大学院までの全寮制の学園を建設し、二人を、ナナリーの身体障害を名目に、寮ではなく、特別にクラブハウス内に居住区を作り、二人はそこで暮らすこととなった。そしてまた、卒がない、とでもいうのか、ルーベンはナナリーの世話役として、一人の名誉ブリタニア人── 篠崎咲世子を雇い入れもした。
 そうしてルルーシュとナナリーは、ブリタニア皇室から隠れ、死んだものとして鬼籍に入り、“悲劇の皇族”などと言われながら── そうしたのは日本ではなく、ブリタニア自身だというのに── 偽りの名── 姓だけだが── で、皇室とは関係なく、あくまで一般庶民として、アッシュフォードの庇護の下で暮らし始めた。



 そして、気がつけば7年という年月が経っていた。ルルーシュは高等部2年となり、アッシュフォード学園の理事長であるルーベンの孫娘であるミレイが生徒会長を、ルルーシュはその下で副会長を務めている。
 ルルーシュは何時かアッシュフォードから離れなければならなくなる時のために、賭けチェスなどをして金を稼いでいた。もちろん、賭けチェスだけではない。コンピューターのプログラムを組んだりといったアルバイトもしていた。それは後々の生活費というだけではなく── 何時までもアッシュフォードに、ルーベンに甘えているわけにはいかないとの思いから── 現時点での生活費やナナリーの治療費を稼ぎだすために、そうとは見せていなかったが必死だった。
 そんなある日、何時ものようにリヴァルの運転するバイクに乗って賭けチェスから学園に帰る途中、とある事故── と言っていいのだろうか、それとも事件と言うべきか── に巻き込まれ、そこで出会った少女と契約を結び、“絶対遵守”という(ギアス)を得た。そしてその事件を起こしたテロリストに声だけで指示を与えてこれを救い、また、その得た力をもってG1ベースに入り込むと、シンジュク掃討作戦などという馬鹿げた指示を出し、多数の何の関係も無いイレブンを皆殺しにしようとしている、ルルーシュにとっては異母兄(あに)でもあるエリア11総督たる第3皇子クロヴィスを手にかけた。しかしその時は、クロヴィスの行動に怒りを覚えたことから、また、聞いて確認したいこともあって行ったことで、テロリストになるつもりは、そこまでの意思は毛頭無かった。
 それが仮面のテロリスト“ゼロ”となったのは、妹であるナナリーの、「優しい世界になりますように」という願いと、クロヴィス暗殺犯として捉えられて連行されているスザクのことを知っての「なんとかなりませんか?」という言葉からだった。
 もちろん、戦後、「ブリタニアをぶっ壊す!」と誓った言葉を忘れたわけではない。その意思は消えてはいない。ただ、まだ早いと、せめてナナリーが高等部を卒業してから、と考えていた。そしてまた、母の死の真相を、犯人を知りたい、という思いもあった。いずれにせよ、動くにはまだ時間はあると、そのための手段もまだこれから考えていこうと、あるいは得意としているコンピューターを使ってどうにか、程度までしか考えていなかった。しかしナナリーの「スザクを」との言葉に、力を得たこともあって行動を早め、仮面を被って正体を隠し、“ゼロ”と名乗ってスザクを救い出して、仲間になれと手を差し延べたのだ。
 しかし、スザクがその手を取ることはなかった。明らかに冤罪によって処刑されようとしていたというのに、ルールに従うと、そう言って、ゼロとなったルルーシュが自分こそがクロヴィスを殺した者であると公言したとはいえ、スザクを犯人とした純血派の考えを思えば、処罰が待っている可能性の高いブリタニア軍に戻っていった。
 あえて、名誉である、それも旧日本の最後の首相の息子である枢木スザクをクロヴィス総督の暗殺犯とする、つまりスケープゴートにするというルール違反を犯しているブリタニア軍に対し、ルールに従うのが正しいと、間違ったことをしようとしている、しかもその、いわば贄として選ばれた身でありながら、そこに戻ると言う。それの一体どこがルールを守っているということになるのか、ルルーシュには考えられない。しかし、スザクの中ではそれがルールに従う正しい道なのだと言う。そんなスザクの思考を理解することなどできず、疑念を覚えながらも、ルルーシュは去り行くスザクの後ろ姿を見送ることしかできなかった。





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