再 生 【5】




 アヴァロンとの連絡艇まで戻ったルルーシュは、モルドレッドを従えてアヴァロンへと向かった。だが戻ったアヴァロンで待っていたのは、思わぬ一報だった。
「陛下! ペンドラゴンに、ペンドラゴンにフレイヤが!!」
「何っ!?」
「ペンドラゴンが消滅したと!」
 続けられる報告と共に、衛星写真から撮られた、ペンドラゴンがあったと思しき地点の写真が示された。そこには巨大なクレーターがあるだけで、億に上る人口を抱えた一大都市があったとはとうてい思えない有り様だった。ただ、線路や道路の址と思えるものが数本、クレーターの周辺に走っているだけだ。
「……」
 さしものルルーシュも声が無かった。
 そこへ、皇族専用のロイヤルプライベート回線で通信が入った。
『他人を従えるのは気持ちがいいかい? ルルーシュ』
「シュナイゼル……」
 スクリーンに映っているのは、行方を晦ましている、不敵な笑みを浮かべた元帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアだった。
『第一次製造分のフレイヤ弾頭は全て私が回収させてもらったよ』
 その言葉を聞きながら、ルルーシュはゆっくりと足を組んだ。
「つまり、ブリタニア皇帝たる私に弓を引くと?」
『残念だが、私は君を皇帝と認めていない』
「成程。つまり皇帝に相応しいのは自分だと」
 ルルーシュのその言葉に、シュナイゼルは首を横に振った。
『違うな。間違っているよ、ルルーシュ。ブリタニアの皇帝に相応しいのは、彼女だ』
 そう告げて身を引いたシュナイゼルの陰から、一人の車椅子に座った少女が映し出された。
「……」
 眉を顰め、暫く沈黙した後、ルルーシュは重々しく口を開いた。
「それは誰です?」
『えっ?』
 ルルーシュの問いかけに、少女は驚いた声を上げた。
『誰、はないだろう、ルルーシュ。君の実の妹のナナリーだよ。まさか忘れたわけではないだろう?』
 シュナイゼルからすれば、ルルーシュのその態度はあまりにも想定外だった。死んだはずの妹が生きていて、彼女こそが皇帝に相応しいと告げる自分と彼女に対して、驚いた風もなく誰何を問うルルーシュに、さしものシュナイゼルも驚きを隠せない。
「私の妹、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは第2次トウキョウ決戦で、フレイヤ弾頭のために死亡しました。ですから、如何に似ていようとその少女が私の妹のナナリーであるはずがない。あくまで彼女がナナリーだと言い張るなら、それは偽物ということになりますね」
 椅子に深く腰かけて悠然とそう言い募るルルーシュに、偽物と言われた少女は憤慨した。
『私が偽物だと!? 私は本物です、お兄さまの妹のナナリーです!』
「エリア11の総督であったナナリーは死にました。もし仮に生きていたとしたら、総督として、フレイヤ被害にあったトウキョウ租界を見捨て、自分一人逃げ出すわけがない。生きていたなら、今頃はトウキョウ租界の復興に力を尽くしているはず。それが総督たる者の責任。その責任を放棄するような者には、最初から総督たる資格などない。そしてそんな資格のない者を、私は私の妹と認めない。つまりそこにいるのは、私の妹の名を騙る偽物ということです」
『なっ! お兄さま、私です、ナナリーです! 分からないんですか!?』
「私に、総督という地位にありながら、民を見捨てるような妹はいないと言った」
『随分と厳しいことだね、ルルーシュ。彼女が君の妹であることは、君が一番よく分かっているだろうに』
 ルルーシュの言い分に、計算が狂ったとでもいうように、それでも僅かに眉を顰めただけでシュナイゼルはそう告げた。
「偽物を用意してまで私を動揺させようとしたようだが、無駄だったな、シュナイゼル」
 フッと小さく笑みを零すルルーシュに、シュナイゼルは本当に彼は彼女を偽物と思っているのかと疑った。それほどにルルーシュの態度には淀みがなかった。
『お兄さま!!』
 むしろナナリーの方が自分の存在を否定されて泣き出しそうだ。
 シュナイゼルの予定では、死んだはずのナナリーが生きていたことで、更には彼女に「敵」発言をさせて動揺を誘うつもりでいたのに、これでは真逆だ。
「シュナイゼル、あなたがその娘を皇帝とするにしろしないにしろ、いずれにしてもあなたと戦うことになるのでしょう。何故なら、あなたは自国の帝都にフレイヤを投下して億という民を虐殺したのですから。これはあまりにも非人道的な行為です。失われてしまった多くの命のためにも、私はブリタニア軍の全力を挙げてあなたと戦います」
『そ、そんなはず……。ペンドラゴンの民は避難させたと、そうシュナイゼルお異母兄(にい)さまが……』
 ナナリーはルルーシュの言葉にショックを受けていたが、そこに「億という民を虐殺した」との言葉に更なるショックを受けたようだった。
「何をいまさら。ペンドラゴンに避難勧告が出ていれば、皇帝たる私に分からぬはずがない。それが無いということは、避難勧告などされていなかったということ。つまり、ペンドラゴンに住まう民は皆フレイヤ弾頭にやられたということだ」
 だいたいあのフレイヤのどこからどうやって逃げるというのか。逃げる方法があるというなら教えてほしいものだ。ナナリーはその目で見ていないから、フレイヤの威力、その破壊規模が分かっていない。一瞬のうちに射程範囲内の全てが失われる様を目にしていたなら、到底逃げられようがないことくらい分かりそうなものだ。
 それすらも分からずに自国帝都へのフレイヤの使用を認めたというなら、尚のこと、そのような者に為政者たる資格はない。
『そうくるかい。いいだろう、どちらの言葉が正しいか、戦って決めよう。こちらが勝てばナナリーが本物で、ブリタニアの正式な第99代の皇帝ということになり、もしこちらが敗れれば、君がそのまま皇帝ということだ。しかし忘れてはいけないよ、こちらにはフレイヤがあるということを』
「いいでしょう。先程も申し上げたように、こちらも全力で向かわせていただきます、異母兄上(あにうえ)
 ルルーシュのその言葉を最後に回線は切られた。
 ふうと息を吐き出しながら、ルルーシュは改めて椅子の背もたれに躰を預けた。
「良かったのか、あれで?」
 そう口にして問いかけてきたのはC.C.だ。
「……ナナリーは死んだ。大虐殺を働くような妹は、俺にはいない」
 自分に言い聞かせるように告げるルルーシュを、C.C.は痛ましげに見つめることしかできなかった。



 敵の大凡の陣容は、ルルーシュはすでに把握していた。
 先帝シャルルのラウンズであった者たち、カンボジアにあったシュナイゼル所有のトモロ機関が開発した天空要塞ダモクレス、そして大量破壊兵器フレイヤ弾頭。
 ダモクレスは単体での大気圏外への航行が可能であるとの情報も得ているが、何といってもその前にフレイヤだ。フレイヤを無効化できなければ勝機はない。確かに先帝シャルルのラウンズたち、ことにワンであったビスマルクの強さは覚悟しなければならない。しかし相手は同じ人間。ならばどこかに勝機はある。しかしフレイヤだけはそうはいかない。
 ルルーシュはすでにその身柄を確保していたニーナに全てを告げるべく、椅子から立ち上がるとニーナのいる部屋へと足を向けた。



「ルルーシュ君が、ゼロ? ユーフェミア様を殺した……」
「そうだ。その上で君に頼みたい。調子がいいことを言ってるのは分かっている。しかしフレイヤだけはその存在を許してはおけない。その戦いが終わったなら、俺は君に殺されても構わない。だから、なんとかフレイヤを無効化するために君の力を貸してほしい」
「私……分からないの。ユーフェミア様を殺したゼロが憎い。そのゼロがルルーシュ君だっていうなら、私はルルーシュ君を許せない。けど、けどそれ以上に、私は自分が許せない!」
「ニーナ」
「私、フレイヤの被害があんなになるなんて思ってもみなかった、あんなにたくさんの人が一瞬のうちに死んでしまうなんて、思ってもみなかった。そしてそれを齎したのは、私がユーフェミア様の仇を討とうと思って創ったフレイヤで、でも死んでしまったのは、そのほとんどの人は関係のない普通の人たちで、その人たちからすれば、私が仇で……」
 興奮したように告げるニーナを、ルルーシュは優しく抱き寄せた。
「君一人の責任じゃない。元をただせばユフィを死なせてしまった俺の責任だ。そして、結果が分かっていながら、承知していながら君にフレイヤを創らせたシュナイゼルの責任だ。君一人が責任を負うことじゃない」
「ううん、やっぱり私のせい。私が弱かったから。ユーフェミア様の名を借りて、そうしたら何をしても許されるって、そう思ってた私が悪いの」
 ルルーシュの胸元で涙を流しながら、ニーナは決心したようにルルーシュの胸に手を当てて躰を離した。
「私、やるわ。アンチ・フレイヤ・システムの構想はだいたいできているの」
「そうか、やってくれるのか、ニーナ」
「うん。それが私の馬鹿な考えのために死んでしまった多くの人たちに対する、せめてものお詫びだから」
「ありがとう、ニーナ」
「ううん、私の方こそ、チャンスを与えてくれてありがとう」
「あまり時間はないと思うが、よろしく頼む」
「はい」
 涙の痕の残る頬を手の甲で拭いながら、ニーナはしっかりと頷いた。





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